特集
“イノベーション×フィールド”最新研究施設

宮城県から全国へ!水産業の未来はITが切り開く

【イノベーション×海】ソフトウェア開発会社 アンデックス株式会社

IT技術の進化により、製造業やサービス業だけでなく、一次産業も確実にアップデートが進んでいる。例えば農業では、気温の管理から種植えの時期の見極めまで、データを読み解き共有することで収穫という結果に結び付ける例も数多く報告されている。では同じ一次産業でも水産業はどうか?イノベーションを生み出すフィールドに注目する特集の第2回は、宮城県で行われている取り組みから“水産×IoTの今”をリポートしつつ、これからの可能性を探る。

震災で変わってしまった海が漁師の経験を惑わす

ITと水産業をいかにして結び付けるか──。

仙台市でソフトウェア開発を手掛けるアンデックス株式会社は、開発ノウハウは持っていても水産業の知見を持たなかった。システム開発部に所属する鈴木宏輔リーダーは、「未開の地であり、そこにやるべきことがあると考えた」と言う。

発想はあっても手段を持たなかった同社は、まずは“海に対する知恵”を求めることからスタート。IT企業らしく、ヒントをインターネットに求めた。

「調べたら、はこだて未来大学の和田雅昭教授がマリンITに取り組んでいることが分かりました。かつて水産商社に勤務した経験を持つ弊社代表がSNSを介して連絡すると、“とにかく会いましょう”と。すると和田教授が高校時代まで仙台で育ったこと、さらに代表と同じく高校球児だったことが分かり、すっかり意気投合したのです」

そんな偶然の巡り合わせが2014年のこと。そのころ、すでに和田教授は北海道・留萌でマナマコの漁業・漁獲における資源管理にITを取り入れるなど、結果を出し始めていた。

アンデックスで「水産×IT」のプロジェクトを牽引する鈴木宏輔リーダー。開発当初、漁業の多岐にわたる漁師の方々の意見をまとめるのに苦労したそうだ

「和田教授が取り組んでいたのは、例えば漁師さんにiPadを配布し、独自アプリの『デジタル操業日誌』を利用してマナマコの漁獲と戻し分を管理することです。ホタテ養殖現場の海で水温を観測するユビキタスブイも教授が開発されていました」

アンデックスは、まずはこのユビキタスブイを借り受けるが、その時点で、それを使うための道筋はついていなかった。

「水産業関係者にルートを持たなかったわれわれは、県水産漁港部に活路を求め、幸いにも宮城県全域の漁協に呼び掛けることができました。ユビキタスブイを使って何ができるか相談したい、と」

塩竃で行われた勉強会には、地元の漁師はもちろん和田教授も出席。ITを水産業に取り入れることで広がる可能性などが話し合われた

宮城県の漁業士会は、気仙沼管内、石巻管内、塩竃管内と大きく3エリアに分かれる。アンデックスの呼び掛けに反応したのは、その中の漁業士会南部支部(塩竃管内)の漁師たち。特にカキやノリといった養殖水産業を営む漁師たちが興味を持ったという。

日本の漁師はエリアごとに漁協に所属している。しかし、基本的には個人事業主であり、それは養殖水産であっても変わらない。家ごとに培ってきた経験があり、それに基づく養殖方法が漁師の数だけあった。

そんな経験が通用しなくなる出来事が8年前に起きた。2011年3月11日に発生した東日本大震災で津波に襲われた宮城県沿岸部の海は、その様子を一変させ、それまでの漁師の経験が通用しないものとなる。

「それはヒアリングの中で漁師たちが教えてくれたことです。例えば、海底の泥が攪拌(かくはん)されて状況が変わったとか、岸の形状が変わり流れも変わったとか。それによって、積み上げてきていた知識が通用しなくなりました。だからこそ、こういったユビキタスブイなどを導入し、“データをしっかりと取り、活用していきたい”というのです」

漁師の協力のもと、東松島の海に浮かんだユビキタスブイ

和田教授が開発した観測ブイ「ユビキタスブイ」。水温などを計測するセンサ、データ送信部、電力源を持つ。水温センサの取り付け位置は目的によって変動し、ブイを係留するロープに取り付ける。ノリなら水深20cm程度、カキは水深2m程度だ

特に30~40代の比較的若い世代の漁師の声が多かったそうだ。

彼らから聞こえたのは、「自分の子供たちが漁師になりたいと言ってきたとき、しっかりと引き継ぐノウハウを今から築いておきたい」という思いだった。

漁師の経験を数値に置き換える

一緒に水産業のIT化に取り組む漁師が現れると、彼らが求めているものは何かを知るためのヒアリングが進められた。

「コミュニケーションを繰り返す中で、彼らが必要とするデータは水温と塩分濃度の優先順位が高そうだということが分かってきました」

ノリ育成の様子。海水に漬けることと、引き上げることを繰り返しながら育てていく

例えばノリの養殖は、水温や塩分濃度の変化に応じて行う作業が決まっている。それゆえ、以前はアナログで水温を計測していた。作業の合間に1日に2度、船を出して海上の養殖筏(いかだ)まで足を運ぶのだ。

「ノリにとって最も大切なのは、毎年9月20日ごろから3週間ほどの育苗期間だそうです。そのときが一番緊張した日々を過ごしているらしいですね。ある漁師の方からは、急激にノリが枯れてしまうことがあると聞いています。塩分濃度の急変が原因だったそうです」

ノリの養殖は、四六時中、海水に漬けるわけではなく、1日3時間ほどは海水面より上げて干す。その作業を繰り返すことで成長が促されるという。

また、養殖現場は川の近くにあることが多い。山から流れてくる栄養をたっぷりと含んだ川の水があることで、良いノリが育つのだ。

「例えば、大雨が降ったとします。その雨は何日かかけて川に流れ込み、さらに時間をかけて海にたどり着きます。すると次第に川に近い部分の塩分濃度が変化します。その兆候が分かれば対策もできますが、何もしないでいると塩分濃度の下がった海に漬かっていたノリは、ダメージを受けてしまうのです」

水温センサと塩分濃度センサが備わったICTブイ

「和田教授からお借りしたユビキタスブイで実証実験を行いながら、海洋モニタリングのサービス化を検討していました。そこで問題となったのが、計測したデータを通信モジュールを介して送信すること。そこに関しては弊社に知識がありませんでした。そんなとき、復興支援室を作って被災地で活動していたNTTドコモさんとつながることができ、協業することになったのです」

ICTブイには水温センサと塩分濃度センサが備わり、得られたデータはクラウド上にアップロードされ、アプリ「ウミミル」を経由して、ほぼリアルタイムで観測することができる。

「水温については急激に変化するということは少ないのですが、塩分濃度はガラッと変わることがあるそうです。『ウミミル』をチェックするようになって、急な濃度変化による枯れなどの心配が減ったと漁師の皆さんに言っていただけました」

海面で育つ塩竃のノリ。水温管理と塩分濃度管理が発育に、ひいては収益にも影響することになる

現在ではICTブイの実証実験を行った宮城県東松島だけでなく、北海道から沖縄までのさまざまな現場で、40基のICTブイが活躍しているという。そして、その中には収穫量が増えたという、うれしい報告もある。

「九州・有明のノリ漁師さんです。ノリの成長には水温と塩分濃度の管理が不可欠なことは塩竃と同じ。『ウミミル』でそれぞれのデータ管理が容易になったことで、成長サイクルをコントロールしやすくなり、その結果、収穫量が大きく上がったと言ってもらえました。こういった成功例が増えると、水産におけるIT活用の意味がますます実感を伴っていくでしょうね」

一方で難しさもあるという。

「先ほど『成長サイクルをコントロールしやすくなった』と言いました。つまり大事なのは“コントロールすること”なのです。例えば、水温が何度になったらノリを海水面よりも上に上げるのか、という見極めは漁師さんそれぞれが持っているノウハウです。それをシステムとして一般化したら、彼らは面白くないと思います。農業におけるITだと、『この時期に種をまきましょう』ということまで言う。でも僕らはあくまで“お手伝い”というスタンスです。ベーシックなデータは共通化しても、そこから先の“職人”的な部分は残しておきたいと思っているのです」

新たな世代の漁業の形を見つけるために

このようにIT化によって得られるデータをすぐに使いこなしたノリに比べ、カキは簡単な道のりではなかったという。

「元来データを活用していませんでした。『暖かくなるとカキは死んじゃう』とか、『あんまり冷たいと毒気をためやすくなる』といった程度。そんな中、以前からカキの養殖漁師が気にしていたのは積算水温でした。これが600度を超えると、カキは産卵を始めるのだそうです」

宮城県のカキの場合、春になって海水温が10度以上になると生殖細胞の分裂・増殖が盛んになる。このことから10度を基準として、それを超えた日々の海水温を積算し、T=600度に達した日を産卵開始の目安としている。

「その水温計測を、ノリの養殖と同じく1日2回、海に出てアナログで計測していました。実は宮城では本養殖はもちろん、種ガキの養殖も盛んに行われています。ここで養殖したものを、例えば広島に持っていき、そちらで本養殖させます。だからこそ、産卵のタイミングを見極めることが大事であり、そのための水温計測なのです」

鈴木リーダーが漁師に聞いた話では、「家の後ろの山にユリが咲いたら、カキの産卵が始まる」というものもあったそうだ。もちろん地形も変わるし、そんな言い伝えがあてにできないことも認識している。

アンデックスが開発したアプリ「ウミミル」のトップ画面(左)とグラフ画面(中と右)。トップ画面右下の「83℃」が積算水温。これがトータルして600度を超えるとカキの抱卵時期となる。わざわざ海に出て海水温を図ることなく、自宅にいながらチェックできると漁師に評判とのこと

「でも、そういう現場の声を聞けば聞くほど、汎用的なものを作るのが難しくなるのです。例えば、カキの養殖方法にしても宮城と広島では異なりますからね。そのような地域ごとのやり方全てに対応することはとてもできません。その結果、現時点でたどり着いたのは、『ベーシックなデータを正確に、迅速に見せよう』ということです」

そんな今のスタイルが普及することを望む漁師も、若い世代を中心に着実に増えていると鈴木リーダーは言う。

「だからこそ、今は年配の漁師の方々からのフィードバックが欲しいですね。それによって各個人で培ってきたノウハウの中で共有できるものと、できないものがあることも見えてくると思うのです。そして、世代が変わっていく中で、真実を少しずつ形作っていけば良いのではないでしょうか。

その先に新しい漁業の形が見えてくるかもしれません。僕らは、そのお手伝いができればいいと思っています」

全国に40基が浮かぶICTブイ。海上保安庁などにブイを納品するセナーアンドバーンズ社製で、水温計と導電率計を標準装備し、水温と塩分濃度が計測できる。さらにセンサを追加することで、ニーズに合わせたデータ収集が可能だ

アンデックスが、ITを活用した水産業への取り組みを始めてから丸5年が経過した。最近では海洋研究の現場からも引き合いがあり、それが研究者と漁師をつなぐきっかけにもなっているという。

データ活用でIT技術が貢献できることを、漁師たちと二人三脚で証明し続けること。それぞれの現場ごとの地道な取り組みと熱い思いが、水産業の新たな未来を切り開いていくのだろう。

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