2024.8.21
次世代のパワー半導体はダイヤモンド? 究極材料“ダイヤモンド半導体”の正体とは
Power Diamond Systems代表取締役CEO(共同創業者)藤嶌辰也【前編】
究極の半導体として期待されながら、技術的課題が多く立ちはだかり実用化には遠いとされてきたダイヤモンド半導体。しかし早稲田大学発ベンチャーの技術を基に設立されたスタートアップ「Power Diamond Systems(パワー・ダイヤモンド・システムズ:以下、PDS社)」が画期的なダイヤモンド半導体パワー素子の試作に成功するなど、急速に社会実装の可能性が高まってきた。PDS社で代表取締役CEO(共同創業者)を務める藤嶌辰也氏にダイヤモンド半導体の現在地、未来を聞く。
(<C>メイン画像:phonlamaiphoto / PIXTA<ピクスタ>)
電力をつかさどるパワー半導体とは?
電気を通す導体と絶縁体の中間の抵抗率を持ち、導電性を変化させることのできる半導体の発見やトランジスタなどの半導体素子の発明は、人々の生活を一変させた。今や私たちの周りにはスマートフォンや自動車、電化製品など、半導体が内蔵された製品があふれている。一方で、最近では世界的な半導体不足が発生し、さまざまな分野に影響が出たことも大きなニュースとなった。
半導体の中でも、微弱な電流、電圧で扱われる通常の半導体に対して、電圧や周波数を変える、直流を交流に/交流を直流に変えるなどの電力変換に用いられ、比較的大きな電流、電圧を扱うものを「パワー半導体」と呼ぶ。発電した電力を系統に送るところから、電源や電化製品に電力を供給するまで、電力を扱うあらゆる場面で必要となるデバイスだ。
「電気自動車(以下、EV)や産業機器などに搭載されるモーターを動かす、あるいはエネルギーインフラの電力を制御するといったシーンでスイッチのような役割を果たすデバイスがパワー半導体です。それらをいくつか組み合わせて、システムにしたものはパワーモジュールと呼ばれていますが、デバイス単体としての役割は、電流をオンオフすること。オンにしたときには銅線でつないだように全く抵抗がなく、オフにしたときには絶縁体のように全く電流が流れない、パワー半導体にはそうした要件が求められます」とPDS社代表取締役CEO(共同創業者)の藤嶌辰也氏は解説する。
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次世代半導体材料に関する豊富な知識とビジネス経験を併せ持つ藤嶌氏。パワー半導体についても分かりやすく解説してくれた
PDS社は、ダイヤモンド半導体研究の第一人者である早稲田大学の川原田 洋教授がこれまで研究を進めてきた要素技術を基盤に、パワー半導体デバイスの研究開発を行うスタートアップとして2022年に創業。藤嶌氏は企業や大学で次世代半導体材料の研究に携わってきた知識、さらにスタートアップでのビジネス経験を買われて同社のCEO(最高経営責任者)に招かれた人物だ。
藤嶌氏が言うように、パワー半導体は電力の“供給”を担う部分に用いられる。それだけに万一故障してしまうと大きなトラブルになりかねない。さらに通常よりも大きな電流、電圧がかかる部品であるということは、それに伴って大きな負荷がかかり、熱も発生する。そうした負荷や熱に負けない耐久性、信頼性もパワー半導体に求められる重要な要件だ。
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テスラは「モデルS」の駆動モーター用インバーターに、炭化ケイ素(SiC)パワー半導体をいち早く採用した
現世代になりつつある次世代半導体
メモリやロジックといった一般的に知られる半導体もパワー半導体も、主材料には長らくシリコンが使われてきた。シリコンとはケイ素(Si)のことで、地球上に存在する元素のうち2番目に多い。材料として調達しやすいこと、そして加工しやすいことを主な理由として、長らく半導体材料の主役となっている。
しかし、シリコンにも課題はある。その一つは、大きな電流や電圧を流す際に発生する発熱や、エネルギーの損失が大きいことだ。しかし、これまで使われてきた実績、信頼性に加え、コストの安さという絶大な長所に代わるほどのものはなく、放熱や冷却のための装置を設けるなどの工夫でしのいできた。
そうした状況が最近になって少しずつ変わりつつある。半導体材料として新たに、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)を用いたものが登場し始めたのだ。
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「SiCなどのパワー半導体が普及してきた状況は、ダイヤモンド半導体にとっても追い風です」と藤嶌氏は語る
「最近、EVや鉄道用車両のインバーター(直流電流を交流電流に変換し、電圧や周波数を変換する装置)などで使われるようなパワー半導体に、SiCを用いたものが増えてきました。より高度な省エネ性能が求められるようになった現代、SiCを使ったパワー半導体はますます増えていくでしょう。一方、GaNには前述の通りオンオフの切り替えを早く行える特性があり、SiCよりも少し低い電圧、電流のパワー半導体、例えばPCやスマホ、タブレットなどの充電用アダプターなどで使われ始めています。そうした新しい半導体材料への投資競争も熱を帯びてきました」と藤嶌氏は語る。
生活環境から移動手段まであらゆるモノが電化していく過程で、いかにエネルギー効率を良くしていくか、というチャレンジの中で新材料の研究開発が進み、実装されるに至った。これまでSiCは“次世代半導体”と呼ばれていたが、新幹線や最新EVなどわれわれの身近なところでも実装が進んでいる状況を考えると、もはや“現世代”になった、と言っていいだろう。GaNについても普及が進みそうだ。
美しいだけじゃない、ダイヤモンドの長所
そして、SiCやGaNの次に来る半導体材料の最有力候補こそ、ダイヤモンドと目されている。半導体材料としてのダイヤモンドには、どのような特性があるのだろうか?
「ダイヤモンドが持つ大きな特徴の一つに、熱伝導率が非常に高いことが挙げられます。ダイヤモンドは放熱板に使われることがあるほど熱伝導率が高く、SiCやGaNと比べても段違いの性能です。熱伝導率が高い半導体を使うと、熱を逃がすためのシステムを小さくすることができ、軽くなるというメリットがあります。
PCや電化製品などを見ても分かるように、半導体は電流を流して稼動させると熱が発生し、放熱するためのファンなどが必要になります。小型化や軽量化が重視されるモビリティ分野では、エネルギー効率を良くした上で、いかにシステム全体を小さく、軽くするかが重要になってきますから、そうした場面でダイヤモンド半導体は優位に立てる可能性があります」
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充電用アダプターの中など、パワー半導体は私たちの身近なところで数多く搭載されている
一般的には高価な宝石、あるいは硬度が高いことで知られているダイヤモンドだが、熱伝導率が高いことはあまり知られていない。人工的に作られた単結晶ダイヤモンドの熱伝導率は金属も含めたあらゆる固体物質の中で最も高く、既に放熱を目的とするヒートシンクなどでも採用されている。小型化、軽量化に有利な特性はモビリティ分野だけでなく、今後あらゆる電化製品に期待される性能だろう。
こうした熱伝導率の高さに加え、消費電力の低さ、絶縁破壊(絶縁体に加わる電圧が限界を超え、急激に電流が流れてしまう現象のこと)強度の高さもダイヤモンドが持つ特性であり、パワー半導体材料に適している。さらにもう一つの利点も挙げてくれた。
「ダイヤモンドは他の半導体材料に対して、宇宙線(宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線)への耐性が比較的高いと言われています。これから宇宙開発がどんどん進み、衛星通信システムなどもより高度化していく中で、ダイヤモンド半導体が使われていく可能性があるのではないか、と期待されています」
もちろん、宇宙で活用する機器を開発するには、半導体単体の性能を考えてもあまり意味がない。宇宙線への耐性、極端な温度変化への耐性などをシステム全体で考える必要がある。
ただ「ある特定の領域においてダイヤモンド半導体が貢献できる可能性はあるだろう」と藤嶌氏は慎重に発言する。
このようなダイヤモンドが持つ優れた特性は、“究極の半導体材料”として以前から期待されていた。
ならば社会実装のめどが立つまでに、長い年月がかかっているのはなぜか──。
その理由を後編で解説する。
<2024年8月22日(木)配信の【後編】に続く>
ダイヤモンド半導体の社会実装が近づいてきた経緯や今後の課題に迫る
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text:田端邦彦 photo:安藤康之