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2017.06.26
レーザーが証明した“アインシュタイン最後の宿題”
レーザー干渉計型大型低温重力波望遠鏡『KAGRA』
岐阜県・旧神岡鉱山の地下深くに、“アインシュタイン最後の宿題”といわれた「重力波」を観測するための大型低温重力波望遠鏡『KAGRA(カグラ)』の建設が進行中。その中で最も重要となる技術が、レーザー干渉計だ。なぜ重力波検出にレーザーが必要なのか?重力波検出によって何が解明できるのか?東京大学大学院工学系研究科附属 光量子科学研究センターの三尾典克特任教授に話を伺った。
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INDEX
ブラックホールそのものを直接観測できる望遠鏡
アインシュタインが一般相対性理論を発表し、「重力波」の存在を予言してから100年となった2015年、アメリカのレーザー干渉計型重力波望遠鏡『LIGO(ライゴ)』が、世界で初めて重力波を直接検出することに成功した。
その歴史的な偉業には後れを取る形となったが、ここ日本でも『KAGRA(カグラ)』計画が進行中だ。岐阜県飛騨市神岡町の地中深くに大型低温重力波望遠鏡を建設し、より高精度で重力波を検出しようというものだ。
そもそも重力波とはどういうものか?
アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量を持つ物体が存在すると、それだけで時空にゆがみができる。物体が運動することで、このゆがみが波として伝わっていくのが重力波だという。
現在、宇宙から地球に伝わってくるほとんどの情報は、可視光や電波、X線、ガンマ線といった「電磁波」によるもの。電磁波は電荷の運動によって発生するのに対し、重力波は質量の運動で発生するため、発生源の質量の大局的な運動を観測することができると期待されていた。
例えば、電磁波ではブラックホールそのものを直接見ることができなかったため、周辺から発生する電磁波を観測してその存在が確認されていたが、重力波ならその運動を直接捉えられるため存在そのものを証明できる。
実際、アメリカの『LIGO』が検出したのも、連星となっている2つのブラックホールが合体する際に出てきた重力波だった。ブラックホールの質量に関して、今まで分からなかった部分の解明が進み始めている。
このように「宇宙を見る」方法として重力波を検出することは、研究の視野を大きく広げることに貢献する。三尾特任教授も学生時代から一貫して重力波検出の研究を続けてきた。
「重力波の研究は1960年ごろから始まりました。以来、さまざまな研究者たちが『人が見えないものを見てみたい』という情熱を持って重力波を追いかけてきました。重力波でしか検出できないものを見つけられれば、われわれが宇宙に対して持っている認識がガラッと変わるような発見があるかもしれない、と」
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三尾特任教授が光量子科学研究センターで開発しているレーザー。出力200Wできれいな波長を得るのが目標で、現在は150Wまで達成している
“小さ過ぎて見つけられない”はずの重力波を捉えたレーザー干渉計
ただし、重力波による空間の歪みは極めて微小であるため、検出は困難を極める。
地球と太陽ほど離れた2つの物体間に生じる歪みは、水素原子1個分の大きさにしかならない。その存在を予言したアインシュタインでさえ、「重力波は小さ過ぎて見つかることはないだろう」と言ったとか。
つまり、重力波の存在を証明することは“アインシュタイン最後の宿題”というべき難題であった。
そこで注目されたのがレーザーだった。既に日常生活のありとあらゆるところに使われているレーザーだが、実は精密に物を測ることにも有効。
重力波は空間を直交方向にほんのわずかに伸縮させる。その極小の距離の違いを、「レーザー干渉計」で捉えようというのが重力波望遠鏡だ。
重力波望遠鏡は巨大なL字形の真空容器の中でレーザー光を飛ばし、その光が両端で反射されて返ってくる時間のズレを計測する構造になっている。
1994年から計画が始まったアメリカのレーザー干渉計型重力波検出器『LIGO』は一辺4km。これを東海岸と西海岸に1つずつ設置している。ヨーロッパではフランスとイタリアが共同で、イタリアのピサに一辺3kmの『Virgo(ビルゴ)』を設置、2007年より観測を開始している。
現在稼働している中では、この3機が最高クラスの感度を持つ重力波望遠鏡である。
そして2015年9月、『LIGO』はついに宇宙から届く重力波を検出するという偉業を達成。アインシュタインの予言から100年、その宿題が解けたことに世界が沸いた。『LIGO』はその後、同年12月、2017年1月と3度の検出に成功している。
「いざ見つかってみると、いきなり想定よりも大きな信号となって現れたので本当にびっくりしました。また、ブラックホール同士の衝突がこんなにたくさん見つかるというのも予想外でした。宇宙には、考えられていたよりも多くのブラックホールがあった」
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レーザーの光をスプリッターで直交する2方向に分け、その光を遠くに置いた鏡との間で何度も反射させてから戻ってきた光の到達時間を計測する。重力波によって時空がゆがむと、到着時間に差が生じる
画像提供:国立天文台
後発である日本の『KAGRA』のアドバンテージ
『LIGO』や『Virgo』に負けじと、現在日本で建設が進められている『KAGRA』。理論上の検出感度は『LIGO』や『Virgo』と同程度となる見込みだが、『KAGRA』には「地下」「低温」という2つの武器がある。
『KAGRA』の建設は、旧神岡鉱山内の地下200m以深に地下トンネル空間を掘削して設置が進められている。宇宙から届く情報を収集する施設を地表ではなく地下に建設するというのは意外ではあるが、そのメリットは地面振動が地表に比べて1/100以下と小さいこと。
「東京の地上で計測するとかなりの揺れが検出されてしまうのですが、KAGRA建設地の地下空間へその検出器を持っていくと、壊れたのかと思ったくらい揺れがほぼないのです」
これが重力波検出の安定運用に欠かせない利点となるのだ。
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『KAGRA』の建設地は、ニュートリノ観測で知られる「スーパーカミオカンデ」のある岐阜県飛騨市神岡町。地下200m以深に一辺3kmの規模で設置される
画像提供:東京大学宇宙線研究所
もう一つ、世界初ともいえる特徴は反射鏡を冷やすこと。
鏡が熱を持っていると、熱振動によるノイズが重力波信号をかき消してしまう。そういったノイズを極力減らすために、4つの冷却装置を連結して絶対零度に近い約-253℃まで冷やす。鏡には、低温でも熱伝導や機械的損失の少ない人工サファイアを使用するのも特徴だ。
これらの世界でも類を見ない先進設備を備えながら、『KAGRA』は2019年3月までに全体のシステムの完成を予定。その後、試運転とチューニングを繰り返し行って感度を高めていき、本稼働を目指す。
こうして『KAGRA』が重力波の観測を開始すれば、アメリカやヨーロッパの技術を追い抜くことにつながるのだろうか?
「もちろん最初は競争心を持って技術を高めていくことは必要でしょう。お互いに競い合い切磋琢磨(せっさたくま)しながら先を急ぐ一方、協力し合いながら今の設備を有効利用していこうというのを並行してやっていきます」
これまで稼働している『LIGO』や『Virgo』に加え、『KAGRA』が観測したデータを照らし合わせることで、より解析の精度が高まることが期待される。地球が自転している以上、それぞれの計測器が向いている方向によって拾う重力波の大きさも違うからだ。
ブラックホールの新たなる発見、あるいはいまだ観測できていない超新星爆発の重力波、中性子星の連星が合体するときの重力波も検出されるかもしれない。
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サファイア鏡と極低温冷却装置。冷却装置はレーザー干渉計に大敵の振動を発生させない低振動冷凍機ユニットを開発
画像提供:国立天文台、東京大学宇宙線研究所
レーザー干渉計技術がもたらす副産物
『KAGRA』に搭載されるレーザー干渉計は、もちろん世界最高レベルの精度を持つものとなる。重力波という微小なゆがみを検出するには当然、そのレベルが求められるからだ。このようにレーザー干渉計の精度を高めていくことは、重力波検出にのみ役立つわけではない。実際、工業計測や物性計測などあらゆる計測装置は、レーザー干渉計をベースにしたものが多い。
「物を精密に加工する機械にもレーザーが使われています。例えば、ものを削るための刃物を載せたヘッドがどのくらい動いているのか、レーザー干渉計を使って動きをモニターしながら調整し、より精度を高めています。また、平面ではなく曲面に加工するときにも、精密な曲面にするためにはレーザー干渉計が欠かせません」
宇宙開発で研究された技術が新素材を生み出すのに役立つという事例と同様、重力波を検出するレーザー干渉計も、さまざまな産業技術と密接な関係を保って開発がなされているのだ。
また、大きなものでは地球のゆがみを測る装置にもレーザー干渉計は重要で、実際『KAGRA』には地球のゆがみを測る専用干渉計も併設されている。地殻の運動を測りその情報を蓄積していくことで、地震発生のメカニズムを解明することにもつながっていくのではと期待される。
「レーザーは、20世紀最高の発明品と呼ぶにふさわしいものだと思います。加工だけでなく、計測にも何にでも使える。道具としてこんなにすごいものはない。また、少ないエネルギーでいろいろなことを実現していくという意味で、非常に効率がいい。だから未来のエネルギーを考えるにあたっては、レーザーは欠かせない技術だと思います」
重力波を測定することで、宇宙に存在する万物の姿を浮かび上がらせるレーザー。「万能の光」は、未来の姿をも映し出そうとしている。
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三尾特任教授は産学連携によるレーザーの産業転用にも取り組む
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