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特集
観光DXの新潮流

テックとカルチャーの街・渋谷がDXで生み出す新たな観光体験

渋谷区観光協会が取り組むデジタルマップによる新スポット開拓

観光DX推進において、観光事業者は地域のデータを統一し、API化に向けた体制を構築することで集客につなげる施策を進めている。その一つとして、“観光客の情報”を集約しリピーター獲得を目指す一方、“観光地の情報”を集約したデジタルマップを活用し、観光活性化を目指す取り組みも見られる。一般財団法人 渋谷区観光協会は、こうした観光DXを推進することで新しい観光体験の創出・提供に挑戦している。そうした取り組みの詳細と展望を、同協会の小池ひろよ事務局長に伺った。
※…API(Application Programming Interface)はソフトウェアやプログラム、WEBサービス間をひもづけるインターフェース。APIを整え外部のソフトウェアやサービスでその機能を利用可能にすること

観光領域×デジタルに感じた可能性

新型コロナウイルスの感染拡大も落ち着きを見せ、訪日観光客によるインバウンド需要も復調しつつある。

そんな中、訪日観光事業のレッドオーシャンである東京にある変化が起きた。

2022年に東京都が行った調査によると、都内で最も訪日観光客が訪れた場所に、浅草や銀座を差し置いて、渋谷が初めて1位に躍り出たのだ。

東京都「令和4年 国・地域別外国人旅行者行動特性調査報告書」より。2022年4~12月に訪日客が都内で訪問した場所(複数回答)は渋谷58.4%、新宿・大久保50.3%、銀座48.8%、浅草42.5%という結果に

この躍進の要因は、ライブハウスやクラブ、ミュージックバーなど150超のエンタメ施設が存在し、区内で育まれた独自の文化が、国際的な評価を得た結果と見られ、渋谷区観光協会で事務局長を務める小池氏も次のように話す。

「アーティスト、クリエーター、ファッション、音楽などなど、渋谷カルチャーを代表する産業の活性と多様性がこの街の魅力として多くの方にワクワクを感じていただけているのかなと思います」

小池氏は、旅行比較サイト「トラベルjp」を運営する株式会社ベンチャーリパブリックの経営企画・広報をはじめ、トラベルテックの国際カンファレンス「WiT Japan」立ち上げに参画。その後、一般社団法人 シェアリングエコノミー協会の事務局次長やスペースマーケット社長室の兼務を経て、2018年に渋谷区観光協会に参画した。

「渋谷区観光協会は、官民協働による観光振興を目指して2012年に設立されました。国際文化観光都市・渋谷の実現に向けて、国内だけでなく海外からの観光客にとって魅力的な街づくりに取り組むことを目指し活動しています」

都内で渋谷に訪日観光客が最も訪れるようになったことについて、小池氏は「一概には言えない部分もありますが、スタートアップやテック企業が多い渋谷ならではの土壌が寄与しているのでは」と考えている

画像提供:渋谷区観光協会

小池氏の着任当時、同協会は五輪・パラ五輪東京大会開催に向けた訪日客への対応が急務の一つだった。その取り組みは、世界的な企業のオフィスも置かれ、最先端のテクノロジーやカルチャーを発信し続ける渋谷ならではの観光戦略や、小池氏が携わってきたシェアリングエコノミー文化の台頭による活用も念頭に置かれ進められた。

「観光の領域でも、モビリティや宿泊など、いろいろなプラットフォームを介したサービスの余地が見いだされていましたし、シェアサービスを活用しながら渋谷という街を多角的に楽しんでもらえるような施策は一つ、目指すところであったと思います」

渋谷区観光協会のユニークな点は、民間企業出身者のみで構成されているという点にもある。ベンチャー企業のように軽いフットワークと意思決定の速さで、観光協会のトップダウンではなく商店街などの地域団体とのコミュニケーションを重視しながら、観光振興に取り組んでいる。

紙で届け切れない情報を網羅したデジタルマップ

同協会による観光DXの一つが、2021年より提供が始まった「渋谷区デジタルマップ」の作成・活用だ。渋谷区ほぼ全域のグルメやレジャー、ナイトスポットといったジャンルごとにレイヤーによって表示されるスポットが変わり、目的に応じたスポットの検索が可能になっている。

「トラベルjpやWiT Japanでの経験もあり、旅行や観光業界の打ち手の一つとして“オンライン”“デジタル”には大きな可能性を感じていました。その第一歩として、観光に欠かすことのできない地図をデジタルで整備する施策に着手しました」

「渋谷区デジタルマップ」は、スマートフォンのブラウザ上で閲覧可能なデジタルマップ。シンプルなUI(User Interface)で、「食べる」「遊ぶ」「体験」などのレイヤーごとで掲載スポットが切り替わり、クリックすると詳細情報、ルートなども表示される

それまでにも、いわゆる「観光マップ」として紙の地図は作成されていた。しかし、紙には大きさと情報量に限界がある。そのため、渋谷区の中でも特にニーズの大きい渋谷駅周辺や原宿・表参道などのマップ提供にとどまっていたという。「恵比寿や代官山、代々木上原といった、渋谷駅周辺以外にも魅力的なエリアが点在する渋谷をもっと情報発信したい」という思いもあり、デジタルマップで紹介することにした。

「グルメやフォトスポットといった切り口だけでなく、渋谷ならではの特徴を生かしたスポット選定にも注力しています。例えば、グルメカテゴリーでは『ヴィーガンフレンドリー』のマークを開発し、ヴィーガンやアレルギーなど食への配慮が必要となる方向けの食事を提供する店舗に活用いただくなど、それらの店舗情報を掲載しています。また、世界でここ渋谷にしかない著名な建築家やデザイナーによって設計されたインクルーシブな公共トイレ『THE TOKYO TOILET』の区内17か所を掲載しています」

渋谷区では、誰もが快適に使用できる公共トイレ「THE TOKYO TOILET」を設置しており、渋谷区デジタルマップには全17カ所の公共トイレの位置・情報を掲載。今後はインバウンドにも観光スポットとして足を運んでもらいたいと考え、現在ツアー化も検討中

デジタルマップ作成には、デジタルビジネスを構造的にデザインするDX事業を運営する企業であるボールドライト株式会社が提供するツール「プラチナマップ」を活用。スタンプラリー機能なども付加され、渋谷を舞台としたアニメや映画の“聖地巡礼”に活用されることもあるという。

「地域での試みとしては、2022年3月に行った西原商店街(京王新線幡ヶ谷駅前、甲州街道より南側に広がるエリア)スプリングフェアが象徴的な事例です。デジタルマップを使った景品付きスタンプラリーや、電子クーポンの配布を行いました。開催時期はまだコロナ禍だったこともあり、紙のクーポンやリーフレットの配布による接触をできるだけ避けられるデジタルマップは相性がよかったと思います」

デジタルマップで西原商店街の各店舗の情報が確認できる。「商店街には高齢の方も多くいらっしゃいますが、スマホにトライしてみるきっかけになったという声もありました」(小池氏)

街の商店街単体でDX施策を打ち出すことは、コストやノウハウの面からもハードルが高い。観光協会が提供しているデジタルマップをベースとした企画は、地域の負担を減らす一助にもなったのではないか。街の情報を充実させる上でも、地域をまとめる商店街などとの連携は、観光協会にとって非常に重要であると小池氏は語る。

「そこに暮らす方々や商店街の方が日々どのような課題を感じているのかを知り、その解決に向けた施策を一緒に考える…。国際文化観光都市を目指す一方、渋谷区観光協会では、ローカルという地域にも目を向けながら行政・民間と共に手を取り合って取り組めるようになっていると感じます」

デジタルマップ活用による観光DXの推進は、渋谷駅周辺にとどまらず、区内に多く点在する商店街というスポットの情報を集約・発信することで、渋谷の“新たな観光体験”の扉を開くことも実現させたと言えるだろう。

情報とテクノロジーが集積する街・渋谷から観光DXを促進

渋谷区の観光DXは確かに先進事例といえる部分も多い。こうした取り組みを他の地域へと広げる取り組みなどはあるのだろうか。

「2021年に『LOOK LOCAL SUMMIT』というカンファレンスを企画・開催しました。“地域のつながりが、ニッポンの観光のミライを変える”というテーマのものでしたが、DXについても取り上げる場面はありました。渋谷の取り組みをナレッジとして共有したり、『うちの街ではどう使えるかな?』と考える参加者の方もいらっしゃいました。そういった意味では、渋谷が実証実験の場としての役割を果たす道もあるように感じました」

今後もデジタルマップをはじめとしたツールやプロダクトなど、DXによる観光振興に取り組んでいく渋谷区観光協会。

デジタルマップの新たなアイコンとしてLGBTQフレンドリーな店舗やスポットの掲載検討や、モビリティ事業者と提携して、「THE TOKYO TOILET」を巡るツアーなども構想しており、渋谷ならではの切り口を打ち出していきたいとしている。

渋谷区は2024年1月に「DIG SHIBUYA 2024」を開催。渋谷が国内外のテクノロジー企業やスタートアップにも注目されていることを鑑み、最新テクノロジーを絡めたアートカルチャーを身近に感じられる体験型イベントで、国内外からの集客が期待される

資料提供:SHIBUYA CREATIVE TECH実行委員会

「区内企業をはじめ、スタートアップとの連携も観光振興事業にとっては重視すべきポイントだと思います。観光協会単体ではどうしても開発しきれないサービスやプロダクトも多いですし、民間の力を借りることで実現できることの幅も広がります。こうした企画を通して、渋谷区を訪れる皆さんにとって便利で、新しい観光体験を提供していきたいですね」

本特集の記事が示す通り、地域のマーケット拡大にはモノを域外へ売るか、域外の来訪者の消費を促すかの2択であり、後者=観光分野では、デジタルテクノロジーの活用による新たなサービスや事業者の参入・拡大が期待されている。

城崎温泉のデータ集約による集客戦略、渋谷のデジタルマップの活用のように、今後も全国でデジタル人材が育ち、DXはさらに加速するに違いない。

競争は激化するだろうが、訪れた人がどれだけ快適に過ごせて「また来たい」と感じられるか。

DXを通じて素晴らしい旅行体験を提供できる可能性も、デジタルテクノロジーの活用に秘められている。

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