特集
人体アナトミア

人に優しくするとストレスに強くなる! ホルモン物質「オキシトシン」の秘密

人間の「ストレス防御システム」を正常運転させる愛情ホルモンとは?

本特集第1回でも虫歯の原因の一つとされたように、現代社会において無視できない天敵こそ、「ストレス」だ。ストレス過多による自律神経の乱れが、さまざまな病気発症の可能性を高めることは、ご存じの方も多いだろう。しかし、そもそも人間には「ストレス防御システム」が備わっており、そのシステムが正常に機能し続けるために、あるホルモンが手助けをしているという。日本における愛情ホルモン・オキシトシン研究の第一人者でもある統合医療クリニック徳・高橋徳院長に、その可能性を聞いた。

人に備わるストレス防御システム

現代社会において、「ストレスなどない」と言い切れる人はどのくらいいるだろうか。通勤の満員電車に長時間労働、職場やプライベートの人間関係、将来設計の不安……。そもそもストレスと関わらずに生きること自体が、不可能にも思える。

だからと言って、ストレスを放っておくと身体機能を調整している自律神経の働きが乱れ、健康に大きな影響を及ぼすことになる。ストレス性潰瘍と呼ばれる胃潰瘍や十二指腸潰瘍だけでなく、心筋梗塞、高血圧、不整脈、そして近年ではうつ病やパニック症候群なども、ストレス社会が生んだ現代病とされている。

ただ、こうしたストレス性の病が大きく取り上げられるようになったのは、そう昔の話ではない。そう考えると、本来、人は病気になる前にストレスに対処できる能力を持ち合わせているのではないだろうか。

「人間はストレスを感じると、脳の視床下部から下垂体に向かって、CRF(Cortictropin Releasing Factor)というストレスホルモンを分泌します。これに反応して副腎(腎臓の一部)から分泌されるのが、アドレナリンとコルチゾール(糖質コルチコイド)というホルモンです。アドレナリンは、交感神経を刺激することで、心身共にいつでもストレスと戦える準備をします。対してコルチゾールはストレスと戦うために必要となるエネルギーを蓄えるものです。要するに、私たちの体には“ストレス防御システム”が備わっているわけです」

脳がストレスを感じると視床下部でCRFが分泌され、それを受けて下垂体がACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌。さらにACTHを受け取った副腎がアドレナリンとコルチゾールを出す

資料協力:高橋徳

そう話す統合医療クリニック徳・院長、高橋徳氏は、消化器外科医として病院に勤務した後、40歳目前で米国に渡り、ミシガン大学、デューク大学、ウィスコンシン医科大学などで、ストレス研究に力を注いできた人物だ。

そもそもホルモンとは、脳の直下にある脳下垂体や喉仏の下にある甲状腺など体内のさまざまな場所で作られ、人体の生理機能などに作用する物質のことを指す。

ストレス抑制に関わるノルアドレナリンは、分泌されると覚醒作用を示し、心拍数や呼吸数、血圧を上げて体を緊張・興奮状態にすると言われている。メリットとして、やる気を高めるほか、集中力や判断力、長期的な記憶力を高めたり、ストレス耐性を強めたりする作用もあるが、これが過剰に分泌されるとイライラしやすくなるため、「怒りのホルモン」とも呼ばれている。

一方、コルチゾールはストレスによる脳の機能低下や血糖値の低下などを防ぎつつ、免疫力も高めてくれる物質とされている。ただし、こちらもまた、過剰に分泌されれば自律神経のバランスを崩すだけでなく、血圧や血糖値が上がり過ぎてしまい、結果的に免疫力を低下させるという。

「ストレスフルな状態が長期間にわたって続くと、胃が痛くなったり、下痢になったりしますよね? それは“ストレス防御システム”がCRFに対応しきれなくなってしまった結果なんです。ただ、同じような状況下にいても、中にはまったく平気な人もいます。私は胃腸疾患患者の治療を行う中で、それがどうしても不思議でした。そこで、もしかしたら、他にもCRFを抑える“何か”が存在するのではないかと、考えたのです」

母性をつかさどるオキシトシンはストレスにも強い

そこで導き出したのが「オキシトシン」だった。オキシトシンとは、脳の視床下部で生成され、下垂体から分泌されるペプチドホルモン(アミノ酸が2個以上つながって構成されたホルモン)の一種だ。

「そもそもオキシトシンは、『愛情ホルモン』とも呼ばれ、女性の妊娠・出産時に大量に分泌されるホルモンとして医療業界では有名でした。陣痛促進剤として使われているのも、実はオキシトシンなんです。私が米国で研究をしていた1990代半ばごろは、ちょうどこのオキシトシンについての研究が躍進している時期でした。多くの実験結果から、オキシトシンの分泌が、ストレスの軽減に大きな効果を持つことが分かってきたのです」

1955年、米国の生化学者、ヴィンセント・デュ・ヴィニョーがオキシトシンに関連する研究でノーベル化学賞を受賞した当時は、オキシトシンには哺乳動物が出産時に子宮を収縮させる働きと授乳時に乳を出すように促す働きがある程度のことしか分かっていなかったという。しかし、次第にその他の効果にも目が向けられるようになっていったという。

関西の病院で約10年間、消火器外科医として活躍していた高橋氏。ストレスと胃腸疾患の因果関係を解明するために渡米を決意した

「私が行った実験では、オキシトシンを注入したマウスと、オキシトシンを分泌させないようにしたマウスを狭い部屋に入れて比較したところ、後者は、暴れまわったり下痢をしたりと、体に異変が生じました。ストレス過多になった時、人間に見られる症状と同じ症状がマウスにも見られたのです。一方、オキシトシンを注入したマウスにはそれらの症状が出ない。実験を行う中で、オキシトシンがストレスともなんらかの因果関係があることが見えてきました」

その後、オキシトシンを投与した際には、CRFの過剰分泌が抑えられることが分かってきたという。オキシトシンの分泌量が多ければ、よりストレス状態に耐えられるということだ。

「ただ、妊娠・出産時に分泌されるとされていたホルモンを、妊娠していない女性や、男性が出すにはどうしたらいいのか。当時はまだ解明されていませんでした」

そこで高橋氏は、一般的に人が“ストレスのない状態”と思われるときの、オキシトシンの濃度変化を測定したという。

「美しい景色を眺める、好きな音楽を聴く、おいしいものを食べるなど、五感を刺激して人が気持ちいいと感じているときは、やはりオキシトシンは増えるのです。それらは男女共に効果が見られました。特に意識せず、ストレス解消のために私たちが行っていることは、実際に軽減する効果があったということです。ただ、もっと積極的にオキシトシンの分泌を促す方法はないのか、と考えました。そして研究の結果、『他者との触れ合い』が効果的だと分かってきたのです」

また、同じ部屋に入れた2匹のマウスのうち、1匹を1日2時間、部屋から出してストレスを与え、元いた部屋に戻すという実験を行った。すると、残されていたマウスが戻ってきたマウスの世話を始めたという。

「当初は、ストレスの有無が他者との関係にどのような影響を与えるのかを考察する実験として行いました。すると、残されていたマウスが戻ってきたマウスの世話を始めたのです。ストレスを与えられたマウスに対して、思わず寄り添って、介抱しようという気持ちが表れた結果であったと考えられます。このときのマウスのオキシトシンを免疫染色で測定してみると、世話をしてもらったマウスはもちろん、世話をしたマウスにもオキシトシンの分泌が見受けられました。

一方で、同じ部屋に入れた2匹のマウスのうちの1匹を部屋から出すだけでストレスを与えずに、そのまま元いた部屋に戻すという実験も行ったところ、残されていたマウスが戻ってきたマウスの世話をすることはありませんでした。つまり、オキシトシンはあくまでCRFに反応しているとも言えるでしょう。そこから、ストレスを感じているときほど、人と人の交流によってオキシトシンは分泌されるのではないか、という考えに至りました」

マウスの実験後、免疫染色法によってオキシトシン分泌量の増加が確認された。「免疫染色」とは、特殊な方法で細胞を染めた後、脳の輪切り画像を映し出して、数をカウントする測定方法

画像協力:高橋徳

人を思いやるだけでストレスは減る

常にストレスにさらされているビジネスマンにとっても、オキシトシンが大切なホルモンの一つであるのは間違いないようだ。では、人との交流を含め、日常生活の中でオキシトシンを分泌するには、具体的にどんな行為が効果的なのだろうか。

「単純なことですが、感謝の気持ちを持つことが大切です。誰かへの感謝や思いやりの気持ちを頭に思い浮かべるだけでも、オキシトシンが分泌されることが実験で判明しているんです。

その他にも、ちょっとしたことでも『ありがとう』と感謝を伝えたり、会社の仲間とランチを囲んだりすることも効果的でしょう。仕事帰りに焼き鳥をつまみながら愚痴をこぼし合うことだって、オキシトシンの分泌には大事なんです」

とはいえ、その人間関係こそがストレスになる人もいるだろう。そんなときは、“万能ツボ”とされる「合谷(ごうこく)」を刺激するだけでもオキシトシンの分泌は促せるのだそうだ。

万能のツボと言われる「合谷」の位置。他に、頭のマッサージなども効果的だそう

「親指と人差し指の間の付け根にあるくぼみを、気持ちのいい強さで押すだけでオキシトシンが分泌されることが判明しています。ただ、それよりもまずは、相手を思いやる利他の心を持つことが、このストレス社会を生き抜くポイントではないでしょうか。必ずしも人と積極的に触れ合わずとも、感謝の気持ちや思いやりの気持ちは抱けますから」

ストレスに打ち勝つためのホルモン、オキシトシン。最新の研究では、その分泌が自閉症の治療につながる可能性も発表されており、まだまだその実力は未知数のようだ。その可能性に期待して、今日から積極的に、人に優しくしてみてはいかがだろうか。

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