エネルギーの革新者

日本が資源国になれる!? 「水素」がもたらすエネルギーとしての可能性

首都大学東京 都市環境学部 環境応用化学科 川上浩良教授【前編】

世界と競い合える電力・エネルギー業界の人材育成を進める「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)。「マテリアル系」「電力工学系」「人文社会系」という、これからの時代に必要な3分野を横断的に学べるプログラムだが、今回はその一つである「マテリアル系」に着目。日本でエネルギーマテリアルの研究開発を先導する首都大学東京の川上浩良教授に、最先端のアプローチについて話を聞いた。

※PEPについて詳しく知りたいならこちら

新しい時代のエネルギーマテリアルとは

「エネルギーマテリアル」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。マテリアルとは、材料や原料、もしくは燃料のこと。そこにエネルギーと付けば、「石炭」「石油」「天然ガス」などが思い付くことだろう。

日本においては、これらを燃料とした火力発電による電力供給率は、2018年時点で約8割にも達する。そのため、これまでは石炭や石油などを国有資源として持っているかが、エネルギー分野における国力を計るものさしの一つとなっていた。持つ国、持たざる国で立場が明確に違っていたといえる。

しかし、今後の世界は変わる。世界的に脱炭素社会やSDGs(持続可能な開発目標)の具現化が指針となり、環境への配慮が本気で求められる時代だ。

「これからはエネルギーを持つか持たざるかは、“イノベーション力”で決まります。国家がイノベーション戦略を持っていれば、エネルギーは作り出せるようになる。技術力があるかないかがカギになっていくでしょう」

首都大学東京 都市環境学部 環境応用化学科の川上浩良教授は、時代の変化をそう指摘した。

最近では、専門とする水素について、一般に向けた講演をすることも増えているという川上教授。ただ、世間では「水素は怖い」というイメージを抱く人も少なくないという

エネルギーにおけるイノベーションをどうやって起こすのか。そこで重要になってくるのが、エネルギーマテリアルと、そこから有効に電力を得るためのシステムだ。

「このイノベーションを起こすには、エネルギーマテリアルの研究者と、電力工学の研究者がコラボレーションしていくことが必要です」

そんな川上教授が研究の軸に置いているエネルギーマテリアルが、「水素」だ。

国家戦略の一つでもある水素の可能性

これまで、そして今も、日本のエネルギーは「3E+S」という考え方を基本としてきた。

大前提となる「安全性(Safety)」に、「安定供給(=自給率:Energy Security)」「経済効率性(=電力コスト:Economic Efficiency)」「環境適合性(=温室効果ガス排出量:Environment)」を組み合わせたものだ。

しかし今後は、たとえどれほど他の3つが優れていても、世界的な指針となった「温室効果ガス排出量削減」の要件を満たさなければ使えなくなる可能性が高い。

これまでのエネルギー政策では、3Eの上2つが重視されていたが、今後は温室効果ガス排出量(環境適合性:Environment)が要になってくる

出展)経済産業省 資源エネルギー庁『平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018)【第130-0-1】3E+Sについて』より引用

温室効果ガスとは、二酸化炭素(以下、CO2)やメタンを指す。日本の温室効果ガス総排出量は2017年度で12億9200万t。その内の11億1100万tが社会で利用されるエネルギーを生み出す過程で排出されるものだ(CO2換算、2019年4月環境省発表)。

現状、“日本の電源”は約8割が火力発電。燃焼、発電すれば必ずCO2が排出される。日本が掲げた「2050年までに温室効果ガス排出量80%削減」を達成できるか否かは、エネルギー起源のCO2排出量をどれだけ削減できるか次第ということになる。

国内では、石炭、石油、天然ガスを燃料とした火力発電からのCO2排出量抑制、発電効率化といったさまざまな技術開発が進められているが、排出削減を一気に進めるには、“エネルギーマテリアル自体を変える”という一手も考えられるだろう。

そこで注目したいのが水素だ。実は日本は水素を用いた燃料電池研究では世界トップレベルにあり、既にいくつかの国内自動車メーカーから、水素を使った燃料電池自動車(FCV)も市販されている。

政府も2017年12月に、世界に先駆けて水素社会を実現するための「水素基本戦略」を発表した。あらゆる業界で水素を利用していこうと、日本社会全体がシフトしつつある。

水素をエネルギー源にするメリットとは?

「水素のメリットは、いろいろなものから作れることです」

水素は、石炭や天然ガスから作ることができる。また、これまでも国内企業がさまざまな製品を作る過程で、副産物として水素は発生していると川上教授は言う。

この副産物は、現状では全てが効率的に使われているのではないが、仮にそれらを集めて活用すれば、今国内を走っている燃料電池自動車のほとんどをまかなうことができるという。さらに、日本の豊富な資源の一つである「水」を電気分解して水素と酸素に分けるという方法もある。

作る上では多くのメリットがあるようだが、実際に社会で使えるのだろうか。

川上教授の研究室では、水素を効率よく「作り」「運び」「使う」ためのさまざまな実験が日々行われている

「エネルギーマテリアルを考える際には、『作る』以外に、『運ぶ』ことと『使う』ことを考えることも重要です。それらにおいても、水素には大きなメリットがあります」

まず「運ぶ」。水素は、気体のままだと体積が大きいという特徴がある。これを運びやすくするために、液体にする技術が研究されている。

現在、注目されているのは、ペンキやマニキュアなどの溶媒としても使われるトルエン。液体であるトルエンの中に水素を高密度で閉じ込めると、メチルシクロヘキサンという化合物になる。それをタンカーで運び、使用する際に、再びトルエンと水素に戻すのだ。

また、現状の蓄電池では、蓄えた電気が放電されることを避けられない。だが、水素を液体化して保管できれば、エネルギー量を目減りさせることなく数年間は維持できることが実証されているという。加えて、高密度にできることから保管場所にも困らないため、災害時の電力源としても期待できるのだ。

そして「使う」ことにおいては、より強みを増す。水素を用いた燃料電池の用途は非常に幅広いからだ。

自動車が有名だが、実はフォークリフトなど倉庫内作業重機には既に搭載されているものも多い。列車なら、架線なしに走らせることができるようになる。さらに、水素のエネルギー密度は非常に高いため、直接燃焼させて推進剤にするH-IIAロケットなどの燃料にも使われている。

「極端に言えば、全てのエネルギー系統を、水素を用いた燃料電池などに置き換えられる可能性があるほどの力を秘めています」

研究室にある検査装置の上には、学生が出力計測したたくさんのボタン型電池が並べられていた。電池を試作しては計測することを繰り返して、性能を高める方法を模索していく

次の時代を支える新しい発想の燃料電池とは?

このように大きな可能性を秘める水素だが、まだ大量生産して活用するところまでは研究が進んでいない。

例えば「作る」。水を原料とするのなら、いくらでも作れるような気がするが、一つ盲点がある。それは、今の技術では「電気」を使わないと作れないのだ。

つまり、水素を作るのと引き換えに、電気を作る過程でCO2が排出されているのが現状で、温室効果ガス排出量削減を念頭に置けば、電気を使わない、もしくは微量の電気で済むというところまでの技術革新を待つほかない。もちろん、太陽光発電といった再生可能エネルギーを使って水素を「作る」こともできるものの、大量に水素が必要になった場合にはそれも難しい。

また、「運ぶ」に関しても同様で、水素を液体化してタンカーで運び、また水素に戻す、という技術においても、それに関わるCO2排出量を限りなくゼロにしていく必要がある。

「電気を使わずに水素を作るか、あるいはわずかな電気で電気分解ができるか。まずは、技術がブレイクスルーしなければなりません」

しかし、「使う」という点では、水素電池自体は社会に広がりつつあり、さらに川上教授も新しい発想で性能を向上させた全固体燃料電池を作り上げている。それが、ナノファイバーを用いた燃料電池だ。

水素を用いた燃料電池の仕組みは、簡単に言うと、前述の水の電気分解を、逆方向から行うというもの。電解質を挟んだ対極から水素と酸素を加え、化学変化によって水が生まれるのと同時に電気を取り出している。

水素を用いた燃料電池の仕組み。負極から水素を、正極から酸素を流し込み、水に変化させるとともに、電解質を通して電気を取り出す

資料提供:川上研究室

効率的かつ安全に電気を生み、さらに社会で利用されるためには、両極の間にある電解質の伝導率を上げ、小型化しながらも強度を保つことが必要となる。今、これを世界中の研究者たちが競い合っている。

そんな難題に対して川上教授が出した答えの一つが、水素イオンを伝導するナノファイバーを重ねて高分子ポリマーで固体化するという手法だ。現状の水素を用いた燃料電池で使われている電解質の10分の1程度の薄さを実現した。

川上教授が開発した、燃料電池に用いるナノファイバー製の電解質膜。高分子ポリマーで固めて膜状にする。ナノファイバー自体は髪の毛の数千分の1という目には見えない細さ

資料提供:川上研究室

「ナノファイバーを使うという発想は、これまで世界のどこにもありませんでした。われわれ独自の発想です。薄くて強く、効率のいい電解質を作るという点では、既にわれわれはブレイクスルーを起こしています」

後編では、川上教授が燃料電池でブレイクスルーを起こせた背景、そして川上教授が考えるエネルギーの未来について迫る。

<2019年12月27日配信の【後編】に続く>
エネルギーマテリアルが社会を変える! 求められる研究者は「イノベーティブなオタク」

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