特集
未来志向で復興の道を歩む、福島

宿泊施設としても注目を集める「Jヴィレッジ」から輝く復興の光

福島復興のシンボルとして親しまれるナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」

福島県双葉郡楢葉町と広野町にまたがる、サッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」。ことし2月に行われたU-12の世界一を決めるFIFA公認国際サッカー大会「ダノンネーションズカップ」の日本予選「ダノンネーションズカップ2020 in JAPAN」福島会場(2年連続)として、また、五輪2020東京大会の聖火リレー出発地にも決まっている。本特集ラストは同施設を訪れ、スポーツを通した復興への思いや営業再開までの道のり、そしてこれからの展望を「ダノンネーションズカップ2020 in JAPAN」の大会アンバサダーである前園真聖氏と「Jヴィレッジ」の上田栄治副社長に伺った。

サッカーを通じて復興を支援し続ける

去る3月14日──。JR常磐線が全線復旧を果たし、ますます復興が加速する福島県・浜通り。この地に存在するのが、“復興のシンボル”として国内外のアスリートはもとより、地元からも親しまれている「Jヴィレッジ」だ。

「震災当時すでに現役は引退していましたが、震災前から子どもたちのサッカー教室などさまざまなイベントで頻繁にお伺いしていました」

そう語るのは元サッカー日本代表の前園真聖氏。前園氏自身は現役時代の利用こそないものの、イベントなどを通して「Jヴィレッジ」への思い入れは強いという。だからこそ、2019年4月の全面再開や、ことし2月2日、2年連続で自身がアンバサダーを務めるサッカー大会「ダノンネーションズカップ2020 in JAPAN」が同施設で開催されたことに、感慨もひとしおの様子だ。

“小学生年代のワールドカップ”とも呼ばれる大会。当日はJリーグの下部組織チームから福島県内の強豪チーム、関東ほかのクラブチーム計32チームが集まり、本大会への出場権を争った

「『Jヴィレッジ』は間違いなく日本のサッカーの発展を支えてきた場所。僕の後輩の中田英寿も、日本代表時代はここで合宿をしていました。震災後、しばらくは使えない時期がありましたが、こうしてサッカーを楽しめる環境が再開したことは純粋にうれしいですね。今回はアンバサダーとして復興していく様子を近くで感じられたのもありがたいです」

前園氏と言えば、震災後いち早く「TEAM NIPPON」(アスリートたちが呼びかけて日本内外から被災地を応援するプロジェクト)の一員として、多くの“元気”を被災地に届ける活動をしてきた。それゆえに、未来を担う子どもたちのサッカー大会の予選が福島で行われることを楽しみにしてきたという。

「おこがましいですが、震災後は何かできないかとずっと考えていました。僕ができることはやはりサッカーしかありませんので、サッカーを通じて子どもたちと触れ合い、元気になってもらえたらと『TEAM NIPPON』に参加したのです。今でもそうですが、日本の未来を担う子どもたちとの触れあいは非常に刺激的ですし、僕自身が元気をもらっています。彼らにとっても、この『ダノンネーションズカップ』が目標であり、希望になればいいですね」

大会当日は、選手たちの熱の入ったプレーに興奮しながらも、ダノンヨーグルトのサンプル配布にも積極的に参加し、子どもたちや観戦者との交流を楽しんだ

「Jヴィレッジ」で当大会の予選が行われることの意義を、前園氏に改めて尋ねてみた。

「やはり、このような大会が行われること自体、子どもたちにとっては“世界”を意識できる重要な機会だと思います。たとえ試合に負けたとしても、その経験は財産になりますからね。そして何より、この『Jヴィレッジ』という“日本サッカーの聖地”とも呼べる場所でプレーできることは大きいですよ。ヨーロッパほか、世界を見渡してもこれだけ環境が整っていてスポーツに集中できる場所を、僕は知りません」

「ただ、まだまだ復興が行き届いていないエリアや、震災前の生活を取り戻せていない方々がいるのも事実です。子どもたちが一生懸命にサッカーを頑張っている姿は復興への希望になると思いますし、僕自身、これからもサッカー関連のイベントなどを中心に自分にできることをやり続けていければと考えています」

「僕自身、今回大会に参加している選手たちと同じくらいの年齢でサッカーを始めて、夢中になった経緯があります。サッカーに関して自分が経験したことを、できるだけ彼らに伝えてあげたいと思っています」と前園氏

「Jヴィレッジ」がたどった再開への険しい道のり

前園氏をはじめ多くのサッカー関係者が「日本サッカーの聖地」と位置付ける「Jヴィレッジ」。

1997年に日本初のサッカーナショナルトレーニングセンターとして開設され、男女共にサッカー日本代表の合宿をはじめ、さまざまなスポーツのトップアスリートたちがキャンプを行ってきた。

しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災を機に、状況は一変する。「Jヴィレッジ」は営業を休止し、福島第一原子力発電所の事故収束への対応拠点として工事車両や工事関係者の駐車場などに使用されることになった。

当時のことを同施設の上田栄治副社長はこう振り返る。

「2013年7月に『Jヴィレッジ』の副社長に就任しましたが、当時ここは福島第一原子力発電所の事故収束の中継基地でした。私は、2002年になでしこJAPANの監督をやっていたという経緯もあり、どちらかというと『Jヴィレッジ』を利用していた側だったのですが、われわれがキャンプを行っていたあの美しく素晴らしいピッチが土砂や鉄板を敷いた駐車場に…。その状況を見て、非常にショックを受けました」

1976(昭和51)年から83(昭和58)年までフジタ工業クラブサッカー部(現:湘南ベルマーレ)でプレーし、フォワードとして活躍した上田栄治副社長。2006年に日本サッカー協会女子委員長に就任したほか、2013年からは「Jヴィレッジ」を運営する株式会社日本フットボールヴィレッジの代表取締役副社長に

東日本大震災、それに伴う福島第一原子力発電所の事故が未曽有の有事であったとはいえ、“サッカーの聖地”がまるで工事現場へと化していくことに関しては、胸を痛めていたという。しかも副社長就任時は、再開のめども全く見えていなかった。

そんなときに一筋の光が差す。2013年9月に、五輪・パラ五輪2020東京大会の開催が決定したのだ。

「五輪開催が決まったときはうれしかったですね。正直、あの駐車場になっているピッチを見て『これは、いつか再開する日が来るのだろうか?』と、ネガティブな気持ちになっていたのですが、『絶対に再開するぞ!』という大きな目標ができたわけですから。また、2019年にはラグビーワールドカップの日本開催もありましたし、福島県、サッカー界、東京電力、そしてわれわれ…一丸となって、再開の目標に向かってまい進してきました」

とはいえ再開までの道は険しかった。上田副社長は「工事・施工関係者の方々は、大変な苦労だった」と改めてねぎらう。荒れたピッチを元通りにするには、土砂を入れ替えて芝を張り直すという、気の遠くなるような作業が待っていたからだ。

「駐車場にするために、厚さ40cmも敷き詰めた土砂や鉄板を取り除く必要がありました。そこから更に40cm掘って芝床を造り、排水・給水設備を整備した上で、やっと芝が植えられるのです。しかも深刻な人手不足も続いていましたしね。私は『果たして間に合うのか?』と気をもむことしかできませんでした。工事に関わった全ての方々に改めて感謝したいです」

関係者の方々の尽力もあり、「Jヴィレッジ」は2018年7月に一部の営業が再開。そして2019年4月、ついにグランドオープンを果たしたのだ。

東京ドーム10個分にもなる広大な敷地を誇る「Jヴィレッジ」。写真の全天候型サッカー練習場のほか、観客席付きスタジアム、天然芝ピッチ8面、人工芝ピッチ3面、雨天練習場、約200もの客室数を誇るホテルなどで形成される

同年には、なでしこJAPANの合宿や、ラグビーワールドカップ時にはアルゼンチン代表のキャンプに利用された。

「なでしこJAPANの合宿時、ピッチとホテルが隣接しているので移動時間のストレスがないなど、選手から好評価をいただきました。また、“新生Jヴィレッジ”と呼ぶにふさわしく、機能も以前より充実させています。例えば、以前のピッチは寒冷地用の冬芝を採用していましたが、暑さに強い温暖地用の夏芝をベースにして秋に冬芝の種を撒くオーバーシードという工法で、一年中質の良いピッチを保っています。散水も以前は全て手で行っていましたが、埋設されたスプリンクラーで自動制御できるようにもなりました。以前から『Jヴィレッジ』は国内でもトップクラスの芝を誇っていましたが、現在はそれ以上だと自負しています。また、サッカーだけでなく、さまざまなスポーツに利用可能な全天候型の人工芝練習場も完備することができました。季節や天候を問わずに、トレーニングできる環境を提供できるというのは本当にうれしいですね」

グランドオープンから間もなく1年。完全復活への手応えは感じている。

「想定以上の結果が残せていると思っています。2019年度の宿泊者やピッチ利用者、イベント来場者は50万人に近づいており、これは震災前の一番いい時期に近い数字です」

「しかし…」と、上田副社長は改めて背筋を伸ばした。

「現在はサッカーを中心としたスポーツ関連での使用や来場者がほとんどを占めています。今後、より『Jヴィレッジ』を知って、宿泊施設を利用していただいたり、福島産の食材をふんだんに使った料理を提供するレストランで舌鼓を打っていただくために、スポーツ以外のイベントにも力を入れていきたいと思っています。例えば、アーティストのコンサート利用や、継続していける音楽フェスの開催地としての提供などです。さらには、夏には当施設やJヴィレッジ駅からも程近くにある岩沢海水浴場や海辺のドライブ、秋は紅葉や木戸川のサケの遡上(そじょう)、冬は旬の海産物を楽しめるグルメと、観光客の皆さんも気軽に泊まったり、立ち寄ってもらったりできる施設でありたいと思っています」

一般利用も歓迎するホテル

「現在、さまざまな可能性を模索して観光施設や旅行会社とのコラボレーションを計画しています」という上田副社長。

中でも注目なのが、再開と共に大きくリニューアルされた宿泊施設だ。特別な日にもってこいの豪華なスイートからビジネスユースに頼もしいシングルまで各タイプの部屋を取りそろえている。

またコンベンションホールや宴会場もあり、アスリートのみならず、国際会議や企業研修などさまざまなシチュエーションでの利用が可能だ。

新宿泊棟「アネックス棟」のシングルルームの一例。ダブルベッドが設置され、ゆったりとした空間だ。また「Jヴィレッジ」の全貌を見渡せる大浴場も完備する。旅や仕事の疲れもゆっくり癒やすことができる

画像提供:Jヴィレッジ

また、こだわり抜いた福島産の食材を存分に楽しめるレストラン施設も好評だという。

過去に「Jヴィレッジ」で合宿を行っていたサッカー元日本代表監督であるフィリップ・トルシエ氏が「マミーすいとん」と命名した、楢葉町名物のすいとん料理「楢葉町のマミーすいとんと伊達鶏の胸肉と腿肉の照焼き」(1300円/税別)や、地元産の卵のしっかりとした味わいがクセになる「川俣町の軍鶏とたまごの郷のいわき地養卵の親子丼」(1300円/税別)など、バラエティー豊かなラインアップ。

清潔感と開放感あふれる施設内のレストラン「アルパインローズ」

画像提供:Jヴィレッジ

その時季ならではの旬の海鮮を使用する「福島県漁連さんからの海鮮丼」(1800円/税別)も人気メニュー。取材日(3月4日)はウニ、マグロ、カンパチ、サーモン、ボタンエビ、真ダイ、イクラ、トビッコと、この日市場から仕入れた海の幸が絢爛(けんらん)豪華に盛られていた

施設内にある売店には、数あるオフィシャルサポーター企業の一つである「アディダス」の商品のほか、地元産のお菓子やラーメンなどのお土産も多数用意されている

福島復興のシンボルとしての責任

前園氏も「福島の現状を知ってもらう機会になればいい」と思いをはせる五輪・パラ五輪2020東京大会。3月26日(木)から始まる予定の五輪の聖火リレー出発地が、ここ「Jヴィレッジ」だ。

「“復興五輪”と言われますが、そんな意義のある大会で聖火リレーの出発地に選ばれたのは光栄ですし、五輪までの再開を目標にしてきた関係者の努力も報われたと思っています。また、第一走者がなでしこJAPANというのも縁を感じます。2011年、サッカー女子ワールドカップのドイツ大会には私も関係者として同行していましたが、“絶対に諦めない”という強い気持ちがチーム内に充満していました。優勝を果たして、震災で悲しみに暮れていた日本に勇気を与えた奇跡を、まるで昨日のことのように覚えています。彼女たちに少しでも気持ちよく出発してもらえるように、草刈りなどをして周辺をきれいにしているところです」

聖火リレーのスタート地点至近のピッチで復興への思いを語る上田副社長

最後に「Jヴィレッジ」を中心とした福島復興の未来について聞いた。

「3月14日には常磐線が全線開通し、『Jヴィレッジ駅』も常設駅となりました。このことでより利便性が良くなり、訪れていただけるお客さまも多くなればいいと思っています。しかしながら、全線開通したといっても、周辺がまだ帰還困難区域となっている駅もあります。『Jヴィレッジ』は“福島復興のシンボル”という使命をバックボーンに持っています。サッカーのナショナルトレーニングセンターとしてだけではなく、多くのアスリートや観光客、ビジネスマンなどにも利用してもらい、そこから本当の復興へとつながるようにしていきたいと思っています」

2019年4月10日に開業した「Jヴィレッジ駅」。当初は臨時駅であったが常磐線全線開通に伴い常設駅として稼働する

「Jヴィレッジ」の理念の一つである『福島復興の姿を国内外に発信する』という重責を担い未来を見据えるその瞳には、かつてのなでしこJAPANがそうであったように“諦めない”という闘志が宿っているように見えた。

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