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学習速度は講義の数倍? 専門教育の遠隔実習を可能にする「VR授業」とは

「集中も復習もしやすい」医療・介護の教育現場で進むリアルを超えたVRでの実習

本特集の第1、2回で取り上げたように、AI(人工知能)による学習教材やICT(情報通信技術)を活用した部活動支援など、“オンラインで授業”をすることで教育の在り方や仕組みが変わりつつある。しかし、教育現場では“実習”が必須となる場面も少なくない。人が集まりにくい時代となった今、この課題を解決してくれるのではないかと期待を集めているのが「VR授業」だ。大学とも連携しコンテンツ制作を進める株式会社ジョリーグッドの営業戦略部部長・細木 豪氏に話を聞いた。

“デジタル化”の難しい実習領域をどう変えるのか?

新型コロナウイルスはあらゆる教育現場において大きな混乱や悪影響を及ぼしているが、特に早急な対応に追われている分野に「実習」や「現場研修」がある。

通常授業や暗記科目、レポートや課題の作成・提出などは、リモートツールを使えば対応できないこともない。一方で実習や研修は、現場、もしくは現場に限りなく近い疑似環境で、実際に体を動かしながら学ばなければならない。教育現場の意志以前に、技術的にデジタル化のハードルが非常に高い領域なのだ。

例えば、医療・介護系の大学・専門学校では、実習は必修科目。実習ができないと学生は単位を得ることができず、国家資格試験の受験資格にまで響いてしまう可能性が危惧されている。EdTech(教育[Education]×テクノロジー[Technology])に、この“実習クライシス”に立ち向かう武器はあるのだろうか。

VRが実習を伴う教育現場の危機を救う

それらの難題を、話題の最新技術で解決していこうとする企業がある。VR(バーチャルリアリティー)を活用したソリューションを開発するテクノロジーカンパニー・株式会社ジョリーグッド(以下、ジョリーグッド)だ。

同社は、360度カメラを使ったVRコンテンツの制作・加工、それらに付随するアプリケーションやAIシステムを開発する企業である。もともと、観光などあらゆる分野に対応していたが、戦略的に人材育成系のコンテンツ開発にシフト。さらに分野を絞り、「教育×医療」というカテゴリーに注力してプロダクトやサービスを多数リリースしている。

ジョリーグッドが制作した研修用動画。実際の映像には、この時に何をしなければならないのか、テキストでもフォローされている

画像提供:ジョリーグッド

代表的なサービスとして、医療現場のVRライブ配信とデータ蓄積を同時に行う「オペクラウドVR」、発達障害の支援機関向けソーシャルスキルトレーニングVR「emou」などがあり、最近では、複数人がそれぞれ別の場所から同時に同じVRコンテンツに接続できる「多接続リモートVR臨床システム」も開発。同社で営業戦略部部長を務める細木 豪氏は次のように語る。

「現在、医療関連の教育現場では、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で従来型の人が集まるような集合研修は実施が難しくなっています。通常の研修に加え、重症患者向けの人工肺・ECMO(人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療)教育や、救命救急の臨床の必要性が高まっている中で非常に由々しき問題です。弊社ではこの課題克服に、VR技術が役立つと考えサービス開発を進めています」

ジョリーグッドの細木氏。教育からエンターテインメントまでVRコンテンツを数多く手掛けてきた

細木氏によれば、コロナ禍が本格的に影響を及ぼした今年4月以降、医療・介護系の大学や専門学校などから問い合わせが急増したという。相談の中には、前述の「実習や現場研修をVRで行うことはできないか」というものが多かったそうだ。

「個別の医療・教育機関だけでなく、救急救命士、看護師、介護士などの連盟組織と協力し遠隔で実習や現場研修を再現できるVRカリキュラムやコンテンツの開発を進めてきましたが、コロナ禍を機にさらに拍車を掛けていきたいと考えています」

リアル空間よりも臨場感が高まるVR実習

ジョリーグッドとVRコンテンツの共同開発を進める教育機関の一つに日本体育大学救急医療学科がある。

日体大で保健医療学部救急医療学科長を務め、日本救急医学会評議員、救急医学の指導医・専門医である小川理郎(おがわさとお)教授は、「VRの導入を検討し始めたのは4月ごろ。新型コロナウイルスの影響で対面授業が不可能になったとき、われわれのように将来の救急救命士を教育指導する医療の学科は、実践的な医療現場と介護の現場などを想定した実習を取り入れなければならないため、教育の現場は大混乱に陥りました。何か別の有用な手立てはないかと検討していたところ、医療の研修現場などで活用されていたVRに目が留まりました」と話す。

では、VRでの実習カリキュラム導入を進める中で、どう手応えを感じているのか。

「VRを使用することで、従来の講義では1回しか体験、確認できなかったことが、何度も見直すことが可能になります。また、本来救急救命士にとって、救急現場で動揺して困窮している家族に対してどのように配慮できるか、といったことも非常に大切です。しかし、直接的な技術ではない分、対面授業ではどうしても患者家族の演技などによって緊張感が和らいでしまいます。でも、映像であれば臨場感をより高めた様子を見せることができる。非常にメリットが多いと感じています。今後も積極的に使用を検討していきたいです」(小川氏)

日本体育大学 保健医療学部 救急医療学科長の小川理郎教授。VRは、「医療・看護の教育を大きく変えてくれるでしょう」と期待する

小川氏の指摘はとても興味深い。というのも、VRコンテンツがただ単にリアルの実習や研修をなぞるだけでなく、その効果を高めてくれる可能性を示唆しているからだ。実際、海外では、通常の学習に比べてVRを使うと学習効率が高いという実験結果も示されている。ジョリーグッドの細木氏は解説する。

「弊社でも具体的な検証結果を集めている最中ですが、海外ではマイクロソフトや大手会計コンサルティング企業・PwC、またメリーランド大学、モントリオール大学、ダブリン大学などから、VRが教育に及ぼすメリットについて検証結果が発表されています。それによると、どのくらい学習内容が記憶に残るかという『記憶定着率』や『学習速度』、学習したことを実際に再現する『実践効果』などで、通常の授業よりも数倍効果があるという結果が出ています」

VRでは、手元までしっかり捉えることができるため、習得すべき技術をより詳細に確認することも可能だ

画像提供:ジョリーグッド

現場で発生している複数の役割を、わかりやすく確認できる

画像提供:ジョリーグッド

細木氏は、それらVR教育のメリットを総合して「“自分事”化しやすい点にあるのではないか」と分析する。VRは仮想の世界に入り込んで、視覚、聴覚などを使い物事を疑似体験できるだけでなく、同じシチュエーションの中でも、展開のレパートリーを追加したり、緊張度などを制御したりすることが可能だ。

つまり、体験の頻度や強度を自由にコントロールすることで、ワンパターンではない臨場感を得られ、通常の学習ではどこか他人事に思えていたことを、自分のこととして身に染み付きやすくする効果があるというわけだ。実際、VRを使った人工肺・ECMOの研修を行ったその翌日に、治療現場でスムーズに施術できたという医師の体験談も報道されている。

「弊社では、映像制作時に研修を受ける人の目線や、現実にはなかった要素を仮想世界内で付け加えたりします。ユーザーが利用する際のアプリケーション側では、シナリオ分岐や視点を使ったクイズなど、ゲーミフィケーション要素(アイテムの獲得やレベルアップなどゲーム感覚でユーザーを熱中させる要素)を持った機能を実装することも可能です。リアルであるということを超え、いかに自分事にできるかという点に注意して教育コンテンツやアプリケーションの開発を進めています」

2020年9月に日本体育大学で救急救命士を目指す学生向け教材の撮影が行われた。同大の指導教員たちが実践さながらの演技を見せる

しかし、VRコンテンツを教育カリキュラムとして利用していくためには課題も少なくない。一つは、「触覚」の導入だ。実習や研修では、対象の重さや手触りなどを感じることで学習効果を生むケースも多い。また、360度カメラで撮影した大容量のVRコンテンツをリアルタイムで共有しながら、複数人が滞りなく同時参加できるようにするためには、通信インフラの改善も必要だ。ここは5G(第5世代移動通信システム)など、次世代通信規格の普及が待たれている部分である。

>5G×VR! 新技術活用が災害現場の救急医療に変革をもたらす

救急の連絡があってから駆け付け、搬送するまでを撮影し、VRコンテンツ化していく

VR×教育で目指すのは「VR図書館」

「VR×教育という領域で言えば、コンテンツの量をいかに増やせるかも課題になると思います。そこで、医療・教育機関が自ら360度カメラで撮影した動画を、VRコンテンツにして配信できるプラットフォームを展開し始めました。今後、コンテンツが集まり『VR図書館』のようなものが実現すれば、教育機関や医療機関が高度な研修・実習過程を互いに共有することもできるようになるでしょう。さらに、それらのコンテンツを多言語化することで、日本の医療技術や教育ノウハウを海外に輸出していくこともできるはずです」

VRによって、未来の教育の在り方をどう変えていくのか。今後も目が離せない

コロナ禍は教育現場に大きな苦悩を生み出した。しかし前向きに考えれば、変革のための大きなチャンスとも捉えられる。今、EdTechに注がれ始めたエネルギーはきっと、次世代の新しい教育を実現するための礎になっていくはずである。

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