2022.08.31
飛行機燃料が変わるとき。バイオ燃料ベンチャーが狙うSAFの覇権
「ミドリムシと廃食油」で空を飛ぶ。ユーグレナが民間航空機のフライトに成功
バイオ燃料にはさまざまな原料が利用される。微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を原料にバイオ燃料の製造開発に取り組んでいるのが、世界で初めて食用ユーグレナの屋外での大量培養に成功した株式会社ユーグレナだ。同社執行役員でエネルギーカンパニー長の尾立維博氏に、同社が商業化を進めるバイオ燃料「サステオ」の現在地について聞いた。
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光合成でCO2を吸収、カーボンニュートラルを実現
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ユーグレナ社の執行役員でエネルギーカンパニー長の尾立維博氏
微細藻類ユーグレナが持つ59種類の栄養素を生かし、健康食品や化粧品の製造販売をしていることで知られるユーグレナ社は、実は長年にわたり、バイオ燃料の製造開発に取り組んできた。
同社がバイオジェット燃料の研究開発を開始したのは2010年。当時、日本の航空会社は、10年後、20年後の航空業界では温室効果ガス(GHG)の削減がより厳しく求められるようになることを見越し、「持続可能な航空燃料」(Sustainable Aviation Fuel。以下、SAF)の調達を模索していた。その一つの原料として注目したのが微細藻類だ。
2000年代、米国では微細藻類を使ったバイオ燃料の開発がさまざまな企業によって進められていた。そこで日本の大手航空会社から白羽の矢が立ったのが、当時、国内で微細藻類ユーグレナの大量培養を成功させた同社だった。
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化石燃料は使用サイクルにおいて一方的に二酸化炭素を排出するだけだが、バイオ燃料は二酸化炭素をリサイクルしながら燃料として使用できる
提供:株式会社ユーグレナ
微細藻類は光合成を行うため、CO2(二酸化炭素)を吸収している。燃料の燃焼過程においてはCO2を排出するが、原料の段階ではCO2を吸収しているため、このプラスマイナスゼロの関係により、カーボンニュートラルを実現するという。
微細藻類ユーグレナの大量培養を成功させた実績はあったものの、燃料への応用は簡単なことではなかったと、同社執行役員でエネルギーカンパニー長の尾立維博氏は言う。
「航空燃料は単価が低い上に、相当な量が必要とされます。しかも我々は、燃料領域は全くの門外漢。事業化のめどを付けるのに苦労しました」
バイオ燃料の原料となるのは、ユーグレナから抽出した油脂だ。しかし、原料として膨大な量のユーグレナが必要とされるため、どうしてもコストが高くなってしまう。
「大事なのは環境改善に貢献することなので、ユーグレナだけにこだわっていません。もちろんユーグレナも使いますが、使用済み食用油を主な原料にすることでコスト削減を図ったのです。食用油も、原材料の植物が成長過程で光合成によってCO2を吸収するため、燃焼時のCO2の排出量はプラスマイナスゼロに貢献すると考えられます」(尾立氏)
将来的にはCO2を8割削減
ユーグレナの油脂や使用済み食用油はそのまま使えるわけではなく、それらを原料として、製造しバイオ燃料にする必要がある。ユーグレナの油脂と使用済み食用油を混合したら前処理で不純物を取り除き、水熱反応で燃料に適した分子構造に転換。水素化処理で酸素原子や二重結合を除去し、蒸留の工程を経てSAFとして利用できるバイオジェット燃料や次世代バイオディーゼル燃料が製造される。
その実証を行うべく、ユーグレナ社は横浜市、千代田化工建設株式会社、伊藤忠エネクス株式会社、いすゞ自動車株式会社、全日本空輸株式会社(ANA)の協力のもと、「国産バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化計画」を立ち上げ、日本初のバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラントを建設。2018年に竣工し、2019年春に本格稼働を開始した。
このプラントでは、航空機に利用できるバイオジェット燃料だけでなく、バスや船舶の燃料となる次世代バイオディーゼル燃料も製造が可能である。先に実用化に近づいたのは次世代バイオディーゼル燃料で、2020年3月から供給を開始している。
一方、バイオジェット燃料は、航空機が飛行する高度1万m、マイナス40℃という過酷な環境下でもパフォーマンスを発揮しなければならないため、バイオディーゼル燃料よりも多くの検査項目があり成分の規格が厳しい。そしてついに2021年、バイオジェット燃料の国際規格「ASTM D7566 Annex6」に適合した燃料が完成した。
これらのバイオ燃料は同年6月、一つのブランドとして「サステオ(SUSTEO)」と名付けられた。「サステナブル・オイル」を縮めたもので、地球環境改善に貢献しようという同社の思いが込められている。
今のところ、バイオジェット燃料は単独で使用することが認められておらず、化石由来の燃料に混ぜて使用しなければならない。サステオの比率は現在10%程度だが、同社の製造方法の場合、国際規格では最大50%まで使用することが認められているという。
同年6月に国土交通省が保有する飛行検査機に、このSAF「サステオ」を使用し、初フライトが実現した。羽田空港から鳥取空港を経由し、中部国際空港に着陸する約2時間半のフライトだったが、「サステオ」の使用が問題ないことが確認された。
続けて、株式会社Japan Biz Aviationが運航管理するプライベートジェット機「HondaJet Elite(ホンダジェット エリート)」にも使用され、民間航空機での初飛行も実現させた。
2022年3月には、定期旅客運航を行うエアラインとして初めて、株式会社フジドリームエアラインズ(FDA)のジェット旅客機に「サステオ」を給油し、富士山静岡空港-県営名古屋空港間のチャーター運航を実施した。
また同月、アジア航測株式会社が保有する低翼ターボプロップ双発機に「サステオ」を給油し、大阪・八尾空港を発着地として小豆島上空を周回した。
さらに6月には、中日本航空株式会社が保有するヘリコプターに「サステオ」を給油し、名古屋空港から約30分の飛行を行った。
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2021年6月29日、HondaJet Eliteでユーグレナ社の「サステオ」を使用したフライトを実施
提供:株式会社ユーグレナ
実証試験が順調に進む中、次のフェーズに進むために不可欠なのはバイオ燃料の商業プラントの建設だ。2025年の完成を目指して、2021年にそのための用地を確保し、予備的基本設計を開始した。
「商業プラントは2025年の完成、2026年には本格稼働させ、年間25万kLの生産を見込んでいます。化石燃料を商業プラントで製造した『サステオ』に代替することで、CO2排出量を約8割削減することができると試算しています」(尾立氏)
2050年には日本で2300万kLのSAFが必要に
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左にあるのがバイオ燃料「サステオ」。使用済みの食用油(右)と微細藻類ユーグレナから抽出されたユーグレナ油脂(中央)を原料としている
ANAと日本航空株式会社(JAL)は、SAFの導入促進を目指す世界経済フォーラム「クリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー・コアリション(Clean Skies for Tomorrow Coalition)」に参画し、2030年までに世界の航空業で使用される燃料に占めるSAFの割合を10%まで増やすことを目指す「2030 Ambition Statement」に署名した。
SAFの需要が拡大していくのは間違いないが、広く普及させるには課題もある。ネックとなるのが既存燃料との価格差だ。コスト削減に取り組んできたとはいえ、化石燃料の100~150円とはまだ開きがある。
それでも先行する欧米では、顧客がそのコストを負担したり、政府が助成したりといった政策面での支援により、利用が拡大している。日本にも利用拡大の機運はある。今年になって、石油元売り大手が相次いでバイオ燃料市場への参入を表明したのだ。
「我々1社だけでは限界があります。大手が手を挙げたことによって、制度設計が整えられることを期待しています。我々は未だよちよち歩きの状態ですので、政策や飛行機を利用する方々にご理解いただき、ご支援をいただければ状況は変わっていくはずです」
尾立氏にとっては、SAFの普及そのものが目的ではない。SAFは、持続可能な社会を実現するための手段にすぎないのだ。
「ユーグレナ社のフィロソフィーは『Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)』、つまり、持続可能な社会をつくることを何よりも優先しています。パーパスとして『人と地球を健康にする』ことを掲げ、バイオ燃料事業でもその一端を担いたいと考えています。なぜ“一端”かというと、再生可能エネルギーには水素やアンモニアなどもあり、バイオ燃料が万能だとは思っていないからです。飛行機、自動車、船などさまざまな乗り物には電動化できるものとできないものがあり、それぞれがそのときどきに最も適した燃料を使えばいいのです」
ただしバイオ燃料は、必ずソリューションの一つとして存在し続けると尾立氏は強調する。
「バイオ燃料が特に最後まで必要とされるのは、他の再生可能エネルギーでは代替がしにくい航空機だと思っています。日本の航空会社は、2050年には国内で2300万kLのSAFが必要だと試算しています。航空業界のSAFへの期待は一目瞭然です。再生可能エネルギーのソリューションの一つとして、地球環境を守るためのサステナビリティに貢献していきたいです」
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