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壁をなくすテクノロジー

「個人情報銀行」の実現を目指す。全ての人を支えるスーパーシティの可能性

親亡き後の障がい者を見守るために求められるスマートインクルージョンの実現

「壁をなくすテクノロジー」と銘打った本特集では、体に障がいを抱えた人たちをサポートする技術について取り上げてきた。今回は、そうした技術を用いて、誰もが多様な価値観・ライフスタイルを持って過ごせる社会づくりを目指す「スマートインクルージョン」という考え方に注目したい。石川県加賀市と共同で仕組みの実現に向けて取り組むスマートインクルージョン推進機構の代表理事・竹村和浩氏に、その構想について話を聞いた。

加賀市が目指すインクルーシブな「スーパーシティ」

近年、年齢・性別・障がいの有無・国籍・所得などに関わりなく、誰もが多様な価値観やライフスタイルを持ちながら社会や各コミュニティーに参加し、認められる「インクルージョン(包摂・ほうせつ)」という考え方が広がりつつある。

2018年には総務省 情報流通振興課が主導し、それらをICTの利活⽤によって実現させることを目指す「スマートインクルージョン構想」が立ち上げられ、2021年5月に担当事務官公募も始まった。国を挙げて前進させようというこの構想は、まさに壁をなくすテクノロジーが目指す社会の根幹を成すコンセプトだろう。

そうした中、町を挙げてスマートインクルージョンに取り組もうとしている市の一つが、石川県加賀市だ。

(1)ブロックチェーンなどによる、セキュアな形での「障がい者情報の一元化」
(2) 安心・安全の見守りの家(スマートホーム)の建設
(3) 移動の安全の見守り(スマートモビリティー)

という3つの施策を柱に、市政レベルで実現しようとしている。

「2019年度より、地元の障がい者団体や関連施設などとも連携し、全ての人たちを見守りやすい、スマートな行政の仕組みをつくろうとプロジェクトがスタートしました。直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、現在は動きが休止している状況ではありますが、この取り組みが重要なものであるという認識は変わりません。まずは障がいのある子を持つ親の共通の願いである、“親亡き後”をいかに安心して任せられるシステムを構築するか、加賀市、協力企業・団体と共に取り組んでいきたいと考えています」

そう話すのは、加賀市との連携を表明している一般社団法人 スマートインクルージョン推進機構(以下、SIIC)の代表理事、竹村和浩氏だ。同機構の名誉会長兼理事には元Google米国本社副社長・村上憲郎氏が、技術顧問には株式会社ウフルのChief Data Trading Officer・杉山恒司氏が名を連ねており、「障がいのある人もない人も、テクノロジーの力により、共にその生涯を安全に暮らせる社会の実現」を目的として活動してきた。

インクルージョンな社会づくりは何らかの身体的・心的制約を持つ人たちのためだけではなく、今健康な生活を送る人たちにとっても生きやすい社会づくりにつながるのだと竹村氏は話す

「機構設立の発端は、私自身がダウン症候群のある娘の親であるということです。知的障がいや身体的障がいを持つ子の親たちにとって、望みはただ一つ。子どもより1日だけ長く生きて死にたいということ。それは私たちが常に、自分たちが死んだ後に彼ら彼女らの生活がどうなってしまうのかという不安を抱えているからです」

現状でも、親の亡き後を第三者の後見人が見守る制度(成年後見制度)がある。ただ、後見人の権限が強いといった制度上の課題もあり、本当にわが子にとって良い状況を維持できるのか不安や懸念が頭によぎるのだという。

「一番安心できる方法は、行政に介入してもらいながら、第三者と共に見守り、サポートしてもらうことです。行政なら自分たちの利益を優先することはなく、簡単に破綻することもありませんから、持続的な見守りについて期待できる部分が大きい。その仕組みをテクノロジーを活用してつくろうと、これまで活動してきました」

この思いに応え、連携を発表したのが加賀市だった。その後同市は2020年3月、人口減少などによって今後向き合わなければならない地域課題に対し、先端技術などを活用して解決を図り、市民生活の質の向上を目指す「スマートシティ加賀」構想を策定。ことし公募が締め切られた内閣府の「スーパーシティ型国家戦略特別区域」の指定取得に向けて、さまざまな改革を推し進めていくことも表明している。

「スーパーシティ」とはAIやビッグデータを活用する技術都市のことで、(1)生活を支える複数分野でデータ連携が行われる、(2)2030年ごろに実現される未来の社会の生活を先行して実現するため、新しい技術やサービスを生活に組み込む、(3)住民目線でより良い暮らしの実現を図るもの、という3つの要素が求められる。

加賀市が公開しているスーパーシティ型国家戦略特別区域の指定に関する提案書の一部

出典:加賀市HP「スーパーシティ型国家戦略特別区域の指定に関する提案書(概要版)」より引用

先立って始まったSIICと共に実現を目指すスマートインクルージョン施策も、スーパーシティと大いにリンクする。今後、このプロジェクトの一つとして進められていくだろうと、竹村氏は話す。

ブロックチェーンで「個人情報銀行」の実現を目指す

では、行政など巻き込んだスマートインクルージョン施策、つまり“壁をなくす町づくり”を目指す上で、どのようなテクノロジーが課題解決の糸口となるのか。

「まず私たちが取り組もうと考えているのは、ブロックチェーンを活用した個人情報共有システムの構築です。障がい者の方を支えていく上で、学校や医療機関などで収集された個人情報を正確に蓄積し、共有していく必要があると感じています」

竹村氏は自身の経験から、何らかの病気や障がいのある子どもたちについて、情報の扱い方が非常に難しいと指摘する。例えば、学校や行政機関に対し、事あるごとにこれまでの症状や特性、特徴などを繰り返し説明する必要がある。

加えて、特別な支援を必要とする子どもたちにとって、これまでにどんな既往歴があり、どんなときにどんな症状が出やすく、どう対処してきたのか――その子個人の症状・特性については、勝手に書き換えられてはならない重要なものである。それと同時に、支援に関わる機関で必要な情報を蓄積・共有し、スピーディーで適切な対応に向けて活用されていくべきものでもあると、竹村氏は続ける。

扱う情報がナイーブなものであるため、セキュリティーに強みを持つブロックチェーンに期待を寄せる

※写真はイメージ 写真:EKAKI / PIXTA(ピクスタ)

「個人情報保護とパーソナルデータ活用のすみ分けをいかに安全に行うか。当機構のアドバイザーである福原正大さんが代表を務めるInstitution for a Global Society(以下、IGS)が、慶應義塾大学経済学部附属経済研究所FinTEKセンター(以下、FinTEK センター)と共同開発を進めている、ブロックチェーンによる学生の個人情報管理プラットフォームの仕組みを生かすことができるのではないかと考えました」

IGSとFinTEK センターが開発を進めているのは、学生の個人情報を保護しながら、パーソナルデータの開示先、開示範囲、開示期限について、本人が自由にコントロールできる「個人情報銀行」というシステムだ。学生自身が入力する情報に加えて第三者からの評価情報も入力できるようにすることで、情報の信頼性や客観性の向上を目指しているという。開示先や内容をコントロールできるだけでなく、必要期間が過ぎたら強制的に情報が削除される点も、竹村氏は重要だと話す。

「保護者や介護者に先立たれ、残された人に知的障がいがあったり、認知症を患っていたりする場合、自身の情報を誰にどこまで開示すべきか自ら判断することが難しいことがあります。そうなると、例えば保護者がいくら資産を残していたとしても、残された当人が自分の意志で必要なところにお金を使うことができないかもしれない。先にお話しした通り、後見人に全てを委ねるにも不安があります。しかし、行政の管理下で資産を預ける銀行らと組んで仕組み化ができれば、必要なときに必要な情報を安全に提供してもらい、お金の引き出しも行うことが可能になるはずです。現在、行政や第三者機関への個人情報の提供を安全かつ円滑に行うプラットフォームの開発について、話を進めています」

スマートインクルージョンは身近なイノベーション

最初に掲げた3つの施策の柱のうち、2つ目の「安心・安全の見守りの家の建設」については、スマートホーム市場の醸成を見る限り、実現の日はそう遠くはない。

※参考:スマートホーム業界の今、詳しくは特集「マイ・スマートホーム」へ

竹村氏の目指すところは、障がいを抱える人によりフォーカスした機能を搭載することだ。例えば、ここ数年で商品化が進む透過ディスプレーを家に設置し、音声文字変換技術を使って話している言葉をリアルタイムで表示すれば、耳が聞こえにくい人たちとの会話がスムーズになる。

「手話が分かるAIや、発した言葉が文字化されるデバイスを見守りのハブとして家に設置する。また、行動圏内に液晶やセンサーを設置してスマートエリアみたいなものを作っていくなど、部分的にスマートシティ化させていくアイデアも考えています」

また、3つ目の施策の柱である「移動の安全の見守り」は、世界的に著しく技術革新が進むMaaS(Mobility as a Service)やスマートモビリティーの活用で実現に至る。

バスやタクシーといった公共交通の自動運転化、オンデマンド化の実証実験などは各地で進められており、加賀市でもスーパーシティ構想の要素の一つに掲げられている。これらもまた大きな助けになるはずだ。

※参考:奈良県でのタクシー自動運転化の取り組み「近距離移動向け自動運転タクシーとAI対話式配車システムの実証実験

「こうした取り組みは障がいの有無を問わず、高齢者や子どもたちなど、見守りが必要とされる全ての人たちの生活の質を向上させることにつながると思っています。さまざまなテクノロジーを駆使して、見守る人たちと見守られる人たちの相互コミュニケーションを円滑にする仕組みを考えていきたいですね」

先述した通り、2019年度から動き始めたプロジェクトはコロナ禍によって一時中断しているものの、国を挙げて推進されるスーパーシティの実現が、こうした取り組みも前進させてくれることに期待したい。

「これまで障がい者の支援となる技術は、その市場の小ささからビジネスとしての勝ち筋が見えず、なかなか実用化されないという課題がありました。一方で超高齢社会(65歳以上の人口割合が全人口の21%を占めている状態)に対応するため、高齢者向けのサービスは大きく進展してきています。体が動かせない、目が見えない、耳が聞こえないなど、若い人ならば“障がい”とされていた不自由さは、高齢者の“老化現象”による不自由さと重なる部分も多い。ならば、より長い時間をその不自由さと向き合う障がい者の方々の声に耳を傾けるのも、社会課題解決の糸口になるのではないでしょうか」

2019年、日本は全人口1億2617万人に対し、65歳以上の人口が3589万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)は28.4%となっている(内閣府発表より)。何らかの困り事を抱え、小さくとも支援を必要とする人は、今後確実に増えていくだろう。インクルーシブな視点で技術やサービスを開発していくことは、結果的に全ての人の生活を豊かにし、そして安全を与えてくれるはずだ。

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