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観光DXの新潮流

兵庫・城崎温泉は“共存共栄の精神”で観光DXを推進し、経営を改善!

地域一帯の強固なおもてなし戦略でデータ集約・活用を達成

観光DX推進には、宿泊施設と事業者をワンストップで結ぶ構造を地域サイトやAPI化で構築させることが必須である。しかし、実現には事業者間で異なる旅行者のデータを集約、地域全体で情報を共有するシステムの構築が必要だ。さまざまな経営理念を持つ事業者を誰が束ねるのか、それだけでも困難が予想される。兵庫県豊岡市の城崎(きのさき)温泉は全国に先駆けて成果を上げて、全国から注目を集めている。いったい観光DX戦略をどのように実現したのか。一般社団法人 豊岡観光イノベーションの一幡(いちまん)堅司氏に話を聞いた。
※…API(Application Programming Interface)はソフトウェアやプログラム、WEBサービス間をひもづけるインターフェース。APIを整え外部のソフトウェアやサービスでその機能を利用可能にすること
(メインおよびカルーセル画像:豊岡観光イノベーション)

観光DXを加速させた松葉ガニの高騰とコロナ禍

駅を玄関口とすれば、メインストリートは廊下、立ち並ぶ旅館は客室、土産物店は売店、7つある外湯は大浴場──。

大正~昭和の文豪・志賀直哉の小説「城の崎にて」の舞台として知られ、個人経営の風情ある中小旅館が立ち並ぶ城崎温泉は、あたかも“街全体が一軒の旅館”のように一体となって、独自のコンセプトで運営。

豊岡市役所より出向し、観光地域づくり法人(DMO:Destination Marketing/Management Organization)・豊岡観光イノベーション(TTI: Toyooka Tourism Innovation)で地域の観光活性化に取り組む一幡氏は、その独自の取り組みを解説する。

城崎温泉街は円山川の支流に沿って旅館や外湯などが連なっている

画像提供:豊岡観光イノベーション

「例えば、趣の異なる7つの外湯で利用できる共通パス『ゆめぱ』をはじめ、荷物を預ければ宿まで運んでくれる駅前案内所のサービス、天気が急変したときに使える置き傘『みんなの傘』などの取り組みで、街ぐるみで観光客をおもてなしする環境を整えています」

「ゆめぱ」は、パスに記載のQRコードをかざすことで7つの外湯を自由に往来できるほか、QRコードで入出湯状況を管理、外湯ごとの混雑具合をオンライン上で見える化することで、観光客は空き具合をリアルタイムで確認しながらスムーズな外湯巡りができる。こうしたデジタル活用を、同地では観光DX推進以前から実施していた。

「ゆめぱ」を介し取得した7つの外湯の利用状況

資料提供:豊岡観光イノベーション

また、2019年より設置された「みんなの傘」は、個人や旅館所有の傘ではなく城崎温泉内にいる人は誰でも利用でき、ライドシェアなどに代表される「シュアリングエコノミー」の発想を、観光地でいち早く取り入れた取り組みともいえる。

「みんなの傘」は100軒以上ある旅館や施設、住民が一体で取り組んだおもてなしの一環。城崎温泉らしい柳をイメージした上品かつこだわりのデザインは、SNS映えすると評判に

画像提供:豊岡観光イノベーション

城崎温泉でこうした独自施策が次々と行われてきた背景について、一幡氏は「城崎温泉は開湯1300年以上の歴史がありますが、観光客を受け入れ始めた頃から、このような“共存共栄の精神”が浸透していたと聞いています」と話す。

「その精神が明確になったのは、1925(大正14)年の北但大震災からといわれています。このときマグニチュード6.8の烈震により、外湯も旅館も商店も含めて街全体が壊滅的な被害を受けました。復興に際して当時の城崎の人々は自分の土地を1割ずつ町に寄付し、それを元に道を広くするなど町のグランドデザインから作り直したという歴史があります」

観光DX推進は事業者の理解・協力が高いハードルになる場合もあるが、「城崎温泉はもともとある共存共栄の精神が働き、既に半数近くの施設との連携が完了しました」と一幡氏

画像提供:豊岡観光イノベーション

今でも街が抱える難題に立ち向かうため、共存共栄の精神が引き継がれている。その例が、地域を代表する冬の味覚・松葉ガニ(ズワイガニ)の高騰とコロナ禍だ。

「松葉ガニは城崎温泉にとって重要な観光資源です。関連施設の中には年間売り上げの約半分を占めるところもあり、高騰による客離れが深刻な問題になっていました。さらにコロナ禍も追い打ちをかけました。先々の不安が高まる中、城崎の事業者が集まり話し合われたのが『城崎全体で売り上げがどうなっているのか』『カニの販売価格や宿泊料金の平均はどうなっているか』など、街全体のデータを把握することが重要だということでした」

こうした話し合いから、事業者たちが情報を提供し合い、街全体のデータを把握するためのシステムを作る必要があると考え、豊岡市とTTI、旅館組合、各観光協会から成る豊岡観光DX推進協議会を中心とした観光DX推進事業が始まった。

宿泊施設の各種データを共有し、データ収集基盤を構築

城崎温泉は古くから家族経営による中小規模の旅館が多く、現在の経営者も家業を引き継いだケースが多い。城崎温泉には、そんな経営者とこの地で起業した若手経営者で組織された城崎温泉旅館経営研究会(二世会)があり、「ゆめぱ」の導入促進にも貢献した。

今回、観光DX推進事業においても、まず、二世会の主導で何を実現したいのか意見を出し合うワークショップが開催された。

「ワークショップでは切実な問題から夢物語のような理想まで含め、さまざまな意見が噴出し、最終的に約50項目にまとめられました。この意見をTTIが整理し、現状と課題を協議会で共有。繁忙期や閑散期の需要に応じた料金設定、客単価の向上、人的資源の適切な配分・管理などの課題を解決するため、城崎温泉全体の状況を見える化するプラットフォーム『豊岡観光DX基盤』の構築に取り組みました」

豊岡温泉DX基盤の構築と、観光DX推進事業の全体イメージ。宿泊施設ごとに異なるPMS(Property Management System:顧客予約管理システム)の集約・統一が求められた

資料提供:豊岡観光イノベーション

豊岡観光DX基盤は、各旅館のサイトやOTA(Online Travel Agent:オンライン旅行代理店)を介した予約の日程や人数、売り上げ、1泊2食などの宿泊形態、予約者の居住地域などの情報を収集。それらのデータから城崎温泉エリア全体の予約状況などを見える化。「数カ月先の需要や城崎全体と自社の稼働率まで予測できるシステムになっています」と一幡氏は話す。

このプラットフォームの導入でタイムリーな宿泊データの把握が可能になり、協議会加盟宿泊施設はこの基盤のダッシュボードから得られるデータを通じて、エリア全体と自社の状況を比較し適切な経営戦略を立てられるようになった。

豊岡観光DX基盤のダッシュボード画面。「データから先々の稼働率を予測し、その時期の宿泊プランの単価を見直したり、城崎全体の稼働率が低い月に休館日を増やし、光熱費などのコスト削減につながった事例などが報告されています」(一幡氏)

資料提供:豊岡観光イノベーション

「ダッシュボードでは個人情報を除外し、かつ宿泊施設を特定できないよう処理された情報が閲覧できます。情報は城崎温泉全体の合計値と平均値でエリア全体の需要や供給に関するデータとなっており、事業者がデータを基に自社のポジションを確認し、適切な価格設定などができます。また、自社と同規模の宿泊施設5軒分のデータと比較するような機能も活用できます」

データ収集基盤を城崎温泉全体のマーケティングに活用

観光DXは宿泊施設の経営改善のほか、バックオフィス業務の軽減にも役立っている。OTAでの価格帯のチェック作業が短縮でき、補助金申請などの際に必要なデータ整理の負担が軽減されたという。

また、一幡氏は観光DXのメリットは「旅館だけでなく、DMOの観光地マネジメントにも及んでいる」と話す。

「これまで城崎温泉全体の状況把握には、1カ月以上遅れて出てくるアンケート調査などの結果を見て把握する状況でしたが、今ではほぼリアルタイムで把握できます。そのデータを基に適切な広告展開も可能になりました。宿泊者の居住地域や人数に合わせてWEB広告を地域別で効果的に展開する戦略が可能になり、例えば東京でのクリック率が増加したなどの成果が得られています」

2021年度より旅館のデータ収集を開始。現在、収集データをリピーター獲得に生かすCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)対策につなげるため、メールマーケティングを展開している

資料提供:豊岡観光イノベーション

さらに、観光DXの次のステップとして、地域アプリ「豊岡市スマホ観光ナビ」の展開も開始した。

「豊岡市スマホ観光ナビ」の画面イメージ

資料提供:豊岡観光イノベーション

「アプリは飲食店や土産物店で使えるクーポンや、竹野海岸や神鍋(かんなべ)高原など市内のさまざまなスポットを巡るスタンプラリーなどの機能を備えています。2023年1月の稼働開始以来、利用人数は増え続け豊岡市内の周遊に役立てていただいています」

データ収集基盤が整備されたことで、例えば夏休みシーズンの城崎温泉で平日に毎日行われている花火の効果を分析するような取り組みもすでに実施されており、一幡氏は「今後はデータをさらにしっかり分析し、エリア全体の集客につなげていきたい」と抱負を語る。

観光DX推進全般に関する今後の課題

資料提供:豊岡観光イノベーション

「2025年には大阪・関西万博が控え、このエリアのインバウンド需要が増加する可能性があります。海外のお客さまにとって城崎温泉は、浴衣を着て、下駄を履いて風情のある温泉街を散策できること自体が魅力として認識され、街全体が一つのコンテンツとして評価されていますので、その魅力を海外向けの広告展開で訴求するなど、さまざまな施策を考えています。そして、万博終了後に効果や因果関係をデータで分析し、未来の施策に生かしていきたいですね」

全国各地の観光協会などからの視察も増え、観光DXの先進事例として注目を集めている城崎温泉。

共存共栄の精神が根付いていたことも含めて、城崎温泉の取り組みが各地での観光DX推進に大きなヒントとなることは間違いない。

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