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洋上風力発電の必需品!「風況シミュレータ」が切り開く日本の未来

ウインドファームの事業性を証明する「風を読み解く」システムの必要性

本特集第1回でもお伝えした通り、今、欧州を中心に「洋上風力発電」への期待が高まっている。日本も、総合商社が各国の開発プロジェクトに出資するだけでなく、最近では技術面での参入機運が高まりつつある。そうした日本企業を後押しする研究を進めている九州大学 応用力学研究所の内田孝紀准教授に、世界と戦う上でこれから必要となる「風を解析する技術」について聞いた。

世界の洋上風力発電をリードする欧州諸国

2020年の年明け早々、欧州において、再生可能エネルギーが順調に存在感を増していることを伝えるニュースが飛び込んできた。

ドイツに拠点を構える欧州最大の応用研究機関であるフラウンホーファー研究機構太陽エネルギーシステム研究所(ISE)の発表によると、2019年にドイツ国内において、再生可能エネルギーの発電量が初めて化石燃料の発電量を上回ったのだ。年間発電電力量5155億6000万kWh(515.56TWh)のうち、化石燃料によるものはおよそ40%にとどまった一方、再生可能エネルギー分は46%に上ったという。

ドイツの2019年の純発電量。グラフの頂点から右回りに、水力、バイオマス、風力、太陽光、原子力、褐炭、石炭、石油(※数値未記載)、天然ガスで、企業の自家発電は含まれていない

出典)フラウンホーファー太陽エネルギーシステム研究所『Öffentliche Nettostromerzeugung in Deutschland im Jahr 2019』(2020年1月7日公表)より引用

その再生可能エネルギーの中でも、最もシェアが高かった電源が発電電力量全体の24.6%を占めた風力発電なのだ。また、ドイツに限らず、欧州では大規模な洋上風力発電の普及もあって、風力発電全体のシェアが年々拡大している。

一方、日本国内でも洋上風力発電を推進する動きは活発になってきている。

陸上では、風力発電所を設置可能な土地は限られているが、洋上であれば、日本周辺で合計9100万kW分の発電所が建設可能だと言われている(日本風力発電協会試算)。これは日本全体(一般電気事業者2015年度合計)の発電設備容量の、実に35%にもなる計算だ。

2018年12月には、海域利用のルールを取り決めた「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(再エネ海域利用法)が公布。国を挙げて洋上風力発電をバックアップする体制が整いつつある。

風力発電の洋上戦略は高精度な風況シミュレータが要に

とはいえ、洋上風力発電所は陸上と比べれば、建設に莫大なコストがかかるうえ、運用コストもかさむ。事業としての採算性を考慮すると、民間企業が洋上風力発電に参入するハードルは、依然として高いのが現実だ。

そんな中、風力発電の事業性を高めることができるシミュレーションソフトの開発に取り組んできたのが、九州大学 応用力学研究所の内田孝紀准教授だ。内田准教授が開発した「RIAM-COMPACT(リアムコンパクト)」は、厳密な計算が可能となるLES(Large-Eddy Simulation)という解析モデルを用い、時時刻刻と変化する風況(風の状態)を予測、それをアニメーションで“見える化”できる「風況シミュレータ」だ。

風の流れを可視化できる「RIAM-COMPACT」の計測画面。内田准教授のHPではサンプルを見ることができる

画像協力:内田孝紀准教授

「風力発電の発電量というのは、風力の3乗に比例します。したがって、風力が2倍になると発電量は8倍。日本における平均風速は秒速7m前後ですが、細かく見ると秒速7.1mなのか、7.2mなのか、それとも6.9mなのか、このコンマ以下の数字によって実際の発電量は大きく変わります。これが、結果的に事業性の評価を左右するのです」と内田准教授は言う。

民間企業が風力発電に参入する場合、銀行やファンドからの融資によって資金を調達することになるが、その際に問われるのは、対象となるウインドファーム(集合型風力発電所)の事業性だ。

そのウインドファームで、どのくらいの発電量が見込まれるのか、運用コストはどれほどか、風車の耐久性は担保されているのかなど、客観的なデータを基に、企業は利益が出せるということを明示しなければならない。どんな事業であれ同じ手順を踏むものの、風力発電において絶対に欠かせないデータが「信頼性の高い風況予測」になる。

RIAM-COMPACTは時系列に沿って風況を可視化できる。アニメーションなど視覚データで表示できるため、専門家以外が判断することが少なくない資金調達時にも、合意形成が進めやすくなる

画像協力:内田孝紀准教授

風力発電において、風の強弱や風向きは、製造業における原料の質の良しあしの差に近い。想像しやすい単純な風速だけではなく、さらに「ウエイクロス」と呼ばれる問題も考慮する必要がある。

「洋上風力発電は、何十台もの風車を並べて発電しますが、風上の風車が受ける風と、風下の風車が受ける風は明らかに異なります。例えば、風上から10番目の風車は、風上の風車の影響によるよどんだ風を受けることになるので、一番前の風車に比べると発電量にはかなりの開きが生じてしまうのです」

ウエイクとは「乱気流」のこと。乱気流によって風速が欠損することを「ウエイクロス」という。このような繊細な風況の変化は、通常風車を建てなければはっきりと見えない。しかし、事業性を伝えるには、この不可視な部分を正確に可視化する必要がある。風力発電の事業化において、視覚データで見せることができるRIAM-COMPACTのような風況シミュレータが要になってくることもうなずけるだろう。

大規模な洋上のウインドファームにウエイクロスはつきもの。RIAM-COMPACTでは、風上の風車(左)に干渉された風が、どのように変化しているかをアニメーションで示すことができる

画像協力:内田孝紀准教授

また、事業化以降も風況予測が担う役割はある。ウインドファームの運用面だ。風車は、運転し続けるほどに故障するリスクも増えていく。稼働後に発電効率の悪い風車が分かれば停止するという選択肢も生まれる。

「時間ごとに変化する風況を正確に把握できれば、発電電力量は常にマックス、風車の疲労はミニマムに、という運用ができると思います。それが実現できれば、参入障壁も低くなり、日本にも事業として洋上風力発電が根付くはずです」

ライバル企業がチームに!洋上風力の共同研究

本特集第1回でお伝えした通り、日本において、これまで洋上風力発電が欧州ほどの広がりを果たせなかった理由はいくつか挙げられる。それとは別に、研究者観点で内田准教授が指摘したのは、欧州と日本の研究環境の違いだ。

「欧州では、一つのプロジェクトにさまざまな大学や研究機関、企業が参画します。いろいろな立場の人が集まって一つのデータを基にディスカッションすることが可能なのです。だから、技術革新のペースが速い。でも、日本ではこうはいきません。例えば、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、先行して洋上風力発電の実証実験を行っていますが、そこで得られたデータに、われわれ一般の研究者はアクセスすることができません。せっかくのデータが生かされないのは、実にもったいないと感じています」

内田准教授は、そんな日本の環境に風穴を開けるような取り組みも行っている。

「九州大学 応用力学研究所が仲立ちとなって、東芝エネルギーシステムズと日立造船の三者で共同研究を行っています」

この2社は共に、エネルギー関連システムの製造を手掛けている。同業他社が共同研究を行うことは、日本では異例だ。この取り組みでは、両社が保有する風車を活用し、風況の実測やシミュレーションを実施している。得られたデータを三者で共有したことで、新しい「CFD(数値流体力学)ウエイクモデル」が結実した。メーカーの差異にかかわらず、風車のサイズと発電機の発電ワット数が分かれば、欠損する風速の予測が可能となったのだ。

東芝エネルギーシステムズの発電所が山間部(上)にあるのに対し、日立造船の発電所は沿岸部(下)に位置する。この対照的な環境に置かれた風車を使い、実測やシミュレーションを行っている。結実した技術は特許申請済みだ

画像協力:内田孝紀准教授

目指すは「チーム・ジャパン」のウインドファーム

風況の解析技術で日本の洋上風力発電を支えようとしている内田准教授は、国内のマーケットがオープンになったとき、欧州の企業群に牛耳られてしまうことを危惧しているという。

「欧州企業は、日本の洋上風力発電に参入する準備を整えています。実際、風車メーカーは日本を最後のマーケットとして捉えているのです。私は、なんとか“チーム・ジャパン”で洋上風力発電を進められないかと考えています。風力発電は総合工学。電気、制御、機械、気象などいろいろな要素があります。それらの必要なデータや技術は、実は既に国内にそろっているのです。それを結集すれば、風車自体のイノベーションが進み、風力発電のさまざまな問題も克服できるはずです」

世界的に脱炭素化の流れは加速しており、日本政府も将来的に再生可能エネルギーを主力電源化する方針を打ち出している。実現のためには、洋上風力発電の規模拡大は不可欠だ。

「欧州でできたことは、必ず日本でもできます」

技術力という点において、日本は決して欧州に後れを取っているわけではない。内田准教授が所属する九州大学 応用力学研究所では浮体式洋上風力発電の開発も進められてきた。チーム・ジャパンのウインドファームが日本の電力事情を変える日は、そう遠くないはずだ。

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