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2023.03.09
海洋放出はなぜ必要なのか? 福島第一原子力発電所、廃炉へ向けた道程
今後の廃炉作業を安全に進めるため、放出に向けた透明性のあるプロセスを確立
2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、東京電力福島第一原子力発電所で続く廃炉作業は、「ALPS処理水の海洋放出」という局面を迎えようとしている。敷地内に並ぶ1000基以上のタンクに貯蔵されているこの水は、廃炉作業のどのような過程で生じるのか。そしてこれまで貯蔵されていたものを、今後、なぜ海洋放出する必要があるのか──。本特集では、まず廃炉作業に開始時からさまざまな形で携わる東京大学大学院工学系研究科原子力専攻の岡本孝司教授に、これまでの廃炉作業について話を伺い、その上でALPS処理水の海洋放出が廃炉に不可欠な理由を掘り下げていく。
カルーセル画像:東京電力ホールディングス株式会社
- 第1回海洋放出はなぜ必要なのか? 福島第一原子力発電所、廃炉へ向けた道程
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福島第一原子力発電所、これまでの廃炉作業
1988年に東京大学へ赴任して以来、岡本教授は35年にわたって原子力の研究を続けている。
「現在は大きく2つのテーマを研究しています。1つは“原子力発電所をいかに安全に活用していくか”。もう1つは“福島第一原子力発電所(以下、1F)の廃炉”に関してです。私を含む原子力研究者にとっても1Fにおける事故には大きな責任を感じていて、福島の復興への思いも含めて取り組んでいます」
運転を終えた発電所など世界中で事例はあるものの、1Fの場合は「事故が発端でしたので、段違いの困難の連続でした」とこれまでを振り返る。
「事故当初は放射線量も高く、1~3号機の建屋にも人は近づけませんでした。がれきや廃棄物の量も多く、それらの処理や建物の解体に必要な重機も破損していて、遠隔作業用のロボット開発が必要でした」
困難だった作業の一つが、1~4号機の建屋に残された使用済燃料を回収する作業だった。
「棒状の使用済燃料が建屋上部のプールに貯蔵されていたのですが、3・4号機からの回収は既に完了しており、1・2号機は回収に向けて動き出している最中です。こうした作業は廃炉までのロードマップを立てて進められていますが、前例のないトラブルは付きもので、その都度慎重に対策を講じていますが、予想外の出来事の繰り返しですね」
※使用済燃料回収に関する記事:廃炉に不可欠な使用済燃料回収は、いかに実現されたか?
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1・2号機の建屋内の断面図。1号機(左)の燃料は圧力容器内にはほぼない状態で、格納容器内に溶け落ちデブリとなっている。2号機(右)は圧力容器の底部でとどまっていると見られる
資料提供:東京電力ホールディングス株式会社
廃炉作業は常に20~30の作業が同時展開で進み、岡本教授は特に困難な懸案に対し工学、化学、土木など全般的な観点から対策を議論してきた。
「これまで12年間、現場へ通い続け東京電力や協力企業と意見を交わし、安全最優先で進めてきました。その中で2019~2020年に行われた高さ120mの排気筒を遠隔で解体する作業などは、地元の企業が見事に遂行されていたのが印象的でした」
※地元企業が担った高度なリモートミッションに関する記事:廃炉に向けて高さ120mの排気筒をロボットでリモート解体!
解体や除染が進み、当初は防護服が必着だった敷地内も、「現在はヘルメットとマスクのみで入れる区画が大半になりました」と、岡本教授は廃炉の進み具合を話す。
「これからは、崩れ落ちた1~3号機の建屋の中から燃料デブリ(事故当時、1~3号機の炉心に格納されていた燃料が溶融した後、冷えて固まったもの)をいかに安全に取り出すかが大きな課題となってきます」
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「現在は16人ほどの学生とデブリ処理などの基礎研究に取り組み、現地へも足を運んで現場の方々と議論を交わすことも多いです」(岡本教授)
廃炉を俯瞰(ふかん)して分かる最も有効な手段
こうした廃炉作業の中で、事故当初から継続的に行われているのが1~3号機での冷却作業だ。炉心の周辺に残る燃料デブリは熱を発するため冷却し続けなければならない。
この際に注入された冷却水が燃料デブリに触れることで放射性物質を含んだ汚染水に変わり、その放射性物質のほとんどを多核種除去設備(ALPS)を通すことで、安全に関する国の規制基準を確実に下回るまで浄化処理したものが「ALPS処理水」と呼ばれ、現在も敷地内のタンクに貯蔵され続けている(詳細は特集第2週にて解説)。
「廃炉というのは、こうした冷却処理やさまざまな作業をし続けないと安全を維持できない状態を、人手をかけずに安全を維持できる状態まで戻すことです。そのためにも燃料デブリの取り出しを進めて、安全に貯蔵する必要があります。しかし、今はALPS処理水が入ったタンクによって敷地の多くが占有されているため、ALPS処理水の放出によって敷地を確保し、燃料デブリの保管施設など、廃炉を進める上で新たに活用する必要があります」
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現在、1Fの敷地では約1000基ものタンクにALPS処理水等が貯蔵され、2023年秋ごろには貯蔵容量は限界に達すると発表されている
画像提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影者:西澤丞
汚染水は当初、一部の放射性物質の除去にとどまっていたが、ALPSの導入により、汚染水に含まれるトリチウム以外の放射性物質を国の規制基準よりも低い値になるまで処理できるようになった。残るトリチウムも生態系への影響は小さく、海洋放出の際は国の規制基準値を大幅に下回るよう希釈処理される(詳細は特集第2・3週で解説)。
その上で、岡本教授は「これ以上、ALPS処理水を貯蔵し続けることは、かえってリスクになりかねません」と懸念を示す。
「廃炉作業を俯瞰して見たとき、より安全に貯蔵・管理しなければならないのは燃料デブリです。回収作業に関しては、建屋の最下部がどういう状況なのかなど、まだまだ情報を集めながら慎重に作業しなければなりません。そして物質そのものが強い放射線を出すデブリを回収し、十分に隔離・貯蔵するには建屋に近いタンクが並ぶ区域が有効に活用できると考えます。周辺よりも高台の場所で、津波などいざという際の対応も図れます。
ALPS処理水は“安全な処理を施した水”です。それを外部や地中に漏れないよう厳重にタンクで貯蔵されているわけですが、1000基ものタンクの保守管理を続けることは、多大な人的労力を要し現地では相当な負担になっています。
また、海洋放出は一気に行うのではなく、およそ30年をかけて、少しずつ行われる見込みです。非常に長期間にわたる放出を安全に終わらせるために、限られた場所をどう利用するのがいいのか、皆さんにもどうかご理解いただけたらと願っています」
海洋放出、燃料デブリ回収、徹頭徹尾“ごまかしのない”作業を
1Fの廃炉作業は、安全第一で処理されたALPS処理水の海洋放出が行われることで、燃料デブリの安全な回収作業が進められる。ロードマップ全体において、安全に、着実に進めることが優先されている。
「政府による廃炉のロードマップに沿うと、作業はやや遅れ気味ですが、これはALPS処理水放出を安全に進めたり、燃料デブリを回収するロボットを状況に即して開発するなどイレギュラーな状況にも安全に遂行するため、試行段階でのトライ&エラーを十分に重ねているためです」
そう説明する岡本教授は、さらに広く一般に向けて、こう思いを語る。
「私たちは廃炉作業全ての過程で“どうやったら安全にできるか”ということしか考えていません。私たちの身体や環境への影響が懸念されるうちは絶対に前へは進みません。信頼、信用していただくことは一筋縄ではいかないのかもしれませんが、自分たちに都合よく行っているわけではないことをご理解いただきたいと思っています」
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「誰もが福島復興を願い日々作業しています」(岡本教授)
岡本教授がそこまで強い意思で廃炉作業に向き合うのには、原子力の未来を切り開く可能性を信じていることにも起因する。
「これからの100年、世界の人口が80億人を超えるであろうこの地球にとって、原子力は必要だと僕は思っています。逆に今地球が80億人ものキャパシティーを維持できているのは、石油や原子力という大きなエネルギー源を確保してきたからだと思います。安全を第一に活用できれば、長期的に見てもこれほどメリットがあるエネルギーはありません。12年間、1Fの廃炉に一生懸命取り組んできたのは、原子力のメリットを感じてというよりも、“起こしてはならない事故を起こしてしまった”という、原子力を研究してきて感じた責任によるところが大きく、原子力を何とかクリーンアップして未来へ託すことに、私の知識が少しでも役立つならばとの思いだけです」
次回は、そのALPS処理水そのものと、海洋放出までのプロセスを掘り下げていきたい。
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text:大場 徹(サンクレイオ翼) photo:中村実香
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