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ハエの脚から学んだ強力接着技術! 重力を超越するロボットの開発も近い?

低エネルギー社会や持続可能な社会実現のヒントは「バイオミメティクス」(生物模倣技術)にあり

蚊をヒントにした「刺しても痛くない注射針」やハスの葉を参考にした「ヨーグルトが付着しにくいふた」など、植物や動物の特性を応用した技術「バイオミメティクス」は数多い。これらは今後ますます増えていくと予測される。そんな中、ハエが壁や天井に止まっていられる特性をより容易に再現できる技術が開発されたという。強固な接着性を持つ一方、簡単に剥がすことができる剥離性も兼ね備える技術が社会にどう役立つのか、開発過程を含めて紹介する。

詳細な観察で明らかになる自然のすごさ

川原や山の中を歩いた後、下の写真のようなものが自分のズボンや愛犬の体にひっついていたことはないだろうか?

地方によっては「ばか」や「どろぼう」とも呼ばれることも。一つずつでないと取れないほど強力な接着性を持つ

(C)Nori / PIXTA(ピクスタ)

正体は、センダングサの種子だ。

オナモミやゴボウの実などと合わせ、通称「ひっつきむし」とも呼ばれるこれらの植物。自らの子孫を広範囲に分布させるため、人間や動物に“ひっついて”移動するという独自の進化を遂げた戦略家として知られている。

実はこのひっつきむし、面ファスナー開発のきっかけになったことでも有名だ。

1940年代、スイス人技師のジョルジュ・ド・メストラルがひっつきむしの構造を分析。種子の先端にある無数のとげが繊維に絡まることを突き止め、その原理を応用して面ファスナーを作り上げた。

このように植物や動物の生体をヒントに新たな技術を作り出すことはバイオミメティクスと呼ばれ、電子顕微鏡の普及と共に数多くの製品開発へと生かされている。
※ヒトデのバイオミメティクスに関する事例「東北大学の研究グループが開発した、想定外の故障に対して即座に適応できる移動型ロボット」

キイロショウジョウバエが逆さまに止まる様子。重力に関係なく自由自在に止まれるのは周知の事実だ

画像提供:物質・材料研究機構 細田奈麻絵グループリーダー

今回新たにバイオミメティクスの対象となったのは、ハエ。人間にとってはいまいましい存在だが、ガラスや壁でも落ちることなく何度でもくっつき歩き回れる能力はとても魅力的だ。

これには、物質同士が弱い力で引かれ合う引力(分子間力や毛管力など)が関係している。

ハエやハムシなどの昆虫の脚裏には微細な毛が大量に生えており、モノの表面にある細かな凹凸にそれぞれを接地させることで分子間力が発生。体重が軽いため、重力よりも分子間力や毛管力などのエネルギーが大きく作用することで、逆さまでも自由自在に接着できるというわけだ。

仕組みは解明されていてもその複雑な脚裏構造を模倣するのは困難で、半導体製品製造に用いられる微小電気機械システム(MEMS技術)の利用が必須。複雑な工程かつ高いコスト面が課題となっていた。

その点を改良すべく研究を行ったのは、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)と北海道教育大学、浜松医科大学との共同チーム。

ポイントとなったのは生物が持つ特異な生体や構造だけでなく、生物自身がその特異性を作る過程も模倣することだった。

わずか2ステップの簡素化に成功

ハエが持つ脚裏の構造は「へら状接着性剛毛」と呼ばれ、同じような特性を持つ昆虫の中では比較的シンプルな形状であることに注目した研究チーム。

ハエの脚先を電子顕微鏡で拡大したもの。赤囲み部分が、ハエ型のへら状接着性剛毛

画像提供:北海道教育大学 木村賢一教授

キイロショウジョウバエのサナギが持つ免疫組織や細胞に色をつける(免疫組織化学染色および細胞骨格性アクチンを蛍光標識)ことで、サナギの中では見られなかった毛が変態の過程で成長、そして完成するまでを詳細に観察した。

緑色は剛毛形成細胞における細胞骨格性アクチン繊維、紫色は剛毛形成細胞の核、灰色は前跗節(ふせつ/脚)の細胞。(a)毛の発生前(b)毛の発生(c)毛の成長(d)毛の完成。時間はサナギになってからの経過時間を示している

画像提供:北海道教育大学 木村賢一教授

すると、ハエの脚裏の接着構造は人間の髪の毛のように伸びるのではなく、細胞の先端が固定され、内側に引き伸ばされるように形成されていくことが判明。

具体的には、剛毛形成細胞の伸長と細胞骨格性アクチン繊維によってへら状の骨組みを形成し、表皮を守る成分クチクラ(キューティクル)の分泌で固化するというわずか2ステップによる単純なプロセスでできていたという。

細胞骨格性アクチン繊維とは、細胞内部で3次元の繊維状構造を作るタンパク質のこと。

ハエ型のへら状接着性剛毛の形成メカニズムを模した図。細胞骨格性アクチン繊維でへら状の骨組みを形成した後、クチクラによって固化される

画像提供:北海道教育大学 木村賢一教授

解明した2ステップを基に、人工的な接着構造の製作に着手。

ナイロン繊維の引き上げ(へら構造の形成)とアルギン酸カルシウムによる固化という簡単な工程のみで、ハエの脚裏と同様の構造を作ることに成功した。

人工的な製作プロセスの概略図。(a)骨組みをナイロン繊維で作製(b)片方を固定したナイロン繊維を樹脂に浸して引き上げると、へら状の形に自己組織化する(c)固化して完成

画像提供:物質・材料研究機構 細田奈麻絵グループリーダー

人工的に作った接着構造では、平行に引っ張ると強い接着性を示し、垂直に引っ張ると簡単に分離する「接着力の異方性」を確認。

接着構造を持つナイロン繊維1本(52μm)のみで、52.8gのシリコンウエハーを持ち上げた。これは、756本(9cm2)で60kgの人間がぶら下がれるほどの強度だ。

人工的に製作したハエ型のへら状接着性剛毛を使った実験。ガラス板に接着させた様子

画像提供:物質・材料研究機構 細田奈麻絵グループリーダー

シリコンウエハーを持ち上げる様子

画像提供:物質・材料研究機構 細田奈麻絵グループリーダー

これまでより低コスト、低エネルギーでハエの脚裏接着構造を模倣することに成功した研究チーム。

今後はこの技術を用い、産業用ロボットアームの保持力向上や、虫のように垂直な壁面を登れるような屋外用ロボットへの応用が期待されているという。

さらに、これまでは強力な接着が原因でリサイクルの障壁になっていた機械製品などの接合部にこの技術を用いることができれば、循環型社会に寄与することも可能だ。

環境の変化と共に進化してきた植物や生物の知恵を借りるバイオミメティクスを数多く実現することが、今後の持続可能な社会づくりの大きなヒントになっていくのかもしれない。

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