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AIが「見る」をサポート! 音声読み上げデバイス「OrCam」がかなえるストレスフリーな世界

自動運転の衝突回避システム技術を転用したメガネ装着型のAI視覚支援デバイスとは?

視覚障がいに限らず、加齢とともに視力が落ちていき、生活に支障を来すことは珍しくない。程度はさまざまだが、近くの文字が読みにくくなり、目の前の人や物、色などを識別しにくくなるなどの不便を感じる人は少なくないはずだ。そんな中、自動運転の衝突回避システムを開発する企業の創業者らが、その技術を転用した視覚支援デバイス「OrCam MyEye2」を世界に送り出し、注目を集めている。文字、顔、製品を識別し音声化してくれる同デバイスの可能性について、OrCam Technologies 日本営業所のエリアセールスマネージャー・村石智也氏に話を聞いた。

AIが「目の前に何があるか」を教えてくれる視覚支援デバイス

自動運転は今、世界中のテクノロジストがしのぎを削り、本格的な実用化に向けて実験が繰り返されているホットな分野である。しかし、この最先端のテクノロジー領域から思いがけない分野への技術転用が進んでいることはあまり知られていないかもしれない。

「OrCam MyEye2」(以下、オーカムマイアイ2)は、視覚障がい者のために開発された「文字の読み上げ」「顔の認識」「商品の識別」など多くの機能を持つAI視覚支援デバイスだ。開発したイスラエルのベンチャー企業であるOrCam Technologies(以下、オーカムテクノロジーズ)は、自動運転に不可欠な衝突回避システムの先駆者であるMobileyeの共同創業者、アムノン・シャシュア教授とジブ・アビラム氏によって2010年9月に設立された。

オーカムテクノロジーズ日本営業所のエリアセールスマネージャー・村石智也氏は、設立の背景をこのように話す。

「自動運転は産業発展のために貢献する技術。それを、別の分野に使えないかと検討する中で、車の目になるなら視力の弱い人の目の代わりになるのではないか、と考えたわけです。それは、Mobileyeの『最先端テクノロジーによって自動車事故を減らす』という企業理念に照らしても自然な選択でした。事故が起きるのは、自動車側の問題だけではありませんから」

オーカムマイアイ2は、わずか22.5gと、ちょうど100円ライターと同じぐらいの軽さ。メガネの横に付けられるサイズ感で、充電式のため持ち運びも便利だ。2015年に第1弾が発売、2017年に次世代モデルであるオーカムマイアイ2がリリースされ、米国やドイツを中心に世界中で利用者を増やし続けている。

オーカムマイアイ2は、メガネのテンプル(つる)部分に装着して使用する。視覚情報を音声で伝えてくれる

簡単に仕組みを説明すると、装着した人が見たいものを指で差すか、本体に指で触れるとカメラが起動し、光学センサーによって周囲の画像がキャプチャされ、AIが画像を認識して音声で説明する。

あらゆる対象の読み上げが可能で、本や新聞などの文字、人の顔や物、紙幣の種類、色を音声で知らせることができる。「よく会う人」なら顔写真を登録しておくと、その人と会ったときに名前を伝えてくれる。つまり、視覚によって取得できる情報を耳元でささやいてくれるのだ。

また、「よく使う身の回りのもの」の識別方法も面白い。

「介助者が必要になる場合もありますが、商品のバーコードを読ませるだけで、例えば市販の飲料水なら、登録されている商品情報を『商品名、500mlペットボトル』のように読み上げてくれるので、買い物をする際に役立ちます。日本では現在、日用品を中心に数十万アイテムのバーコード情報が登録されており、さらに増やしているところです。更新された情報は、オーカムテクノロジーズのホームページにアクセスし、オーカムマイアイ2でQRコードを撮影すれば、簡単にアップデートすることができます」(村石氏)

このアップデート作業を除き、通常の使用時はインターネット環境に依存しないことも特筆に値するだろう。人や物の情報は全て本体メモリーに記憶されるため、充電さえしておけば、山間部のキャンプ場などでも使用可能となる。

「視覚情報で対象を識別する機能は、全盲の方や弱視の方などの生活上のストレスをかなり軽減できるものです。例えば、視覚障がいの場合、先天的に障がいを持つ方と後天的な方がいます。後者の場合、もともとショッピングが好きだったけれど、色が識別できなくなってしまったために色合わせができず、一人で買い物ができないといったことが前者以上にストレスになることがあります。しかし、オーカムマイアイ2は色も識別してくれるので、そうした不自由を軽減できるようになる。ユーザーの皆さまからも、『買い物時のストレスがなくなった』と喜びの声をいただいています」(村石氏)



視覚障がい者に自信をもたらす「ひみつ道具」

実際のユーザーにも話を聞くことができた。作詞・作曲・音楽プロデュースと幅広く活躍するアーティストのShusui(しゅうすい)氏は、生まれつきの弱視である。これまでは、仕事の上でも周囲のスタッフがことあるごとに気を使ってくれていたという。

アーティストのShusui氏。東京音楽大学の客員教授や、ラジオDJとしても活躍している

「例えばラジオ番組などでは、ディレクターさんが台本をすごく大きい紙に拡大コピーして持ってきてくれます。とてもありがたいのだけど、僕は普通にしてほしいんですよ。オーカムマイアイ2を使うようになって、普通サイズの台本で大丈夫になりました」(Shusui氏)

また、ユーザーにとって、生活上の不自由・不便を軽減できるのはもちろんだが、それ以上に気持ちの面で大きなプラスをもたらしている。

「何よりデザインのスタイリッシュな感じと軽さが衝撃的です。日頃、レストランに行ってもメニューの小さな字が読めないので、今までは拡大読書器といってテレビモニターみたいに大きい機械やルーペで見ていたんです。でも、それはとても不自然な行動だし、どうしても人の目が気になります。その点、オーカムマイアイ2だと人と会話をしながらでも、メニューを見れば耳元で読み上げてくれる。堂々と胸を張って、使えるのがとてもいいですね」(同)

現状の製品は、日本語を含む25の言語に対応し、欧米を中心に世界48カ国で販売されているオーカムマイアイ2と、文字の読み上げ機能に特化したOrCam MyReader2(オーカムマイリーダー2)がラインアップされているが、さらに機能性をアップした製品開発も進められている。

CES 2020(ラスベガスで開催される世界最大級の家電・技術見本市)でベスト・オブ・イノベーションを受賞した、相手の唇の動きを読み取って音声化する「OrCam Hear(オーカムヒア)」が米国で先行発表されている。各言語への対応が必要となるものの、これもまた画期的で広く関心を持たれる製品になるだろう。

「視覚障がい者のQOL(生活の質)を向上させる余地はまだ大いにあります」と、村石氏も今後の展開に自信をにじませる。

Shusui氏が続ける。

「僕たちはずっと、みんなと同じスタートラインに立ちたいと思ってきました。オーカムマイアイ2のおかげで『俺、劣っているんじゃないか?』という気持ちとか、『また特別扱いされている』という嫌な空気感がなくなりました。逆に、『ちょっとこれ見てよ』と自分から説明してしまうくらいに自慢したい。まるで、“ひみつ道具”みたいです」

機能性の高さは言うまでもないが、福祉機器のイメージを覆すデザイン性と仕様がユーザーにもたらしている喜びは、今は使わなくても不便を感じない人の想像をはるかに超えていると言えそうだ。

本当の意味でのバリアフリーのためにクリアすべき条件

視覚障がい者に希望をもたらすオーカムマイアイ2だが、1台49万8000円(オーカムマイリーダー2は24万8000円。共に非課税)という価格だ。福祉機器として認定されているため非課税ではあるものの、「日常生活用具給付金(※)が簡単に申請できれば、購入ハードルがもっと下がるのではないかと考えています」と、村石氏はいう。

※障がい者等の日常生活がより円滑に行われるための用具を給付または貸与すること等により、福祉の増進に資することを目的とした事業の給付金

「かつては厚生労働省が日常生活用具給付金の申請窓口になっていたのですが、現在は市町村ごとの申請になっています。そのため、全国約1700の自治体に私たちで一つ一つオーカムマイアイ2を給付金の対象にしてほしいと開拓していく必要があります。現状、人口比にして30%の自治体で給付金の対象となっているのですが、まだまだ未開拓エリアが多く残っています」(村石氏)

一方で、追い風と思える国の動きもあった。2019年に「読書バリアフリー法」が施行されたことで、導入施設の拡大が期待されている。

「読書バリアフリー法の施行で、視覚障がいを持つ人や老眼になってしまった人など、読書が困難な人々も健常者と同じように読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受できることが保障されました。これにより、全国の図書館などは読書を支援するためにさまざまなハードやソフトを配備することになったのです。これが普及の突破口の一つになると感じています」(同)

読書バリアフリー法は、正式には「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」という。同製品の国内認知を高める機会になるかもしれない

写真:ShuaiGuo / Pixabay

「オーカムマイアイ2は、Bluetoothによりイヤホンで音声を聞くこともできるため、図書館でも迷惑をかける心配はありません。まずは図書館での導入が広がり、使われる機会が増えれば、自治体の意識や利用者の需要も変わっていくのではないかと思います」(同)

ちなみに、視覚に不自由のない村石氏は、オーディオブック代わりに同デバイスを使うことがあるという。本を音読してくれる機能に、「老眼になっても安心」だと実感しているそうだ。

「ほかにも、道路の点字ブロックをはじめ、案内板などで点字をよく見かけますよね。でも、視覚障がい者の方で実際に点字を読める人は、そう多くはないとも言われているんです。点字があるだけでは、危険を回避したり、情報を得たりすることができない可能性があるのなら、本当の意味でのバリアフリーを実現するために、広く導入を働きかけていきたいです」(同)

見えない、見えにくいことを強く意識せずとも生活でき、さらには、より安全に暮らせるようになる。先天的、後天的、加齢などの影響による視覚の不自由さだけでなく、未来社会を支える「目」となることを期待したい。

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