2020.08.26
AIが教師に!? 学習アプリ「Qubena」が生み出す子どもたちの新たな学びの時間
“間違いの原因”をAIで分析し、オーダーメイド出題で個々の学習格差をなくす注目の学習ツール
子どもたち一人ひとりの得意・不得意を分析し、それぞれの“解くべき問題”へと誘導するAI型の学習教材「Qubena(キュビナ)」に注目が集まっている。文部科学省がスーパーサイエンスハイスクールに指定する青翔開智中学校・高等学校(鳥取市)に2019年4月より導入され、全国の学校でも導入が進む。そんなQubenaの仕組みについて、提供する株式会社COMPASS(以下コンパス)の取締役CMOで、Qubena事業部長を務める佐藤潤氏に話を聞いた。
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公立のインフラ整備でようやく本格化するEdTech市場
ここ2、3年、教育現場の改革が進められている。その中心となっているのが、EdTech、つまり教育(Education)× テクノロジー(Technology)による「教育格差の解消」「教育現場の効率化」だ。
経済産業省が、新しい学びの社会システム「未来の教室」実現のため、EdTechの活用などによる、新たな教育プログラムの開発に向けた実証事業を本格的に開始したのが2018年7月。2019年12月には、文部科学省が義務教育を受ける児童生徒のために、1人1台の学習者用PCと高速ネットワーク環境を整備する「GIGAスクール構想」を打ち出している。
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GIGAスクール構想の概要。1人1台の端末を持つ環境づくりがベースとなる
当初は5カ年計画だったが、新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言を受け、文部科学省はGIGAスクール構想を早期実現するための支援を積極的に推進すると表明。令和5年度達成目標だった端末整備の前倒しや、緊急時における家庭でのオンライン学習環境の整備など、ここにきてEdTechの導入が一気に加速してきている。
「EdTechは現在、主に3つのジャンルに分かれています。共用タブレットやクラウドで授業を支援するロイロノートのような『協働学習・授業支援』ツール、プログラミング学習教材を提供するLife is Tech!のような『STEAM教育』ツール、そしてわれわれが提供するAI型学習教材Qubenaのような『教科学習』ツールです。大手企業ではベネッセやジャストシステム、ベンチャーではわれわれコンパス、また凸版印刷や大日本印刷といった教育業界ではないものの、紙の教材がデジタル移行していくことを想定した印刷大手も参入しています。とはいえ競合はまだ6、7社で、これから普及に入っていくというところです」
Qubenaは、同社が特許を取得した「パーソナライズ学習システム」という名の通り、問題を解く過程でAIが子どもたちの得意・不得意を分析し、不得意を補える復習問題を提示してくれるタブレット用学習アプリ。EdTechの中でも特に注目を集める「アダプティブラーニング(適応学習)」を提供している。
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タブレット端末にペン記述するQubena。“自分で書く”ことにこだわっている
写真提供:コンパス
そんなQubenaをはじめとしたeラーニング事業者、学習塾、予備校、通信教育事業者などを対象にした調査によると、教育産業全体の市場規模はおよそ2兆7000億円。しかし、市場が拡大しているのは「学習塾」「幼児向け教育」「通信教育」「企業向け研修」「eラーニング」といった、民間を対象としたものばかりになっている。
(※矢野経済研究所『教育産業市場に関する調査』、2019年11月発表)
「EdTechの導入の進捗からも分かるように、教育現場の改革は、まずは塾、そして私立学校から公立学校へと進んでいくので、一番母数の多いところまで行き届くまでには時間がかかります。公立の学校に割かれる予算は各自治体次第なので、どうしても後回しになっている。結果、通信教育や塾の市場がおよそ1兆円と言われる中、公立の学校はわれわれの感覚ではその数%程度しか予算がありませんでした。ただ、GIGAスクール構想でようやくインフラ整備が進む。これから既存の構造的な問題も解消していくのではないかと期待しています」
AIが間違いの原因を追求する
EdTech導入に国が積極的に動きだしたことに佐藤氏が期待する背景には、Qubena開発の経緯がある。
「Qubenaの誕生は、創業者である神野元基が、2010年にシリコンバレーで起業したことがきっかけの一つでした。当時シリコンバレーではシンギュラリティ(技術的特異点)が提唱されていて、2045年にはコンピューターが人間の知性を超えるだろうと言われていました。数十年先の未来に起こること、例えば今ある仕事が半分くらいになってしまうことなどを知らなければならないのは、今の子どもたちです。神野は子どもたちにシンギュラリティを伝えようと2012年に帰国し、まずは学習塾を始めました」
ところが、そこで神野氏らは「子どもたちには時間がない」ということを痛感したという。勉強に追われていて、未来のことを伝える余裕はなかった。ならば学ぶべきと決められた内容を習得する時間を短縮できれば、時間が余るのではないか。そこで、Qubenaの開発に着手したという。
「学校の授業は、さまざまなレベルの子どもたちが同時に受けるため、物足りないと感じている子もいれば、まったくついていけない子も出てきます。そこで、それぞれがどこが分かっていて、どこが分かっていないのかを可視化し、分からない箇所を集中的に学んでもらう、『アダプティブラーニング』を取り入れたらどうかと考えました。最初は紙のプリントでやり始めたことなのですが、どこで間違えて、どこから理解できていないのかを分析し、分からない箇所を徹底的に学んでもらう。一方で、理解できている子たちには応用問題を出してどんどん難題に挑戦してもらう。生徒それぞれに対して最適な問題を提示することで、学習効率を上げようという方法です。これを実践したところ、生徒たちの習得スピードが格段に上がりました。そしてこの手法を、人工知能を使ったツールに落とし込んだのがQubenaなのです」
Qubenaは、子どもたちそれぞれの回答までにかかった時間、提示されているヒントを見たかどうか、回答までのプロセス(どのように解いたか)、そして間違え方などを人工知能が記憶し、間違いの原因を分析する。現在リリースされているのは算数・数学で、例えば計算式の中で「かけ算の式」を計算して「足し算の式」にする「展開」が分かっていないのか、右辺または左辺の項を、符号を変えて他の辺に移す「移項」が分かっていないのかによって、次に出題される問題が変わるという。
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Qubenaでは、式の途中の間違いを見つけだし、どの段階でつまづいたのかを分析。個々に合わせて復習問題を提示してくれる
資料提供:コンパス
「学年が上がるごとに一つの数式を解くためにいろいろな要素が盛り込まれていくので、多いものだと、間違いの原因となった内容をもとに提示される復習問題が35通りくらい用意されます。経済産業省の『未来の教室』の実証事業で取り組んだ千代田区立麹町中学校の例では、これまで1年間で64時間かかって習得していた内容を平均34時間で習得できたという結果が出ました。これは、一番習得に時間がかかった生徒がクリアできた時点を基準としていて、早い子では16時間かかるものを3時間で習得した子もいたんです。その余った時間で次の学年の内容を進めてもいいし、地域課題を話し合う場にしてもいい。塾でQubenaを導入しても、塾の時間しか減らすことしかできません。だったら、多くの時間を過ごす学校の時間を有効活用してもらえるようにした方が重要だと考えています」
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およそ2分の1に授業時間が圧縮されれば、別のことに使える時間が生まれる
資料提供:コンパス
佐藤氏はQubenaのもう一つの可能性について、「地方との学習格差をなくすきっかけにしたい」と続ける。
地方ではそもそも、学校以外に学べる場の選択肢があまり多くはない。逆に言えば、学校で誰もが効率よく学ぶことができれば、学習内容の均質化を図ることは可能だろう。だからこそGIGAスクール構想は、Qubenaが目指す「学校の未来」の実現に向けた強い追い風となっている。
全教科、全学年を対象に
Qubenaは今、来春のリリースを目指し、小・中学校の5教科版を準備している。
「小・中学校の算数・数学からスタートしましたが、2018年には河合塾と共同で高校数学 IA/IIBを、そして2020年には中学校・高校の英語版もリリースしました。同時に、2019年に小学館にグループインし、同社が発刊してきた図鑑や歴史の漫画などの取り込みにも力を入れています。やはり、教材作りに最も時間がかかるので、他の教科にも広げていけるよう開発速度を上げているところです。まずは2021年に小・中学校の5教科版をリリースし、その後、高校の教材についても検討していきたいと思っています。その先には大学もありますし、学年問わず新しい学びの環境を提供し続けたいですね」
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Qubena事業を統括しているコンパスの佐藤氏
写真提供:コンパス
義務教育など含め就学率が世界有数の日本。解けない問題の“解き方”ではなく、“なぜ解けないのか”を教えてくれるAIパーソナルトレーナーが広がれば、学校や教育の場で取り残される生徒は減る。未来の学び舍はきっと素晴らしいものになるだろう。
次回は、「勉強」以外の教育の場である「部活」にスポットを当てていく。
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