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宇宙で“自給自足”!? 「植物工場」は宇宙での食料調達の救世主となるか

人類の宇宙進出に欠かせない食料問題を解決に導く植物工場の可能性

長期的かつ定期的に宇宙で有人活動を行うためには、水や食料などを宇宙で循環させる仕組みを構築する必要がある。そうした中、日本が世界にリードしている分野の一つが「植物工場」である。既にある技術を転用できる部分もある一方で、千葉大学 大学院園芸学研究院 後藤英司教授は、宇宙向けの品種の開発から取り組んでいる。後藤教授に話を聞いた。

“主食”となる農作物の栽培が第一課題

2022年11月、米国で月までの試験飛行を行う無人大型ロケットが打ち上げに成功。人類は再び月へ向けて本格的に動きだした。米国が主導し、日本を含む8カ国が参加する月面探査プログラム「アルテミス計画」だ。

同計画では、2025年以降に月面へ人類を送り、ゲートウェイ(月周回有人拠点)などを通じて、月に物資を運び、月面拠点を建設。月での人類の持続的な活動を目指す。そうした一連の活動の中、見落とされがちだが検討が不可欠なのが「食料問題」だ。

「計画の初期段階では人数が少ないですから、地球から宇宙食を輸送すれば問題ないでしょう。しかし、100人規模になってくると、コストも輸送量も莫大になります。だから、食料となる植物を現地で栽培する必要があるのです」と話すのは、千葉大学 大学院園芸学研究院 後藤英司教授。

現在、国際宇宙ステーションにおける宇宙飛行士の滞在は平均して5カ月程度。さまざまな制限がある暮らしの中、ストレス解消の助けとなるのが食事だ。しかし、いくら栄養バランスと味に優れた宇宙食が開発されたとしても、決まったメニューを繰り返し食べることによるストレスは想像以上に大きい。宇宙での植物工場の実現は、QOL向上のためにも待望のものとなっている。

100人規模での月面農場のイメージ

画像提供:JAXA

特に必要となるのが、毎日大量に消費する小麦や米、豆や芋といった主食であると後藤教授は言う。しかし、それこそが宇宙における植物工場実現の難しさでもある。

「地球で稼働している植物工場の役割は、季節に関係なく、食べたいものをいつでも栽培できる環境を整えること。そのため、葉物野菜やそれに類似するハーブ、イチゴなどが主流で、主食となる穀物や芋類の栽培は、これまでほとんど行われていないのです」

主食というものは、大凶作や不作時の流通安定のために国が大量に備蓄しているもの。つまり、大きく味を損なわずに長期間大量に保管できるため、植物工場で常に栽培し続ける必要がなかったというわけだ。

「そこでまずは穀物や芋類を植物工場で作れるようにすることが第一課題。その上で宇宙に持っていこうという流れになっていくことになります」

品種改良と機械化による高効率な栽培を模索

小麦や稲、芋や豆類を植物工場で育てることの難しさは、どこにあるのだろうか。

「実は、単純に育てるだけであればそこまで難しくはありません。問題は全く採算が合わないということです。日本の主食である稲(米)は水田で育てた方がよっぽど効率的でコストも安く、そしておいしい。水田の環境に合わせた品種改良も長年行われてきています。主食を植物工場で栽培するということは、そこに挑んでいかなければならないということ。取り組むべき課題は多いです」

具体的な課題をひもとくと、宇宙の植物工場の在り方も見えてくる。

「まずはコンパクトに育つ品種が必要です。月面に人間の滞在拠点ができたとして、植物工場に割くことができるスペースや物資は限られていますから、なるべく小さく育てて大きく収穫できる品種が理想的。収穫や管理の観点からも、省スペースであることは効率化にもつながります。

そして、無人化、機械化による効率化です。国際宇宙ステーション内での栽培実験などにより、無重力下でも根は水を吸うことができ、根は下へ、葉は光の方向へ伸びることが分かっているので、既に確立されている栽培技術が宇宙にも応用できるだろうという見込みはついています。問題は、地球の1/6の重力である月面で実がどのようになり、それをどのように収穫するのかというところ。地球の農業でも自動化は研究が進んでいますが、そういった技術を取り入れ、人間を介さずに収穫までできるようにしていくことが必要です。

そして、限られた物資を回していくリサイクル技術も欠かせません。農作物は不可食部が農地で廃棄されたり、生ゴミとして家庭などで捨てられたりする部分が農作物全体の約半分もあるといわれており、その処理の方法は地球の農業でも問題になっています。そこで、微生物を使った処理を加えることで肥料としてリサイクルできるような仕組みによって、廃棄物の排出をなるべく減らしていく方法などが考えられます」

これらの課題を解決に導くべく、2023年1月に千葉大学が立ち上げたのが「宇宙園芸研究センター」だ。大きく3つ(宇宙園芸育種研究部門、高効率生産技術研究部門、ゼロエミッション技術研究部門)の部門に分け、農林水産省や宇宙航空研究開発機構(JAXA)、他大学とも連携を図りながら、それぞれの分野のスペシャリストを集めて研究を進めている。後藤教授が中心となって進めているのは「高効率生産技術研究部門」である。

「まだ稼働し始めたばかりで、現在は既存品種を用いて栽培環境の最適化を進めています。あと2年くらいはかかる見込みですが、共同研究先が先行して開発してきたダイズを実験用の植物工場で育て始めました。他にも、イネやトマトなど、一般的な植物工場の実験では育てないようなものを育てているのが特徴です。将来的には新しく開発された品種に合わせて最適な栽培環境を設計していく計画です」

実験ではイネ(上)やトマト(下)などを育てている

狙うポジションは、宇宙における食料生産先進国

アルテミス計画の究極的な目標は、月面からの有人火星探査にある。その実現に向けて、月面は世界一周旅行の客船のようなにぎやかさになっていくだろうと後藤教授は予想する。

「2年ほど前に民間人の国際宇宙ステーションへの観光旅行が実現しましたが、あと10〜20年ほどすると、これが月面に行くことができるようになるといわれています。その頃には、相当な人数が月面に滞在することになり、現地には病院やレストランなどの機能も必要になってくるでしょう。まさに世界一周旅行客船の中のような形で、人種も職業も多様になっていくはずです」

6人規模での月面農場のイメージ

画像提供:JAXA

そうなれば、農作物にも多様性が必要になると後藤教授は続ける。

「米国系の人は小麦からパンを作ると言うだろうし、芋類がないとダメだと欧州の人は言うでしょう。観光客を楽しませたり、宇宙飛行士のリラックスのために香りの良い観賞用の花も育てたりしたいとなるかもしれない。われわれが思い描いているのは、そういった未来なんです。だから特定の植物だけ育てられないということにならないよう、あらゆる可能性を探っていくことが必要です」

人類の宇宙進出に向けて各国が開発を加速させる中、そうした日本らしいこまやかな気遣いをも技術力で実現していくことこそが、いずれ宇宙ビジネスとして確立する植物工場の分野において、日本が世界をリードしていくことにもつながっていく。

「世界各国が協力して月面基地を作るとなったときには、食料生産は日本にやってもらおう、となるのが私の夢であり目標です。ビジネス的な観点からも、世界に対して植物工場の技術を売り込みやすくなるし、食料危機や農業の担い手不足など、地球上のさまざまな問題解決にも役立てることができるはずです」

そう語る後藤教授の顔に自信がうかがえるのは、世界に先駆けて行ってきた、30年以上にわたる研究の成果と、日本が培ってきた確かな技術力があればこそ。本格的な研究はまだ始まったばかりだが、今後の動向には期待が高まる一方だ。

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