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iPS細胞の社会実装を加速!「湘南ヘルスイノベーションパーク」が後押しする医療の研究開発

「慢性心不全」と「1型糖尿病」の治療研究を包括的に支えるオープンラボの価値とは

オフィスやラボの共有化によって企業間連携を生み、新たな事業、製品、サービス、技術の創造を促すオープンイノベーション。ここ数年でビジネスにおけるトレンドから定番へと進化してきた中で、今注目されている場所が健康に関する日本最大規模の研究開発拠点である「湘南ヘルスイノベーションパーク」だ。製薬大手の武田薬品工業株式会社が自社の研究施設を開放し、ヘルス分野に挑むさまざまな企業を受け入れてきた。本特集第1回では、同所でiPS細胞による治療手法の研究開発を手掛けるベンチャー、オリヅルセラピューティクス株式会社の動向から、医療分野におけるイノベーションの萌芽に迫る。

日本のパイプライン開発を担うベンチャーを支援

近年、多くの分野でオープンイノベーション拠点が展開される中、ヘルス分野で躍進しているのが「湘南ヘルスイノベーションパーク」(以下、湘南アイパーク)だ。同施設は、大手製薬会社の武田薬品工業株式会社が神奈川県藤沢市で運営していた湘南研究所を開放し、2018年に誕生した。製薬企業のみならず、次世代医療やAI(人工知能)開発企業、ベンチャーキャピタル(VC)、行政など、120以上もの企業・団体が参加している。

湘南アイパークのジェネラルマネジャーである藤本利夫氏は、設立の目的を、「日本に産業とアカデミア(学術機関)が集積している場所を作る必要があった」と話す。

世界における研究の主流はオープンイノベーションへと移り、製薬業界に目を向けると、パイプライン(医療用医薬品候補化合物)開発の約9割は中小・ベンチャー企業発という現状がある。

一方、日本は学術機関での基礎研究は強いものの産業への橋渡しが弱く、最新技術の社会実装が遅れる傾向にあった。そうした中で、日本のヘルスイノベーションを加速させる場として、共有実験機器やオフィス設備など研究室と会社双方の機能を備えた湘南アイパークは誕生した。

同パークの最たる強みは、設備などハード面が充実していることに加え、これまで閉鎖的な側面もあった医療・製薬分野の研究開発において、業種を横断した人的交流ができる環境となっていることだ。

広い施設内には、入居企業が誰でも利用可能な交流・休憩スペースが約30カ所設置されている

写真提供:湘南アイパーク

藤本氏によれば、湘南アイパーク内の入居者同士で生まれた企業間連携は2021年度で900件を超え、「製薬企業間でのデータ共有やリーダーシップトレーニング、VCコンソーシアム設立といったプロジェクトが生まれている」という。

この湘南アイパークで2021年4月に産声を上げたのが、iPS(人工多能性幹)細胞技術を社会実装させるために設立されたオリヅルセラピューティクス株式会社だった。

目指すのはiPS細胞技術の社会実装

オリヅルセラピューティクスは、山中伸弥教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA:サイラ)と武田薬品工業によるiPS細胞の共同研究プログラム「T-CiRA」からスピンアウトして設立された。

※そもそもiPS細胞とは何か?>>「難病研究で多大な成果!今こそ知りたいiPS細胞の可能性」(CiRAインタビュー)

T-CiRAプログラムで進められていた研究の中で、デベロップメント(製品開発段階)に移行した2つの分野のソリューション開発を行っている。一つは、「慢性心不全」治療のためのiPS細胞由来心筋細胞の研究(iCM事業)、もう一つが「1型糖尿病」治療のためのiPS細胞由来膵島細胞(※)の研究(iPIC事業)である。

つまり、まずは心筋と膵島という2つの細胞を対象として、iPS細胞技術を実際に医療現場で実用化する事業だけに特化した研究開発企業なのだ。

※膵島細胞:すいとうさいぼう。インスリンとグルカゴンを分泌する膵臓の内分泌組織

オリヅルセラピューティクスでは、iPS細胞の実用化の第一歩として、iCMとiPICの普及を目指している。これによって心筋細胞および膵島細胞の大量培養・安定供給が実現されるのではないかと期待が集まる

画像提供:オリヅルセラピューティクス

ターゲットとなる2つの病気は臓器移植が治療法として確立されているものの、ドナー不足と拒絶反応が共通の問題として横たわっている。オリヅルセラピューティクスの代表取締役社長・CEO 野中健史氏は、次のように話す。

「iPS由来細胞による細胞移植の実現や再生医療技術の標準化によって、これらの課題を解決し、両疾患を完治させるためのソリューション実現を目指しています。また、当社は創業にあたって、京都大学と武田薬品工業から心筋細胞、膵島細胞に関する知的財産権利の譲渡を受けており、再生医療分野の技術者も多数在籍しています。こうした知的・人的リソースを活用して社会における再生医療基盤の整備や創薬研究支援も行っていきます」(野中氏)

オリヅルセラピューティクスの野中氏。心臓血管外科医として臨床経験を持つ

写真提供:オリヅルセラピューティクス

iPS細胞による再生医療では、iPS細胞由来で新しく純化精製した細胞を機能不全に陥っている患部に移植することで、疾患の治癒へとつなげることが期待されている。

また、iPS細胞技術による細胞移植の開発以外にも、創薬研究を支援し、さらには加速させる可能性がある。これまで新薬の有効性試験や安全性試験などは動物実験や臨床研究で多くの被検体が必要となり、その分多額の費用が必要だった。

しかしiPS細胞由来の特定細胞が生成可能となれば、被検体をiPS由来細胞で代用できるかもしれない。その結果として開発のコストやスピードが改善し、最終的な薬価の低減にもつながる可能性も考えられる。

「現在、日本の製薬業界には、基礎研究、臨床試験を経て製薬開発に至るまでの間に“死の谷”と呼ばれるギャップが存在しています。製薬会社内の優先順位や不透明な成功確率、膨大な開発コストなども要因の一つと考えられており、これらによる新薬や新技術の社会実装の遅れが問題視されているのです」(同)

オリヅルセラピューティクスは、「iPS細胞技術の社会実装」をコアミッションに掲げ、事業を集中させているため、このミッションに合意した投資が集まることとなる。そうすることで、旧来のしがらみを逃れて加速度的な研究開発を実現し、“死の谷”を越えようとしているのだという。

iPS細胞技術による再生医療は、日本における次世代産業の柱として期待されているため、創設から半年足らずにもかかわらず多くの企業が同社に出資し、60億円の資金調達を実現した。

オープンラボのエコシステムが研究者を飛躍させる

こうしたiPS細胞技術の素早い社会実装に向けてまい進するオリヅルセラピューティクスを支えているのが、湘南アイパークのエコシステム(協調、依存、相互作用など、複数の企業などによって構築されたビジネス環境。生物における生態系のようなもの)というわけだ。

「湘南アイパーク内では武田薬品工業をはじめ、医療・創薬といった多くのライフサイエンス企業で研究開発が実施されています。当社がここに居を構える理由は、T-CiRAプログラム発ということもありますが、湘南アイパーク内のVCや次世代医療に携わる方々とも新たな革新的技術や科学的知見の意見交換ができるから。そのシナジーに期待しているのです。

研究者にとって、同じような領域の研究者が近くにいることは、互いに切磋琢磨できる一番いい環境だと思います。また、さまざまなメンバーとの意見交換から、多角的かつ中長期的な視点が獲得できます。専門以外のことを知り、視野を広げながら研究できるのは、エコシステムならではの利点でしょう」(野中氏)

湘南アイパークでは、バイオのB棟、ケミカルのC棟(写真)と、分野ごとに研究棟が分かれている

写真提供:湘南アイパーク

他方で、スタートアップは大手企業のように全ての経営機能が備わっているとも限らない。ここにもエコシステムが効果を発揮する。

「基礎研究やデベロップメントのチームや環境、また人事や法務といったバックオフィスも必要となります。湘南アイパークでは、当社が持っていないファンクションのサポートサービスを提供していただけるので、その点は補完されていると感じています」(同)

これまで大学の研究室や大手製薬会社の中で自身の研究にだけ専念していた個々の研究者たちも、この場で大きく変わろうとしている。 VCやロボティクス企業といった多様な産業の人々と交わることで、ビジネス目線の獲得につながっているという。

事実、湘南アイパークでは、ライフサイエンスにまつわるビジネスのプロジェクトがいくつも展開されている。2020年からはJohnson & Johnson Innovation(ジョンソン&ジョンソン イノベーション)と武田薬品工業がスポンサーとなるインキュベーション(起業支援、事業化支援)事業がスタート。採択者は両社から研究資金とノウハウの提供を受けながら、事業化を目指している。

また、同年に設立された日本VCコンソーシアムでは、80名以上のVC関係者が共同投資を目指したオンライン勉強会を実施している。招聘(しょうへい)された海外企業も、「VCの人同士が集まって行われる勉強会は聞いたことがなく、期待している」と、そのオープンさを評価する。

ほかにも、ボランティアの士業者によるバックオフィス相談サービス「iPark SAMURAI」や、神奈川県、藤沢市、鎌倉市、湘南鎌倉総合病院、湘南アイパークの5者によるエリア形成や推進に関わる覚書の締結などによって、ヘルスイノベーション産業の創発と社会実装を地域全体で後押ししている。

野中氏は最後に、直近の目標と同社の展望を次のように話してくれた。

「当社の事業は山中教授がプログラムディレクターとしてスタートした研究を継承しており、社会全体から再生医療に対する期待を強く感じています。その期待には、応えられるようにしたい。具体的には、2026年までに両事業で臨床試験データを収集し、株式上場を目指しています。そして、湘南アイパークからiPS細胞技術を社会実装した会社として世の中の記憶に残れるように、また社員全員が誇りを持てるような会社にしていきたいです」(同)

日本最大規模のヘルスイノベーション研究拠点は、学術機関と事業家・投資家、サイエンスとビジネス、スタートアップと大企業を有機的につなげ、死の谷をはじめとしたさまざまな課題を乗り越えていこうとしている。まだ見ぬ可能性を切り開く湘南アイパークによって、日本の医療分野は急成長しそうだ。

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