特集
農業のニューノーマル

接木、ゲノム編集の新技術! 種苗から農業を変える「新種開発・品種改良」の今

タバコが日本の接木技術を革新する——あらゆる植物の接合で未来の野菜が変わる

「AgriTech(アグリテック)」(農業[Agriculture]×テクノロジー[Technology])は、ロボットやICT(情報通信技術)などによる生産工程の効率化だけでなく、作物の品種そのものにも変革をもたらそうとしている。これまで不可能だった画期的な接木技術やゲノム編集技術の社会実装を目指す名古屋大学発のベンチャー、グランドグリーン株式会社の代表取締役・丹羽優喜(にわ・まさき)氏に話を聞いた。

不可能だった異科植物間の接木を可能にする「iPAG」

野菜や果物の生産性や味を向上させるために、2種類の植物をつなぎ合わせる「接木」は、これまで科が同じ近縁の植物間でしかできなかった。それを全く科が異なる植物間で可能にしたのが、名古屋大学が開発し、グランドグリーン株式会社(以下、グランドグリーン)が実用化を目指している「iPAG(アイパグ)」という技術だ。

そもそも接木とは、2つの植物同士をつないで、1つの植物として育てる方法のこと。実を収穫したい、または数を増やしたい植物(穂木)をある程度の大きさでカットし、土台となる植物(台木)に人為的に切れ目を入れて挿し込み、一定期間周りを保護することで、融合させていく。接木を行うことで、例えば「病害虫に強い」「生育が旺盛」といった台木の性質を利用して穂木を育てることができる。ただし、これまでは基本的に特性は違っても仲間同士の植物しかつなげることができなかったという。

タバコの仲間のペチュニア(白)穂木と、センニチコウ(ピンク)台木の接木。黄色い矢印の部分が接木の部分

そんな接木の概念を変えたのがiPAGである。iPAGは、大学の研究室で偶然生まれた。

「共同創業者である野田口理孝(のたぐち・みちたか)は、植物の中を移動する情報伝達物質が研究テーマの一つでした。情報伝達物質が移動していることを証明するためには、接木をする必要があります。なるべく遠縁の植物である方が実証するのに都合がいいため、研究室にあったタバコの茎で試してみたところ、さまざまな植物と接木することができたのです」

当時、名古屋大学で博士研究員だった野田口氏(現・同大生物機能開発利用研究センター准教授)は、タバコの茎を介すことで、どんな植物の組み合わせでも接木できることを発見した。この技術を応用すれば農業生産が抱える課題を解決できると考え、特許を取得。この発明を知った丹羽氏は、京都大学から名古屋大学に移り、共同でグランドグリーンを立ち上げた。

それまで行ってきた実験では、キクの根っこにiPAGによってトマトを接合し、実をつけることに成功した。キクの仲間は、環境の悪い土壌でもたくましく育つ性質があり、荒地でも安定してトマトを収穫できることが期待される。

ただし、「iPAGはまだ生産者が使えるような収量にはなっておらず、技術的な改良が必要」(丹羽氏)であり、また接木自体にも別の課題があった。

キク台木の上に、タバコを中間台木として挟み、その上にトマトを接木した様子。トマトの果実が実った。黄色い矢印が接木の部分

「もともと接木苗は、トマトのように実がたくさんなる作物でしか利用されていません。トマトはビニールハウスで8カ月くらい続けて収穫ができるため、接木を利用しても十分にコストを回収ができますが、キャベツのように1苗で1玉しか収穫できない野菜は、コストが合わないからです。1苗が大きな価値を生み出す作物にしか使えないのが、接木の限界でした」

その課題の解決にもつながると考えているのが「接木カセット(R)」だ。根の部分になる「台木」と、実の部分になる「穂木」をそれぞれセットし、切断、接合すれば簡単に接木が行われるため、人手を減らし、時間やコストを削減することができる。iPAGとは別の方向から接木の可能性を広げる接木カセットは既に販売開始しており、将来的にはiPAGを組み合わせることによる相乗効果も期待しているという。

接木カセットのサンプル

接木カセットは、穂木と台木を分けてセットするだけで接木ができる

そのため、技術がなくても誰でも接木をすることが可能になるため、接木自体が普及していない国での展開もグランドグリーンは視野に入れているとのこと。

気候変動やテクノロジーに対応する種苗を迅速に開発

iPAGが普及したら、どのような種苗を作ることが可能になるのだろうか。近年、気温上昇や多発する豪雨など、気候変動が農業に与える影響は小さくない。グランドグリーンは生産農家から直接声を聞き、栽培環境に合った種苗の開発に取り組んでいるという。

「涼しい環境で栽培する高原野菜は、気温の上昇で栽培できなくなってきている地域もあります。そうした変化に対応するためには、いかに迅速に品種を改良していけるかが重要です。iPAGはもともと存在する品種を組み合わせることができるため、これまで10年かかっていた新種の開発を大幅に短縮することも可能になります」

味は良いものの病害に弱いトマトを、病害に強いトマトの根とつなぎ合わせることで耐病性を向上させたり、キュウリの苗を栄養吸収率の高いカボチャの根とつなぎ合わせることで成長スピードを上げるなど、組み合わせ次第でさまざまな弱点を補い合って、生産性・安定性がアップする可能性がある

1年程度で、既存の遺伝資源や品種同士を組み合わせた場合、1年で市場に流通させることも不可能ではないという。iPAGが実用化されれば、その地域に合った種苗をタイムリーに開発できるようになるのだ。

栽培環境の変化は野外に限らない。最近では室内での水耕栽培(土に植えずに水と液体の肥料で栽培する方法)が増えてきているが、そこで栽培される種苗は、従来の品種と違ってもいい。

「室内だと病気をそれほど気にしなくていいので、耐病性の代わりにもう少し早く生育させたいとか、もう少し甘くしたいとか、これまでトレードオフの関係で妥協してきた条件を追求することができるようになります。われわれは、そうした新しい栽培体系に適応できる品種の開発を進めています」

グランドグリーンが念頭に置くのは栽培環境だけでない。収穫に使用される農業機械にも注目している。

「農業は収穫が労働の30%を占めると言われていますが、機械化は限定的です。それは作物に個体差があるからです。それならば逆の発想で、自動収穫を前提とした作物が考えられるのではないか。例えばレタスは傷がつきやすく、なかなか機械では収穫できませんが、自動収穫機が切り取りやすい形を作物側でデザインするのです。これまでは機械が作物に合わせるという発想でしたが、作物側から合わせにいければより生産効率を上げられるはずです」

このように生産性向上に革新をもたらす可能性を秘めたグランドグリーンの新種苗開発技術だが、さらなる波及効果も期待される。例えば、より日持ちする作物が作れるようになれば、コールドチェーン(低温管理が必要な製品を冷蔵もしくは冷凍した状態で最終消費地まで配送する方式)の負担が軽減し、エネルギー消費やコストを削減できる。グランドグリーンが取り組もうとしているのは、農業をとりまくバリューチェーン全体の最適化だ。

「種苗は農業の中の一番上流に位置し、これまでは主に生産が必要とする品種の開発が行われてきました。しかし、スーパーが求める手ごろなサイズのレタスと外食チェーンが求める大玉のレタスとでは、ニーズが異なります。流通、加工、小売、外食からの声がフィードバックされるような連携を取っていきたいと考えています」

野菜にも多様性を。未来の農業のあるべき姿

グランドグリーンはiPAGや既存の品種改良技術に加え、ゲノム編集の技術開発にも取り組んでいる。同社の研究員の多くは植物科学をバックグラウンドに持ち、遺伝子配列を解読し、作物の特徴と関連付けることができることも強みだ。ゲノム編集は遺伝子組み換えと混同されることがあるが、全く違うと丹羽氏は説明する。

「遺伝子組み換えは自然界に存在しえない現象を作り出しますが、ゲノム編集は、例えば花の色が変わるなど、自然界でランダムに発生する突然変異を意図的に引き起こす技術です。しかし、ゲノム編集ツールを植物の細胞内に送り込むための使いやすい技術はまだ確立されていません。われわれはさまざまなやり方を試しており、その一つがiPAGなどの接木技術を活用するものです」

グランドグリーンの代表を務める丹羽氏。研究者の目線から、新たな種苗の普及に向けたビジネス展開を進めている

現在、ゲノム編集の活用が検討されているのは、グランドグリーンが品種改良に取り組んでいる「エゴマ」だ。エゴマは油をとるために古くから日本で栽培されてきたが、より生産性の高いナタネが海外から入ってきたことによって、表舞台から姿を消したという。それが近年、健康に良いことから、改めて注目されるようになったものの、高価格がネックになっている。

「エゴマは他の油料作物と比べて、収量が低いためにどうしても高額になってしまいます。また、機械を用いた大規模な栽培体系も十分に確立されているとは言えません。私たちはエゴマ品種の近代化と大規模栽培体系の最適化を行い、収量を2〜3倍に引き上げることを目指していきます」

ただしグランドグリーンは、必ずしも自社開発の技術に固執してはいない。彼らが目指すのは環境やニーズに合わせた種苗を生み出すことであり、品種の多様化だ。

「農業の機械化が進むと、トラクターやコンバインに適さない、つまり栽培体系に合わない作物はメジャーから外れ、徐々に栽培されなくなっていきました。しかし、エゴマのような忘れられた作物でも、先端の品種開発技術を活用することで、今の栽培体系に合わせた品種を作れるはずです。未来の農業の在り方は、多様性がキーワードになっていくと思っています」

多様性が求められるのは種苗だけでないだろう。流通や加工、小売など、生産農家から始まる農業バリューチェーンの多様化は、AgriTechの進歩とともに産業全体へと広がっていきそうだ。

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