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壁をなくすテクノロジー

動けないから働けない社会を変える「分身ロボットカフェ」の可能性

仕事ぶりを見てスカウトされることも! 分身ロボット「OriHime」で自宅から接客が可能に

体が不自由で今いる場所から動くことができない——そんな状況を聞けば、「働くことは難しい」と思ってしまうかもしれない。しかし、動けないこと=不自由と捉えてしまう“これまでの常識”を覆す、新たなカフェが誕生した。それが分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を介して遠隔操作で接客する、分身ロボットカフェ「DAWN ver. β(ドーン バージョン ベータ)」だ。このカフェの立ち上げにはどのような思いが込められているのか。運営する株式会社オリィ研究所の所長、吉藤健太朗氏に話を聞いた。

動けないことの不自由さをなくす

遠隔地からロボットを操縦して、おしゃれなカフェで接客の仕事をする。報酬は普通のカフェと同じように支払われ、遠方の人との交流の輪が広がり、時にロボットパイロットとしての素質にほれ込んだ他の飲食店からスカウトされる。

そんな、働き方の常識や社会の境界線を突き崩す未来的なカフェが、東京のど真ん中にオープンした。オリィ研究所が運営する分身ロボットカフェ「DAWN ver. β」だ。

分身ロボットカフェ「DAWN ver. β」は、6月21日、日本橋エリアにオープンした。中央のロボットは接客用ロボット「OriHime-D」

写真:株式会社オリィ研究所

オリィ研究所は、主に障がいを抱えた人々の意思伝達や仕事を支援する分身ロボット「OriHime」シリーズの開発・提供を手掛けるロボットベンチャー企業である。OriHimeを軸に、リモートワークに最適化された「OriHime BiZ」、外出困難者など個人のコミュニケーションを支援する「OriHime Lite」、不登校児童などの教育をサポートする「OriHime教育」、ALS患者など目や指先しか動かせない重度肢体不自由患者のための意思伝達装置「OriHime eye+Switch」などを製品化してきた。

スマートフォンなどで遠隔から操作し、目の前にいる人とのコミュニケーションを容易にしてくれる「OriHime」

分身ロボットカフェでは、全長120cmの接客用ロボット「OriHime-D」やOriHimeシリーズを、障がいを抱えた外出困難者を中心としたパイロット(スタッフ)たちが操縦。OriHime-Dが店内で指定されたライン上を移動して料理を運んだり、物販スペースおよび各席に置かれているOriHime(のパイロット)が商品の説明や注文を取るといったサービスを提供するという、前代未聞のカフェだ。それぞれパイロットが操縦しているため、ロボットを通してリモートでリアルタイムの会話も楽しむこともできる。企画店として2018年11月から2度にわたり都内各所で設置され、今回晴れて常設店のオープンにこぎ着けた。

オリィ研究所の吉藤健太朗所長は、「亡くなった親友・番田雄太との約束を果たすため」と、オープンに込めた思いを切り出す。番田氏は4歳のときに交通事故に遭い寝たきりの状態に。闘病生活を続ける中で吉藤氏と出会い、オリィ研究所に入社することになる。

番田氏の仕事は、自宅がある岩手県盛岡市からOriHimeを使って東京オフィスに“出勤”し、吉藤氏の秘書を務めるというもの。2017年に他界するまで、吉藤氏と一緒に分身ロボットカフェやOriHime開発のためのアイデアを出し合ってきた。

「番田は外出ができないことの最も大きなハンディキャップについて、『出会いと発見がないこと』と定義していました。それを解消するためのアイデアの一つが、分身ロボットカフェでした」(吉藤氏)

孤独を解決するリレーションテックの提供を

関係性を創造する「リレーションテック」(relation+technologyの造語)の革新を追求するオリィ研究所で、吉藤氏と番田氏は、障がいを抱えた人々が社会で他者と関係を築き、孤独を解消するためにはどうすればよいかを考え続けてきた。寝たきりの番田氏、そして不登校経験のある吉藤氏にとって、それはとても切実で難解な問題だったという。

答えを求め続け、2人はある仮説にたどり着く。まず、つながりを生み出す接点をつくるには、「役割」や「理由」が必要だということだ。ここでは、仕事と言い換えてもいい。しかし、役割や理由だけでは不十分。仕事が終われば関係性は失われるし、機能性だけ求めるのであれば役割は容易に代替可能となる。

外出困難者の存在そのものを唯一無二にし、彼らが出会いと発見を得るための欠けたピースとは何か。最終的に思い当たったのが、日常の“不必要なコミュニケーション”の重要性だったと吉藤氏は言う。

「スナックに行くと、ママと話をする機会がありますよね。本当にスナック(軽食)を食べるだけなら家で食べればいいのですが、ママやそこに集まる人との不必要なコミュニケーションが好きで通う人が多いはずです。外出困難者の役割のみならず、不必要なコミュニケーションをデザインし、出会いと発見を提供できる余地がある場所はどこか。そこでカフェというアイデアにたどり着いたのです」

親友・番田氏と目指してきたコミュニケーションの壁がない社会づくりについて語ってくれた吉藤氏

分身ロボットカフェのオープンまでには「大変なことが多かった」と、吉藤氏は回想する。最初の難関は会社のメンバーを説得すること。「ロボットを使ったカフェをやりたい!」「OriHime-Dを作るのにこのくらい予算がかかる!」と伝えても、「また所長がとっぴなことを言い出した」とため息交じりに一蹴されたという。

ただ、吉藤氏は諦めなかった。自宅のガレージでOriHime-Dのプロトタイプを自作。かつて優勝したロボットコンテストにOBとして誘われた際、2000人の聴衆の前でそれを発表し、プロジェクトを既成事実化する強行策に出た。すると思わぬ反応が。着想に興味を持った公益財団法人 日本財団が支援に応じてくれたのだ。

「OriHime-Dを開発している間に番田が他界してしまい、一時は心が折れかけました。ただ番田は人類で最もロボットを操作して働いていた人間の一人。その男の勘やアイデア、生きた証しを残したいという思いがありました。日本財団の支援もあり、プロジェクトマネジャーさえいなかった計画が本格的に始動することになったのです」

第1回、第2回と開催された分身ロボットカフェの企画店は、着実な成果を上げる。パイロットたちが働きがいやつながりを得られたと喜ぶだけでなく、会場を訪れた客も皆楽しかったと口をそろえて満足感を示したという。企業スポンサーも続々と決まり、働くパイロットも10人から30人へと増えた。

「最初はOriHime-Dで簡単な作業だけを行っていましたが、今ではオーダー、グッズ販売など業務の幅を拡大しています。現場で指示出しをするフロアチーフや、シフト作成に従事するパイロットもいます」

なお、分身ロボットカフェで働いているパイロットのうち複数名は、現在、モスバーガーなどの企業、また神奈川県庁など自治体にスカウトされ、別の場所でもOriHmeパイロットとして同時に働いている。

障がいを負う以前、居酒屋の店長だった経験を持つ男性は、企画店のときにスカウトされ共和メディカルグループに就職し、大阪・LUCUA(ルクア)のチーズケーキショップで接客をしながら、企業の縁故で大阪大学での授業も受け持つ。住んでいるのは島根県だが、分身ロボットを使って東京・大阪と場所の制約なく縦横無尽に働いている。

「パイロットが体調不良で欠勤になった際には、他のパイロットが“瞬間移動”してカバーすることもできます。場所の制約をなくしつつ、人材の流動性を確保できることも、OriHimeやロボットカフェの長所の一つです」

OriHimeで働く「パイロット」たちの可能性

実際に働いているパイロットたちは、どのように感じているのか。持病で自宅療養を続けていたところから、分身ロボットカフェとモスバーガーを兼業するに至った、秋田県在住の高橋 茜さんが取材に応えてくれた。

「動けなかったり、外に出られなかったりすると、『何もない』という思いが募ります。焦るというか、寂しいというか。今はスタッフの方々やお客さまとの人間関係ができ、世界が広がる感じがしていてとても充実しています。シフトは、体調の問題があるので1日に2時間、週に3~4日程度。働けるようになって、休みの日と平日のメリハリがついたのも大きな変化です」(高橋さん)

秋田の自宅から、物販エリアで接客中だった高橋さんがOriHimeを通して話を聞かせてくれた

高橋さんは自宅でiPhoneを使って小型のOriHimeを操作しているそう。主に商品販売など接客に従事している。例えば、手元の画面をスライドすると、OriHimeの首を動かせ、おでこについたカメラから客や店内を見ることができる。「テレビ電話で話しながら働くイメージ」だそうだ。さらにOriHime-Dの機能が改良されれば、食器を下げるなどの新たな仕事もできるのではないかとひそかに期待しているという。

「高橋さんを介護していたお母さんも、OriHimeを使ってモスバーガーで働き始めました。生き生きとした娘さんの姿に刺激を受けたのがきっかけだったそうです。さらに驚くことに、持病持ちの高橋さんのお母さんの妹さんも分身を使って働くことになった。一家そろって分身ワーカーになるという、とても興味をそそられる“化学反応”も生まれています」(吉藤氏)

分身ロボットカフェのコンセプトや可能性は、今後、外出困難者だけでなく、あらゆる人々に開かれていくはずだ。出産後の女性や高齢者、東京で働きたい地方在住者や海外在住者、もしくは地方で働きたい東京在住者に至るまで、新たな役割とコミュニケーション、そして出会いや発見の機会を求める人々は社会にあふれている。

店内では、元バリスタのパイロットが操縦するOriHime(写真左下)に自分の好みなどを伝えて、コーヒーの豆を選んでもらえるサービスも。バリスタが選んだ豆で、バリスタロボット(右)がコーヒーをいれてくれる

写真:株式会社オリィ研究所

分身ロボットカフェの今後の展望は――。そう吉藤氏に最後に質問してみた。

「実現したいことは山積みですが、最初はカフェでどんなことが起きるのか、失敗のデータをどんどん集めていきたいです。例えば、OriHime-Dを店内で自由に動かせるようにしたらお客さんとぶつかってしまうとか、運んでいるものをこぼすというようなトラブルが多発するかもしれません。カフェ内でどんなコミュニケーションが生まれるかも未知数です。ただそこで生まれる失敗は、非常に貴重なもの。誰も経験したことがない失敗だからです。分身ロボットカフェが提供するのは、一杯のコーヒーや完璧なサービスではなく『人類初の失敗』。失敗を量産・改良することで、世界を前進させるための実験場にしたい。計画は2年間。今後どうなっていくか見守ってください」

リモートワークのさらに向こう側へ。空間の制約を飛び越えて、人間と人間の新たな関係性を生み出す分身ロボットカフェの未来に期待したい。

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