2025.1.16
ゲノム編集による品種開発が食糧危機を救う
グランドグリーン株式会社 代表取締役 丹羽優喜 【前編】
「キャベツの値段が平年の2倍」「白菜やレタス、ダイコンが平年の1.5倍」など、野菜価格の高騰が大きな話題となっている。そうした中、「ゲノム編集」技術を活用した多彩な作物の品種開発に挑戦するグランドグリーン株式会社の取り組みが注目を集めている。ゲノム編集それ自体は新しい技術ではないが、さまざまな品目を持つ野菜の品種改良を行うには未熟なため、これまで野菜に適用されるには障壁が立ちふさがっていた。この課題解消にどのような技術を開発してきたのか、同社の丹羽優喜(にわ・まさき)代表取締役に話を聞いた。
植物のポテンシャルを引き出す大学発のスタートアップ
2024年は夏秋期の高温や資材高を背景に野菜の収穫量が減少し、異例の品薄状態が続いている。気象庁によると1898年(明治31)年の統計開始以降、2024年の夏(6~8月)は、西日本と沖縄・奄美で過去最高、東日本では1位タイの高温に。さらに、秋(9~11月)も最も高温となった。
このように気候変動が作物へ重大な影響を及ぼし、野菜価格の高騰が飲食店や家庭の台所を直撃。2025年以降も猛暑は続くと予想され、遠くない未来の食糧危機の不安は高まっている。
こうした状況の中、高温に強い野菜など農業従事者の経営効率を高める種苗を生み出す品種改良の技術に大きな期待が寄せられている。その一つ、「ゲノム編集」により種苗開発を行っているのが、グランドグリーン株式会社だ。
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グランドグリーンでは、実用的な作物にゲノム編集技術を活用するべく技術開発を進めている
画像提供:グランドグリーン株式会社
設立メンバーの一人である丹羽優喜氏は元々、京都大学の生命科学研究科で先端の遺伝子研究に従事した研究者で、親交がある京都大学教授(現在)で共同創業者の野田口理孝(みちたか)氏が発見した技術を基に、名古屋大学発のスタートアップ企業として同社を2017年に起業した。
「当社としては、ゲノム編集などの先端技術を活用しながら、植物のポテンシャルをいかに引き出していけるかをミッションとしており、その結果、世の中を豊かに、幸せにしたいという思いを持っています」
同社の事業の特徴は、ゲノム編集技術により作物が抱える問題点に対してピンポイントでアプローチし、短期間で品種改良を目指すというもの。
「ゲノムは言わば“体を作るための設計図”です。塩基と呼ばれるA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4文字から成り、その情報(配列)によって体の特徴が決まります。植物なら10億文字レベルの文字で構成され、その中には、例えば病気に関連する情報がどの部分にあるかが分かります。私たちは、その部分をピンポイントで狙って改良を試みています」
スピーディーで手間のかからない品種開発を実現
実際、ゲノム編集技術を具体的にどのように活用しているのか。丹羽氏は次のように説明する。
「まず遺伝子を切断するゲノム編集ツールを用い、狙った場所に傷をつけます。その傷が再生されるときに遺伝子配列に変化が起こり、新たな特徴が生まれる場合があります。この現象を利用して品種改良を行うわけです」
人間の皮膚も傷がつくと自然に再生され、治癒する。これは自然界で自然に起こる現象であり、植物の細胞も同様のことが起こる。再生時に通常は元の状態に戻るが、中には遺伝子配列のコピーにエラーが起こることがある。
例えば「ATGC」の配列が「ATG」と1文字が削除されたり、逆に追加されたりするエラーが起こるのだ。このようなエラーをどのように活用するのか。丹羽氏は植物の病気を例に解説する。
「植物の病気には、病原体が植物の遺伝子の働きを利用して植物の体内に侵入するケースがあります。例えば、その遺伝子に傷をつけてエラーを起こすことで、遺伝子を変化させ、病原体がその遺伝子を利用できないようにすることができます」
丹羽氏が設立したグランドグリーンは、このような特定の遺伝子を狙ってピンポイントで品種改良を行っているため、従来の方法より格段に速いスピードで品種開発を実現している。品種開発は一般的に、異なる親植物同士を交配し、その子孫から最も望ましい特性を持った個体を選び出し、それらをさらに交配して新しい品種を作り上げることが多い。しかし、この方法では5~10年かかり、環境の急激な変化に対応した品種開発を行うのは難しいのが現状だ。
「異なる親同士を交配すると、親のあらゆる特性を引き継ぎます。当然、その中には自分たちの望んだ特性を引き継ぐだけでなく、同時に望まない特性を引き継ぐことも多くあります。そのため、自分たちが求める特性だけを引き継いだ品種を開発するには、何千、何万株の中から選んでいく作業が必要になります。さらにその特性を次世代にも固定させていく作業を行うには、どうしても長い年月がかかります。
ですが、ゲノム編集を用いた場合はピンポイントで改良できるので、狙った部分の他は変化が起こりません。例えば、病気に強い品種開発をしたい場合、『おいしい』『生産性が高い』など従来から持っている良い特性はそのままに、『病気に強い』という特性だけを追加することが可能になるわけです」
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「一度新しい特性を発現した遺伝子は、次の世代へずっと引き継がれていきます。これにより、スピーディーで手間もかからない品種開発が実現できるわけです」(丹羽氏)
画像提供:グランドグリーン株式会社
多品目の作物に適用するための3つの課題
ゲノム編集の技術は1990年代に開発され、既に数十年の歴史を持つ。この技術をピンポイントで用いて手間をかけずにスピーディーな品種開発ができるならば、もっと早くから多量にゲノム編集された野菜が流通していてもおかしくないと感じるだろう。
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ゲノム編集ツールによる品種改良のプロセス。この流れをさまざまな品種で行うには技術的な難しさがあり、これまで農作物での利用促進を阻む課題となっていた
資料提供:グランドグリーン株式会社
しかし、実際に国内で販売されている品種は現状、トマトの他ほぼ事例が見当たらない。その理由は技術の未熟さにあり、同社の強みもそこにあるという。
「ゲノム編集も作物や品種によって難易度が変わります。例えばトマトは難易度が比較的低いと言われますが、まだまだ技術的に難しい品種が多くあります。また、種苗会社は売れる品種を開発しなくては意味がありません。そのため、ゲノム編集の難易度が低く、売れる品種となると作物が限定され、気軽に適用できないというのが大きな課題になっています。当社は、そこを突破することを目指しています」
同社が現状を打破するために開発した技術は、主に3つある。
1つ目が「ゲノム編集ツールをピンポイントで狙ったところに多く送り込む技術」だ。「植物の場合、細胞の外側に細胞壁という壁を持っているので、そこを通すのが動物などの細胞と比べて難しくなります。さらに、一度傷つけてしまうと細胞が死んでしまい、生きたまま細胞内にゲノム編集ツールを送り込むのが難しいという課題があります。そこで、当社はさまざまな作物で生きたままの細胞内に送り込むノウハウを蓄積しています」
2つ目の技術は「送り込んだ後に効率よくゲノム編集を起こす技術」だ。
「ゲノム編集ツールも当初は細菌や動物の細胞で利用が始まりました。そのため、同じツールを植物に利用した場合、活性効率が悪いという課題がありました。そこで、当社は植物の中でも活性効率がよくなるようにツールを改良しました」
最後の3つ目の技術は「ゲノム編集が起こった細胞から種を採る技術」だ。
「傷をつけた細胞が再生する際、無秩序に細胞分裂を起こしていては、正常な葉となり茎となり根となりません。当然種も採れません。秩序立って再生させるためのノウハウが必要なのですが、当社はそのノウハウを多品目で持っています」
同社はこれらの課題解決に挑み、現在10例に及ぶ品種開発の事例を持つ。
後編では、同社が世の中のニーズに応えるため、ゲノム編集技術を活用してどのようなことに取り組んでいるか紹介していく。
<2025年1月20日(月)配信の【後編】に続く>
ラボで10例のゲノム編集に成功。多品目の品種開発を目指す取り組みに迫る
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text:木村 敬(ウィット)