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2020.1.27
ライフラインを支える学問! 自由化で注目を集める「電力工学」とは?
横浜国立大学 大学院 工学研究院 大山力教授【前編】
世界を相手に競い合うため、電力・エネルギー業界の新しい人材育成を目指す「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)。自身の専門分野だけでなく、これからの時代に必要とされる「マテリアル系」「電力工学系」「人文社会系」といった3つの分野を横断的に学べるプログラムだ。今回は「電力工学系」に着目。長年にわたり日本に適した電力システムの研究を続けてきた横浜国立大学の大山力教授に、今後日本が目指すべき電力システムについて聞いた。
※PEPについて詳しくはこちら
「電力工学」とは何を研究する学問?
「電力工学系」と言われて、どのような研究をしているのか、すぐに分かる人は少ないかもしれない。
電気を作り、企業や工場、一般家庭などの需要家(消費者)に届き、使用されるまでには、通常は発電、送電、変電、配電の4つのプロセスが必要になる。電力が安定して供給されるためには、それらが相互にうまく連携し合う電力システムが必要になるのだが、その電力システムに関する研究を「電力工学」(または「電力システム工学」)と呼ぶ。
横浜国立大学 大学院 工学研究院の大山力教授は、この「電力工学」の研究を約40年もの長きにわたり続けてきた、日本の電力工学研究における重鎮の一人だ。大山教授は電力システムを「電気を売ったり買ったりする全てのもの」と説明する。これがなければ、電気が作られても私たちの手元に届くことはない。電力・エネルギーの根幹を支える研究といえる。
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「電気には、まだまだやらなければならないことがあります」と大山教授
そうは言っても、石炭や石油に代わる、次世代エネルギーを研究する「エネルギーマテリアル系」(前回参照)と比べると、「電力工学系」の研究は見えづらく、分かりにくい。だが、ここ最近、日本で注目を集めている研究分野だ。
その理由は、2010年代に入り、国内でいくつかの大規模な停電が発生していることが大きい。2011年に起きた東日本大震災では、多くの発電所がその影響で停止し、計画停電が行われることになった。
また、近年では2018年に起きた北海道胆振(いぶり)東部地震で、世界でもほぼ類を見ない規模である北海道エリア全域の停電(ブラックアウト)が発生。2019年にも台風15号の影響で千葉県を中心に、大規模な停電が発生し、停電解消までに約2週間を要した。
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東京電力管内の1軒当たりの停電時間を見ると、東日本大震災が起こった2011年を除いても、2010年代に入った後は1990年代、2000年代と比べて停電時間が増えていることが分かる
こうした状況の中で、レジリエンス(災害からの回復力)の観点が電力工学の研究者に大きく求められるようになっている。
それを踏まえて大山教授は、「電力工学系の研究者が今一番気にしているのは、電力自由化と再生可能エネルギーについてです」と語る。
電力自由化による電力システムへの影響とは?
1995年の電力卸市場の自由化、2015年には電力広域的運営推進機関(広域機関)の設立、2016年の電力小売市場の全面自由化と進められてきた電力自由化だが、2020年に実施予定の送配電分離をもって、全ての工程を終える。
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2020年1月9日譲渡分の電力のシステムプライスの推移。システムプライスとは、前日渡しスポット市場において1日24時間を30分単位に分け、全国の売り手と買い手の入札情報を合わせて需要と供給が折り合うようにした価格のこと。普段は気に留めることも少ないが、電力の価格は日々刻々と変わっていることが分かる
この電力自由化の目的は、「電力の安定供給化」「電気料金のコストダウン」「需要家の選択肢・事業者の事業機会の拡大」という3点が主とされる。
しかし、大山教授は、コストを下げながら信頼度は下げないのは理屈として無理がある、と指摘する。
「ただし、無駄を切り詰めてコストを下げながらも、信頼度は極力落とさないようにするという方法はあると思います。だから、それを狙っていくことになるでしょう。まず誤解のないように注意が必要なのは、一連の電力自由化では、『送配電部門』は対象外だということです。これまでの電力会社(一般電気事業者)が持っていた送配電ネットワークを“共通のインフラ”として開放し、発電・卸、小売では新規参入を促進していく、というのが電力自由化の目的になります」
つまり、大山教授の言う“信頼度”とは、共通のインフラである送配電ネットワークの“強さ”のことを指している。しかし、これは簡単な話ではない。
例えば、ネットワークを強くするために、配電線の地中化について議論がよくされるという。
「ただ、地中化した場合、ネットワークは強くなっても、一度事故が起こると復旧に倍の時間がかかるという見方もあります。人命のことを考えると、あるエリアだけが復旧に時間がかかるということが正しいのかは考えなくてはなりません」
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配電線を地中化して「無電柱化」することは、街の景観を良くできたり、道路を通行しやすく整備できたりするといったメリットも
ほかにも、研究を進めなくてはならないことは、まだまだあるという。
電気の品質を保つためには、電気の需要と供給を常に一致させることが必要になる。これまでは、エリアごとに電力事業を行っていた全国10の電力会社が、発電するとともに、そのバランスを保っていた。しかし、電力自由化後は、それらの電力会社から分社化した送配電事業者がその役割を担う。その需給バランスを保つための設備を、調整力と呼ぶ。
また、電気の安定供給を保っていくためには、安定した発電量が必要になる。しかし、自由化された社会では、発電した電気を売買するだけでは発電設備のコストを回収できない可能性も。そうなると、新規参入した発電事業者が撤退してしまい、安定した電源を確保できなくなるというリスクがある。そのため実際に発電したかどうかは別に、発電事業者に対価を支払う仕組みがあり、その価格を決める市場を容量市場と呼ぶ。
「この調整力や容量市場についても、どのようなものが適しているのか、研究を進めています」と、大山教授。電力自由化が完成した後、どのような社会になるのか。それは、電力工学研究者の双肩にかかっているのかもしれない。
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発電事業者が発電した電気が、一般小売事業者に届くまでの流れ。電力自由化後も安定した発電量を保っていくために、卸電力市場とは別に容量市場が存在する
再生可能エネルギーと電力システムを結ぶ術
電力自由化の影響以上に電力工学研究者の課題となっているのが、再生可能エネルギーの組み入れ方だ。
「再生可能エネルギーは出力が一定しないのが難点です。これを使いやすくするには、出力を一定にできればいい。さらに言えば、出力を自由に変えられるようになれば、なおいいですね」
ダムを用いた水力発電、あるいは地熱発電は、一定した出力を得やすい。しかし、状況に合わせてその都度、大きく出力を変えることは難しい。また、クリーンなエネルギーとして期待される風力発電や太陽光発電は、水力や地熱以上に自然任せなため、そもそも一定の出力を得るのが困難だ。
社会的に期待値が高い再生可能エネルギーは、“安定した電力システムを構築する”という視点から見ると、全てを任せるには、まだまだ高いハードルがある。
「そのハードルをどのように越えていくか。それが、これからの電力工学研究者がやるべきことです。今後は再生可能エネルギーがより求められる時代になっていく。それを後押しするような仕組みを、コストがかかってもやっていかなくてはなりません」
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「再生可能エネルギーを、火力発電のようにフレキシブルにしていくのが、エンジニアのやるべきこと」
電力自由化と再生可能エネルギー。この2つの大きな壁を乗り越え、レジリエンスも考慮した強い電力システムを構築する。それが、今の時代を生きる電力工学研究者の使命だ。
後編では、大山教授が考える強い電力システムと、これからの電力工学研究者に求めるものについて迫る。
<2020年1月28日(火)配信の【後編】に続く>
日本のインフラはまだまだ問題が山積み? 次代を担う電力工学研究者が身に付けるべきこととは何か
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:野口岳彦
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