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DXによる防災情報の進化

防災無線に代わる新機軸! 地デジ波が可能にする“受け手目線”の情報発信

情報学のスペシャリスト、神戸外大・芝 勝徳教授が挑む防災イノベーション

インターネットの普及により、私たちはさまざまな情報を日々入手し、受け止めている。しかし、防災情報においては、その情報が受け手に役立つものか、情報をどう捉え行動するべきか、いわば「情報の受け止め方」という視点からは、真偽の確認や判断が難しい場合もある。そんな防災情報のノイズを減らし、必要な人に必要な情報を的確に届ける上で、地上デジタル放送波を用いた、ある実証実験が行われている。この実験が防災情報のアップデートにどのような恩恵をもたらすのか、実験を主導する神戸市外国語大学の芝 勝徳(まさのり)教授に話を伺った。

ファイル送信も可能、地デジ波の利用価値

2021年11月~2022年3月、兵庫県加古川市、長野県長野市・須坂市、東京都江戸川区など7地域で、地震や台風、豪雨災害などでの避難の可能性を想定し防災情報を伝達する「地上デジタル放送波を活用した情報伝達手段に係る実証実験」が実施された。

これは、地上デジタル放送波(以下、地デジ波)を用いて受け手に情報を的確に届ける実験で、昨今「(屋外の)防災無線が聞こえない」などと報じられる防災情報伝達の問題を解消する選択肢の一つとしても期待されている。

地上デジタル放送波を活用した情報伝達の概要。2021年にガイドライン策定に係る検討会も実施されている

出典:総務省消防庁資料

なぜ地デジ波が期待されているのか──。実験に携わる神戸市外国語大学の芝教授が解説する。

「世帯カバー率がほぼ99%に達し、ほとんどの世帯で視聴できるテレビの放送波を活用できたらという着想です。インターネットの場合、まだまだ高齢者に導入を求める必要がありますが、、地デジ波なら災害時にネットが切断されても、中継拠点が機能すれば受信し続けられることは実証実験でも証明済みです」

また、地デジ波には一般的に知られていない特性がある。

「私たちが視聴しているテレビの動画・音声データを届ける地デジ波には、実は動画・音声以外にもさまざまな種類のデータが多重化されて乗せられています。テレビリモコンのdボタンを押すとデータ放送に切り替わりますが、あの表示情報も多重化されたデータの一つです。

この特徴を応用して、地デジ波の隙間に任意のファイル(パケット)を乗せて送信する技術『IPDC(Internet Protocol Data Cast)』が今回の実験の要です。IPDCは、原理的にはWordでも、Excelでも、PDFでも乗せることができます」

「1995年の阪神・淡路大震災で被災した際、幸いネット回線が早期復旧したおかげで世界中からメールが寄せられたものの、当時は有益な情報を被災者に届け、役立てるすべがなかった」と話す芝氏。この体験がIPDC・データ放送による防災情報伝達の研究に取り組むきっかけにもなったという

芝氏によると、IPDCは「決して目新しい技術ではない」とのこと。長野県の「テレビ信州」がいち早く着目し、足かけ10年ほどでIPDCを放送に活用したという。

「通常の放送は、映像や音声が目や耳をすり抜けていく『ストリーム配信』であるのに対し、ファイルを送信するIPDCは、受け手が『任意でファイルを開く』=『再現する蓄積型配信』で、送られたファイルを端末に蓄え、その蓄えたものを適時再生することができます」

一斉送信した情報を、受け手に応じたカタチで受信

芝氏は、2014年に総務省が立ち上げた「Lアラート(公共情報コモンズ)」の構想から運用まで携わり、そのときの経験が今回の実証実験の取っ掛かりとなったという。

Lアラートとは、自治体が発信する安心・安全に関わる災害情報を集約し、テレビ、ラジオ、インターネットなどメディアを通じて一斉送信する共通基盤

出典:総務省消防庁資料

「自治体はLアラートでメディアを通じて一斉送信することで、災害発生時は住民の安否確認や現地情報の収集・把握に専念できるようになりました。その一斉送信システムを構築する上で学んだのが、“災害発生時に必要なのは、情報を発信する側と、情報を受け取る側を上手につなげること”です。それが今の研究の原点です」

実証実験では、自治体が一斉送信した防災情報はデータセンターを経由し、放送事業者でIPDCに変換され、地デジ波に乗せて屋内外の各送信機(地デジ対応テレビ、デジタルサイネージなど)から伝達される。この一斉送信の際に情報を書き出すプログラミング言語「EDXL(Emergency Data Exchange Language)」は、Lアラートにも用いられ、今回の実験でも情報伝達の効率化に一役買っている。

「EDXLは、伝達される情報の『意味』を記述(表現)した言語です。この言語でプログラミングされた情報は、例えば『地震が発生しました』という内容を、屋外のスピーカーでは『広い場所へ避難してください』、屋内施設のサイネージでは『この施設は安全なので、外へは出ないように』など、同じ『意味』の情報の一斉送信でも受信環境に応じた形での伝達を可能にします」

実証実験の情報伝達システムの概要。自治体が一斉送信した防災情報はEDXLでメディア・受信端末ごとに適した言語で記述、さらにIPDCに変換、地デジ波で伝送される

出典:加古川市資料

「これには伝達される施設、受信機ごとでの設定が必要になりますが、地デジ波を使うことで、各家庭でも専用の端末受信機で簡単かつ安価に対応できます。設定は、端末に居住地や年齢のほか、高齢者や障がい者など、よりその人自身向けに伝達されるようにすることも可能です。

居住地の他にも複数の地域を端末に設定でき、離れて暮らす家族の地域の災害情報も受け取ることが可能になります。さらに、居住地に隣接する市町村を登録し、周囲の防災情報を受け取ることで、いざ広域で大きな災害が発生した場合、どの周辺に避難することになりそうか先を読んで行動することもできます」

コンパクトな受信機に込められた特性と思い

芝氏が開発した家庭向け受信機の機能は、情報を受信するだけに留まらない。

「例えば、『地震です。避難してください』とアラート表示された際、受信機のボタンを押すだけで『避難します』など発信元へ返信できる双方向な機能も搭載され、安否確認にも活用できる仕組みです。

他にも、コンパクトな設計で乾電池でも使用でき、Bluetooth機能も搭載するなど受信機に携帯性を持たせまして、避難先でも引き続き情報伝達できるようにしました。こういったところが固定の地域、固定の受け手向けの防災無線との違いと言えます」

実証実験用に開発したキューブ形の受信機。ラジオとほぼ同様なシンプル構造で、「停電時も乾電池で動作し、東京なら東京スカイツリーから半径数十kmの範囲は受信できます」と芝氏

出典:総務省消防庁資料

受け手の状況に合わせた情報伝達を可能にする地デジ波の活用は、今後どのようにアップデートされていくのだろうか。

「テレビは発信された情報をそのままの形で映します。でも、もしテレビにアプリが搭載されていたら、受け手が欲しい内容にアレンジして映せるようになります。今回開発した端末は、いわば『アプリが搭載された受信機』であり、この役割を担います。実証実験の結果を基に、この部分をより実用的にできたらと考えています。また、端末を本格導入するには大量生産を担う企業の協力も必要不可欠です」

さらに芝教授は続ける。

「情報を受け取る側がどう対応するかは、考え方も含めて人それぞれです。一人一人に寄り添う内容は、端末側がアレンジして伝達できればよく、発信する側は事実を速やかに淡々と発信するだけに注力することで、リソースの効率化と必要な災害対応を図れるようになると思います。

私自身、1995年の阪神・淡路大震災で被災した際、幸いネット回線が早期復旧したおかげで世界中からメールが寄せられたものの、当時は有益な情報を被災者に届け、役立てるすべがなかった体験が研究の発端でして、あの日から思いの丈を全部詰めた仕組みです。最大限活用するためにも、『こんな使い方もできるのでは?』というアイデアも絶賛募集中です」

芝氏は「優れたコンセプトはいろいろな派生を生む」と語る。

このシンプルな端末が、年々深刻化する自然災害で生じる人々の不安を、少しでも解消する役割を担ってくれることに期待したい。

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