2022.06.15
世界初のバーチャルステーション「シン・秋葉原駅」がつなぐリアルと仮想空間
jeki×HIKKYが描くメタバースビジネスの展望
日本のサブカルチャーの中心地、秋葉原。2022年3月25日、この街をメタバース空間で再現した「Virtual AKIBA World(バーチャルアキバワールド)」がオープンするや否や、大きなにぎわいを見せた。東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)と、株式会社ジェイアール東日本企画(以下、jeki)、そしてVRコンテンツを手掛ける株式会社HIKKY(以下、HIKKY)の3社によるこのプロジェクトが描くのは、リアルとバーチャルの相互作用を促す壮大なビジョン。プロジェクトのキーパーソンに話を聞いた。
- 第1回
- 第2回世界初のバーチャルステーション「シン・秋葉原駅」がつなぐリアルと仮想空間
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コロナ禍で急速に進んだビジネス変革
「Virtual AKIBA World」(以下、VAW)実現への布石は、世界最大規模のメタバース・VRによるバーチャルイベント「バーチャルマーケット6」だった。2021年8月にJR東日本ブースを出展し、バーチャルの世界で秋葉原駅を再現。歴代の企業出展ブース中、最多の来場者が体験した。鉄道というリアルワールドでの輸送をなりわいとするJR東日本が、バーチャルを手掛けたのはなぜなのか。同プロジェクトを推進したjekiのVAW担当、光富憲太朗氏はこう振り返る。
「社内の有志でプロジェクトチームを立ち上げて、VR市場のウオッチを続けていました。元々バーチャルの世界って、ユーザーそれぞれが独自に楽しんでいるイメージがありましたが、実はコミュニケーションのポイントがたくさんあることが見えてきました。オンライン飲み会などのイベントでも、みんなリアルと同じように楽しんでいる姿も見えて、オンラインでのコミュニケーションに限界はないと思うようになりました。
そして、コロナ禍でJR東日本のビジネスが変革を迎えたことも大きな要因です。以前は、鉄道事業とテナントやオフィスなどを展開する生活サービス事業の比率は7:3ほどでしたが、それが今は6:4、さらにコロナ禍で拍車がかかり、5:5にしようという声も出てきている。2021年には『Beyond Stations構想』というものを打ち出して、人とモノ・コトをつなぐ姿を目指しています。こうした背景があって、バーチャル空間に駅を作り、そこへ集まってもらうというアイデアが具体化しました」
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JR東日本による「Beyond Stations構想」。駅を「交通の拠点」から「暮らしのプラットフォーム」へと転換することを目指し、さまざまなサービスを開発している
バーチャル空間に生まれた“アキバ”では、見て回るだけではなく、ユーザー同士がアバターを介して交流できたり、日本中央競馬会(JRA)とコラボした「走れ!トレインケイバ」でレースを楽しめたりといった体験が可能。この空間を、どうビジネスにつなげていくのだろうか。
「コロナ禍でさまざまなものが急速にオンライン化されましたが、この流れが緩やかになることはあっても、なくなることはないはずです。そう考えると、バーチャルはリアルを補完する存在ではないし、その逆でもないと思っています。いわば、“普段使い”できるバーチャル空間があることで、例えば午前はバーチャル空間でショッピングをして、午後は出社して会議に出席するなど、生活の中にバーチャルがどんどん組み込まれていく世界になっていくはず。利便性が向上するし、どちらの価値も高まっていくと考えています」
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JRAとのコラボコンテンツ「走れ!トレインケイバ」では、VAW内の「YAMANOTE競馬場」で、競走馬ではなく電車が競う
メタバース浸透のカギは「オープン化」
こうしたVR空間の構築に際しては、技術面の課題も大きい。VRと聞くと、大きなヘッドセットをイメージしてしまうのではないだろうか。VAWの特徴の一つに、「Vket Cloud(ブイケットクラウド)」という技術が挙げられる。これにより、PCやスマートフォンのブラウザ上でバーチャル空間を体験できるようになった。HIKKYででVAW担当を務める西村正成氏はこう説明する。
「現在展開されているメタバースコンテンツは、まだ“平等”ではない状態のものが多くあります。参加するための機材が必要だったり、アプリをインストールしなければならなかったり。でも、それではメタバースの世界は広がっていきません。僕らは『オープンなメタバース』が必要だと思っていて、それは誰もが自由にその空間に入ることができ、さらに将来は家を建てたりお店を出せたり活動も自由になることで、メタバースが世間に浸透していくと考えています。今回のVAWでも、Vket Cloudを活用して、PCやスマホがあれば参加できる世界を構築することが重要でした」
設立当初からフルリモートでの勤務体系を採用し、SlackやDiscordに加えて、VRChat上にもバーチャルオフィスを構築しているHIKKY。本名ではないバーチャルネームを使用することも可能で、オンラインミーティングでは見た目や声をカスタマイズした状態で勤務している社員もいるという。
「弊社の役員でChief Virtual Officer(CVO)を務め、バーチャルマーケットというイベントを創った『動く城のフィオ』という人物がいるのですが、彼とはアバターでしか会ったことがありません。彼は先天的なうつ病により引きこもっていた時期があるのですが、そんなふさぎ込んでいたときに、VRでアバターを介してなら人と話すことができた。その体験が基になって、『人の創造性を既存の価値観から解き放つ』というビジョンができ、HIKKYの設立につながったんです。さらに、“バーチャル経済圏”という概念を提唱し始めたのもフィオです」
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HIKKYのCVO、動く城のフィオ氏。アバター以外でリアルに会ったことのある社員はごくわずかだが、さまざまなSNSで積極的に発信を行っている
バーチャル経済圏は、VR空間の中でモノ・コトが売り買いされて経済を動かしていくようになる考え方。成立させるには、当然ながらメタバースやVRが今以上に世間へ浸透し、その中での生活が違和感のないものにならなければならない。しかし、現状はまだ遠い世界と感じる人が少なくないのも事実。普及を加速させるためには、何が必要なのだろうか。
「VR空間がオープンになることの重要性は先述の通りですが、それが進んでVRが『プラットフォーム化』していくことが重要だと考えています。ユーザーへ一方通行的に何かを与えるだけのコンテンツというのは、廃れていく傾向にあり、それはVRの世界でも同じ。バーチャルの街の中で、誰もが、いつでも好きなように、やりたいことをできる仕組みを整えていかなければなりません。
そうすると、無限に広がるバーチャル空間をプラットフォームとして、企業や人々が自由に活動を行い始めるはずです。購買体験もできるようになれば、その中で仕事をしてお金を稼ぐことも可能になります。つまりは、バーチャル空間で生活ができるようになるわけです。こうしてお金が稼げるプラットフォームになっていくことが、メタバースに必要不可欠な部分だと思います」
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HIKKY主催の「バーチャルマーケット2021」には、過去最大の約80社の出展があり、100万人以上が来場した
リアルとバーチャルの融合がもたらす価値
現在はトレンドワードして取り上げられるメタバースだが、これが一般化して多くの人がバーチャル空間での生活も楽しむようになる未来がやってくる日も近いのかもしれない。立ち上がって間もないVAWは、これからどんな展開を見据えているのだろうか。
「5月下旬にJRAさんとのコラボコンテンツがスタート(レース開始時)しましたが、この後はアパレル大手のBEAMSさんも参画予定で、バーチャルマーケットの展開を計画しています。彼らも、OMO(Online Merges with Offline、“オンラインとオフラインを併合する”という意味)の考えに共感してくれていて、バーチャルでのオムニチャネル構築に積極的です。そのほか、多くの企業の方から問い合わせを頂いている状況で、まだまだコンテンツは増えていくと思います」(光富氏)
「現状のVAWは、まだベータ版くらいの感覚です。ここからもっと進化を見せられると思います。デジタル技術やSNSの普及もあり、今は24時間つながるのが当たり前の世代が中心となっています。コロナ禍もあって、オンラインで会うことが一般的になってきましたが、だからこそリアルの重要性が増している状況でもあります。リアルとバーチャルを気軽に使い分けられる“普段使い”がポイントになっていくと思います」(西村氏)
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オンライン取材で、VAWのビジョンを楽しそうに語ってくれた西村氏(左)と光富氏(右)
VAWのローンチ時期、リアルワールドの秋葉原駅には、改札口前に大きなモニュメントが置かれ、行き交う人の注目を集めた。これも、リアルとバーチャルの融合を目指した取り組みの一環だったという。
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秋葉原駅の改札内に出現したモニュメント。説明書きはなく、二次元バーコードが掲示されただけだが、ローンチ直後の来訪はそのコード経由が最多だったそう
「駅の中に、地下からニョキニョキと現れたようなイメージでモニュメントを設置しました。これが、リアルワールドからVAWへの入り口になるというメッセージです。秋葉原のカルチャーを考えると、『知る人ぞ知る』感じが大切なので、あえて説明は何もなし。それでも、たくさんの人が反応してくれて、手応えは感じましたね。今後は、NTTドコモさんも加わり、XR(クロスリアリティ)領域で一緒に取り組んでいきます。AR(拡張現実)やMR(複合現実)を含めて研究を進め、リアルフィールドの生かし方をさらに高めていきたいと考えています」(光富氏)
始まって間もないVAWだが、無限に広がるVR空間と同様、その活用方法も無数。既にテレビドラマとのタイアップなどの取り組みも見られる。
「元々駅というのは“始まりの場所”で、どこか遠くへ行こうとするときには必ず通ります。だから、このVAWが秋葉原駅から始まったのも自然なことでした。駅を交通のプラットフォームからイノベーションの場所に変革させる第一歩が、このVAWです」(光富氏)
「メタバースのオープン化をどんどん進めていくためにも、技術の進歩は欠かせません。今のメタバースは、携帯電話で言うとショルダーフォンくらいの段階。これからまだまだ大きなイノベーションが起こっていくはずです」(西村氏)
VAWの目指すゴール地点ははるか遠い。しかし、そこに到達したとき、メタバース空間でも生活することが、私たちの当たり前になっているのかもしれない。
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