特集
人体アナトミア

「朝型」「夜型」は遺伝子で決まる!? 開拓進む睡眠研究の今

体内時計や睡眠を決定づける「遺伝子」の存在——研究の先に見えるものとは何か

2017年、サーカディアン・リズム(概日リズム、体内時計)を生み出す遺伝子とそのメカニズムを発見した米国の博士3人がノーベル医学・生理学賞を受賞した。彼らの研究によって、体内時計と生活サイクルの不一致が、健康障害にもつながるのではないかということが明らかになってきている。その中でも、いまだ解明されていない部分が多いのが、睡眠の仕組みについてだ。そこで、今回は、体内時計、そして睡眠について探求する東京大学大学院医学系研究科の上田泰己教授に、その研究の先に見えてくるものが何なのか、話を聞いた。

細胞レベルに備わる体内時計の仕組み

「生活リズム」や「睡眠」は、人間の健康状態に大きな影響を及ぼすとされている。昔から睡眠不足や夜型の生活は不健康だと言われるが、特に「睡眠」については、実は科学的にまだ解明されていないことが多い分野でもある。

こうした睡眠に関する研究を行っているのが、東京大学大学院医学系研究科でシステム生物学を専攻する上田泰己(うえだひろき)教授だ。もともと、人間の概日リズム(約24時間周期で変動する生理現象)をつかさどる「体内時計」の研究をした後、現在は睡眠時の脳の働きについて研究を進めている。

そもそもこの「体内時計」とは、実際のところ、どういった仕組みなのだろうか。上田教授は次のように説明する。

「われわれの体の中にある細胞の大半には約24時間周期の『概日時計』、いわゆる『体内時計』が備わっていると言われています。体内時計の仕組みそのものは大体分かってきていて、それぞれの細胞が行う代謝や神経活動、免疫といった働きは、朝、昼、夜の時間帯に応じて変わるようになっています。つまり、人間が基準としているような時計がなくても、細胞の中にはおよそ24時間を自然に刻むことができる仕組みが備わっている、ということです」

システム生物学・合成生物学を専門とする上田教授は、体内時計の研究から発展し、今は睡眠の研究に注力している

「これは『時計遺伝子』と呼ばれる約10種類ほどの遺伝子によって引き起こされています。詳細な仕組みについてはまだいくつかの説がありますが、それぞれの遺伝子が活動するために必要なエネルギー、つまりタンパク質がある一定量蓄積されたところで何らかのイベントが起きるとされています。例えば、おなかがすくとか眠くなるといった一定周期の反応が見られるようになると考えられているのです。そのため、現在は遺伝子を調べることで、その人が朝型か夜型か、ということも分かるようになってきました。特に、朝型サイクルの人は、明確に遺伝子が関係していると言われています」

体内の細胞は約24時間周期でそれぞれ時間帯によって異なる活動をしており、この体内時計の中枢となるのが脳内にある視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる器官だという。視交叉上核は体内の標準時をつかさどっており、この部分が病気などで正常に機能しなくなると体全体のリズムがおかしくなってしまうことで知られている。

視交叉上核は目から入る光情報に応答し、全身の体内時計を統合すると言われている。ちなみに、個人の遺伝子検査は難しいが、さまざまな質問に答えることで、体内時計のタイプを推測できるツールもあるようだ

参考:東京都教育委員会 子供の教育支援プロジェクト指導用スライド教材II「生活リズムの確立のために」p4より引用

朝型人間、夜型人間も個性の一つ

このようにして人間には体内時計が備わっており、「朝型人間」「夜型人間」というのも、環境的な要因だけでなく、ある程度遺伝的な影響が認められるようになってきているのだ。そうなると、体内時計と生活スタイルがズレてしまったときの健康被害も気になるところだ。

「朝型や夜型については、あくまでもその人の“個性”と考えた方がいいでしょう。ただ、朝型の人が夜の仕事に従事していたり、逆に夜型の人が早朝の仕事に従事していたりするといったミスマッチはあり得ます。体内時計はまだ基礎研究が進んでいる段階なのではっきりとは言えませんが、免疫の活動などにも関わってくるので、健康面で影響を受けることもあるかもしれません。また、定時に起床できない、眠れないといった体内時計のリズムを24時間に合わせることができない“概日リズム睡眠障害”については、病気であると認められています。

また、私たちの研究ではないのですが、動物実験レベルではあるものの、決まったリズムで活動させたマウスに比べて、常に体内時計を早めて“時差ボケ”させたマウスは寿命が短い、といった結果も出ています」

レム睡眠は必要ない? 謎の解明がPTSDやうつ病治療を変える

上田教授は「体内時計がどう時間を刻んでいるのか?」という研究を進めた後、2009年ごろから研究の主軸を「睡眠覚醒リズム」に移した。というのも、先述の時計遺伝子に相当するような睡眠遺伝子や睡眠物質の正体は、多くの謎に包まれていたからだ。

当時は「どの遺伝子の作用で生物は眠るのか?」ということすらも分かっておらず、実験をするには時間がかかり過ぎる。そのため、上田教授は研究スピードを速めるために、まずは新しい技術を確立。その結果、2018年には長い間解明されていなかったレム睡眠(※注)をつかさどる“レム睡眠遺伝子”を発見することへとつながった。

(注)レム睡眠:Rapid Eye Movement Sleepのことで、脳は起きているような状態にもかかわらず、体は寝ているという睡眠状態。人間の場合、1日の10%がレム睡眠状態と言われている。このときに夢を見る確率が高くなるとも。

「今回発見したレム睡眠遺伝子は、もともと学習能力に関わる遺伝子として、研究者の間では知られていました。私たちは、その遺伝子を欠損させたマウスをつくり、その成長過程を見守る実験を行ったのです。すると、レム睡眠を全くしないマウスが育ち、ほぼ普通に成長したことに驚きました。というのも、これまでレム睡眠は、生物が生きていくのに必要不可欠と言われていたからです。今後、こうした実験を続けていけば、レム睡眠の役割もより深く分かっていくと思います」

上田教授は、皮膚や臓器が透明化される「透明化試薬」の技術を開発。一つ一つの細胞をいっせいに観察することができるようになり、研究速度を速めることに成功した。

参考:上田泰己教授「全脳・全身透明化の先に見えてくること」p15より引用

上田教授らの研究により、これまでベールに包まれていた「睡眠」についての謎が少しずつ明らかになってきた。今後さらに、睡眠に関わる遺伝子の特定や仕組みの解明が進めば、医療分野においてはどのような可能性が出てくるのだろうか。

「最近分かってきたのは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病の患者さんに、レム睡眠が悪影響を及ぼしている場合があるということ。レム睡眠の頻度が減ったことと相関して、症状が改善したという例があります。今後、レム睡眠の仕組みが解明され、意図的に制御して減らすことができれば、PTSDやうつ病の治療に結びつくかもしれません。

また、われわれが特定した遺伝子は神経系に関わるものが多いので、精神的な病気に対する新たな治療の糸口になるとも考えられます。『睡眠』を一つの窓口として、脳の状態をしっかりと見ることで、病気の診断や治療につながっていくことに期待しています」

パーキンソン病(脳の異常によって体の動きに障害が表れる病気)の患者に「レム睡眠行動異常症」といった症状が見られることがあるなど、睡眠時の変調が病気のサインとして表れることもあるという。「睡眠」や「生活リズム」に悩む人も多い現代。医療分野への福音をもたらす可能性にも期待を込めて、睡眠研究の急速な進展を望みたい。

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