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2019.05.27
握手するだけで思いが伝わる? 電界で“ツナガル”人体通信技術とは
【コミュニケーション×テクノロジー】パナソニック インダストリアルソリューションズ社および株式会社quantum
人は他者と言葉でコミュニケーションを取ろうとするとき、思っていることのすべてを話せているわけではないだろう。「言いたくても言えない。でも、本当は伝えたい」という思いを、口にすることなく表現できれば…そんな思いをかなえるデジタルツールが誕生した。パナソニックが開発し、スタートアップスタジオquantumが事業展開する「HiT(ヒット)」だ。握手やタッチなど体に触れる自然な動作だけで、人やモノとコミュニケーションが取れるという。果たしてその中身はどのようなものなのだろうか。
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INDEX
人の周りに電界を作り出しコミュニケーションに利用する
「新しいコミュニケーションをつくりたいと思ったのです。イメージしたのは、映画『E.T.』の世界でした」
巨匠スティーブン・スピルバーグ監督の傑作SF映画『E.T.』。異星人と地球人の少年の触れ合いを描いたものだが、ご存じのとおり作中で2人は指先を触れ合わせることでコミュニケーションを図る。そんな世界を作りたいと考えたのが、「HiT」の技術開発を担うパナソニック インダストリアルソリューションズ社プロジェクトマネージャーの山田亮さんだ。
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マイクロソフトにてデジタル変革の立案に携わった後、パナソニックに転職。ITとパナソニックの技術を生かし、事業開発を担当している山田さん
「人体通信というのですが、この考え方が出てきたのは1990年代前半くらい。無線通信と有線通信の間にあるイメージで、BAN…ボディ・エリア・ネットワークと呼ばれたりしています。もう少し具体的に言うと、人体を通信の媒体として扱う通信技術のことです」
この人体通信には2つの伝送方式があるという。一つは「電流通信方式」で、もう一つは「電界通信方式」だ。
「電流方式は、人が直接電極に触れる必要があるため、一般的に利用面での制約があるとされています。一方の電界方式は、人の周りに存在している静電気のようなごく微弱な電気の膜“電界”を用います。体の周りに発生させた電界、例えるなら“オーラ”のようなものを掛け合わせる方式とイメージしていただければ良いと思います。『HiT』が使っているのは後者の電界通信方式で、人体の表面に発生する電界の変化を利用して情報を伝達しています」
説明するのは簡単だが、実際の技術開発にはいくつものハードルがあった。例えば、人体の表面に発生する電界は外来雑音に影響を受けやすく、周辺環境の影響を受けやすいとされていた。
「ポイントとなるのは、人が触れることによって情報のやりとりが成立する通信という点です」
そうして2000年代前半からスタートしたパナソニックの人体通信技術の研究開発は、それから15年以上を経た2016年、いよいよ事業開発へとかじを切っていくことになる。
「人体通信」が活躍できる場所を探せ!
「人体通信という技術自体は、周辺環境の影響を受けるため、利用できる環境には制限があります。しかし一方で、握手や触れるという、われわれの日常のコミュニケーションを邪魔しない方法で、手軽にやり取りできるというメリットは非常に魅力的です。まだこれから技術的にチャレンジする必要もあるだろうし、それによって生まれてくる新たなニーズや使い方もあると思っていますが、まずはこのメリットを生かせる用途がないか、2018年1月からパナソニックさんと一緒に模索し始めています」
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ソニーでパソコン開発に携わった後、quantumに転職。技術的なバックボーンをベースに「HiT」の事業展開をマネジメントしている志和さん
そう語るのは「HiT」の事業開発を担う、quantumのチーフエンジニア・志和敏之さんだ。両社が最初に考えたのは、「HiT」のコアである「人と人が触れ合う」ことに課題を持っている場を探すことだった。最初にたどり着いたのは、意外といえば意外、なるほどといえばそういえる場所“アイドル握手会”だ。
「アイドル握手会というのは、例えば1万人のファンに対し、1人のアイドルが同じことを繰り返すわけですよね。一人一人のファンにきめ細かい対応をしたいアイドルや、アイドルに自分のことをより伝えたいファンとの間のコミュニケーションを、人体通信でサポートできないかと考えたわけです」(志和さん)
握手会でアイドルとファンが接する時間は、せいぜい数秒~数十秒間。そこでファンが聞きたいことを聞くのは難しい。しかし、人体通信を用いることで、握手した瞬間に尋ねたいことがアイドルに届き、答えを聞くことができればファンの満足度は上がり、CDセールス向上につながっていくかもしれない。
「われわれとしてはCDセールス向上につながるはずと考えたのですが、握手会に並ぶファンの人数の多さやそれに比例する情報通信速度、データ容量などの面から検証するのに時間がかかりそうでした」(山田さん)
そこでアイドル握手会の後、彼らが目を付けたのは“婚活パーティー”だった。人と人が出会い、そしてお互いの情報を知りたがっているシチュエーションとしては、格好のモデルになる場所といえた。
「ポイントは2つありました。まずは『触れ合うことの効果を参加者に提供できる』ということ。同じ人やモノに接する回数が増えるほど、その対象に対する印象が良くなっていく、ザイオンス効果という心理現象があります。『婚活パーティー』の場で『HiT』をきっかけに触れ合うことができれば、仲良くなりやすいのではないかと考えました。
そしてもう一つは、『口では聞けないことが聞きやすい』ということです。本来ならお付き合いが始まってから聞くような「家事や育児に対する考え方」や「共働きに対する考え方」など、握手するだけでタブレット端末に表示させることができれば、よりお互いを知ることにつながるのではないかと考えたのです」(志和さん)
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結婚相談所「ツヴァイ」のために用意した8色のスマートバンド
狙いはピタリと当たった。結婚相談所「ツヴァイ」の協力を得て、婚活パーティーに「HiT」を導入したところ、マッチング率が平均を大幅に上回る成果を挙げられたという。
カップル成立パーセンテージアップの秘密はどこにあるのか
ツヴァイに導入したシステムは、具体的にどういったものなのか?
「参加者にはスマートバンドと呼ぶ、リストバンドを付けていただきます。これが人体通信を可能にするデバイスです。このスマートバンドの中には装着した人を示すIDが格納されています。そのため握手をすることで、リストバンドから発生した電界を通してお互いのIDが掛け合わされ、それがブルートゥースによってタブレットに伝わり、そのタブレットから用意されたデータベースにアクセスします。すると、そこにあらかじめ格納してあった参加者の情報が引き出され、2人の手元に用意したタブレット端末に表示されるという仕組みです。
実際の婚活パーティーでは異性とのトークタイム中、お互いが紙に書かれたプロフィールを見ていることが多いのです。実にトークタイムの60%近くは、男性も女性も紙を見ています。その事実に気付き、目線を上げて、相手にもっと向き合ってもらいたかったのです」(山田さん)
実際、狙い通りの効果が得られた。
「一つのタブレットに2人の情報を同時に表示することで、同じ目線で、同じものを見ることができるようになりました。しかもそこには、例えば年収であるとか、口に出して聞くことを遠慮してしまいそうな内容を表示することも可能です。例えば、出身地が偶然同じで、容易に話が盛り上がることもあるわけです」(志和さん)
「HiT」を使ったツヴァイでの婚活パーティーは、当初は少人数からスタートしたが、最近では「もっと大人数、大規模なものでもできないか」というリクエストが届いているという。
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「結婚してからは、どこで暮らしたいか?」といった、初対面では口に出しづらい、でも聞いてみたいと思っていることがタブレットに表示される
「『婚活』にアジャストするために、本当に多くの人にインタビューを行い、人が望む深い価値観を掘り下げていきました。それでようやく何をすべきかが分かってきたのです。そして、それがそのまま、人がコミュニケーションで得たい情報なんだということも理解できるようになりました。『婚活』に活用するためにシステムを構築することで、コミュニケーションそのものについての理解が深まったと思います」(山田さん)
コミュニケーションをもっと濃密なものにするために
アイドル握手会、そして婚活というシーンで、その実用性を試してきた「HiT」。今後はどんな展開を想定しているのだろうか。
「もともとは産業界での活用を考えていました。例えば、工場で作業をする際にスマートバンドを着用していただく。そして作業をしようとドライバーを触った瞬間、誰が何をしているのかが分かる。つまりログが取れることになるわけで、それを分析することでより効率的な作業の実現に結びつけることができると思っています」(山田さん)
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アイドル握手会や婚活などコミュニケーションツールとしての活用が先行しているが、今後は工場の現場など、産業部門での活用にも取り組んでいくという
「HiT」というサービスの名前には、いくつかの意味があるという。
まずは人体通信という言葉そのものの「人(ヒト)」という意味。イノベーション人材と呼ばれる「H型人材」と専門人材と呼ばれる「T型人材」をつなげるのは、真ん中にある「i(愛)」だという意味。そして3つ目は「ホームランはすぐには打てません。まずはヒット(HiT)を打たないと(笑)」(山田さん)という意味だ。
そして目指しているのは、「新たなコミュニケーションのカタチを作ること」だと山田さんと志和さんは口をそろえる。人と人が会っている時間を最大限濃密なものとすることで、価値観と価値観をぶつけ合う。そこから新しい何かが生まれるかもしれない。その可能性を広げるためのデジタル・コミュニケーションツール。それが「HiT」の目指す姿なのだろう。
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