2019.08.14
飛行機に乗るように「宇宙」に行ける?スペースプレーンが実現する15分間の宇宙旅行
日本発の有人宇宙飛行機開発、2027実現に向けた挑戦
2019年6月、NASA(アメリカ航空宇宙局)が発表した国際宇宙ステーション(ISS)への一般宿泊利用の可能性に加え、米国テキサス州ヒューストンに拠点を置くスタートアップ、オライオン・スパン社が2021年までに史上初となる高級宇宙ホテル「オーロラ・ステーション」を打ち上げる計画を発表するなど、近年、世界で“宇宙旅行熱”が高まっている。となれば、まず気になるのは、われわれ一般人が使える宇宙空間までの「交通手段」ではないだろうか。実は、日本国内でも、その交通手段を開発している企業がある。特集第1回では、有翼ロケットでの「有人宇宙飛行」を目指す日本のベンチャー、株式会社SPACE WALKER(スペースウォーカー)の取締役COO・CFOである保田晃宏氏に、宇宙旅行実現までのロードマップを聞いた。
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頓挫した日本初のスペースシャトル開発計画を再始動
「実は、私たちが開発している『スペースプレーン』の計画は、財政難や宇宙基本計画の見直しで頓挫した日本版スペースシャトル計画『HOPE』を、当時の技術者が再始動させた事業なのです」
「宇宙が、みんなのものになる」をキャッチコピーに、民間有人有翼ロケットの打ち上げを目指すスペースウォーカーが設立されたのは2017年12月のこと。1970年代から日本版スペースシャトル開発という国家プロジェクトに携わっていた工学博士・米本浩一氏を最高技術責任者として、多様な部門のエキスパートが集まっている。そこに参画した一人が、ファンドマネージャーの保田晃宏取締役COO・CFO(最高執行責任者・最高財務責任者)だ。
「米本は、HOPE凍結後も九州工業大学で有翼ロケットの研究を続け、技術的には実現可能なところにまで到達させていました。当初は、有人宇宙飛行の実用化は考えていなかったようですが、実験機の打ち上げに成功したり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究が決まったりするうちに野望が芽生えたようです。われわれは、米本がベンチャーキャピタルを回って資金調達に奔走していたころに出会い、その可能性にひかれて集結したのです」
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スペースウォーカーの保田晃宏氏。ファンドビジネスを手掛ける企業でアジア圏企業の投資事業、再生可能エネルギー事業の立ち上げなどに従事し、独立。その後、スペースウォーカーに参画し、資金調達や財務面を担っている
日本版スペースシャトルと言われた「HOPE(H-Ⅱ Orbiting Plane)」とは、1970年代後半から宇宙開発事業団(NASDA)と航空宇宙技術研究所(NAL)が開発していた、再利用可能な有翼式無人宇宙往還機のこと。H-Ⅱロケットで打ち上げられた小型の無人機HOPEが宇宙を往還するシステムの開発が研究されていたが、2000年に事実上中止された。
スペースウォーカーが開発するスペースプレーンは、日本がHOPE計画などで40年以上にわたって培ってきた成果を集大成したもので、同社は「誰もが飛行機に乗るように自由に宇宙と行き来ができる未来を実現」することをビジョンとして掲げ、何度でも利用できる機体の実用化を目指している。
「会社を立ち上げたとき、米本は既に64歳。当時の研究に携わってきた人たちが元気なうちに有人飛行を実現したいんです」
そこには、夢の続きを模索していたベテランエンジニアを、親子ほど年が離れた異業種出身の若手ビジネスマンが支えて、新たな夢にチャレンジしている姿が見てとれる。
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2015年11月、九州工業大学で打ち上げに成功した無人の実験機
写真協力/株式会社SPACE WALKER
だが、国家機関でも成し得なかった宇宙旅行を、ベンチャーが実現させることは可能なのだろうか。
「時間と環境、あとお金があれば必ず実現できます。私たちは2027年までに商業有人飛行、いわゆる宇宙旅行の実現を目指していますが、そこに至るまでにはいくつかの段階があると考えています」
スペースウォーカーは現時点で、無人有翼ロケット実験機の飛行を1回成功させている。今後は2019年内に飛行制御の実証、2020年にロケットエンジンの飛行試験を目的とした実験機の打ち上げを予定。実験は2021年までに終了させ、以降は“商用機”として運用していく予定だという。
「もちろん商用機といっても、いきなり有人飛行を行うわけではありません。第1段階として、実験機材などのペイロード(積載物)を100kg搭載して高度120kmまで上昇し、大気圏へ再突入後に滑空して着陸するという科学ミッション機を2022年に飛行させます。
そして第2段階は、100kgの人工衛星を積載した使い捨てロケットを機体の上に載せ、高度700kmの太陽同期軌道(地球を回る衛星の軌道面全体が1年に1回転し、衛星の軌道面と太陽方向が常に一定になる軌道のこと)に衛星を投入するという小型衛星投入機を2024年に飛行させる予定です」
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2019年内の飛行実験を予定している「WIRES #014-3A『gaaboo号』」。2020年の「WIRES #015」は米国・カリフォルニア州で飛行実験を行う予定だ
写真協力/株式会社SPACE WALKER
それぞれの段階で最も重要なのは、商用機が目的を果たして帰還することだという。これまでの観測用ロケットは、いわゆる“使い捨て”だったために高額な実験機材を載せられず、検体を回収できないという課題があった。
スペースウォーカーの科学ミッション機は、国家、民間を問わず、天文観測や無重力下でのタンパク質合成など、高額機器を搭載した科学実験を想定しているため、使用された機材やサンプルを確実に回収しなければ意味をなさない。
それは、“繰り返し使える機体”ということが大前提となり、そうしたミッションを着実にクリアすることで、地球に帰還することができる「有人飛行」の実現があるのだという。
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科学実験用機材の搬送・返送、小型衛星の搬送、そして最後に有人飛行と、段階を踏んで実用化を実現させていく予定だ
宇宙旅行は“地産地消”のエコエンジンで行く
ロケットの心臓ともいえるエンジンは、長きにわたり世界中でさまざまな方式の開発が進められている。スペースウォーカーが商用機で採用しているのは、いずれもLNG(液化天然ガス)エンジンというものだ。保田氏は、「LNGエンジンは環境に優しく、再生可能エネルギーという側面もある」と話す。
「宇宙航空機で使用するロケットエンジンとは、推進剤を噴射することによって、その反動で推力を得るエンジンのことを言います。スペースウォーカーの商用機では推進剤にメタンを主成分とするLNGを使用しているのですが、メタンは北海道で飼育されている家畜の糞尿や、東京など大都会で排出される生ゴミから生成することができます。LNGエンジンは燃料を“地産地消”できるとてもエコなエンジンだと言えるかもしれません。宇宙開発で忘れてはならないのが、実は環境保護と持続可能ということなのです」
スペースウォーカーが最終目標とする有人宇宙飛行に使用する「スペースプレーン」も、同じくLNGエンジンを採用している。ただ、垂直打ち上げを予定した前2段階の商用機に対して、スペースプレーンは通常の飛行機のように滑走路から水平離陸する点が大きく異なる。
「2027年に初飛行を目指すスペースプレーンは、その名のとおり“宇宙の飛行機”です。機体にはパイロット2名と乗客6名が乗り込みますが、パイロットは不測の事態に備えたもので、通常時は操縦しません。離陸から着陸までの全ての行程を、地上からの管制と機体自体の自動制御によって飛行します。宇宙旅行のイメージとしては、だいたい1回15分程度の飛行時間を予定しています。離陸から3分ほどで高度100kmを超える“宇宙空間”に到達し、5分ほど無重力を体験。宇宙では背面飛行し、窓から青い地球を見ることも可能です。そして、残り3、4分で地球に降り立ちます」
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スペースプレーンは、「飛行機に搭乗する感覚で、誰でも乗ることができるようになる」と保田氏
宇宙飛行というと、飛行機のパイロットや宇宙飛行士のような精密な身体検査や長期間に及ぶ訓練が必要になるのではないかと想像するが、そのような必要は全くないという。健康面で言えば、心臓病がある人を除き、高齢者でも搭乗することが可能になるそうだ。
「地球に降下する際の最大G(重力加速度)を5G以下に抑えようと開発を進めているので、例えば遊園地の富士急ハイランドにある加速アトラクション『ド・ドドンパ』(3.75G)や『高飛車』(4.4G)に乗れる方なら問題ないという想定です。降下するとき以外は、普通の飛行機に乗っているような感覚になると思います」
宇宙旅行の意外な活用法とは?
特別な訓練もいらず、身体面での制約もほぼないのであれば、宇宙旅行という誰しもが一度は抱いたことのある夢を実現したくなることだろう。実際、多くのIT長者が宇宙旅行について、まるでハワイにでも行くかのように思いを語っている。現在、米国の宇宙旅行会社ヴァージン・ギャラクティックでは、3日間の準備訓練費用を含む1人当たりの渡航費を25万ドル(2500万~3000万円)としている。
「まだ、料金は確定していません。現在のスペースプレーンは1回のフライトにつき、パイロット2名と乗客6名の計8名しか搭乗できない設計ですが、いずれ乗客100~200名を搭乗できるまでに機体を大型化できれば、価格は抑えられるはず。国際線のファーストクラスより少し高い金額で宇宙旅行ができるようになればと考えています」
東京-ニューヨーク間の国際線ファーストクラスは、往復で230万円程度(※全日空参照/時期によって異なる)。スペースプレーンは、いずれは往復400万円ほどにまで引き下げることを目標にしているという。
「そのころには、ビジネスとしての需要の広がりも見えてくるでしょう。現在、東京からニューヨークまでおよそ13時間の飛行時間を要するところ、スペースプレーンならたったの40分で移動できるようになるのです。新幹線で東京から名古屋に行くよりも早く移動できるとなれば、ファーストクラス+αの料金を払ってでも利用したいという人はいるはずです。そのころにはきっと、民間人も利用できる宇宙ステーションも完成し、週2回程度の定期運航便を出せるようになっているかもしれません」
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有人飛行の機体について、現在は世界的に規定されたパイロット資格は存在しない。「研究と実用化を進めると同時に、法整備も進めていく必要がある」という
現在、世界中の空を常時1万機以上の旅客機が飛行していると言われている。これら旅客機が、ジェットエンジンを稼働させるために膨大な量の化石燃料を燃焼し、同時に大量の二酸化炭素も排出していることは、一般的にあまり意識されていない。
再生可能エネルギーから生成した燃料で、二酸化炭素を極力排出せずに数分で宇宙空間に到達し、大気圏再突入後は燃料をほとんど使わないで目的地まで滑空するスペースプレーンは、航空宇宙産業全体における持続可能な発展の未来像なのかもしれない。
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