スポーツマネジメントの極意

コンセプトは“ライダー・ファースト”! 強いチームづくりが鈴鹿8耐での勝利を導く

YAMAHA FACTORY RACING TEAM監督 吉川和多留【後編】

コカ・コーラ鈴鹿8時間耐久ロードレース(以下、鈴鹿8耐)にことしも優勝候補として参戦するYAMAHA FACTORY RACING TEAM。二輪ロードレース、耐久という特殊な競技において、監督が果たすべき役割やライダーを最優先したチーム運営とはどのようなものなのか。人心掌握というビジネスにも通ずるマネジメント術について、前編に引き続き吉川和多留監督に話を聞く。

元プレイヤーだからこその悩みを経て気付いた自身の役割

2015年にYAMAHA FACTORY RACING TEAM(以下、ヤマハ)の監督に就任して以来、これまで鈴鹿8耐4連覇という輝かしい戦績を収めてきた吉川監督。現役選手として第一線を退いた後は、アドバイザーや監督としてチームをマネジメントする立場に変わり、数多くのキャリアを積んできた。

しかし、最初は「監督とはどうあるべきなのか?」、元選手が故に思い悩んだ時期もあったという。

「私自身、現役時代に全日本ロードレース選手権のシリーズチャンピオンを2回、鈴鹿8耐でも2位の表彰台を経験させてもらいましたから、引退直後はまだ腕にも自信があったし、それなりのプライドも持っていましたよね。指導する選手がうまくマシンを乗りこなせていないときには、『ちょっと俺に乗らせてみな』なんて思ったこともありました(笑)」

だが、あるとき、今の状況を自分のころと比べても全く意味がないと気付かされたそうだ。

「よく考えると、私が現役のときとはマシンの性能も変わっているし、選手を取り囲む環境も何もかも違います。年齢を重ねるごとに私自身の性格も落ち着いていき、だんだんと俯瞰的に物事を見られるようになっていきました。選手だったころの自信や誇りといったものを少しずつ捨て去っていったからこそ、今があるんだと思っています」

「選手だったころのプライドは不要。必要なのは経験と知識」と語る吉川監督

周囲からは“監督とはこうあるべき”というさまざまな意見が聞こえてきたが、その答えはどこにもなかった。最終的には「自分に監督を任せてくれるなら、好きなようにやらせてもらおう」という境地にたどり着く。

それは、選手とチームの間を取り持つ、いわば“通訳”のような役回りだったという。

「サーキットの上でマシンの持つ性能を限界まで引き出すには、その領域を経験している者同士でしか成立しない会話があります。同じライダーでも、中須賀(克行)選手に言っていることを新人選手に話しても恐らくチンプンカンプンでしょう。それは、その領域にたどり着いた者にしか決して分からないから。そうした話を噛み砕いて、問題があれば解決策を共に探り、ピットにいるスタッフ全員と共有できるまで確実に伝えられるのは、私がかつて選手だったからこそできることでした」

ライダーたちとは四六時中、一緒に過ごす。食事を取っているときにも、今日起きたことを話し合い、より良い走りをするための情報をいかに彼らの引き出しに入れられるか。サーキットの中にいる時間だけでなく、そうした時間こそを特に大切にしているそうだ。

ことし、デビューから5年を迎える第8世代「YZF-R1」は、吉川監督(右から2人目)が中須賀選手(左から2人目)と共に作り上げてきたマシン

チーム全体を良いムードに引き上げる環境づくり

レースウィークともなれば、ピットも外野も一気にピリピリとした空気感に包まれる。そのときライダーたちにかける言葉や、監督として動く一挙手一投足には特に気を使っているという。

「かける言葉一つで選手たちの意識やピットの雰囲気は大きく変わります。そのとき、選手がマイナスイメージを抱いたままコースに出ていくと、体がほんのわずか後ろに引けて、反応がコンマ数秒遅れてしまう。そのほんのわずかな遅れから荷重バランスが崩れ、危険な状況になることもあるのです。レースとはそうしたわずかなことが大きな影響を及ぼす厳しい世界。だからこそ、ピットクルーたちにも『彼らの命を預かっているのだから、ネジ一本締める作業にも細心の注意を払ってもらいたい』といつも声をかけています」

選手に対しては、時に彼らの友人のような役回りを演じることもあれば、時に監督として厳しい声をかけることもある。そうしたすべを駆使しながら、チーム全体の雰囲気を自然とポジティブな方向に持っていく。その狙いについて監督は“洗脳”という言葉を使って説明してくれた。

「適切な言葉かどうか分かりませんが、洗脳とは要するに“自然な会話、行動の中で良いイメージが持てるように促す”ということです。自分一人のために走るのと、ピットクルーやメーカー、彼らを応援してくれるファンたち、いろいろな人たちの思いを背負って走るのでは、集中力、追い込んでいける領域の深さが全然違ってきます。私自身も選手時代にそうした経験をしてきました。そのため、チームを理想的な雰囲気に持っていく環境づくりを常に意識しています。もちろん、選手たちとの理想的な関係性が構築され、彼らが心を開いてくれていることが前提ですけどね」

コースに出ていくライダーにどんな言葉をかけるのか?「自分が選手だったころを思い出しながら、良い方向に向かうよういつも意識しています」

吉川監督は、こうしろ、ああしろ、といった強権的な指導はしない。

「僕はこう考えるけど、君はどう思う? 選ぶのは君だよ」と最終的な判断を選手自身に委ねるのが、吉川流のスタイルだ。

本番に臨む前の戦略や環境づくりはもちろん大切だが、選手が一度コースに出てしまえば監督としてできることは少なく、むしろライダーが自分自身で判断しなければいけない場面がほとんどである。だからこそ、選手たちの自主性を重んじてきた指導が、現在の結果につながっていると監督は分析している。

選手に育ててもらう謙虚な姿勢

時には高まり過ぎた選手たちのテンションをクールダウンさせるのも、監督に課せられた役割の一つだろう。

「これ以上は攻めなくていい、というケースも実は存在します。もちろんチャンスがあったら上を目指していくべきなんですが、“今日のところはここが限界なんじゃないの?”と諭すこともあります。これは全日本のシリーズ戦を引退後にリラックスした気持ちで鈴鹿8耐に臨んだら、それまでの最高位となる2位を取ることができたという自分自身の経験から学んだことです。ある程度以上の技術を身に付けた選手には、レース決勝戦に向けて精神面を適切な場所に持っていく努力が求められます」

選手がコースに出たら、監督として出せる指示はサインボードのみ。状況を正しく判断できるライダーを育てることがヤマハの勝利につながってきた

ライダー時代の経験を基に、少しずつ自分の指導スタイルを確立していった吉川監督。だが、過去には監督としての判断を振り返り、不安になってしまったこともあったとか。

「レース後に『あのときは抑えていけと言ったけど、従わないでガンガンに攻めて走っていたら、前のライダーを抜けたと思う?』と選手自身に尋ねたことがありました。選手は、『監督があの言葉をかけてくれたからこそ安心して走ることができた』と言ってくれましたが、監督として選手に育ててもらっているという感覚は今でもあります」

常に謙虚に、ライダーの気持ちを最優先する環境づくり。それこそが吉川流のチーム・マネジメント術なのだろう。

レースウィーク(7月22日<月>の週)が始まるまで、あとわずか。チームとして5連覇のほか、中須賀克行選手、マイケル・ファン・デル・マーク選手には鈴鹿8耐最多優勝回数タイ記録の5回制覇、アレックス・ローズ選手にも4回制覇の記録が懸かっている。

YAMAHA FACTORY RACING TEAMが鈴鹿8耐の歴史始まって以来の快挙を成し遂げる下地は、すでに吉川監督によって整えられている。

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