特集
ブロックチェーン新生活

外食メニューの食材まで選べる!ブロックチェーンが可能にする農業の未来

ブロックチェーンの活用で農産物の育成から消費までを誰もが見られる時代に

エンタメ、スポーツ、政治にエネルギーまで、さまざまな業界で実用化が進められているブロックチェーンの利活用。本特集第3回では、ブロックチェーンによって農産物の生産、流通、消費までを“見える化”した試みを追う。舞台は、生産地・宮崎県綾町と消費地・東京。「有機野菜×先端技術」から見えたブロックチェーンの存在意義、そして近い将来訪れるモノの消費の在り方とは?

ブロックチェーンは“こだわり”を伝える手段

宮崎県の中西部に位置する綾町は、1970年代ごろから「有機農業の町」「照葉樹林都市」といったコンセプトを掲げ、日本における有機農業を代表する町として知られている。

日本では1992年にJAS法(※)が改正され、有機食品などの検査認証制度(有機JAS認証制度)が導入されているが、その先鞭をつけたのが綾町であり、同制度の登録認定機関として認証も受けている。

「綾町では、農薬や化学肥料を使わず、土壌消毒剤や除草剤も極力使わない、環境にも人の体にも優しい有機野菜を目指して、一生懸命やってきました。しかし、農薬を使わないからこそ、時には虫が食べて葉に穴が開いていたり、サイズもそれほど大きくならなかったりします。だからスーパーなどでは、どうしても農薬を使ったきれいな野菜を直感的に手に取る消費者の方が多かった。自分たちのやっていることをどうしたら理解してもらえるのか、そこが長年の課題でした」(綾町役場有機農業振興係・湯浅邦弘氏)

※JAS法:飲食料品、農産物、林産物、畜産物、水産物といった農林物資の、品質基準と表示基準に関する全国統一規格を定めている「農林物資の規格化等に関する法律」の通称。JASはJapan Agricultural Standard(日本農林規格)の略。

宮崎県東諸県郡綾町にある綾川渓谷には、原生の動物生態系を残した大規模な照葉樹林が広がる。1982(昭和57)年に九州山地国定公園に指定された

©公益財団法人みやざき観光コンベンション協会

綾町の農産物は、「綾町自然生態系農業の推進に関する条例」 に基づいた認証基準によって、ランク付けされた上で出荷されている。土壌用の消毒剤・除草剤の使用有無、土づくりの経緯、化学肥料や合成化学農薬の使用有無など細かい基準が敷かれ、その状況によってランク別の認証シールがはられる。

しかし、それぞれのシールがはられた有機野菜は全て一定の基準を満たしているものの、どれだけ環境に配慮し、どういった考えの生産方法で、どのような流通経路をたどったのかという“基準以上のこだわり”は消費者の目に届くことはなく、綾町で生産された野菜と他の有機野菜の差別化は難しい状態だったという。

それを背景に2016年9月、綾町と先端技術の研究・運用を展開する電通国際情報サービス「イノラボ」が、ブロックチェーンの研究・開発を手掛けるエストニアのガードタイムや日本のシビラらと組んだプロジェクトが立ち上がった。ブロックチェーンを利用すれば、綾町の考え方や価値観といった“哲学”を記録し、消費者に伝えることができるからだ。

同プロジェクトでは、生産過程、土壌の調査結果、使用した肥料、流通経路といった農産物が消費者に届くまでのあらゆるデータを、綾町と、協働したエストニアの企業の両者が運営するブロックチェーン上に記録、管理した。こうすることで、両者のブロックチェーン上の記録を突き合わせることができ、情報の信頼性を担保しているという。

生産履歴をブロックチェーンで管理する綾町のシステム。野菜のパッケージについたQRコードを読み込んで履歴を確認できる

“過去の情報を改ざんできない”という特性を持つブロックチェーン上に、このように生産履歴を記録することで、産地偽装などはほぼ不可能となる。消費者はその食品がどこで、誰が、どのように作ったものかが分かるメリットがあるのだが、生産地などを遡ることはこれまでも類似するサービスは存在した。

より大きく影響を受けるのは生産者側だ。これまでは自身で管理しない限り、自分の育てた野菜が、どこで、どんなふうに消費されたのかを知るすべはほとんどなかった。今後は生産者が出荷以降にブロックチェーン上の記録を見ることで、どのような流通経路で、どこに卸され、どんなレストランが購入したのか、ということまでも分かるようになる可能性がある。これは生産者側にとってモチベーションアップなどにつながるだろう。

生産された野菜のパッケージイメージ。「小松菜」の下に履歴閲覧用のQRコードがある

見た目ではない野菜の質が証明された瞬間

プロジェクト開始から半年後の2017年3月。ブロックチェーン上に生産、流通の情報を記録した有機野菜が、東京・赤坂のアークヒルズで開催された「ヒルズマルシェ」で販売された。

野菜のパッケージには、それぞれ個別のQRコードとNFCタグ(近距離無線通信ができるタグ)を張り付けられ、来場者はその野菜がどういった農地で、どんな堆肥を使い、どのような生産方法で栽培されたのかを知ることができる。

2017年に行われた「ヒルズマルシェ」の様子。消費者はその野菜の育成過程をチェックしながら、購入していったという

実際に、多くの購入者が買う前に記録を閲覧し、中には販売価格を気にせずに買った人もいたという。野菜は消費されなければ意味がない。“改ざんできない”ブロックチェーンによって、綾町の農業哲学と信用性が保証され、商品購入動機に、新たな基準が生まれた瞬間かもしれない。

QRコードから専用ページに入ると、その野菜が育てられた農地や育成状況、いつパッケージ、出荷されたのかなどが閲覧できた

また翌2018年5月には、東京・神保町のレストラン「REALTA(レアルタ)」で綾町の野菜を使ったメニューを提供する試みも行われた。生産者の“哲学”を消費者に伝えることを目指したヒルズマルシェでの実証実験をへて、次は消費者の“消費哲学”をトークン(価値などを保証した交換媒体、代用貨幣)の発行を通して生産者まで伝えることを目指したという。

REALTAでは、一般的な食材を使った「通常メニュー」と、綾町の野菜を使った「エシカル(倫理的)メニュー」を用意。メニュー表には料金を記載せず、生産と流通の過程で「どれだけ環境に配慮しているか」を数値化して表示し、注文を選ぶ材料として客に提示した。つまり、商品の選定基準を価格ではなく、“環境配慮度”に定めたのだ。

REALTAで使用されたメニュー表。2つのメニューの料理は同じだが、使う食材が違う。レーダーチャートで料理に使う食材の生産品質と流通品質の数値を示した

実際は通常メニューが3000円、エシカルメニューが4800円と、値段に1800円の差があった。結果は、利用客の99%がエシカルメニューを選択。もちろん、同プロジェクトに興味がある人が集まったために極端な比率になったかもしれないが、うち68%はそれぞれの値段を聞かずに注文したそうだ。

前出した綾町の湯浅氏は、同プロジェクトによる現在までの成果について、こう話す。

「一方は化学肥料を使っている野菜、もう一方は一切使用していない野菜。『どちらを選びますか?』と提示したとき、多くの人が環境と体に優しい野菜を選んでくれたと聞き、とても嬉しくなりました。野菜を育て、収穫し、店頭に並べるまでの工程が目に見えるだけで、自分たちがやってきたことへの理解が一気に深まったと感じました。ただ、課題もあります。今回参加した多くは、若い農家さんたちでした。綾町の農家さんのうち、半分くらいは高齢者の方々です。町内全体で導入しようと考えたとき、その方々にブロックチェーンを利用したシステムを使いこなしてもらうというのは、現実的になかなか難しい。この取り組み自体はぜひとも続けていきたいので、この問題を町としてどう助け合って解決していくかを考えていかなければなりません」

各生産者に個別のIDを発行し、育てた野菜の情報を自ら入力してもらったという。この作業が困難な人たちをどうサポートしていくかが、今後の課題だ

ブロックチェーンを使えばマスマーケットに適さない商品も生き残れる

綾町のプロジェクトはまだ終わっていない。次は綾町で作っているワインを世界に発信する予定だという。同プロジェクトを推進するイノラボの鈴木氏に、2019年の計画を聞いた。

「日本産『オレンジワイン』の認知拡大を目指したいと考えています。オレンジワインというのは、ブドウの茎など全てを使った古代の製造方法で造られるワインで、東京都内では最近ようやく置いているお店も出てきました。これを、私たちはワインの本場であるフランスに売り込んでみようと考えています。やはりフランスとしては、ワインについては譲れないものがあると思いますし、『日本のワイン』というと軽んじられてしまうかもしれません。ですが、ブロックチェーンによって、間違いなく正しい生産方法で作られていることが分かるようになり、また消費者にとっても“エシカル消費”を実践したという情報の履歴をトークンによって証明できるようになる。しかも、その味がおいしいとなれば、フランス人も認めざるを得ないはずです(笑)」

本特集第1回でブロックチェーンの本当の価値について語ってもらったイノラボの鈴木氏。ブロックチェーンを活用した新たな社会システムの構築を目指している

「ただし、そのワインの値段をつり上げて高級店に置く、ということを目指しているわけではありません。欧米では生産における“持続可能性”、つまり環境への配慮を重視する方々もいらっしゃるので、そうした哲学を共有する人たちに届けることができれば、と考えているのです」

鈴木氏は、重ねて「こうした取り組みは、マスマーケットの中で商品価値を高めるために行っているのではありません。綾町の野菜がマスマーケットに適していないため、それを求めているニッチなマーケットとマッチングさせたいのです」と話す。

綾町のプロジェクトがさらに先へと進めば、国際的な目標である「SDGs(持続可能な開発目標)」の中で掲げられている、「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」といった項目にも寄与できる可能性があるという。

ブロックチェーンによって、資本主義経済の中では埋没してしまったモノが主役となる、新たな市場が生まれてくるかもしれない。農産物だけでなく、畜産、水産、工業製品とあらゆるプロダクトで、ビジネスチャンスが生まれる可能性があるだろう。

それは、哲学が重視され、「あなたはどう生きるか」という来歴が評価される世界だ。ブロックチェーンが普及した社会をどう作り上げ、どのように付き合っていくのかは、今後、私たちが考えるべき課題といえるだろう。

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