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あらゆる人が快適さを共有できる空間へ! 設計のエキスパートが語る未来のトイレに必要な条件

長年、全国のパブリックトイレの設計に携わり、トイレの変遷を見つめてきた「日本トイレ協会」会長、小林純子氏が描くトイレのミライ

「トイレ」は誰もが毎日利用するもので、私たちの生活と密接に関係している。一方で、“汚い場所”としてあまり表舞台に出てこない空間でもある。しかし近年、さまざまな進化を遂げ、より清潔・便利で、心地よい空間へ変わりつつある。この変化を人的リソースやエネルギー負荷を課さずに進めていくことが、省エネ化などの社会課題にも直結している。そうしたトイレの変化、トイレの未来をこの特集では探っていく。初回は駅や商業施設などパブリックトイレの設計に30年以上携わる設計事務所ゴンドラの小林純子代表に、日本におけるトイレの変遷と現状、これからのトイレに望まれるものについて聞いた。

たった1ページの要綱しかなかった過去のトイレ建築

建築用語では、トイレは「便所」と表記される。

その言葉から受ける印象は、汚さや暗さ、じめじめとした、決して居心地がよいとは言えない空間だ。今でこそ設備や機能、清潔さなどから世界一と評される日本のトイレだが、かつては単に“用を足すだけ”の無機質な空間だった。

1987年、その風向きが変わり始めた。建築家の早川邦彦氏等によって改修された、松屋銀座の「コンフォートステーション」が、それまで機能のみを提供してきたトイレに「快適さ」をもたらしたと設計事務所ゴンドラの小林純子代表は語る。

「当時、海外から『日本の建物やまちづくりには、機能性は充足しているが、アメニティ(快適さ)が不足している』と指摘されていました。高度経済成長期を経てインフラ整備はある程度のレベルまで進み、さて次は何ができるかと、さまざまな企業が多角的な視点でテーマを探し始めました」

そんな風潮の中、製紙用品・衛生用品の大手、ユニ・チャーム株式会社の関連企業、ゴールドタワー株式会社(2004年解散)が、1988年に開通した「瀬戸大橋」のトイレ事情に着目する。本州と四国を初めて結んだ大橋は観光客の増加により、周辺施設やサービスエリアにおける観光客の“トイレ渋滞”が懸念され、同社はトイレ渋滞の緩和に寄与し、さらには観光スポットにもなるトイレを作るという発想から「チャームステーション」を開館させた。

小林氏は同施設において本格的にトイレ設計に携わった。

250坪の敷地に5億円を投じた「チャームステーション」は「世界のトイレ館」としての観光的な側面も備えた施設。広々としたスペースと豊富な個室数。それまでのトイレにない快適さを実現したトイレとして、当時マスコミにも取り上げられた

画像提供:小林純子氏

「人間は『こんなものだ』と思えば今あるものを受け入れてしまうものです。トイレはまさにその典型。だからこそ、この時期にいくつかのトイレがより清潔で、レストルームとしての機能も兼ね備えるようになったことで、人々のトイレに対する価値観に変化が起き始めました」

「チャームステーション」の設計以降、こうした目新しい取り組みを知った百貨店や商業施設から「トイレの設計をお願いしたい」と小林氏へオファーが舞い込むようになった。

「それまでトイレというのは非常に画一的な空間でした。例えば、音楽ホールを設計するにしても、ロビーやホールには非常に心を砕くけれども、その中のトイレは後回しになっていた傾向がありました」

小林氏が1991年に設計した松坂屋名古屋店南館増築時のトイレ。「チャームステーション」をきっかけに、改修や新築時のトイレ設計に関する案件が舞い込む

象徴的だったのは、設計をする者のバイブル的存在だった建築設計資料集成。

住宅や公共施設の設計に必要なスペックや標準仕様が綿密に示された本に、トイレの項目はたったの1ページ。それも和便器で、空間の寸法が書かれているだけのものだった。

「そこで、自分と友人をモデルとして、トイレを利用する人がどのような動作をしているのか、トイレットペーパーを設置する位置は? 空間の広さは?と細部にわたり検証し、利用者にとって快適なブースの並べ方やスペースの取り方を探っていきました。公共トイレの資料は、現在は当時とは格段の差があります」

こうした積み重ねで小林氏は商業施設や駅、学校などのパブリックトイレの設計に深く関わり、変化を仕掛ける側としてトイレに向き合い、存在意義を拡張してきた。

誰も取り残さず、全ての人の快適空間を目指して

昨今トイレは大きく変貌を遂げ、バリアフリー化をはじめ、パウダールームや着替えスペースのほか、ソファが設置されたレストルームとしての機能を果たすトイレも登場。

商業施設におけるトイレの快適性は成熟したと言えそうだが、まだまだアップデートの余地はある。

小林氏が現在会長を務める一般社団法人日本トイレ協会では、異業種間でさまざまな視点からトイレの在り方を考えている。

2007年の大丸東京店リニューアル時、小林氏は全館のトイレを設計。洗練されたデザインはもちろん、広くゆったりくつろぎ、一息つけるレストルームとしての機能も特徴だ

画像提供:小林純子氏・松坂屋大丸ホールディングス

画像提供:小林純子氏・松坂屋大丸ホールディングス

「私のような設計者、トイレ機器メーカー、製紙メーカー、衛生用品メーカー、下水道整備に関わる方、社会学者、土木研究者などとの交流を通じて、改めてトイレという非常に狭く用途も限られた空間が内包する奥深さ、歴史の長さが見えてきました」

「トイレは地球環境とダイレクトにつながっている」と小林氏は言う。

下水道が整備された国では排泄物は適切に処理されるが、そうでない地域や国、山間部ではどうか?

トイレという場所を起点として、地球をより多面的に眺めることができる。

「トイレはSDGsとも密接に関わっていますし、環境保全やジェンダー問題へのチャレンジなど私たちが常々考えてきたことでもあります」。SDGs視点でトイレから始まる環境負荷の軽減も大きな課題だ

これからのトイレに求められるものはどのようなものだろうか。

「斬新なデザインや目新しさから、“空間の本質”へ立ち返る流れが訪れるのではと思います。特に考えられるのはオートマチック化。いかに便利に利用できるかにフォーカスされ、たとえばデジタルで混雑状況や、トイレの床汚れなどを確認できる仕組みも築かれつつあります。また、今まで取り組まれていなかった課題としてはジェンダーや障がいを抱える方など多様性への向き合い方が挙げられます」

TOTO株式会社が2018年に実施した調査によると、トランスジェンダーの人の中には、「外出時に男女別トイレを使用することに違和感を覚える」という意見が多く見受けられた。

「この課題に、アメリカでは全てのトイレを男女共用にする提案や標準化を進める例もあります。ですが、日本では、女性の求める清潔感、安全性に加え、社会的コンセンサスが過渡期で、トランスジェンダーの方の中にもさまざまな方がおられることを考えて、男女共用トイレや男女別トイレを共存させるなど柔軟に設置することが、パブリックトイレでは特に重要だと考えます」

障がい者の方向けには、車椅子を使用される方の使いやすさの追求などが行われてきたが「今、課題になっているのは知的障がいや認知症の方などのトイレ利用です。こうした方々がトイレの機能をどのように認知しているかの研究はこれからで、水洗ボタンと間違えて非常ボタンを押してしまうなどのトラブルも多いのが実情です。これらの問題を解消し、誰も取り残すことなく快適に使えるトイレを作るために、研究と検証が進み始めています」

トイレに求められるメンテナンス性

小林氏は、これからのパブリックトイレで最も大切なことは“メンテナンスのしやすさ”だと強調する。

例えば、商業施設ではトイレが一日に何度も専門スタッフにより丁寧に清掃され、いつでもきれいな状態が保たれている。もちろんトイレの数が多い施設では、そうしたスタッフの作業効率化も課題となってくる(※この課題の改善例は第2回で言及)。

また一方で、生徒が清掃する学校のトイレや屋外のトイレは、古い設備のままのところが多く清掃しづらく、また利用回数に対して清掃頻度が低く非常に汚れやすい。特に公園や駐車場などの公的なトイレの汚れは“治安のバロメーター”とも言われ、メンテナンス性の維持に苦心するという。

「仕事で訪れた小中学校のトイレを見てびっくりします。というのも、学校のトイレは私たちが通っていた時代とほとんど変わっていません。和式の便器が減って洋式化してはいるものの、決して子どもたちにとって心地よい空間とは言い難い。子どもたちにとって、今、学校は過酷で気が休まりにくい場所でもあります。せめてトイレくらい、一息つけるようになったら…と感じています」

また、屋外トイレは風雨にさらされ汚れやすいほか、人目に付きにくい場所に設置されていることも多く、犯罪が起こる危険性も必然的に高まる。

「犯罪抑止の観点ではメンテナンスを行う以外にも、人の目の届く場所に設置する解決策があります。それから一部では導入されていますが有料化してメンテナンスの頻度を上げたり、ある程度利用する層を限定させる手段もあります」

2020年、京阪電鉄淀屋橋駅のトイレの移設・リニューアルに際し小林氏が設計。間接照明の採用など内装・レイアウトを工夫し狭さを感じさせない空間に。また環境に配慮してコンパクトかつ節水タイプの衛生器具やLED照明を採用。1日に3万人が行き交う駅で省エネ化を促進した

画像提供:小林純子氏・京阪電気鉄道株式会社

小林氏は講演や学会などでこうした学校や屋外のトイレが抱えるメンテナンスの問題を提言し、広める活動を始めている。

快適さのその先、こうしたパブリックトイレの課題に取り組む企業やメーカーが増えていくに違いない。

「設計に際し、省エネ化はもちろん、各メーカーが開発している“汚れが落ちやすい便器”や“洗いやすいフォルムの便器”、トイレを清潔かつ快適に保つ内装の採用・変更も提案の範疇(はんちゅう)にあります。特に私はメンテナンス性に注力し、機器メーカーをはじめ、トイレ清掃を行う方々にもヒアリングを行い、どのような人が利用するのか、どのような汚れが目立つのかを把握し、設計を考えています。デザインと機能、そしてメンテナンスの3つがそろうことで、トイレはより長く快適さを保つことができます。これからはメンテナンス面まで考えられた設計・提案が行われることが理想と言えるでしょう」

最近はコロナ禍で手洗いの機会も増えた。駅のトイレ設計に際し、「出入り口付近に手洗い専用スペースを設けてみては?」と提案することもあるという。

「神社で手を清めて参拝するように、手を洗う行為には衛生面でのメリットだけでなく、気持ちを切り替えるような役割もあるのではないでしょうか」と小林氏は教えてくれた。

社会の変化につれてトイレやその周辺の在り方も、フレキシブルに変化していくのかもしれない。

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