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紙、リバイバル。

紙が回収不要なセンサーに!? データ収集の幅を広げる「透明な紙」の正体

植物由来の極細繊維「セルロースナノファイバー」から生まれる新素材

紙と聞くと、多くの人は白色を想像するだろう。しかしその常識を覆す「透明な紙」を開発したのが、大阪大学 産業科学研究所 自然材料機能化研究分野の能木雅也教授だ。木材パルプを由来とするセルロースナノファイバーから生まれた紙は、なぜ透明なのか。その理由をひもといていくと、これまでにない防水技術や土に還(かえ)るセンサーなど、私たちの暮らしをより良くしてくれる技術につながるものだった。透明な紙がもたらす可能性をレポートする。

「透明な紙」を生み出す新素材とは?

紙の歴史は古く、紀元前2000年頃には古代エジプトで植物を加工して作った「パピルス」に文字が記されていたことが分かっている。

その後、西暦100年頃に現在の紙の源流となる製紙法が生まれ、時代と共に世界に伝播(でんぱ)する。産業革命後の19世紀後半には、木材パルプなどを用いた紙の大量生産が可能になった。

このように今に連なる紙の歴史はパピルスから数えると約4000年にもなる。製紙技術は時代と共に発展してきたのだが、その長い期間の中で変わらなかったことがある。それは、紙には色が付いているということだ。現在では、多くの人が紙と聞くとコピー用紙のような白色を思い浮かべるだろう。

だが、これまでの常識を覆す透明な紙が2009年に生まれた。開発したのは、大阪大学 産業科学研究所 自然材料機能化研究分野の能木雅也教授だ。

「まず、紙になぜ色があるのかというと、炭酸水をイメージしてみてください。水自体は透明ですが、グラスに注いだときに出る泡は白色に見えます。なぜ泡が透明ではないのか。それは、透明な物質の中に隙間があると光がそこで乱反射して、白く見えてしまうからです。実は、紙が白い理由もこれと同じです」

右が従来の白色の紙、左が能木教授によって開発された透明な紙

資料提供:能木雅也教授

現在の紙は、木材パルプなどの繊維が絡み合い、シート状になっている。この繊維の隙間をなくせば光の乱反射がなくなり、紙は透明に見えるのだという。だが通常の木材パルプでは、この隙間を埋めることができない。

「そのために用いたのが、セルロースナノファイバー(CNF)です」

セルロースナノファイバーは、木材パルプをさらに微細にほぐしていくと生まれる繊維のこと。木材パルプが直径約15μm(マイクロメートル)なのに対し、セルロースナノファイバーは直径3~15nm(ナノメートル)と、約1000~5000倍の細さだ。

木材パルプを倍率6万倍にすると、繊維のようなものが見られる。この繊維の一本一本がセルロースナノファイバーだ

資料提供:能木雅也教授

「セルロースナノファイバーは非常に細い。そのためこれを用いて紙を作ると、光が乱反射するだけの隙間ができません。向こう側が透き通って見える透明な紙になるのです」

紙というよりも一見透明なフィルムのように見える。しかし合成樹脂を薄膜状にしたフィルムとは異なり、一般的にイメージされる「紙」と同じ製法で作られている。違いは木材パルプではなくセルロースナノファイバーを用いているだけだ。

「この紙は、ただ透明というだけではありません。使い方によっては、私たちの暮らしをより良くしてくれるものなのです」

紙が電子デバイスを水から守る

現在、私たちの身の回りには電子デバイスがあふれかえっている。PCやスマートフォンだけを見ても、複数台持っているという人もいるだろう。

今や仕事でもプライベートでも欠かせなくなったこれらの電子デバイスだが、水という弱点がある。

「電子回路が水にぬれると、電気を通さない純水であっても、短時間でショートしてしまいます。たとえ回路を防水コーティングしたとしても、傷がつけば同じようにショートします」

能木教授はこう話す。

電子回路が水にぬれると、陽極(+)から溶け出した金属イオンが陰極(-)に移動した後、樹状になって現れて電極間をショートさせてしまう。

だが能木教授と大阪大学 産業科学研究所 博士課程に所属する春日貴章氏のグループは、セルロースナノファイバーを用いた透明な紙でコーティングした電子回路なら、水没してもショートを防げることを発見した。

「透明な紙で覆った電子回路は、水にぬれた状態で電気を流しても、陽極周辺を覆うハイドロゲル膜が生じ、樹状に現れた金属イオンによってショートするのを防いでくれるのです」

このショートを防ぐハイドロゲル膜とは何か。

「セルロースナノファイバーは電気泳動(溶液中の荷電物質が移動する現象)によって陽極周囲に集まり、ハイドロゲル膜を作ります。そのため、セルロースナノファイバーのコーティングに傷がついて水が浸入したとしても、ハイドロゲル膜によって守られるのです」

これまでの電子回路の防水対策というのは、回路に水が入り込まないように物理的に何かで覆うことだった。

一方、能木教授のグループが発明した防水技術は電子回路に水が入ることを防ぐのではなく、ショートしないようにするもの。原理、効果ともに従来の技術とは根本から異なる。

「従来の防水技術と併用することで、より効果を高めることができるでしょう」

近年、台風や集中豪雨による水害が国内のどこかで発生している。水害と聞くと川の氾濫や土砂崩れなどを想像するが、自動車の電気系統に水が入り込むことでショートして車両火災が発生することもある。

この新しい防水技術は、その対策にもつながる可能性がある。

「土に還る」ペーパーセンサーは回収不要

透明な紙の実力は、電子回路の防水だけにとどまらない。

原材料となるセルロースナノファイバーは天然由来だ。つまり、いずれ分解され土に還(かえ)るエコロジーな素材だといえる。

そんなセルロースナノファイバーだが、電気抵抗値を測定すると高絶縁性が確認できる。そのため、金属と組み合わせるとコンデンサー(キャパシタ、蓄電器)など、電子回路の素材として使うこともできる。

セルロースナノファイバーを用いて作られたコンデンサー

資料提供:能木雅也教授

これらの特性を組み合わせると、これまでになかった電子デバイスが生まれる。

「セルロースナノファイバーから作ったコンデンサーに加え、透明な紙の上に金属(コイル)や鉱石(トランジスタ)を載せると、いずれ土に還る天然素材のペーパーセンサーが出来上がります。現状、開発したのは湿度センサーだけですが、今後気温や降水量などさまざまなデータがセンシングできるように研究を進めています」

コイルやトランジスタなど、天然素材のみを用いて作られたペーパーセンサー。放置しておけば、40日前後で土に還るという

資料提供:能木雅也教授

もし、これが実現したらどうなるのだろう。

土に還るなら回収を考慮しなくて済むため、大量にセンサーを設置できるようになる。例えば田畑に数多くペーパーセンサーを設置しておけば、広大な農耕地であっても効率的にきめ細かく天候情報を収集することができ、農作物の生産を大幅に効率化させることができる。

このように回収の必要がないことが大きな利点になる。頻繁には行きづらい山中などにも設置しやすく、また紙であることを利用して、農作物そのものに貼り付け生育データを取るということも考えられる。いずれも、大量設置によって数多くのデータが取得可能だ。

「紙ならではの薄さと、土に還るため回収不要であることが、従来のセンサーでは難しかったデータの取得方法を生み出していくでしょう」

能木教授は、そんな期待を込めている。

農業での活用以外にも、山奥に設置して土砂崩れなどの災害予測にも役立てられる

提供:能木雅也教授

紙は人類の進歩において最も重要な発明の一つ。紙があったからこそ、人類は知識を共有し、文明を発展させることができた。

セルロースナノファイバーを用いた透明な紙も、これまでの紙がそうだったように、次世代のデバイスとして、私たちの暮らしに新たな豊かさをもたらしてくれるものなのかもしれない。

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