特集
3.11復興のエネルギー

震源地に最も近い街・宮城県石巻のシンボル【後編】

牡鹿半島の古民家再生──みなぎる復興のエネルギー

最新鋭のトロール船に最新設備が整う魚市場など、石巻から世界へと発信されている震災復興。後編では、牡鹿半島での古民家再生などプロジェクトから生まれる新たな人の流れをレポートする。

牡鹿半島に新風を吹き込んだ古民家復興プロジェクト

石巻漁港での取材を終えると車で南東へ約40分、奥田さんのぜひとの推薦で牡鹿半島へと足を延ばした。

半島の西部、大原浜。ワカメ漁が盛んなこの浜の高台に2017年4月22日にオープンした「牡鹿半島 食堂いぶき」(以下、いぶき)は、主に緊急災害支援を目的とする一般社団法人OPEN JAPANが「古民家再生IBUKIプロジェクト」として築約80年の古民家を修復した、リノベーションカフェのような施設。

牡鹿半島の浜は震源地に非常に近く、この高台の古民家も津波に襲われたが奇跡的に流されずに残った。

現在、この食堂を切り盛りするのは、OPEN JAPAN副代表の堀越千世さん。お店には隣浜の「割烹民宿めぐろ」(以下、めぐろ)の2代目 目黒繁明さんと、仙台出身で牡鹿半島に移住した美術家の太田和美さんが遊びに来ていた。

堀越さんはというと、2011年3月からボランティアスタッフとして週末だけ牡鹿半島に通う生活を1年続けた後、2012年4月のOPEN JAPAN法人化に合わせて移住したという。

「こちらに来たときに目にした光景からは、これは街の再生は無理なんじゃないかと思ったほどでした。仕事が終わってから乗り合いの車で石巻へ向かったんですが、朝方に着いてみると、街全体がほこりっぽくて茶色くて、瓦礫だらけで。ですから、とにかく目の前のことをやるという状況でした」

写真中央が「牡鹿半島 食堂いぶき」(以下、いぶき)の堀越千世さんで、1976(昭和51)年、埼玉県生まれ大阪・東京育ち。左は「割烹民宿 めぐろ」(以下、めぐろ)の目黒繁明さんで1973(昭和48)年生まれ。仙台で会社勤めの後「めぐろ」を引き継ぐ。右はめぐろの名物としてメディアにもよく登場している「HOYAPAI女将」に扮する太田和美さん(写真下)で、1988(昭和63)年生まれ、仙台市出身。東京造形大卒で、震災後に牡鹿半島へ移住した

この再生された古民家の隣にある集会所が、ボランティアが寝泊まりする施設になっていたこともあり、堀越さんは牡鹿半島に入る。そこで、OPEN JAPANの代表 吉村誠司さん(当時、現在は顧問)から古民家再生プロジェクトのことを聞かされるが、「正直『できるの!?』という感じで」と当時の気持ちを打ち明ける。

集落のほとんどが全壊の中、ここだけが残っていた状況だった。この古民家について大原浜育ちの目黒さんがストーリーを教えてくれた。

「このあたりが牡鹿町と言っていた時代の、町長さんの家だったんです。町長さんになる前は、学校の校長先生を務めた方で、私の父も教え子でした」(目黒さん)

「そうそう。町長の教え子という方が、結構来てくださるんです。よく生徒さんをお家に招いていた方だったみたいで、『懐かしい』って」(堀越さん)

太田さんはそんなストーリーを知ってか知らずか、よくお店にやって来ては居心地良さそうに、堀越さんが「お気に入り」という襖絵前のテーブルでノートPCを開いているのだとか。

「ここ、牡鹿半島では貴重なWi-Fiが通じているんです。気兼ねなくコワーキングスペースとして使わせてもらってます」

この襖絵は、ペインティングユニットGravityfreeが描き下ろしたアート作品だ。

太田さんも三陸の特産物ホヤに着想を得た自身の作品「HOYAPAI」という作品を被り「めぐろ」の“HOYAPAI女将”というキャラクターとして県内外でアート活動を行っている。

「私、自然と共存しないことは大嫌いなんです。でも、今回の震災では、沿岸部を防潮堤で覆い隠してしまった。せっかく『いぶき』もできて、金華山観光も復活したのに、本当ならきれいな海の景色を見ながらドライブできるようにそこまで考えて計画するべきだったんです。それが、今こういう現実になってしまったこと。今回は仕方なかったかもしれないですが、南海トラフ地震など自然災害が想定されているところやこれからを生きる人たちにくみ取ってもらえるよう、目にしやすい、楽しめるアートで伝えていきたいです」

ほんわかとしているようでいて、太田さんは震災の負の遺産に対する思いを創作活動のエネルギーに変えている。

逆に目黒さんは、「いぶき」でボランティアの方々と話すことでいろんなことを吐き出すことができ、それが癒やしになってまた頑張ろうというエネルギーになっているという。

「『めぐろ』も津波被害を受け、東日本大震災における『アーキエイド』という建築家による復興支援ネットワークの活動をきっかけにリニューアルしているんです。元々は宴会メインの施設だったんですが、その際に思い切って宿泊メインに業態変更したんです。それもやっぱり、ボランティアさんたちとここでいろんなお話しができたこと、それが自分の心を次のステップへと持っていってくれたんだと思います」

そんな目黒さんのコメントに呼応するように、堀越さんは「いぶき」のこれからについて語ってくれた。

「この古民家再生プロジェクトは企業や個人のご支援を頂いて丸4年かけて少しずつ形にしていったんです。もちろん企業さんの大口のご支援も頂きましたが、中には毎月のように数千円ずつ寄付してくださる方もいらっしゃったり。そういう人の思いで出来上がってて、これは最低でも10年はやんなきゃだめだねって。そしてまた似たような人が、施設が増えてくれば、支援してくださった方や地元に恩返しができるのかなと思っています」

オープンした昨年の夏は、「リボーンアート・フェスティバル 2017」(後述)などで観光客も多く訪れたが、普段は「地元の方が心配してよく来てくださるんです」と堀越さんは笑う。地元のおじいちゃん、おばあちゃんのお茶っ子会も月に2~3回開催し地元のコミュニティーの場としても活用されている

堀越さんの友人だという世界的に活躍するペインティングユニット、Gravityfreeの2人が1週間くらい泊まり込みで描いてくれたという襖絵が堀越さんのお気に入り。こちら側は「金華山黄金山神社」(きんかさんこがねやまじんじゃ)の弁天様が描かれており、裏面はシカが描かれている

くじら竜田揚げ&秘伝のとりから定食(1200円)と、カキフライ定食(880円)。牡鹿半島の鮎川浜は近代捕鯨発祥の地として知られ、この半島では鯨肉が非常に身近な食文化として根付いている。また、牡鹿半島の万石浦(まんごくうら)は垂下式カキ養殖の発祥の地としても著名

「めぐろ」は、震災からの復旧時に宿泊メインにリニューアル。2階には海側に3部屋、山側に4部屋の客室と檜風呂、1階に夕食・朝食をとる宴会場と浴場を備える

「めぐろ」の夕食の一例。25年前の創業以来の逸品「キンキのみぞれがけ」は、二度揚げされているので骨まで食べられる。ほか、小渕浜の名産ワカメのしゃぶしゃぶなどこれだけのおいしい夕食と朝食付きで1人7560円~はリーズナブル!

みちのく潮風トレイル

「めぐろ」に一晩お世話になった翌日、取材班は奥田さんから帰京前にもう一箇所どうですかとすすめを受け、再び半島の西部へ25分ほど車を走らせた。

今朝、出発した大原浜からなら10分ほど北上したことになる荻浜。ここは昨夏、「ap bank fes」を含め51日間にわたって石巻全域で開催された「リボーンアート・フェスティバル 2017」のメーン会場の一つとなった浜だ。

その浜を見下ろす高台に立つ築60年の古民家が、「やまのゐ」(やまのえ)として再生中。手がけているのは、一般社団法人おしかリンク 代表理事の犬塚恵介さん。犬塚さんは前出のアーキエイドが活動を終えたあともそのまま牡鹿にとどまることを選んだ。

愛知県岡崎市のご出身で、以前は建築の設計士として会社勤めをしていた。

「東日本大震災をきっかけに、建築のスキルを生かして復興に役立てられないかと情報収集をするうち、アーキエイドの活動を知って、2012年9月に牡鹿半島に入りました」

一般社団法人おしかリンク 代表理事の犬塚恵介さんと、移住後に誕生した2歳5カ月の愛娘・そらちゃん。再生中の古民家を背景に

そして、2015年2月にはおしかリンクを立ち上げる。“牡鹿半島の暮らしが牡鹿半島らしくずっと続くように、人と人、人と地域、地域と地域をつなぎ、空き家や山林などの地域の使われなくなった資源を活用して地域の方々とヨソ者をつなげる”企画を手がけている。

犬塚さん自身、移住組でこちらで結婚し、お子さんも生まれた。

「牡鹿半島の漁師の皆さんは、それぞれが一人親方みたいなものなので、自分の腕一本で生きてきたという人がわんさかいるんですよ。たくましいんですよね。生き方が本質的な気がします。そういう暮らしや生き方に、自分も加わりたいなと思ったんです」

そうやって少しずつ増えていっている空き家再生プロジェクトと、これから連携を考えていきたいと構想しているもう一つの取り組みがある。

東日本大震災からの復興を支援する「グリーン復興プロジェクト」として環境省が推進している「みちのく潮風トレイル」だ。今回の特集で最初に取材に訪れた釜石も含む青森県八戸市から福島県相馬市まで、東北の太平洋側の海岸線を結ぶ700kmを超えるロングトレイルコースとして整備するという壮大なもの。

トレイルコースとなる道の選定は環境省が行うが、すべてを直接整備することはできない。また、主に旧道であるため、中にはどこが道かも分からないくらい荒れ果てているところもある。そういった道の整備は、現地のボランティア団体などの協力が必要不可欠であり、おしかリンクやその仲間たちで自主的に整備を進めている。

「牡鹿半島の浜の文化はいろいろ発信が進んできていると思うんですが、みちのく潮風トレイルを通じて山にも人の流れを作れればいいですね。一気にというよりも、繰り返し来ていただいて少しずつ踏破する中で、空き家を再生した施設で地域の暮らしも体験してもらえればいいなと考えています」

こうして石巻では、外に向けては最新設備の整った魚市場という強力な発信と、その受け皿として万単位のボランティアという外からの力を借りて復興されつつある牡鹿半島という、エネルギーの循環のようなものを感じることができた。

取材の最後に期せずして釜石までつながる道にたどり着いたことも、東北地方に集まり、また東北地方で増幅・発信されている、復興のエネルギーの循環が見せてくれた偶然だったように思われる。

みちのく潮風トレイルとして整備中の旧道。道を片付けて道標を打つなどの整備を行っているが、関東圏のハウスメーカーなど、企業の新人研修としても活用してもらっているという

「リボーンアート・フェスティバル 2017」のメーン会場の一つだった荻浜。イベントは隔年開催が予定されている

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