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2020.07.08
いずれはクジラの感情まで!犬の心拍から感情を読み取る「イヌパシー」の可能性
動物の感情を読み解く――ペットとの関係を新しいステージに進めるテクノロジー
テクノロジーの進化とペットの家族化によって、急伸長するペットテック市場 。今回紹介する「イヌパシー(INUPATHY)」もまた、“犬の感情を分析する”という注目のペットテックの一つだ。開発した株式会社ラングレスのCTO・山口譲二氏に、その背景と可能性を聞いた。
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犬の感情が分かるイヌパシーの社会変革
「開発に至った根本には、私の長年にわたる動物の行動への関心がありました 」
そう語るのは、犬の感情を可視化するデバイス「イヌパシー」を開発したラングレスのCTO・山口譲二氏。イヌパシーとは、犬の心拍の情報から、そのときの感情を読み取るハーネス型のウエアラブルデバイスだ。
「リラックス」「ドキドキ」「ハッピー」「興味」「ストレス」の5つの感情を、デバイスに搭載されたLEDライトの色の変化によって確認できる。2016年の販売開始以来、改良を重ねながらユーザーを増やしてきた。今後は、機械学習とユーザーからのデータ提供により、さらに読み取れる感情を細分化をしていくという。
「私はずっとプログラマーとしてIT畑で仕事をしてきたのですが、大学院までは動物行動学が専門でした。ただ、その当時の動物行動学はデカルト(仏・哲学者)の『動物機械論』、つまり動物には感情がないことを前提に行動を分析するのが基本とされていたのです」
そんなとき、山口氏は犬を飼い始めた。「生物=研究対象」だったのが、「研究対象=家族」になったという。
「研究的関心だったら、『こういうときに“犬という生き物”は、どんな行動を起こすのか?』となるのですが、家族への関心となると、『こういうときに“この子”は、心の中でどう感じているんだろう?』となる。現在では動物行動学の研究スタンスもずいぶん変わってきているようですが、当時は後者の思いが強くなり、一度研究から離れたのです」
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ラングレスの山口氏。大学院時代の専門は「巻き貝」だったとか
しかし、結果として山口氏が当時抱いていた関心は、昇華されることとなった。
「犬を飼うようになってから、殺処分や虐待といった動物たちを取り巻く社会問題を知りました。最初はただただ腹を立てていたものの、じゃあどうしたらなくなるのかと。山入端(同社CEO・山入端佳那氏)と議論を重ねてきた中で、おそらくそういった行為を防止できるようなツールを作ったところで、その問題を根本的になくすことは難しいのではないかと考えるようになりました。
動物の感情を読み取るツールを作るに至ったのは、そもそも人と動物のコミュニケーションをベースアップさせて、相手の心、相手の痛みを理解してもらおうと思ったからです。この子はこうするとつらいんだとか、ストレスを感じるんだということを一度知ってしまったら、同じ行動は取らなくなる。また、この子はこうすれば喜んでくれると知ったら、より喜ばせてあげたくなる。そうして人が動物たちの目線に立てるようになれば、関係がより良くなるのではないかと思ったのです」
実際、山口氏もイヌパシーの開発段階で愛犬の抱き方が変わったという。
「それまでは、よくおなかを上にして赤ちゃん抱っこをしていたのですが、実はその抱き方だとめちゃくちゃストレスを感じていることが分かって。ショックでした(苦笑)」
良かれと思ってしている行為も、動物目線に立つと嫌な場合があると分かった良い例だ。代わりに、“おなかを下にしてお尻まで抱える抱き方だと安心する”ということがも分かり、以前よりペットとの関係が良くなったのだとか。
イヌパシーの独自技術が示す「心拍」の可能性
では、イヌパシーはどのような仕組みで犬とコミュニケーションが取れるのか。
「犬の感情が分かる」と聞くと、かつて話題となった「バウリンガル」のような鳴き声から感情を読み取るものが頭に浮かぶかもしれない。しかし、イヌパシーが根拠とするのは犬の心拍。そのシステムには、心拍センシング、心拍変動(HRV)解析、動物感情解析という3つの技術が用いられている。
「簡単に説明すると、独自に開発・改良してきた犬用の心拍センサーを使って心拍を読み取ります。その際、ドクンドクンという心拍の間隔にごくわずかな変化が生じることがあり、HRVのシステムによってその変動を解析します。そのデータを基に犬の感情を読み解く、というのがイヌパシーの仕組みです」
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イヌパシー本体。デバイス部分の波打つラインの色が、装着した犬の感情によって変化する
山口氏がイヌパシーの開発を始めた頃、“犬用の心拍センサー”というものは存在せず、研究者たちですら人間用で代替していたという。そもそも人間用の心拍センサーは、心臓が発する微弱な電気を検知して計測するものが多く、犬に使うと体毛が邪魔をして正しく計測することが難しいのだとか。
「そこで目をつけたのが“心音”でした。とはいえ、音を検知しようとすると、近くを走る電車の振動音やヘリコプターのプロペラ音など外部の音も拾ってしまうので、ノイズフィルタリングには苦労しました。また、マイクに接触した部分の音だけを拾おうとしても、体内の他の音にまで反応してしまったり…と、試行錯誤の繰り返しでした」
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装着用のハーネスに本体を入れて使用する
こうした試行錯誤の末、開発された犬用の心拍センサーを用い、次に取り組んだのがHRVの解析だった。
「例えば、心拍数が60bpmだったとき、数値は同じ60bpmの中でもドクンドクンと脈打つ間隔が微妙にズレる瞬間があるんです。心臓は自立した臓器と言われますが、実は完全に自立しているわけではなく、自律神経の影響を受けています。自律神経は、活動的なときに活発化する交感神経と、リラックスしているときに活発化する副交感神経によって構成されていて、前者が活発化すると心拍の間隔が狭まり、後者が活発化すると広くなる。本当に微々たる変動なのですが、これを感情解析に利用しようと考えたのです」
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ハーネスは3種類のサイズがあり、1.5~40kgまでの犬に対応する(※2020年8月発売モデル)
山口氏によれば、このHRVデータの使い方にもイヌパシーならではの独自性があるという。プログラマーとして図形解析をやっていた経験から心拍を図形化したところ、一定の法則があることが分かったのだ。
「おやつを食べてハッピーなとき、お昼寝をしてリラックスしているときなど、それぞれの心拍パターンを解析してみた結果、特徴的な図形になることが分かったのです。その図形を用いて、動物の情動を読み取っていきました(※日・米で特許取得済み)。いずれ、分析対象にしたい動物の情動を個体ごとに観測していけば、機械学習をさせることも可能になるでしょう。究極は“この子”にしかない反応を読み取れるようにできたらと考えています」
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「愛犬が気に入って『これを使ってくれ』と持ってくるようになった」「これを使うとより注目してもらえる、より理解してもらえると愛犬が思っているのでは」と利用者から嬉しいコメントも届いているという
改良を重ねながら徐々にユーザー数を伸ばしてきたイヌパシーは、今後、海外でも販売ルートを広げていく構えだ。2020年内には専用アプリを通じて愛犬の個性が分かるイベント機能や、将来的には専門家への相談機能といった新しいサービスのリリースも計画しているという。
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専用アプリで、心拍の動きや感情を見ることができる。新モデルの発売に合わせて、アプリの大幅なアップデートも予定している
イヌパシーの先。ネコ、ゾウ、クジラの感情も
現状、イヌパシーで感情を読み取ることができるのは、犬だけである。しかしラングレスは2019年に、「今後は牛やイルカ、ゾウなどにも対象を拡大させていく」と発表している。
「大型哺乳類や海洋動物を例に挙げたのは、それに絞って研究を進めていくという意味ではありません。イヌパシーで使っている心拍センシング技術が、他の動物にも応用できるのではないかと考えているのです。もっと気軽に心拍が測れるようになれば、動物園や水族館にいる動物たちの健康管理は今よりもずっと容易になるはず。実際に、複数の水族館からお問い合わせをいただいています」
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「個人的な夢としては、『クジラの長老が何を感じているのか?』を知りたいですね。野生動物の気持ちを知ってどうするのか、という突っ込みがあるかもしれませんが、知ることで広がっていく世界もあると思うんです」と山口氏
※画像はイメージ
今、山口氏が最も関心を抱いているのは、心拍とさまざまな情報を掛け合わせること。「心拍×位置情報」「心拍×気象情報」など、その可能性は無限大だ。
「まずは、第2弾として『ネコパシー』の研究開発を進めています。いずれは、台風のときに暴風エリアにいる犬たちが何を感じているのかとか、低気圧になると猫たちのテンションが下がる様子が分かるとか、考えるだけでわくわくしませんか?」
SDGs(持続可能な開発目標)の推進によって、人間同士の多文化共生にはかつてないほどの関心が寄せられている。その中でイヌパシーは、たとえ種が違ったとしても「相手の気持ちを理解することから始めれば、より幸せに暮らせる可能性がある」という真理を提示してくれているのかもしれない。
エネルギーを使い、動く、新たなテクノロジーの数々。その多くは、人の利便性を実現させるために生み出されてきたものだが、人とペット、さらには人と多様な生物のより良い共生を育むツールにもなり得る。ペットテックが普及した先には、また新しい可能性も潜んでいるのだろう。
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