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暮らしを変える蓄電技術

今、蓄電技術が注目される理由

未来の暮らしを豊かにする蓄電技術の現在地

カーボンニュートラル達成のため、再生可能エネルギーのさらなる普及、モビリティの電動化、工場などのCO2排出削減が本格的に推進されている。それらの実現に欠かせないのが、発電した電気をためておく「蓄電池」である。現在、さまざまな二次電池の研究が進む中、大容量の電池に期待が高まる一方で、東京大学大学院 工学系研究科の山田淳夫教授は、第一の課題はコストダウンであると唱える。山田教授に話を聞いた。

新しい社会の可能性を切り開くリチウムイオン電池

“世界を変えた”ともいわれる「リチウムイオン電池」は、スマートフォンやノートPCをはじめ、さまざまな電子機器の普及を支えてきた。その開発に貢献した旭化成株式会社の吉野彰名誉フェローほか計3名が2019年にノーベル化学賞を受賞したことも、大きな話題を呼んだ。

「蓄電池開発の歴史は150年以上にもわたりますが、本格的に実用化されたのはわずか数種類にすぎません。その中でも、1990年に日本が生んだリチウムイオン電池は画期的でした」と語るのは、東京大学の山田淳夫教授。

「例えばスマートフォンの電源が従来のニッケルカドミウム電池だったとしたら、重さとサイズは少なくとも現行機の3倍以上になるでしょう。現在当たり前に使われている軽量小型のポータブル機器の発展には、小型かつ大容量のリチウムイオン電池が不可欠であり、その登場は世界的に見ても大きなターニングポイントであったと言えます」

リモートワークができるのもリチウムイオン電池があればこそ(写真はイメージ)

もちろん、単に技術の斬新性や過去の社会貢献だけがノーベル賞の対象として評価されたのではない。カーボンニュートラルや環境問題が叫ばれる中、リチウムイオン電池は新しい社会の可能性を現在進行形で切り拓いている。

その最たるものが電気自動車(EV)の普及であるが、他にも風力や太陽光など再生可能エネルギー活用のための定置用蓄電池、家庭用蓄電システムなど、多彩なエネルギーシステムへの応用が期待されている。その中で、今後どのような蓄電池が求められるのかについてはさまざまな議論がある。

「より多くの電気をためられる方がいいと単純に考えられがちですが、必ずしもそうではありません。社会受容性を考慮すると、コストや耐久性、寿命、安全性などさまざまなファクターが存在し、用途によって求められる特性は変わります。今圧倒的に求められているのは、やはりコストダウンでしょう。なぜなら、カーボンニュートラル達成のためには、異次元に大量の蓄電池を社会実装する、つまり蓄電池を社会インフラ化する必要があるからです」

蓄電池のさらなる普及には、人々の価値観や行動の変容が必要

用途別に要求される特性を見極めることも重要となる。原理的に電池への要求特性全てを高度に同時実現するのは困難だからだ。例えば、エネルギーの高密度化と長寿命化や高出力化はトレードオフの関係にある。本当に必要な性能が何なのか、しっかりと見極めることが蓄電池の普及に欠かせない視点だと山田教授は考える。

「EV用途において、果たしてガソリン車並みに長距離を走れる大容量や、一瞬で充電できる蓄電池を目指すことだけが正解でしょうか。日本における自家用車の1日当たりの平均走行距離は約20km前後と想定(一般社団法人 日本自動車工業会 2019年度 乗用車市場動向調査より)されていて、稼働率も5%程度と言われています。残りの95%は駐車場に止まっているのですから、多くの場合、スマートフォンのように夜間に各家庭でゆっくりと充電するような使い方で十分に事足りるのです。航続距離200km以下の軽自動車タイプのEVが世の中に受け入れられつつあるのは、このためです。また、大型EVに搭載される100kWh程度の電池を約15分で充電可能なシステムが既に開発されていますが、これ以上の超大電力での急速充電は、電池のみならずグリッドや受電システムに大きな負担がかかり、コストも嵩むことから現実的ではありません」

リチウムイオン電池に関わるさまざまな先端研究で知られる山田教授

「その前提を踏まえれば、航続距離はそれほど長くなくても、安全で耐久性が高く、長期間にわたって乗り続けられるEVの方が環境的にも経済的にも優れているという見方もできるはずです。しかもそれは、現存の技術をベースに実現できるのです」

将来的にも、そういった需要は増えていくだろう、と山田教授は続ける。

「自動運転タクシーなどが普及してくると、自家用車が減り、街中でEVが常に走り続けるような未来が想定されます。その場合、短い距離を数多く連続走行することになるわけですから、少ない容量の蓄電池を短時間使用し、使った分だけ継ぎ足し充電する方が現実的です。つまり、一回の充電で長距離を走れる自動車が理想といったこれまでの価値観をそのまま蓄電池に当てはめるのではなく、異なる視点で蓄電池への要求特性を捉えていくことが必要でしょう」

自動運転タクシーや自動運転バスの実証実験は各地で進んでいる(写真はイメージ)

そのために重要なのは、いかにして一般の消費者の行動変容を促すのかという点。実際に利用することなどで価値観を変えていくフェーズが必要だという。それには、常に現在のベストソリューションを社会に示していくことが重要であると指摘する。

「特に海外ではそうした動きが顕著で、米国・テスラ社が好例です。同社が販売する自動車の約7割のモデルに搭載されているのは、エネルギー密度が低い(航続距離が短い)代わりに安価で安全性が高く長寿命な『リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池』。テスラ社では、これを主に普及価格帯モデルに採用し、多くの人に乗ってもらうことでEVの利便性への理解を促進し、市場拡大につなげています。これを原資に、適切かつ現実的で的を絞った研究開発にも積極的に取り組み、次期モデルに最新の技術を素早く落とし込んでいくなど、良い循環が生まれているのです」

今ある技術を使いこなしていく視点

一方、日本では一発逆転の思想が過度に強調されるあまり、必ずしも素性の良くない技術開発に多くのリソースが割かれている状況だと言う。

「その結果として、逆に他国に市場シェアを急速に奪われる悪循環に陥っています。最終的に実現できないリスクを抱える対象にリソースを集中し、他国との差が致命的に広がってしまったら取り返しがつきません。今ある優れた技術をいかに使いこなしていくのかという視点と方向性を中心軸に据えていく必要があります。最近政府もこのことを認識し、“日本企業は疲弊し、市場から撤退する可能性”という表現で危機感を露わにし、方針転換を宣言しています」

では、今後実際に普及していくのはどのような電池なのか。山田教授は、上述のコストに加え“長寿命”、つまり「時間軸を加えた総合性能向上」に鍵があると見ている。

「まずはテスラ社が注力するLFPを正極に採用したリチウムイオン電池です。LFP電池は鉄が中心元素であることによるコスト低減や構造安定性による安全性向上のみならず、現在の技術でも20〜30年使い続けられる長寿命を実現することが可能で、材料技術と温度管理などの周辺技術の双方を徹底して追い込めば、さらに寿命を延ばすことも夢ではありません。エネルギー密度はあまり高くなくても50〜100年使い続けられる蓄電池があったら、“累計”エネルギー密度やライフサイクルアセスメント的な優位性は大幅に向上するでしょうし、選択するユーザーも増えるのではないでしょうか」

さらに山田教授が注目するのが、東芝が独自開発する「チタン酸リチウム電池」だ。エネルギー密度が下がる代わりに急速充電特性、寿命、サイクル特性、温度特性を飛躍的に伸ばした。2万回以上充放電を繰り返しても劣化が少なく、鉄道など信頼性と耐久性が求められるシーンでの利用が進んでいるという。

「LFP電池もチタン酸リチウム電池も2000年代後半に実用化され、徐々に市場が開拓されてきた比較的新しい技術。着実に実績を積み重ねつつ、ここ数年で一気に市場の信頼を勝ち取ったこれらの優れた技術を活用しながら、消費者の行動変容とともにあぶり出されていく本当のニーズに沿ったソリューションとしての蓄電池システムを開発していくことが大切であり、中長期的な社会ニーズも、結局はこれらの電池によって満たされていくのかもしれません。実際に、LFP電池の世界市場シェアは急速に拡大しており、数年以内に50%を超えることが確実視されています」

山田教授は1990年代から長年LFPを研究対象のひとつに据え、その有望性と性能限界の双方を科学的に提示した功績は高く評価され、多くの権威ある国際賞を受賞している

レアメタルに頼らない技術も念頭に蓄電池産業の総合力を底上げ

ただし、懸念点もある。リチウム資源の国際相場が乱高下している点だ。リチウムイオン電池の弱点であり、普及が伸び悩む一因にもなっている価格の高さは、この相場高騰によるところが大きい。

「他にも、希少金属のコバルト、ニッケル、マンガンなどが値上がりしていますが、軒並みレアメタルの産出・精錬国である中国が実質的にボトルネックを握っています。これにはさまざまな問題が複雑に絡んでいて、法規制や資源ゴミの廃棄場所の問題など、中国でないと対応できないという事情があります。さらに、中国は国策として蓄電池市場のシェアを取りにきていて、政府のサポートの下、強力なサプライチェーンを構築しつつあります。そうした中でEVは今後10年で30倍に増えるといわれており、定置用蓄電池のビジネスなど、新しい市場も成長し需要が拡大していく中で、日本で我々が手にする蓄電池のコストは果たして下がっていくでしょうか。このまま希少金属頼りで立ちゆくのかどうか。リサイクル・リユースシステムが軌道に乗ればいいのですが、別の判断をしないといけない時がくるかもしれません」

希少金属を使わない蓄電池の研究例は多くあるが、山田教授も長年研究を続けている「ナトリウムイオン電池」は、一つの可能性を示している。

「リチウムよりも少しイオンのサイズが大きいナトリウムは、重量とサイズの面では劣りますが、低温環境でも十分機能することや、より早く充電できるなど良い面もたくさんあります。技術的には、5年ほど前のリチウムイオン電池と同等以上の性能を出せるレベルに到達していて、初期量産コストなど課題がありながらも、将来的には選択肢の一つとなり得ます。今後、社会が蓄電池をさらに積極活用していくようになることは確実であり、そこで本当に求められてくるのは地に足をつけた取り組みです。聞こえの良い謳い文句の目新しい技術や方向性に惑わされず、素性の良い基盤技術を冷静に見極めて使いこなし、現実的な将来像を継続的に示していくことが必要だと思います。ビジネスにおいては、既存の蓄電池をうまく活用し、新たなビジネスを見いだしていただきたいですね」

幸い日本の蓄電技術はこれまでの多くの蓄積があり、幅広い要素技術を扱う人材の層も厚い。そこにもう一度目を向け、研究開発を実体化しつつ日本の蓄電池産業の総合力を高める。未来の豊かな社会をつくるには、そこに突破口がありそうだ。

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