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エアコンのために生まれた“汚れないプラスチック”が家電の未来を変える?

三菱電機株式会社 静岡製作所 ルームエアコン製造部 先行開発グループ 専任 森岡怜司

エアコンをはじめとする総合電機のトップメーカー、三菱電機が業界を驚かせる新たな素材の開発に成功した。親水性と疎水性という相反する性質の汚れの付着を抑え、エアコンを長く清潔に保つことができるプラスチック素材「デュアルバリアマテリアル」だ。素材の経年劣化を防ぐことで家電のライフエンドを延ばし、廃プラスチック問題にも一石を投じる可能性を秘めたこの素材について、同社静岡製作所 ルームエアコン製造部 先行開発グループの森岡怜司さんに開発の経緯と今後の可能性について聞いた。

目指したのはユーザーの要望に応え、清潔さを保つこと

三菱電機の主力商品の一つ、エアコン──。

代表するブランド「霧ヶ峰」は発売開始から53年(2020年現在)を迎え、その販売期間の長さでギネスブックに登録されているほど。

それだけ長く愛されてきたことの理由の一つに、三菱電機がユーザーのニーズに対して細やかに対応してきたことが挙げられる。

工場内に併設される体験型ショールームでは、同社の代名詞ともいえるエアコン「霧ヶ峰」の歴史をたどることができる

エアコンにはさまざまな機能が期待される。夏場は涼しく、そして冬場は暖かくという快適性や電気代などにつながる省エネ性はもちろんだが、機器が清潔であることも大きな要素だ。

そしてエアコンの清潔性には「見た目の美しさ」と「エアコンから送り出される空気のきれいさ」という2つの意味がある。

「ユーザーアンケートをとると、“しっかり掃除したい”という方と、“触りたくない”という方が半々。弊社としては両方に対応したいと考えています。つまり、掃除したいという方には“メンテナンス性を向上させる”こと。そして掃除をしたくないという人には“自動できれいに保つ”エアコンを作ることです」

そう語るのは、同社でエアコンの先行開発に従事している森岡怜司さんだ。

実際に三菱電機では、「はずせるボディ」という特許技術を採用することで通風路や熱交換器まで掃除しやすい機能を生み出した。そして、「はずせるフィルターおそうじメカ」でフィルターを自動で掃除する仕組みも作った。

「はずせるフィルターおそうじメカ」を取り外して見せる森岡さん

「これらの取り組みの先に生まれたのが“最初から汚れないのが一番いい”という発想でした。そこで生まれたのが『ハイブリッドナノコーティング』技術です」

ルームエアコン「ハイブリッドナノコーティングでエアコン内部を清潔に」【三菱電機公式】より

エアフィルターをすり抜けた細かな汚れはエアコン内部にたまり、そのままにしておくと機能が低下するばかりか電気代の増加などにもつながっていく。

さらにエアコンの汚れは特異で、ホコリや砂じんなど水に溶解しやすい親水性汚れと油汚れやすすなど水に溶けにくい疎水性汚れがあるのだ。

この相反する性質を持った汚れを防ぐことは、業界内では困難なこととされていた。

エアコンには、親水性と疎水性という、相反する性質を持つ汚れが付着する。だからこそ厄介な課題となっている

「それをなんとか解決しようと2006年から取り組みを開始し、09年に発表したのがハイブリッドナノコーティング。簡単にいうと、親水性のある素材と疎水性のある素材をナノ・レベルで交互に配置することでどちらの性質の汚れも防ぐコーティングを実現したのです。ただ、これはプラスチック素材の上から塗るものなので、使用できるところが限られます。

エアコンはリビングなどにも置かれるため、見た目もとても大事です。光沢感や塗りムラなどが出るようでは商品化できないのですが、そこがうまくいきませんでした。なんとかハイブリッドナノコーティングできれいに仕上げる方法を模索しましたが、全然ダメ。そこで生まれたのが、“ハイブリッドナノコーティングが持つ機能を元々持った樹脂が作れないか”という発想でした」

作ったサンプルは900以上! そして巡り合った唯一の素材

親水性の汚れと疎水性の汚れ。この相反する汚れに対峙するとは、どういうことなのか?

「親水性素材のみを配合したプラスチックというものがあります。これは疎水性のすすや油汚れをはじくとともに静電気を抑制するのですが、その一方で砂じんやホコリといった親水性の汚れは付着しやすく、剥がれにくい特徴があります。一方、疎水性素材を配合したプラスチックは、コーティングに比べて必要十分な量の防汚素材をエアコン機器の表面に露出できなかったのです。そのために親水性と疎水性汚れの両方を抑制するプラスチック素材は存在しませんでした」

体験型ショールームにはハイブリッドナノコーティングとデュアルバリアマテリアルという、三菱電機のエアコンを代表する技術が展示されている

しかし、三菱電機はそこで諦めなかった。ブレイクスルーを求めた模索を続ける中で、森岡さんは樹脂メーカーのマーベリックパートナーズ社と出合う。同社は帝人のグループ関連会社として、さまざまな樹脂を扱っていた。

「コンセプトは私が作っていきました。明確だったのは樹脂そのものに親水性汚れと疎水性汚れの両方を防ぐ機能を持たせた“練り込み樹脂でやりたい”ということ。それができれば、前述した見た目の問題も、さらに言えばエアコン内部の汚れを防ぐことにも生かすことができます。例えば、悪臭を防ぐことにもつながっていくのです」

マーベリックパートナーズ社との共同開発は、お互いがアイデアを出し合うところからスタート。難題は疎水性素材だった。

「そもそも樹脂の表面に効果を出す疎水素材がないのです。普通に成形すると、どうしても内部に埋もれてしまって、何の効果も得られないということが続きました。量や配合比率を変えるなど何度も試しました。マーベリックパートナーズ社が作ったサンプルの数は、おそらく900でも足りないくらいだと思います。多いときは1週間で20サンプル作るくらいに精力的に取り組んだ結果、ようやく一つだけ、表面に配列することができる素材を見つけることができたのです」

デュアルバリアマテリアルを使っているものと、未使用のものの汚れ具合を比較

素材が見つかれば、すぐに商品に反映できるのかといえば、それほど簡単なことでもない。

・樹脂の物性(強度や性質)が落ちないか?
・成形はしやすいか?
・意匠面に影響を及ぼさないか?
・防カビ性はどうか?

商品化するための幾重にも及ぶハードルを乗り越え、ついに完成したのが「デュアルバリアマテリアル」なのだ。

2種類の汚れを“不安定”にできることがポイント

今回、三菱電機がマーベリックパートナーズ社と共に生み出した「デュアルバリアマテリアル」は、親水性素材(親水性ポリマー)と撥水撥油(はっすいはつゆ)効果のある特殊疏水素材の2つから成り立っている。

この両方の素材の溶解粘度(溶ける過程での粘り気)の違いと素材同士の親和性によって、練り込んで成形するだけで、2つの素材が両方ともプラスチック表面に高濃度で露出する。

これがデュアルバリアマテリアルそのものだ

「すると付着した汚れが親水性のものであっても疎水性のものであっても、それぞれに対応した素材に触れることで不安定な状態になり、気流や振動によって剥がれやすくなるのです」

この説明を理解するには磁石を思い出せばいい。2つの磁石を近づけると、くっつく極と反発する極がある。

汚れも同じ理屈が働く。親水性と疎水性、いずれの汚れであっても、それに反発する素材を用意しておけばいいのだ。

プリスチレン板上での汚れの付着具合を比較したもの。黒い部分が汚れだ

親水性の汚れと疎水性の汚れをはじくイメージ

「それが“汚れを不安定な状態にしておく”ということ。あとは少し風があるだけでも汚れは吹き飛んでいくわけです」

さらに“デュアルバリアマテリアル”は、“ハイブリッドナノコーティング”にはないメリットを、製造工程において生み出した。

「製造工程の簡素化です。コーティングは当然ながら“塗る”という行為が加わります。ところが“デュアルバリアマテリアル”は、プラスチックの一つの材料として混ぜるだけなので、エアコンの製造工程自体は増えません。成形するだけなので生産性の効率化ということでも大きなメリットをもたらしました」

実は、この成形の過程で大きな発見があった。

「通常は素材を混ぜてから200度くらいに加熱し、ドロドロになったものを金型に流し込んで成形していきます。工程そのものは同じですが、“デュアルバリアマテリアル”は成形するときに冷えて固まっていく速度が違うのです。それを利用することで、親水性と疎水性の特性が表面に出ることを発見しました。その事実を検査装置で確認するわけですが、特別な工程を加えることなく成形した樹脂の表面に出ている親水性と疎水性両方の濃度が高いことを確認できたときは、興奮しましたね」

汚れないということは、長く快適に使えるということ

より良いエアコンを目指す中でできた“デュアルバリアマテリアル”だが、プラスチックの素材である以上、他の商品への展開も可能だ。

三菱電機ではすでにOA機器や雑貨などで広く使用されるポリスチレンやABS樹脂(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)などのスチレン系、ポリプロピレンやポリエチレンなどのオレフィン系といった汎用プラスチックにも適用できることを確認している。

「いろいろな可能性があると思います。例えば、自動車のインテリアであるとか。ダッシュボードなどは静電気がたまってホコリっぽくなりますよね。そういうところにも使えるのではないかと思います。そのほかにもプラスチックという素材はさまざまなシーンで使われていますから、かなり可能性は広がるのではないでしょうか」

短期、そして中長期という時間軸で先行技術の開発を行っている森岡さん。素材、センシング技術、人工知能技術と取り扱う分野は多種多様だ

また、「廃プラスチックを減らす可能性すら持っている」と森岡さんは語る。

「エアコンの買い替えタイミングは、およそ12年と言われています。注目すべきはその理由で、70~80%の方は“悪臭が気になる”“冷えなくなった”“暖まらなくなった”“汚れてきた”ということを挙げています。むしろ“壊れた”ということは少ないのです。逆にいえば、悪臭がしないで、汚れず、さらに性能が落ちなければ買い替える理由が減るわけですよね。まさに“デュアルバリアマテリアル”が果たすべきなのは、そこです。

表面はもちろん内部も汚れにくくなるから、悪臭は出にくくなります。さらに汚れが減って目詰まりしなくなれば風もよく通るので、空調性能が落ちることもありません。そうやって初期性能を長く維持することでエアコンをずっと使っていただけるし、それだけ廃プラスチックも減ることになると思うのです」

三菱電機が現在リリースするエアコンの主なラインアップ。国内はもちろん、アジアや中東など海外でも高い人気を誇る

エアコンをはじめとする家電とプラスチックという素材は、切っても切れない関係だという森岡さん。その一方で特に近年、樹脂に関するネガティブな話題が多いことも理解している。でも、「だからこそ、今回開発した“デュアルバリアマテリアル”のような素材が必要」と森岡さんは語る。

プラスチックのライフエンドを延長させ、初期性能を維持し、長く使い続けられる商品を生み出すことは、これからの社会貢献のカタチだと言える。

その意味では、汚れを落とすのではなく、汚れが生まれないように素材から見直すという三菱電機の挑戦は、家電の未来をより良く変える可能性を秘めている。

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