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世界のエネルギー事情 2024

どうなる、2024年の世界のエネルギー事情

早稲田大学・平田竹男教授と考える世界のエネルギー事情

中国やインドなどを中心にエネルギー需要が高まる中、持続可能な社会の実現のために化石燃料からの脱却が強く求められるが、紛争などにより世界はエネルギーの安全保障が喫緊の課題になっている。欧州の脱ロシア依存、ガザ紛争で揺れ動く中東情勢などが世界と日本のエネルギー安全保障にどのような影響を及ぼすのか──。早稲田大学資源戦略研究所所長の平田竹男教授に聞いた。

欧州で進むロシア産エネルギー依存からの脱却

UAE(アラブ首長国連邦)で開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約 第28回締約国会議:2023年11月30日~12月13日)では、化石燃料からの脱却が最大の焦点となり、欧米が「段階的な廃止」を強く求めた。だが、産油国などの反対により協議は難航。成果文書には「公正かつ秩序立った公平な方法でエネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却を図り、2050年までに(温室効果ガス排出の)実質ゼロを達成する」という、妥協色の濃いものになった。

このCOPについて、平田氏は「3つのE」をポイントに解説する。

「エネルギー戦略は、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境(Environment)、つまり平和、経済、エコの同時達成が理想です。ですが、その時々の世情次第でバランスが変わり、COPにおいてもセンセーショナルな合意には平和と経済の安定が必須です。しかし現在は、平和も経済も不安定で2024年のCOP29は開催地すらなかなか決まりませんでした」

COP29の開催地はアゼルバイジャンの首都バクーに決まったが、決定に至るまでにはロシアのウクライナ侵攻が大きな影を落としていた。COP29は東欧で開催されることが予定されていたが、ロシアがEU加盟国での開催に反発。開催地決定が大幅に遅れていた。

エネルギー安全保障を脅かした最大の要因、ロシアによるウクライナ侵攻について、平田氏は「最悪の時期だった」と振り返る。

「ロシアは2022年2月に全面侵攻を始めましたが、その時点において既にエネルギー価格は高騰していました。というのも、2021年末の欧州は厳冬に加え異常気象で風力が弱まるなど再生可能エネルギー(以下、再エネ)による発電量も減少していたからです。2022年末から年明けは結果的に暖冬に助けられましたが、欧州のエネルギー安全保障への心配は尽きません」

2020年のEU主要国のロシアへの依存度。石油は英11%、仏0%、独34%、伊11%。天然ガスは英5%、仏27%、独43%、伊31%。ドイツとイタリアの依存度が高く、侵攻の影響を色濃く受けたと言える

資料提供:平田竹男(World Energy Balances 2020、BP統計、EIA、Oil Information、Cedigaz統計、Coal Information 出所に基づく)

EU主要国は化石燃料供給におけるロシアへの依存度が高く、2022年5月、欧州委員会はロシア産化石燃料からの脱却計画「リパワーEU」を発表し、脱ロシアのエネルギー供給安定化を進めてきた。特に重要なのが“天然ガスの確保”とされてきた。

「天然ガスの輸送はパイプラインを通すか、LNG(液化天然ガス)に加工して運ぶかの二択です。EU主要国はこれまでロシアからのパイプラインに依存し、特にドイツではLNGの貯蔵・気化施設はありませんでした。そこで2022年12月に急ピッチで建設、2023年は脱ロシアへ大きな一歩を踏み出しました。こうした動きからLNGの重要性が高まり、結果的に天然ガス輸出国であるアメリカやカタールが利を得た構図です」

しかしEUで脱ロシアが図られたとはいえ、平田氏は「ロシアは今後も世界の原油価格の主導権に大きな影響力を持ち続けるでしょう」と指摘する。

「かつて原油生産で世界シェアを圧倒したOPEC(Organization of the Petroleum Exporting Countries:石油輸出国機構)もアメリカなどの非加盟国がシェールオイル増産で台頭し、影響力に陰りが見えました。しかし2016年にロシアを中心とした非OPECの産油国と連携するOPECプラスが設立され、再び世界の石油生産の過半数を握りました。この新たな枠組みにより、ロシアがサウジアラビアと共に強大な生産力を有し、発言力も増しています」

「エネルギー自給率が低く、LNG輸入国である日本も、エネルギー安全保障の観点でロシアとのコミュニケーションの在り方を改めて考える必要があるでしょう」(平田氏)

2023年11月、OPECプラスは原油価格を調整するための会合を開くも協調減産の合意に至らず、一部の国が2024年1~3月の生産量を減少するにとどまった。また、2023年12月には輸出産業の9割を石油関連が占めるアフリカの産油国アンゴラがOPEC離脱を表明した。

こうした動きが、ロシアの影響力が強いOPECプラスの石油市場への影響力にどう左右するかも、今後注視すべきポイントだろう。

脱アメリカが進む中東とガザ紛争の影響

欧米や日本によるロシアへの経済制裁の一つが「金融の核爆弾」とも言われた国際決済システムからの締め出しだ。SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会)はロシアの金融機関を情報システムから遮断、ロシア企業は貿易の決済が困難になった。しかし、この制裁は侵攻の長期化によりアメリカにダメージを与える可能性があると平田氏は話す。

 「今、ロシアと中国は原油取引を人民元建てで行い、中国とサウジアラビアも人民元建て取引を協議中と報じられています。産油国のリーダー的な存在のサウジアラビアが脱ドルに応じると、とても大きなインパクトになるでしょう」

サウジアラビアでは、近年はドル離れのほか外交面でもアメリカ離れが鮮明になりつつある。2023年3月には長年対立してきたサウジアラビアとイランが外交関係正常化で合意し、これを中国が仲介したことが話題となった。

「エネルギーにおいてドルを経由しない取引ができ、中東和平においてアメリカを経由しない和平が成り立ってきていることが大きな時流になっています。そしてこれはサウジアラビアだけでなく、イスラエルのイスラム諸国の外交にも当てはまります。2020年にUAEと国交が正常化され、バーレーン、スーダン、モロッコと続きました。中東情勢は大きく変わったと言えます」

しかし現在、イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム武装組織ハマスの軍事衝突が、国際平和に暗い影を落としている。

2023年12月、スーパーメジャー(国際石油資本の大手6社)の一角、英BP(The British Petroleum Company plc)は中東・欧州間の船舶運航においてスエズ運河を迂回(うかい)すると表明。これはハマスとの連帯を掲げるイエメンの武装組織フーシ派の船舶攻撃による紅海の治安悪化に端を発する。石油タンカーやLNG輸送船はアフリカ大陸南端・喜望峰経由の遠回りを余儀なくされ、今後、原油相場と天然ガス価格の上昇が懸念される。

このように紛争の影響が中東各地で拡大すると、世界のエネルギー安全保障は大きく揺らぐことになる。ロシアからの石油、天然ガス供給も不安定な現在、中東不安によるこれ以上のエネルギー安全保障への悪影響は絶対に避けたいところだ。

2020年の世界各国の石油輸出量・生産量・輸出量。上位10カ国のうち、中東地域はサウジアラビア、イラク、UAE、イラン、クウェートの5カ国。天然ガスもカタールが3位に入り、埋蔵量の上位10カ国では4カ国が入っている

資料提供:平田竹男(BP、EIA出所に基づく)

2020年の世界各国の天然ガス埋蔵量・生産量・輸出量。石油輸出量では2位だったロシアは天然ガス埋蔵量・輸出量で1位。生産量1位のアメリカに対し2倍近い輸出量だ

資料提供:平田竹男(BP、EIA出所に基づく)

「ガザ紛争がかつての中東戦争のようになる可能性は、個人的には薄いと思っています。イスラエルとサウジアラビアの国交は正常化していませんが、ビジネス上ではつながっています。サウジアラビアは国営石油会社サウジアラムコが上場していますし、国際金融界に属しています。国際金融界に属すということは、ユダヤとつながりを持ち、アラブとユダヤの会話のルートがあるということです。2024年は、このルートがガザ紛争の拡大防止に貢献してくれることを願います」

日本経済とエネルギー安全保障の鍵を握るもの

2022年度の日本の電源構成比は石炭が27.8%、LNGが29.9%と、この2つが主電源となっている。日本のロシア産エネルギー依存度は高くないものの、ウクライナ侵攻以降、エネルギー価格の高騰に苦しんできた。

「現在、日本はオーストラリアやアメリカ、インドネシア、マレーシアなど供給先を多様化していますが、ロシアによる侵攻以降の価格高騰、アメリカのLNG製造施設の火災、円安などにより、燃料確保に大きな出費を強いられました。今年も脱ロシアでLNG需要が高まる欧州の情勢などが、日本へ大きな影響を及ぼすと思われます」

エネルギー戦略で日本が優位性を保っている点について、平田氏は「世界でも傑出したLNGと原子力発電のインフラ」と解説する。

「日本はLNG先進国で、北海道から沖縄まで津々浦々に貯蔵・気化施設があります。施設建設には莫大なコストがかかりますが、日本には十分に施設があり大きな強みになっています。しかし、近年は中国や韓国、台湾、インドが輸入量を増やしている上、欧州も輸入拡大が予想されます。さらに円安も加わり、日本が買い負ける可能性があります」

「原子力発電は国民の理解が必要ですが、日本のエネルギー安全保障の現状を考えると非常に重要なインフラだと思います。昨年12月には原子力規制委員会が柏崎刈羽原子力発電所について『かなりの改善が見られる』と一定の評価を示し、これが大きな一歩になることを期待しています」(平田氏)

LNGの世界的な需要拡大、長引く紛争などを考慮すると、日本のエネルギー安全保障において、自給可能な再エネに対する期待は大きい。しかし、それには国民の理解や法整備が進まない限り普及拡大は難しい、と平田氏は指摘する。

「風力発電では洋上風力への期待が高まっています。日本列島は洋上風力のポテンシャルがあり高い伸びが期待できますが、漁業への影響が不安視され、思うように設置が進んでいません。また、日本は豊富な地熱資源を持っていますが、温泉資源の保護や国立・国定公園の規制などにより、地熱発電の普及も進んでいません。

日本は再エネへの高いポテンシャルをまだ発揮しきれていません。これはエネルギー会社など民間企業の力だけで解決できるものではないですから、法整備を含めて国・行政が担うべき問題だと思います」

日本の再エネは現在、2012年に導入された固定価格買取制度により、太陽光発電の普及が拡大した。しかし、太陽光発電には発電量が天候に左右されるなどの課題もある。そのため、平田氏は今後の日本のエネルギー戦略において「先進的なバッテリーの開発事業の発展が鍵を握るでしょう」と解説する。
※…繰り返し放充電可能な二次電池(蓄電池・充電池の総称)

「発電量が定まらない太陽光や風力の弱点は“蓄電”することで解決できるはずです。バッテリーは送電線の負担を軽減し、EV(電気自動車)の走行距離や充電時間にも大きく影響します。そのため日本のエネルギー安全保障はもちろん、日本経済が世界へ打って出るためにも有用なバッテリーの実用化が重要なポイントになると思います。

しかし、バッテリーには触媒に用いられるレアメタルの確保という問題があり、脱レアメタルが課題です。レアメタルフリーのバッテリー開発や資源のリサイクルに注力するべきでしょう。現在、次世代エネルギー分野では水素、アンモニアなどを用いた発電が注目されていますが、大事なことは『今、この大変な状況をどうするか』だと思います。レアメタルフリーのバッテリーなどは国内の研究機関でも研究・開発が進んでいます。まずは、それらをいち早く活用できる状況を整えることが重要だと思います」

不安定な情勢が続く欧州や中東だけでなく、日本をはじめ他の地域にもエネルギー情勢を揺るがす要因はいくつもある。

本特集第2週では、その一つであり化石燃料への依存からの脱却と再エネ利用を国家レベルで推進する、大国インドの最新エネルギー事情に迫る。

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