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最先端技術で高齢者を社会の主役に! ロボット界の異才が語るモノづくりの矜持

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長 古田貴之【前編】

高齢者がスタイリッシュなモビリティーに乗り、若者に負けじと文化活動や経済活動を謳歌する。そんな未来予想図を描き、最新のテクノロジーを落とし込んだロボットを開発して世界中から注目を集めている古田貴之氏。千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(以下:fuRo。フューロ)の所長として唯一無二のプロダクトを生み出してきた異才に「モノづくり」のこだわりを語ってもらった。

目的先行のロボット開発を貫く

何の変哲もない大学の教室に、バイクとロボットが融合した「CanguRo(カングーロ)」や、3つの形態に変形する8本足ロボット「Halluc IIχ(ハルク・ツー・カイ)」など、SF映画で描かれてきた“未来の乗り物”を具現化したようなロボットがズラリと並んでいる。

その浮世離れした研究室の光景に圧倒されていると、ふらりと登場した古田氏から発せられた“前口上”に意表を突かれた。

「私はロボットを作っているわけではありません」

2003年、fuRo設立とともに所長に就任した古田貴之氏

紛れもなくロボット博士だが、モットーは「技術は役に立ってナンボ」。技術先行の開発方針でガムシャラにハイテクなロボットを作ってきたわけでも、個人的なロマンを追いかけて自己満足に浸ってきたわけでもない。

例えば2014年に開発された「櫻壱號(サクライチゴウ)」は、国内で初めて福島第一原子力発電所原子炉建置の1階から5階まで全てを探査するために生まれたロボットだ。最先端技術を駆使して社会や人間の課題を解決することに腐心してきた自負がある。

「例えば料理人における仕事の本質は、レストランでお客さまにすてきな体験を提供することですよね。料理は、そのための手段に過ぎません。私たちfuRoも同じなんですよ。ロボットそのものを作りたいわけではなくて、先端技術を使って社会の課題を解決して、未来をつくることを目指しています。例えば『CanguRo』は、今後の高齢化社会を見据え、人間のパートナーにも乗り物にもなる人工生命体のようなものを作りたくて開発しました」

2018年に発表された搭乗型の変形ロボット「CanguRo」

イタリア語でカンガルーを意味するCanguRoの最大の特徴は、相棒のようにユーザーの後ろをついてくるロイド(ロボット)モードから、バイクのようにまたがって搭乗できるライド(乗り物)モードへと自動でトランスフォームすること。

ロイドモードでは、スマートフォンやタブレットと連携しながら、fuRo独自の空間認識技術である「scanSLAM」を活用することで地図生成と自己位置推定を行う。その後はマップ上の特定位置をタップすれば自律移動することも可能だ。

また、感情を認識するAIが実装されているため、オーナーの表情に反応して、まるで生きているかのようなリアクションを返してくれる。

ライドモードでは、「人機一体」の操作感が味わえるコンパクトモビリティーに変形する。搭乗者の体の傾きを検知して旋回し、カメラとセンサーを活用して障害物検知や自動ブレーキも行う。

さらに、プロダクトデザイナーの山中俊治氏が担当したデザイン性は国際的にも高く評価され、イタリアの「A’International Design Award & Competition 2020-2021」ではプラチナ賞を、ドイツの「iF DESIGN AWARD (イフ・デザイン賞)2021」ではwinnerをそれぞれ受賞した。

「高齢化社会の課題を解決するために介護ロボットを開発することもできますが、それで明るい未来をつくれるかというと疑問です。私の理想は、高齢者をお荷物扱いするのではなく、活動的な高齢者である“アクティブシニア”が経済活動と文化活動を謳歌して、世の中の主役となる社会。だから普段は生活を支援するパートナーであり、ちょっと離れた場所に行くときには乗り物として乗り回せるCanguRoで、人と乗り物の新しい関係をつくることを目指したんです」

一気通貫のモノづくりで「惚れさせる」

「“ロボット”と掛けて、“合コン”と解く。何が言いたいか分かりますか?」

CanguRoの開発方針を語っている途中で、またもや古田氏がこちらの好奇心を刺激するような言い回しを使った。これから大事な話が始まるサインである。

「答えは単純で、どちらも“惚れさせる”ことが大事なんです。合コンでは見た目の第一印象が大事で、そこで興味を抱いてもらえなかったら見向きもされないじゃないですか(笑)。ロボットも同じで、目で見て、触れてみて、ワクワクするモノじゃなきゃダメですから、僕もデザインにはすごく力を入れています。工学博士だからデザインのことは考えない……では、人の心を動かすプロダクトは作れないんですよ。未来のグランドデザインを描くことから、具体的なサービスへの落とし込み、プロダクトとしてのデザインの在り方、そして技術開発までを一気通貫で手掛けるのが僕のやり方です」

「Halluc IIχ」は未来の乗り物を1/5スケールで製作されたコンセプトモデル。8本の脚と車輪を駆使し、3形態に変形して走行と歩行を使い分ける

古田氏は物心ついた頃からロボット開発者になることを夢見ていた。しかし、大学時代に違和感を覚える。同じような専門知識を持つ研究者が集まり、ひたすら技術の研究に集中する環境では、新たな発想が生まれにくく、自身が大切にする「人の役に立つモノづくり」を実現することが難しかったからだ。

その後、企業や省庁との共同開発にも取り組んできたが、そこでも望んでいた成果は得られなかった。新しいアイデアが出ても、開発主体がないため予算や人材の問題に直面してしまい、結局は暗礁に乗り上げてしまう。

そんな経験を繰り返し、2003年、古田氏は千葉工業大学に直轄の開発拠点としてfuRoを立ち上げた。ロボットは単なるメカではなく、多くの技術の複合体。高度なロボットを開発するために必要になる、あらゆる技術分野のトップランナーたちを自らヘッドハンティングして、総合的な開発に取り組もうと考えたのだ。

「ジャン・コクトーが手掛けた映画『美女と野獣』は、制作されてから50年もたっているのに不朽の名作と呼ばれていますよね。でも我々が扱うテクノロジーって、すごくはかないんですよ。今はどんなにハイテクと呼ばれている技術だって、10年後にはローテクです。それこそ、お寿司と同等の生鮮食品なんですよ。だから、目の前の解決したい問題に対して、なるべく早く最新の技術を当てはめて、世の中で役立ってもらわないと、日の目を見る前に朽ちていく。そうならないためにも、僕はジャンルを横断した知見を総動員して、一番いい戦い方で攻め込んでいくんです」

磨き上げた技術を人々の暮らしに還元する

CanguRoをはじめ、fuRoが開発してきたロボットは一般向けに製品化されているわけではない。でも、実は磨き上げた技術は市販の家電や公共施設に生かされており、人々の暮らしに役立っている。

「例えばCanguRoに搭載されている自動操縦システムや人工知能は、パナソニックとfuRoが共同開発した『ルーロ』というロボット掃除機に還元されています。よく見るとfuRoのロゴが入っているんですよ。たくさんの方にご好評をいただいている大ヒットシリーズですから、私が語っている『人の役に立つモノづくり』という研究方針が“口だけ”じゃないことをご理解いただけるかと(笑)」

ルーロはfuRo 独自のSLAM技術で部屋の間取りを正確に理解し、自動で隅々までしっかりとゴミを取り切る。また、フロントの3Dセンサーが床に敷いてあるラグやキッチンマットなどの障害物を検知。本体をリフトアップして段差もスムーズに乗り越えることができる。従来のロボット掃除機のさまざまな弱点を克服した実力派としてユーザーからも絶大な信頼を勝ち取っている。

従来のロボット掃除機はモノにぶつかることを想定して円形のフォルムを採用していたが、ルーロは三角形。衝突対策が万全だからだ

写真:パナソニック株式会社プレスリリースより

「ロボット掃除機は、センサーで感知して、人工知能で考えて、メカを駆使して自分で動くことができる、とても賢い機械なんですよ。こうしたさまざまな技術を統合してモノづくりを行うのが我々のやり方。他にも、自動運転の乗り物、駅に設置されているホームドアなど、あらゆる分野の課題に最先端技術を落とし込み、世の中を進化させることに尽力しています」

さまざまな場所に古田氏らの開発した技術が落とし込まれているが、「契約上、話せないことの方が多い」と言う

言行一致。確かに、古田氏はロボットを作っているだけの研究者ではない。ロボットを通して、未来そのものをつくっているのだ。

では今後、CanguRoがそのままのカタチで解き放たれ、古田氏が思い描く「高齢者が主役の社会」が実現する日は来るのか? 具体的な未来のビジョンと課題について、後編でさらに掘り下げていく。

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