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宇宙ビジネス新時代

衛星データや多様な専門家のニーズが高まる。他分野に広がる、宇宙ビジネス最前線

小学生でも可能。テクノロジーのコモディティ化と高機能化により、宇宙ビジネスは誰もが参入するフェーズへ

2040年には100兆円規模にもなると予想されている宇宙ビジネス。宇宙遊覧や植物工場など、さまざまな分野が台頭するなか、「宇宙テクノロジーのコモディティ化と高機能化によって、今後ますますできることが増えていく」と語るのは、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の神武(こうたけ)直彦教授。あらゆるビジネスが宇宙とつながっていこうとするこれからの時代、日本の強みはどこにあるのか。そして、進むべき方向とは。神武教授に聞いた。

宇宙ビジネスは、既に一部の人だけのものではない

ひと昔前までは、どこか遠い世界の話のようだった宇宙ビジネスだが、民間人の宇宙旅行が実現したことで、そのイメージは払拭されつつある。本特集でもこれまで取り上げてきたように、気球による宇宙遊覧や宇宙における植物工場の取り組みなど、新しい取り組みが続々と始まり、形になりつつある。

現在の宇宙ビジネスにおけるグローバル市場規模は約40兆円と想定されており、これは2010年と比べて約1.5倍。この流れは今後、さらに加速していくだろう。

そうした市場規模の拡大の背景には、テクノロジーの「コモディティ化」と「高機能化」によってさまざまなな企業や国・地域が宇宙ビジネスに参入しやすくなったことが大きく影響していると慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の神武教授は言う。

「宇宙ビジネスは、人工衛星や宇宙探査機など“宇宙機”を打ち上げる『宇宙インフラ事業(アップストリーム事業)』、宇宙機から得た信号やデータを利用する『宇宙利用事業(ダウンストリーム事業)』、地球以外の惑星を探査したり月面ホテルなどを建築したりする『宇宙探査事業』の3つに大きく分類されます。元々は安全保障などの観点から国の政策として宇宙インフラの整備が始まり、それに関連した“モノづくり”の分野が長らく主流でしたが、やがて技術は民間に転用され、テクノロジーが大きく進化しました。官民問わず1万以上の人工衛星が地球を周回するようになった現在では、宇宙利用による新しいサービスの創出、つまり“コトづくり”が大きなトレンドとなっています」

それらを可能にしているのが、人工衛星の小型化、高機能化だ。いまや人工衛星は手のひらに載るほどの超小型サイズのものもあり、通信速度や画像などのデータの解像度、その取得頻度も飛躍的に向上している。

「日本では約20年前から世界に先駆けて小型衛星の研究開発が始まっており、技術面では世界をリードする存在です。得られるデータ量は抜群に増え、打ち上げのコストも下がった今、データサイエンスやIoTの分野で培われているテクノロジーや手法での課題解決が宇宙ビジネスの中心になっていくことは必然。もはや宇宙ビジネスはアイデアや行動があれば、小学生でも実行できる時代なのです」

近年、世界的に勢いを増しているアップストリーム事業(写真はイメージ)

さまざまな分野で広がる宇宙データの利活用

データを機にした宇宙ビジネスは、ロケットや人工衛星を開発して運用することと比較して、投資した資金の回収が比較的短期間でできることも利点の一つだと神武教授は言う。

「人工衛星を打ち上げなくても、さまざまな宇宙データを手に入れることはできます。そして、日本の衛星データを中心にさまざまなデータを分析・可視化することができるプラットフォーム『Tellus』やGoogle社の『Google Earth Engine』を利用すれば、無料でそれらのデータを分析したり、可視化したりすることができる時代です。例えば、ロケットをはじめとする宇宙に行くことに関するビジネスの場合、研究開発を始めてから実を結ぶまでに10年以上かかることもあることを考えると、参入のハードルは高くないことが分かると思います」

では、具体的にはどんなサービスが模索されているのか。

「私が手掛けているものの一つとして、カンボジアやインドの農家が銀行からお金を借りられるようにするサービスがあります。その地域の農家の方々は銀行口座を持っていないことが多く、収入や支出について金融機関がそれを把握する手段がないために金融サービスを受けられないという課題があります。それに対してそれぞれの農家の農地の様子を把握することができる衛星データを用いて、農地のリアルタイムな状況や自然災害のリスクなどを把握し、その地域での農作物の市場価格に関するデータなどと組み合わせることで農家ごとの収入や返済できなくなるリスクを総合的に判断することができるのです」

また、スポーツにも宇宙データは有効活用されている。

「特にトップチームで活用されていますが、屋外で行われる多くのチームスポーツでは、ユニフォームや練習着の背中の上部にポケットがあり、そこにGPS受信機を入れて、試合や練習の際に選手の位置情報や動きを把握しています。それによって、選手のスプリント回数や運動量などを数値で解析することができます。例えば、私が関係しているラグビーの場合、そのデータを活用して選手の疲労度を考慮した的確な指導によるけがの防止や戦略の立案にも活用し、実際、けがの発生を抑えることができています。その知見を活用して、人間のみならず放牧牛の位置や運動量から体調管理に役立てる取り組みなどにも私たちは関わっており、宇宙から地球を視るような俯瞰的な視点を持つことで、さまざまな分野の課題解決を共通の考え方や手法で行うことが可能だと感じています」

ラグビーのGPS受信機の活用を応用した体調管理を放牧牛にも応用(写真はイメージ)

他の事例では、海面の温度から魚の回遊エリアを予測することで遠洋漁場の効率化に役立てたり、北極地域の海氷をの様子を把握し、予測することで海運の安全と輸送時間短縮などに役立てたりなど、さまざまな取り組みがなされているという。

ただし、宇宙データの活用を今後推し進めていく上で、今後はさらに多種多様な衛星データが必要とされていくという。

「ご存じのように、衛星は地球を周回してあらゆる地域を観測しています。ただし、1機の衛星で観測できる範囲やタイミングは限られています。それが100機、1000機と増えていくことで観測できる範囲や頻度が向上します。日本でJAXAや民間企業が年間10機、20機というペースで衛星を打ち上げている間に、巨大な資本を持つ米国のスペースX社などのような会社が、100機、1000機と打ち上げていく時代になってきています。日本の衛星のデータは“質は高い”傾向にあるものの、世界的に見れば“量”もないと勝負できないというのが実状です。そういう意味では、思い切った戦略を策定し、実行していくということが重要で、技術力、資金力、そして、独創的なアイデアとそれを実現する技術力や資金力、国を超えた企業や政府との競争力、共創力が必要だと思います」

宇宙サービスを俯瞰して見られる人材育成が急務

今後、さまざまな分野との連携による新たなサービスが生まれていくであろう宇宙ビジネス。もう一つの大きな課題が「多様な人材の不足」だ。

「宇宙ビジネスというと、打ち上げの際の映像のインパクトがあるロケットというイメージが強く、例えば、難しい数式を解けるエンジニアでなければ宇宙ビジネスに関われないと思われているところがありますが、そんなことはありません。インターネットビジネスに関わる全ての人が通信プロトコルを理解しているエンジニアではないのと同じで、多様な人材が必要とされています。また、宇宙ビジネスに関わられていない方に宇宙ビジネスのことを理解して頂くということが重要で、その反対も重要だと思います。つまり、宇宙ビジネスに関するリテラシーを持つ方が増えて、自然に宇宙ビジネスを話題にできるようになることが大切だと思います」

例えば、宇宙ビジネスで今求められている人材の一つが、宇宙ビジネスに関する国際交渉のための法律の専門家だという。

「衛星の打ち上げや活用には複数の国が関わりますから、宇宙ビジネスに関する法律が国内外に存在します。しかし、例えば、国際的に制定されている宇宙ビジネスに関する法律については、国の間での紳士協定に過ぎないものも多く、そのルールを守らなくても罰則があるわけではありません。そのような状況では、日本の宇宙ビジネスの発展や国家安全保障の面でも、法律を熟知した専門家による交渉はとても重要です」

例えば、慶應義塾大学には日本で唯一の「宇宙法研究センター」がある。ただ、そこで修士号や博士号の学位を得る修了生は年間数10人程度であり、米国や欧州、中国ではその10倍、100倍の同様の人材が輩出されている。宇宙ビジネスに関するルールを熟知し、ルールに基づいた交渉や、ルール創りに関わることができる専門家を増やすことも日本が宇宙ビジネスで世界を牽引するためには重要なことだ。

日本もエンジニアのみならず法律家などの多様な宇宙専門家の育成が急務である(写真はイメージ)

また、別の観点で必要とされている人材が、宇宙ビジネスを俯瞰的に考えられる人材だという。端的に言えば、目的に対してさまざまな要素を組み合わせて適切なものを組み合わせて創り出せる人材のこと。それには、宇宙技術や宇宙データを必要に応じて取り入れることができる能力が必要になる。神武教授が教鞭を取っているシステムデザイン・マネジメント研究科では、まさにそうした人材の育成に力を入れている。

「私の研究室には数多くの国内外の宇宙ビジネスに関係する企業や組織から、宇宙ビジネスや宇宙システムを俯瞰的に考えられる人材を紹介していただけないか?というと問い合わせがあるくらい、そのような人材が必要とされていて、その育成が急務だと感じています。今までできなかったこと、難しかったことができるようになり、容易に実現できるようになってきている時代。物事を俯瞰的に捉えられる人材を育て、ユニークな宇宙ビジネスをダイナミックに生み出していくことができば、日本にはとてもチャンスがあると感じています」

地上から遠く離れた場所であり、何かと難しく捉えてしまいがちな宇宙ビジネスだが、「実は既存のテクノロジーや知識との掛け算をする思考力と、アイデアを実現する国を超えた行動力こそが重要」だと神武教授。それは、宇宙に対するイメージを180度変えてしまうほどのインパクトがある。宇宙ビジネスとは関係のない人が、宇宙ビジネスと既存のビジネスを考えていく。そして、より大きなビジネスへと展開していく。宇宙は既に、想像以上に身近な存在である。これからの宇宙を起点としたビジネスがさらに発展することを大いに期待したい。

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