
2023.1.27
海洋生物のポテンシャルを徹底解明! 海を“見える化”するイノカの技術
株式会社イノカ 代表取締役 高倉葉太【後編】
自社で開発したIoTデバイスで、任意の生態系を水槽内に再現する。その環境移送技術を用い、真冬でのサンゴの人工産卵に世界で初めて成功した株式会社イノカ。同社代表の高倉葉太氏が目指しているのは、海を守りながら経済や持続可能な社会を発展させることを前提とした“ブルーエコノミー”を日本がリードしていくこと。それを実現するための取り組みや今後のビジョンを語ってもらった。
「純国産サンゴ礁水槽」で幅広い実験が可能に
色も形も多種多様なサンゴは、海の中で活発に動き回るわけではないため植物のようなイメージを与えるが、実は刺胞動物門花虫綱(しほうどうぶつもんかちゅうこう)に属する“動物”だ。海の表面積のうち、その動物が占める割合は0.2%。そこに海洋生物全体の25%が暮らしているとされ、生物多様性の面でサンゴは重要な役割を果たす。
イノカはサンゴの魅力や環境問題を伝える教育プラグラム「サンゴ礁ラボ」を開発し、その一環で2022年の夏に子ども向けの職業・社会体験施設「キッザニア」でサンゴの生態系を再現した水槽を設置するイベントを行った。注目は、ベテランでも管理が難しいサンゴの水槽を素人でも扱えるパッケージとして作り上げていること。イノカ代表の高倉葉太氏が解説する。
「水槽には弊社が独自に開発したIoT水槽管理デバイス『moniqua(モニカ)』が取り付けられているので、常に生態系のデータをモニタリングしながらライトやヒーターを遠隔で調整することができます。頻繁に現地でメンテナンスしなくてもサンゴの水槽を管理できる技術を持っていることが我々の強みです」
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イノカ代表取締役の高倉葉太氏
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実験中の水槽にはIoT水槽管理デバイスが備え付けられており、そこで得られたデータをリアルタイムでモニタリングできる
独自の環境移送技術を幅広い分野の研究開発に生かすために、2022年7月、イノカは沖縄県近海に由来するサンゴ種とバクテリアを含む生物種のみによって構成された完全閉鎖型水槽「純国産サンゴ礁水槽」を作り上げた。
「もともとサンゴの継続的な飼育は難易度が高く、研究目的での生体サンプルを確保するためには、サンゴ礁分布海域に近い臨海部の施設での研究が主流となっていました。そこで我々は、潜在的な価値を持つ生物、つまり遺伝資源を利用する上で定められた国際ルールに対応する形で、サンゴをはじめ、魚やヤドカリ、微生物などの水槽内全ての生物が日本の海域由来の生体によって構成される“純国産”のサンゴ礁水槽を作りました。その水槽を活用してもらえば、外来DNAの混入を防ぎながら、エリアを問わずにサンゴ礁生態系の遺伝資源に関する研究が可能となります」
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純国産サンゴ礁水槽
写真提供:イノカ
サンゴの価値を証明する研究開発に期待
今後は純国産サンゴ礁の遺伝資源を持続可能な形で利用する研究開発を飛躍させることが可能となり、医薬品や化学品、化粧品、食料品をはじめとする各産業領域におけるグローバル競争力が向上していくことが期待される。実際にイノカは企業や大学と連携しながら共同研究を進めている。
「個人的に期待しているのはサンゴから医薬品を生み出す研究です。まだ大学の先生と一緒にサンゴから有効物質を取り出す準備を進めている段階ですが、たくさんの人の役に立てる領域なので力を入れないわけにはいきません。解決しなければならない社会課題がたくさんある中で、生き物の保全は人間への影響が分かりにくい側面があります。でも、サンゴから新しい薬が生まれ、これまで治らなかった病気が治るようになれば、全ての人たちの豊かな暮らしを支えることができますよね。サンゴの価値を広めるためにも重要な研究です」
日本には全世界における造礁サンゴ(サンゴ礁を形成する種)約800種類のうち、約450種類ものサンゴ種が沖縄から鹿児島エリアに分布している。世界有数のサンゴ礁生態系を有していることから、日本固有の海洋遺伝資源は、潜在的な価値も含めて重要な資源と見なされている。
しかし、20年後には気候変動に伴う海水温の上昇によりサンゴの70〜90%が死滅する可能性があると予測されており、サンゴ礁生態系が有する豊かな遺伝資源も失われる恐れがある。
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沖縄の海中で撮影されたサンゴ礁
写真提供:イノカ
「陸上の生物から作られている医薬品はたくさんありますが、海の生物から作られた医薬品は思い浮かばない人が多いと思います。それくらい海は未開の領域で大きなポテンシャルを秘めているのですが、このままだとじっくり研究する前に貴重な資源が失われてしまいます。もうその状況が目の前まで来ているので、我々としても、もっと大企業やステークホルダーを巻き込みながら危機的状況に歯止めをかける方法を模索していきたいですね」
海を“見える化”する技術で東京湾の水質改善にも着手
イノカが開発したIoT水槽管理デバイス「moniqua」の役割は、サンゴに影響を与える水質や温度などのあらゆるデータを採取すること。つまり水槽内の環境を“見える化”する技術であり、そこで得られたノウハウをサンゴ以外の調査に役立てる取り組みも行っている。
「東京湾のヘドロに起因する悪臭の軽減や水質の改善を目指す取り組みが『東京ベイeSGプロジェクト』の先行プロジェクトに採択されました。風などの影響で海底のヘドロが巻き上がると毒性の高い化学物質が流出して、悪臭が漂うだけでなく、魚の大量死につながってしまうのですが、それを解決するための道筋を見つけたいなと。我々の水槽で東京湾のヘドロを再現して、不純物の除去に有効とされる鉄鋼スラグなどを活用した水質改善策を検証していきます」
「サンゴを守るベンチャー」として注目を集めたイノカは、海の健康診断を担う企業として活動範囲を広げている。高倉氏が夢見ているのは、人間と自然がどちらも我慢することなく共生していける状況を作ることだ。
「環境へ負荷を与えることに国が税金を課すなど、現在は人間側がこれまで当たり前だったことを我慢することで共生を目指しているような状況ですよね。過渡期には多少の強制も必要かもしれませんが、もう一歩先のフェーズもあるはずです。新たな医薬品や化粧品の開発につながる発見が得られるかもしれませんし、海洋生物の構造をロボットや建築のデザインに生かせるかもしれない。そうして地球を面白がる人が増えることが大事だと思います」
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「『こんなに魅力的なものが、なくなったら困るよね』と、多くの人が当たり前のように環境保全のアクションを起こしていく。そこを目指して活動していきたいですね」と高倉氏
生活リズムや栄養バランスが崩れると調子が崩れるのは人間も地球も同じ。昨今は「脱炭素」をキーワードに各企業がさまざまな取り組みを始めているが、もう少し視野を広げるべきなのかもしれない。
「昨今は二酸化炭素を吸収する生き物が、保護対象として重要視されますが、それはちょっと極端ですよね。地球環境は繊細なバランスで成り立っています。サンゴは二酸化炭素をほとんど吸収しませんが、多くの海洋生物の暮らしを支えているだけでなく、二酸化炭素を吸収するマングローブ林や海藻を維持するためにも必要な存在です。『二酸化炭素のことだけ考えておけばOK』ではなく、環境ビジネスが台頭していく時代においては、柔軟かつ多角的な視点を持つことが大事だと思います」
海の面積は地球の70%を占めている。見慣れた存在のはずだったサンゴからがんの治療薬開発が進んでいるように、まだまだ世紀の大発見が眠っているはずだ。人類と地球の未来を左右するかもしれないイノカの取り組みに期待したい。
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text:浅原聡 photo:野口岳彦