2022.06.29
メタバースの進化がエネルギー消費に与える影響は?
エネルギー消費の推移を調査する科学技術振興機構 研究開発戦略センターによる見解
デジタル技術は増加、成長の一途をたどり、エネルギーの使われ方も変化を見せている。Webサービスの急増に加え、AIやビッグデータの活用、さらにはメタバースでのサービス運用やユーザーの利用によるトラフィックが加速度的に進むと、エネルギー消費量にはどのような変化があるのか。インターネット黎明期からのデータを基に、将来の電力需要がどこまで高まるのか、国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS) 環境・エネルギーユニットのフェロー・尾山宏次氏、システム・情報科学技術ユニットのユニットリーダー・青木孝氏に聞いた。
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データ通信量と電力消費量が比例するという“幻想”
情報通信技術(ICT)の進歩によって、スマートフォンやPC、タブレットといった通信端末だけでなく、自動車、家電、さらにはさまざまなインフラまで、あらゆるものがインターネットに接続され、データ通信量は飛躍的に増加している。
それに伴い、電力消費量も爆発的に増加するような印象で語られることが多いが、「結果から言うと、あまり増えてはいない」と、国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター(以下、CRDS)環境・エネルギーユニットのフェロー・尾山宏次氏は言う。
「電力市場は世界で約3000億ドルです。これに対してデータセンター市場は492億ドル。電力需要の半分をデータセンターが占めるようになるという主張も耳にしますが、データセンターの市場規模が3倍になったとしても電力市場の半分にも届きません。また、それに伴う物理的なインフラ拡大も必要で、そう簡単に大幅な規模拡大がなせるとは考えにくい状況です。ICTへの期待に比例し、電力消費も増えていくイメージは、あくまで黎明期から現在に至るトレンドが2030年、2050年まで同じペースで続く前提に立ったもの。電力消費増加はコストの増加なわけで、コストが上がれば事業は伸びませんよね? このように経済原則に立って考えると、爆発的な電力消費増加にはつながらないと言えます」(尾山氏)
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インターネット上のデータ通信量と電力消費量の推移。2010~2019年の電力消費量は横ばい
出典:CRDS調査報告書『デジタル化とエネルギー 〜ICT セクターの持続可能な成長のために〜』(P.17図表2‑11 データ通信量、ワークロード、データセンターの電力消費・タイプの推移)より
誰もがスマートフォンを手に日々通信を行っている現状や、データセンターにサーバー機器が並ぶ光景を見ると、そこで多くの電力が消費されているように感じる。しかし、実際には2010年からの電力消費量はほぼ一定で大きな増加は見られない。どのような仕組みで抑制されているのだろうか。
「まず、データセンターで使われている機器の進化。機器単体の性能向上により、1台当たりの処理能力が上がっています。もう一つは、『ハイパースケール化』といって、大規模な施設を構築する流れが加速していること。これによって仮想化を進め、処理量が少ないときには使用する必要のないコンピューターを止めるなど、アイドリング時の技術が向上して効率が高まっています」
その他、省電力に優れた最新機器への入れ替えサイクルが速いことや、寒冷地にデータセンターを設置して冷却に要するエネルギーを減らすことも、電力消費抑制につながっている。さらに、データセンターだけでなく、通信の中身そのものの変化も大きいと、CRDS システム・情報科学技術ユニットのユニットリーダー・青木孝氏は続ける。
「有線通信では、光ファイバーの増加で通信量当たりの電気の使用量が減っていますし、海底ケーブルなどにある増幅器の技術向上により、電気に変換することなく光のままで通信可能となっています。無線回線も、高周波数帯の使用が増えて波長が短くなってきていて、機器の電波を待つ時間が減少しています。これが長いと電力を無駄に使います。電力の消費抑制は、こうした細かな工夫の積み上げによって抑制されているのです」
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通信とコンピューティングの進展。高効率な情報伝達技術が導入されることで、無駄の少ない電力使用が可能になっている
出典:CRDS調査報告書『デジタル化とエネルギー 〜ICT セクターの持続可能な成長のために〜』(P.5図表2‑1通信とコンピューティングの進展)より
「コスト意識」が電力消費を抑える
ICT業界はこれまで、今注目を集めるメタバースを含め、さまざまな技術革新によって通信量の増加が起こっても、それが電力消費に反映されないように取り組んできた。経済界においても、GAFAM(Google · Apple· Facebook<Meta>· Amazon · Microsoft)をはじめとする世界的なICT企業の影響力が大きくなっている。尾山氏は、こうしたICT企業のビジネスにおける“コスト意識”が電力消費の抑制にも関連しているのではないかとみている。
「先述の通り、情報通信ビジネスにおいては、電気代はコストです。高コストなサービスは利用者にも敬遠されるため、企業は技術に投資して効率よく電力を使用する方法を考えるわけですね。逆の見方をすれば、必要な電力は一定のラインのまま上げないように維持し、コスト増を避けながら技術を進化させ、ビジネスを成立させてきたとも言えます。技術が進化してコストを下げられる余地ができれば、その分を開発投資に回して、さらなる効率化や新しいサービス開発に割いてきたのではないでしょうか」(尾山氏)
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ICTの進展と電力の消費推移の関係を調査する尾山氏(写真手前)
青木氏も、もしメタバースを普及させるならば、「最低条件は消費電力に与える影響をどれだけ抑えられるか」だと話す。
「メタバースの普及によって電力消費が増えるというよりも、電力消費の抑制ができなければ広がらないという方が適切ではないでしょうか。メタバースに限らず、電力消費が大き過ぎれば、どんなサービスも広がっていきません。エネルギーとは、それだけ大きな制限なのです。電力は絶対に増やせないという前提で、どこまで技術を進められるかが勝負になると思います。ただ、一方でメタバースはそこまで電力消費が増えないのではないかとも思います。メタバースの定義がはっきり定まっていないので断定はできませんが、ユーザー側から見てゲームと同じようなものだとすると、送信するのは操作に必要なコマンドのみで済んでしまうからです。データ通信量で見れば、画像を送信する方が大きな電力消費につながるので、メタバースが広がったから電力のやりくりに困るという事態にはならないのではないでしょうか」(青木氏)
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これまでのICTの進展に詳しい青木氏
現代ほど環境問題が世界的な社会課題になっていなかった時代に産声を上げたインターネット産業だが、ビジネスとして成功を収める過程でコストを抑制する必要があり、それが結果として消費電力を抑える結果につながったと考えることができるだろう。
「ICTの進化が、電力消費を含めたコストダウンに成功したことによるものであるという見方はできると思います。ICT産業の効率改善は、これまで年間平均19%。指数関数的に効率向上を果たしているのです。重厚長大産業では、大きくても年間数%にしかなりませんから、こうした技術革新が可能なのは、ICT産業ならではです。一方で、産業としての成長率も年間20~30%という業界なので、その伸びに対しての恐怖心みたいなものが、大幅に電力消費を増加させるのではないかという不安につながっているのかもしれません。また、そうした観点に立ったセンセーショナルな報道によって固定観念が植え付けられてしまった部分もあるのではないかと思います」(尾山氏)
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2030年までのデータセンター・通信ネットワークの電力消費量推移の想定。大幅な増加は見込まれていない
出典:CRDS調査報告書『デジタル化とエネルギー 〜ICT セクターの持続可能な成長のために〜』(P.20図表2‑13データセンター・通信ネットワークの電力消費量推移(区分別詳細))より
未来の技術がエネルギー消費に与える影響
デジタル技術は日進月歩で進化を続けており、近い未来に、新たな通信規格の誕生や、自動運転、遠隔操作による医療などのサービス普及が見込まれている。こうした技術の普及がエネルギー消費に影響を及ぼすことは考えられないのだろうか。
「過去の技術の普及速度を現代のトレンドに合わせて、今後の推定をした例があるのですが、技術の普及というのは50%を超えるとスピードが落ちていきます。つまり、未来永劫にわたって現在の進化が続くわけではありません。一定のレベルに達すると収束していくと推定されるので、ずっと右肩上がりでエネルギー消費が増えていくとは考えづらいのではないでしょうか」(尾山氏)
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デジタル化が中核となるエネルギーシステム、ヘルスケア、交通(自動運転)、通信、生産の米国における普及率推定のグラフ
出典:CRDS調査報告書『デジタル化とエネルギー 〜ICT セクターの持続可能な成長のために〜』(P.33コラム9図表)より
「メタバースについては、今のところ期待が先行していて、どんな技術が使われて、どのように広がっていくのか、まだ予測できない状態です。もちろん今後は市場は拡大していくのだろうと思いますが、ニーズがどれだけあり、どんな用途で需要が増えるのかなどは予測が難しいですね。市場としてどこまで大きくなっていくのかが見えてくるまでは、エネルギー消費に与える影響も大きくはないだろうと考えています」(青木氏)
ちなみに、ICT技術の普及によるエネルギー消費量の爆発的な増加は予測されていないが、エネルギー消費が横ばいであっても、2050年のカーボンニュートラル達成など、地球規模の環境課題の解決には近づかない。では、どんな取り組みが必要になっていくのだろうか。
「カーボンニュートラルという視点だと、いかに二酸化炭素を排出しないかということが重要です。そのカギになるのは、やはり再生可能エネルギーの導入。エネルギーは消費しても、それを再生可能エネルギーで賄うことができれば問題はないわけですね。MicrosoftやGoogleは、時間変動に合わせてエネルギーを消費する地域を変えていくというような取り組みをしようとしています。太陽光発電の効果を考え、太陽の動きに合わせて、データ処理を行うエリアを動かし、常に効率のいい消費をしようとする試みです。このように、エネルギー的に見れば、ICT企業やメーカーは優等生的存在。省エネに対して懸命に取り組んでいると思います」(青木氏)
エネルギー消費の抑制は、これからのビジネスにおいて重要な指標となる。その点、メタバースを含むICT産業は、そもそもその素地を持っている。進化の加速はまだまだ止まらないだろう。
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