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“週末宇宙遊覧”が楽しめる時代に? 気球による宇宙ビジネスの全貌

気球による成層圏での宇宙遊覧が今年度中に開始予定

宇宙ビジネスの中で成長が期待される分野の一つが「宇宙旅行」だ。株式会社岩谷技研は、株式会社JTBと共に、2023年度中の気球による成層圏での宇宙遊覧の実現を目指している。現時点では限られた人しか享受できないサービスとなっている宇宙旅行。そのハードルを取り払うべく挑戦を続ける株式会社岩谷技研 代表取締役の岩谷圭介氏に、サービスの全貌と未来への想いを尋ねた。

訓練のいらない、最も手軽な宇宙

「宇宙旅行元年」と言われた2021年には、29人もの民間人が宇宙を旅した。同年に宇宙へ旅立った職業宇宙飛行士19人を旅行者の数が上回り、話題となったのも記憶に新しい。

それから2年、誰もが一度は夢を見たことがある宇宙旅行は今、急速に現実味を増している。その中心で注目を集めているのが、“気球型”の宇宙遊覧だ。

2023年2月には北海道の宇宙関連ベンチャーである岩谷技研が搭乗希望者の一般募集を開始。早ければ2023年12月から順次サービスを開始する計画だ。

実際のサービスで使用される2人乗りの気密キャビン

画像提供:株式会社岩谷技研

「私たちが提供するのは、ヘリウムガスを使った気球での宇宙遊覧です。この気球は、気球本体と一般の方が訓練なしで乗り込める気密キャビンから成り、高度25kmの成層圏まで上昇します。大体20〜22kmに達すると地球と宇宙の境界線が丸く見え、空は真っ暗という世界になります。『地球を見下ろしたい』『宇宙を見たい』『昼間に星空が見える』といった、宇宙の景色が見たいという需要は、実はほとんどが成層圏を飛ぶ気球で満たすことができるのです」

こう語るのは、同社の代表取締役・岩谷圭介氏だ。

宇宙旅行のイメージといえば、いわゆるロケットで宇宙空間へ飛び出し、国際宇宙ステーションに滞在して帰ってくるといったものだろう。この場合、旅費は1人約50億円ともいわれ、訓練も必要な上に危険性も伴う。

一方、岩谷技研が提供する宇宙遊覧は1人2400万円(税込)の費用で先述の気球による宇宙遊覧を可能にする。

「現在のプランでは、2人乗りのキャビンに搭乗し、約2時間かけて成層圏へ到達。地球を眺めながら1時間程度の遊覧を楽しんでいただきます。近い将来にはさらにコストを下げ、誰もが気軽に行ける宇宙遊覧を実現していきたいと考えています」

過去の実験で撮影した高度25kmの景色

画像提供:株式会社岩谷技研

徹底的な試験主義で堅実な研究開発を実現

2023年度中のサービス開始に向け、研究開発は大詰めを迎えている。開発中の気球は、現在どこまで完成しているのだろうか。

「今年7月の実験では、有人飛行試験で過去最高の到達高度となる6072mを達成しています。25kmと比べると低く感じるかもしれませんが、気圧差でいえば、わずか0.3気圧ほどしかありません。気密キャビンはその気圧差以上の高高度まで耐えられるように設計しており、今回の有人飛行試験では、その技術検証を全て確認することができた貴重な試験となりました。今後は最終目標である25kmへの飛行に向け、より高度を上げて実証実験の回数を増やしていくフェーズに入ります」

カメラを風船で飛ばし、宇宙を撮影したのが岩谷技研の始まり。「最初は100gの装置を飛ばすのにも苦労しましたが、今では1tの重さを飛ばすことも不可能ではありません」(岩谷氏)

画像提供:株式会社岩谷技研

まさに完成間近といったところだが、驚くべきはその開発スピードだ。有人宇宙遊覧プロジェクトは2020年7月に始動し、2021年6月に無人気密キャビンの成層圏打ち上げ・回収。2022年2月に自社製の気球とキャビンで初めての有人“係留飛行“試験で高度10mへ浮上させると、同年9月には高度30mでの有人“自由飛行”試験に成功。そこからたった1年で6000m強の有人自由飛行試験を実現した。

しかし、岩谷氏は「むしろ徹底的に安全検証を重ね、石橋をたたきながら進めてきた」と言う。

「例えば、無線機などの通信機器、そしてキャビン内の酸素や気圧を保つ生命維持装置などは1万回近くの試験を繰り返し、本当に正しく動くのかどうかを検証するなど、細かく試験を行ってきました。飛行試験も、無人飛行はこの3年で約400回、有人飛行は43回行っています」

それだけの回数の実験を行うことができるのは、岩谷氏自身の哲学が大きく影響している。

「理論的にどうか、という机上の話ももちろん必要ですが、私は実際に現場で機能したのかどうかを重視しています。気温が低いとき、高いとき、雨の日にはどうか、霧が出たら、雹が降ったら……。それは数回試験をしたくらいでは絶対に分かりません。命を預かる上で、あらゆる極限の環境に照準を合わせていかなければなりませんから、とにかく試験回数を重ね、トライ&エラーを徹底してやっていくことが、結果として開発の早さにつながっているのだと思います」

使用する気球の直径は30mを超える

画像提供:株式会社岩谷技研

これまでに作ってきた気球は450機ほど。その全てを自社開発していることもスピードを増している要因の一つだ。

「私たちが作っているのはプラスチック気球と呼ばれるもので、分子間接合(溶かして溶着する)によって部材を一つの大きな球状に成形しています。中に入れるヘリウムは、分子サイズが非常に小さく、放っておくとどんどん抜けていってしまうので、いろいろな素材や方法を試し、現在の形に行き着きました。初期の頃はよくヘリウム漏れが発生したものですが、直近の300機は全く漏れが生じていません。技術的にも、回数的にも、これだけのものを外の企業で実現するのは不可能。自分たちで技術を積み重ねてきたからこそ、現在の成果があると思っています」

気球による宇宙旅行が投じる一石で、未来の常識を変える

岩谷氏の話を聞いていると順風満帆に進んでいるように思えるが、その裏側にはもちろん莫大な苦労がある。気球の素材を選定する際には、4000通りもの素材試験をたった2週間で実施したこともあったという。そこまで集中して取り組める岩谷氏のモチベーションは、どこにあるのか。

「プロジェクトを進めるに当たって、やったことがそのまま全部うまくいったことなんてありません。向かうべきゴールが見えていても、そこにたどり着く道筋は何百回、何千回と試験を繰り返す中でしか見えてこないものです。私がその先に実現したいのは、“人間の可能性を拡げる”こと。今まで私たちが見えなかった世界を、科学はいつも切り開いてきました。先人が夢見たことを、今どんどん形にしているからこそ、人間の可能性は拡がっているのです。そこに貢献できることに、一科学者として大きな喜びを感じます」

岩谷氏が学生時代に取り組んでいた宇宙撮影用の風船

画像提供:株式会社岩谷技研

そう語る岩谷氏が宇宙に興味を持ったきっかけは幼少期にさかのぼる。

「恐らく幼稚園の頃だったと思います。『宇宙ステーション』(福音館書店)という絵本がありまして、夢中で読んでいたのを覚えています。まだ国際宇宙ステーションがない時代に、『これから人類は地球を超えて、もっと遠くの世界を切り開いていくんだ』といったことが書いてあり、とても感銘を受けました」

その想いを温め続け、北海道大学ではロケット工学を学んだ。しかし、その先にJAXAなどに進んだとしても、プロジェクトの規模が大きく、莫大な予算で動くロケットの分野では、自分が本当にやりたい仕事が回ってくる可能性は、一生に一度あるかないか。

そこで岩谷氏がビジネスチャンスを見いだしたのが、気球による宇宙撮影だった。2012年9月、風船でカメラを飛ばし、日本で初めて個人による上空30kmからの宇宙撮影に成功した。それを気球へとスケールアップさせたことで、“人間の可能性を拡げる”という自身の夢に、今限りなく近づいている。

「まだ、気球による宇宙遊覧が最終的に完成したわけではないですから、まずは成し遂げてこそだと思っています。誰もがその目で宇宙を見ることができるようになれば、宇宙=ロケットという常識にも一石を投じることができるはず。これから先、何十年、何百年も人類がトライを繰り返していく中で、その一石が、さらに新しい技術を生み、未来の人間の可能性を拡げていくきっかけになれれば、こんなにうれしいことはありません」

新たな宇宙ビジネスとして注目を集める宇宙旅行。これまでの価値観を大きく変える可能性を秘めている点でも、その影響力は計り知れない。

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