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共創から生まれるイノベーション

大企業とスタートアップが環境エネルギー課題を解決する「イノベーションコミュニティ」の可能性

Honda、積水化学工業とスタートアップが融合する「CIC Tokyo & U3イノベーションズ」のプログラム

イノベーションが生まれる場所に迫る本特集第3回では、日本最大級のイノベーションセンター「CIC Tokyo」が進めるプログラムの事例を紹介したい。2021年8月に立ち上げられ、2022年にはさらなる飛躍が期待される「環境エネルギーイノベーションコミュニティ」が、今後どのような革新を起こしていくのか。参加したスタートアップに話を聞いた。

米国発のイノベーションセンターが生むビジネスチャンス

CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)は1999年に米マサチューセッツ州ケンブリッジ市で創業されたイノベーションセンターで、日本支部であるCIC Tokyoは2020年10月にアジア初の拠点を東京・虎ノ門にオープンした。

250社以上を収容可能なオフィススペースと、コワーキングスペースが備えられており、日夜スタートアップと関係各所のコラボレーションや共創が行われている。CICのグローバル拠点は欧米を中心に9つあり、日本のスタートアップの海外進出や、海外スタートアップの日本拠点開設もサポートする。

CIC Tokyoは2021年8月、環境エネルギー分野のイノベーション創出を促進すべく、「環境エネルギーイノベーションコミュニティ」を立ち上げた。同コミュニティはスタートアップ、大企業、投資家、研究者・研究機関、行政機関、非営利法人などのあらゆるプレーヤーをつなぐことで、環境とエネルギーを取り巻くイノベーションの種を大きく育てることを目標に掲げている。

CIC Japan合同会社と、環境・エネルギー分野のスタートアップと共に新事業の開発を推進するU3イノベーションズ合同会社を中心に、運営を担うコアメンバーは国際石油開発帝石株式会社(INPEX)や関西電力株式会社、三菱電機株式会社など大企業9社で、他にも森ビル株式会社や三井物産株式会社などがメンバーとして参画している。VC(ベンチャーキャピタル)パートナーとして株式会社環境エネルギー投資、三菱UFJキャピタル株式会社、SBIインベストメント株式会社など10社も協力する。

シンポジウムやマッチングといった各種プログラムを実施する中で、環境エネルギーイノベーションコミュニティの核となるのが、メンバーである大企業が解決を目指す課題を発表し、共に解決策を模索・実行するスタートアップを募る「実践型イノベーションプログラム」だ。

個別の社会課題を設定し、それに取り組むスタートアップと大企業が双方の技術力などを持ち寄って協業し、社会実装を目指す。

2021年には、コアメンバーのうちの2社である本田技研工業株式会社(以下、Honda)と積水化学工業株式会社がテーマオーナーとなり、「住宅の脱炭素化」を課題として提案した。

菅義偉前首相が2020年10月に「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表した後、日本社会では二酸化炭素(以下、CO2)を含む温室効果ガスの排出量実質ゼロの実現がいよいよ待ったなしの状況となった。特に多くのエネルギーを消費する住宅関連産業にとって、新たなアイデアや技術によるアプローチは喫緊の課題として浮上している。

そこで同プログラムでは、前出2社の大手が次の領域でスタートアップの提案を広く募集することとなった。

・住宅の省エネルギー性を向上もしくは効率的な利用を促す「建材・マテリアル」と「エネルギーマネジメント」
・高層マンションなど集合住宅における再エネ利用促進に資する「集合住宅向けビジネス」
・自家用車のEV(電気自動車)化促進、利用効率化を図る「モビリティ・V2H(Vehicle to Home)」
・住宅の建設やリフォームの効率化、脱炭素ソリューション強化を実現する「建設テック」
・不動産産業における脱炭素価値の可視化と流通を促進する「不動産テック」
など

コミュニティだからこそ生まれる大企業×スタートアップ共創のヒント

今回のプログラムには、合計12社のスタートアップが参加した。2021年10月にアイデアや提案を持ち寄り、それぞれが意見交換を重ねた後、同年12月21日に開催された「LEEP SUMMIT 2021」にうち3社が登壇。本プログラムに参加した意義について語った。

12月に行われたサミットの様子。会場には彼らの発表に興味を持つさまざまな企業の関係者が集まった

まず、ビルオーナーが脱炭素への寄与度を高め、ESGによる不動産価値を創出するためのSaaSサービス「EaSyGo」を運営している株式会社GOYOHの代表取締役・伊藤幸彦氏は、従来型のアクセラレータープログラム(※1)とCIC Tokyoの実践型イノベーションプログラムの違いについて次のように話す。

※1 アクセラレータープログラム:大手企業や自治体がベンチャー、スタートアップ企業などの新興企業に出資や支援を行うことにより、事業共創を目指すプログラムのこと。

「従来型のアクセラレーターは、大企業の方がストライクゾーンを決めて『ここに投げ込んできてくれ』というスタイル。どんなに良い球を投げたとしても、ストライクゾーンに入らなければそこで話が終わってしまいます。しかし今回のプログラムは、『互いに良い球を投げ合って、互いにストライクゾーンを決めよう』というスタイルで、対大企業のみならず、スタートアップ同士の化学反応が起きたこともとても意義が深いと感じました」

不動産のソフト価値へのさまざまなニーズに応えるべく、不動産ESGとIT技術を掛け合わせたサービスを手掛けるGOYOH社の代表取締役を務める伊藤氏

新規ビジネスの創出に関するプロデュース・運営などを行うPoC TECH株式会社 代表取締役の青澤さおり氏も、コミュニケーションを重視する本プログラムの価値について、こう語る。

「本来、こういう取り組みは大企業のイシュー(課題)に対して、スタートアップが提案し採択されるというのが一般的な流れになります。しかし今回は、参加しているスタートアップ12社とのつながりがプログラムを進める中でポジティブに変化していくことを感じました。イシューに対して、ディスカッションベースで参加させていただけたことで、エネルギーや脱炭素の課題に対して、より新しくかつ多くの視点を共有できたことが魅力でした」

事業開発プロデューサーとして、企業との共同研究や開発プロジェクトに長年携わってきたPoC TECH社 代表取締役の青澤氏

一方、株式会社Looop 取締役 電力事業本部長の小嶋祐輔氏は、大企業とスタートアップが“網の目”のようにつながる実践型イノベーションプログラムの強みについて言及する。

「スタートアップ一社一社だと機能として足りないものがありますが、互いに補完関係にあることに今回のプログラムで気付くことができました。大企業にしろ、スタートアップにしろ、新規事業を手掛ける部署は基本的に人員が多くはなく、社内での理解も得られにくい。そうした小さい集団での集まりをつくり、それぞれの知識・技術を掛け合わせることの意義やパワー、シナジー(相乗効果)を肌で感じることができました」

エネルギーサービスを提供するLooop社 取締役 電力事業本部長の小嶋氏

3社が提案したスタートアップならではのソリューション

大企業2社が抱える課題の解決に向け、スタートアップ3社の提案は日本社会と環境エネルギーのイノベーションを考える上で示唆に富むものとなった。

不動産テクノロジーを提供するGOYOH社は、「EaSyGo」を導入する賃貸住宅を利用して脱炭素化を目指すアイデアを紹介。HondaのEVの蓄電池を住宅エリアに導入することで脱炭素を促進しつつ、不動産を拠点とした移動時の脱炭素化促進を提案した。

「弊社の強みは大きな物件のESG運営をサービスとしていて、脱炭素につながるアイデアをすぐに実現できることです。不動産は住まいの他にも、レジャーや飲食などさまざまな用途で利用されます。例えば、脱炭素の問題とフードロス削減を掛け合わせるなど、ESGインパクトを創出するためにいろいろなアイデアを実現していきたいと考えています」(伊藤氏)

不動産を軸にソフトとハードを掛け合わせて、脱炭素化を目指す「EaSyGo」

画像提供:GOYOH

要素技術の開発や新規事業に関わるPoC(Proof of Concept:概念実証)のコンサルティングを主なサービスとするPoC TECH社は、「tsu-mu(ツム)」という自社プロダクトを紹介した。

太陽光を用い、CO2を排出せずに自家発電できる自律型プロダクトで、必要な機器やパネルが一体化された小型ユニット構成になっている。自動車への積載や自宅のベランダなどに設置し、スイッチ一つで発電や蓄電ができる自立型小型ユニットだ。

「エネルギー問題の視点が企業活動に欠かせないレベルとなった中、企業の価値を構築するための重要なファクターになると確信しています。そこで、その世界観を投影した自社プロダクトを提案させていただきました。エネルギーを自分たちでつくる、もしくはその成り立ちを理解することを促進し、環境というテーマがより能動的に社会に受け入れられるよう、問題提起を続けていきたいです」(青澤氏)

自動車の上に積むだけで発電・蓄電ができる「tsu-mu」は、その手軽さに注目が集まっている

写真提供:PoC TECH

再生可能エネルギーを中心としたエネルギーサービスを提供するLooop社は、埼玉・浦和美園第3街区を中心としたスマートシティ構想について紹介した。同社によって独自開発されたエネルギーマネジメントシステム「エネプラザ」や太陽光パネル、ハイブリッド給湯器が設置された同地区では、自家発電された電気が有効かつ効率的に融通・消費され、電気自給率を大幅に引き上げることができるとされている。

「現在、太陽光パネルなどを自宅に設置することが増えていますが、脱炭素化を進めるためには、さらにその先で余った電力を近隣と融通できるような発想と仕組みが必要になります。浦和美園第3街区はそれを実現するためのプロジェクトです」(小嶋氏)

その他のスタートアップ9社からも自社サービスやプロダクトをベースにしたアイデアが提案され、社会実装に向けた具体的な話し合いがこれから行われていく。

リバースピッチから生まれた大企業内の変化

今回の実践型プログラムを通じて、テーマオーナーであるHondaと積水化学工業にもポジティブな変化が表れたという。

まず、Honda 電動事業推進室 アシスタントチーフエンジニアの福谷和芳氏、積水化学工業 コーポレート 新事業開発部 イノベーション推進グループ イノベーション・カタリストの吉田圭佑氏はそれぞれ、大企業側から見たプログラムの意義について次のように話す。

「弊社では、電動バイクや小型モビリティをはじめ、さまざまな電動製品に電力を供給する着脱式可搬バッテリー『Honda Mobile Power Pack』を紹介させていただき、皆さまと一緒にやれることはないかとお声掛けをさせていただきました。いろいろなご縁やご提案をいただいたのはもちろんですが、スタートアップの皆さまと協業を進める過程で、社内でも事業ドメインを横断する議論やシナジーが活発化しつつあります」(福谷氏)

Honda 電動事業推進室 アシスタントチーフエンジニアの福谷氏

「弊社でも住宅ブランド・セキスイハイムを持っており、住宅の脱炭素化というテーマでリバースピッチ(※2)をさせていただきました。住宅ブランドの事業部はかなり規模が大きく、全社横断的な取り組みをしている我々のような立場からすると、なかなかリーチしにくい部署もあります。それが、スタートアップ企業の皆さまからご提案をいただけたことで、社内外のコミュニケーションが活発になり、自社内の新たな可能性を発見するきっかけになりました。単純なアクセラレーターやピッチコンテストではなく、コミュニティという枠組みの中で展開されたプログラムだからこそ得られた成果だと考えています」(吉田氏)

※2 リバースピッチ:スタートアップ企業がスポンサー企業候補にビジネスアイデアを提案する従来のピッチとは逆に、スポンサー企業側が事業概要や課題をプレゼンし、スタートアップ企業からソリューション提案を募るもの。

積水化学工業 コーポレート 新事業開発部 イノベーション・カタリストの吉田氏

新たなものを創るには、あらゆる面で多大なエネルギーが必要だ。既存事業を維持し続けなければならない大企業にとって、新規事業に割けるリソースは、そう多くない。企業の枠組みを超え、同じ視界を持つ者たちが集うコミュニティがあるなら、「環境」と「エネルギー」という難題でも解決に導く支えになる。

さらに、外部コミュニティで育まれた事業の芽は、結果的に大企業の社内へも波及していくと、テーマオーナーを担った2人は実感している。一方的なイノベーションの提案やコンサルタントでは生まれない動きであり、これこそ「共創」から生まれるイノベーションといえるだろう。

CIC TokyoとU3イノベーションズの実践型イノベーションプログラムは、2022年から第2弾の実施も予定されている。大企業とスタートアップ、そして産学官連携でオープンイノベーションの可能性を探るコミュニティが、地球と人に優しいエネルギーの未来を切り開く“基地”となることが期待される。

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