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2018.01.08
害虫から益虫に変わるあの虫の活用法
ゴキブリから発生するバイオ燃料が示す新たな“エコモデル”
昆虫から新たなバイオ燃料を抽出しようとする動きが、数年前から注目を集めている。中でもそのバイオ燃料を活用し、“害虫”というイメージの強いゴキブリの活躍によって、エコな発電、生物と機械が共生する新たな未来が提案されているのだ。研究を進める大阪大学大学院 工学研究科機械工学専攻 森島圭祐教授が語る生命エネルギー機構の可能性に迫る。
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ゴキブリに感じる新たな可能性
これまで害虫の代表格として嫌われてきたゴキブリが今、“益虫”として日の目を見ようとしている。
森島氏の研究がそこへ至るのは、同じく昆虫であるガの幼虫の筋肉の細胞を使って、化学エネルギーを運動エネルギーに変換する駆動源「バイオアクチュエーター」を考案し、小さなロボットを動かすといった研究に端を発する。
化学エネルギーの源である昆虫の体液から電気も取りだせたらと思ったことがアイデアの原点。人が入って行けないような体内や、災害現場などの極限環境下で動くロボットの半永久的な電源供給の問題を解決できると考え、研究を始めたという。
「小さいマイクロナノマシンへのエネルギー供給は実用化する上で大きなボトルネックとなっています。電池を極限まで小さくするか、消費電力をできるだけ少なくするかといった方法とは違うアプローチで、生物自体がもつ化学エネルギーを電気エネルギーに変換できれば、小さなロボットだけでなく、昆虫自身を探査ロボットとして利用できると考えました。
小さな虫は足場の悪さをものともせずに動ける上、中でもゴキブリは生命力が強い。そんなゴキブリに電気信号で刺激を与えて、自由に操作できるようになればどうだろう。ゴキブリにカメラやセンサなどを取り付けることができれば、救助隊が近づけないような場所に接近することができるようになるのです。
さらに、われわれが研究してきた昆虫の体液循環を利用したバイオ燃料電池の仕組みを用いてゴキブリ自体から抽出したバイオ燃料を使うことができれば、その可能性がさらに広がるのではないかと考えたのです」
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研究を通して、子供たちにも科学や自然への興味を持ってほしいと話す森島氏
アメリカ・ノースカロライナ大学でも、災害時に人間がたどり着けない空間から情報を得るべく、マイクロチップを搭載した小さなリュックサックでゴキブリを遠隔操作し、災害時に瓦礫の下などを捜索させる「CyberRoach(サイバーローチ)」の研究が行われるなど、災害救助の現場において、ゴキブリの可能性には大きな期待が寄せられてきた。
そんな中、森島氏は2011年、昆虫の体液循環を利用した燃料電池を北京で開かれた国際学会で発表し、研究者から驚嘆された。それから6年がたった現在、昆虫が生存している間は発電し続け、無線で搭載したセンサを駆動させて環境情報を送信することができるシステムを開発するまでに至っている。
「昆虫の体液循環を利用したバイオ燃料電池の基本的な原理は、胴体に取り付けた装置にその体液を流し込むことで化学反応を起こして発電するというものです。
具体的には、昆虫の背中に2つの導入孔を開けて装置を取り付けます。これで装置内と昆虫の間で体液が循環するようになるため、生きたまま発電できるようになるのです。そもそもゴキブリに限らず、昆虫の体液にはトレハロースという糖の主要な成分が豊富に含まれおり、これをグルコースに分解します。このグルコースが装置の内部にある電極と化学反応することで、発電する仕組みなのです。
この仕組みをスムーズに行うために、トレハロースの分解に酵素を用いたり、あるいは電極の表面積を稼ぐ工夫をこらしたり、カーボン電極を使用したりもしています」
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ゴキブリ燃料電池の仕組み。ゴキブリが背中に載せているのが、発電するための装置
昆虫の体液循環を利用したバイオ燃料電池は、その効率を高めるためには装置内の“膜”が重要になってくるという。
「トレハロースを選択的に取り出すにしても、体液には不純物やタンパク質など、不要な要素が多く混在しているのです。そのため、それらを分離するための膜が必要になってくる。この膜の有無によって、発電の効率性や装置の耐久性が大きく変わってきます。今はわずかな電力しか抽出できませんが、この電極の構造や酵素を突き詰めれば、さらなる向上も可能だと思います」
ゴキブリを災害用ロボットとして活用する研究においては、実際にゴキブリに燃料電池を取り付けたところ、333μW(マイクロワット、マイクロは100万分の1)の電力を得たという。ゴキブリの中には体液を取りだしても1年以上生き続けられる種類もあるとみられており、長時間の活動も期待されている。
エコでクリーンな夢の発電システム
森島氏が開発したシステムは、どこにでもいる昆虫たちを利用することで、環境汚染の心配がない夢の発電システムであるともいえる。
しかし、森島氏が実用化のトップバッターとして選んだゴキブリは、やはり多くの人が嫌悪感を抱く“害虫”というイメージが強い分、それだけ普及が阻まれる。その点でも、多くの苦労があったのではないだろうか。
「研究対象はゴキブリでなくても良かったのですが、あえて選んだ理由は、その生命力の強さです。ゴキブリは環境への適応力が高く、どこにでもいます。そして、寿命も長い。
ただ、ゴキブリが多くの人に嫌われているのは事実です。これまでもテレビで研究を何度か取り上げてもらいましたが、テレビ局の方は、やはりゴキブリを画面に映し出すことに躊躇(ちゅうちょ)されます。研究としては、『ここがすごいんです!』とアピールしたいようなところほど、画面には映せないと言われ残念です。また、嫌われものとはいえ、生物を扱いますので、倫理的な問題も横たわっています。
ただ、子供のころには、時間を忘れて、草むらや田んぼで虫、ザリガニ、カエル、トカゲなんかを捕まえて戦わせたり、アリの巣をずっと眺めて観察したり、遊び方を子供同士で作り出して、冒険するのに夢中になっていたことが誰にでもあると思います。
私はこの研究を通じて、子供たちがなにごとも恐れず、まずはやってみようという気持ちになり、冒険心と遊び心、それから知恵を駆使して、自分のもつ好奇心を無限に広げていってほしい。常識を超えるものごとを発見できるかもしれないと、科学や自然への興味を持ってもらいたいと思っています」
生物と機械が融合し、共生する
ゴキブリを使った新たな研究について、屈託ない笑顔で語る森島氏の目標は、「生物と機械の融合」だという。これは研究を始めた動機でもあり、最大のテーマにもなっている。冒頭で紹介したゴキブリロボットの開発も、この考えが根底にある。
「私は、生物の機械の融合について、“Live MechX”という造語を作りました。生命(Live)と機械(Mech)が混ざり合う(miX)という意味です。この言葉が意味するところは、生物を機械のように一方的に改造するというのでなく、生物と機械が共生するということです。
しかし、生物は化学エネルギーを、機械は電気エネルギーを駆動するためのエネルギー源としているため、このままでは共生できません。ところが、汗や尿など老廃物や体液をバイト燃料として使用できるとしたら、話は変わってくるんです。
例えば、体内を検査するカプセル型の医療デバイスは、現在は電池交換が必要であり、それがデバイスの寿命になっています。もし、血液をバイオ燃料として発電するシステムがあれば、それを搭載した医療デバイスは半永久的に駆動して、体内を検査し続けます。
このように化学エネルギーを電気ネルギーに変えると、これまで無理だろうと思われていたことができるようになるのです。これが研究を始めた理由であり、これからも目標とし続けたいと思っています」
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森島氏が提案するBiohybrid RobotとLiving batteryのイメージ
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自立分散型センサロボット
“LiveMechX”の面から見たとき、今後注目されるのはもっともっと小さい生命体、微生物、細胞、タンパク質だろうと森島氏は話す。ミドリムシからジェットエンジンを開発する研究が行われているように、微生物はエネルギーの塊なのだ。
小さな虫たちよりもさらに小さな微生物、細胞までもが、新たな可能性を秘めている。森島氏は、「生物と機械を融合させることで、石油に代わるエネルギー、電動モータに代わるバイオアクチュエーターを作り出して、これまでにないソフトでウエットな機械システムを実現したいと思っています」と、力強く、その未来を示してくれた。
人間と生物たちの新たな共生の形が、そこには秘められているのだろう。
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