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スポーツマネジメントの極意

言わない、褒めない、誘わない!俯瞰してチーム強化に徹することが監督の役割

卓球Tリーグ 日本生命レッドエルフ 総監督 村上恭和【後編】

1990年から日本生命女子卓球部監督、現在は日本生命レッドエルフ総監督として采配を振るっている村上恭和氏。その手腕が認められ、1996年には卓球女子日本代表コーチに、さらに北京五輪直後の2008年10月から8年間は監督に就任し、日本に待望のメダルをもたらした。後編では、その軌跡をたどると共に、約30年の監督経験を通して培った選手とのコミュニケーション方法や理想のチーム像について迫った。

ミッションを基に大戦略から戦術までブレイクダウン

日本生命女子卓球部監督に就任し、見事日本一となった1996年。村上氏は兼務という形で、卓球女子日本代表コーチに就任した。その後、2008年に行われた北京五輪が、監督人生においての次なる転機となる。
※【前編】の記事はこちら

前大会の2004年アテネ五輪までは、男女シングルスと男女ダブルスの4種目が実施されていたが、北京五輪より男女ダブルスに代わり、男女団体戦が実施されるようになったのだ。

「北京五輪の女子団体戦、日本は4位に終わりました。私はコーチとしてその試合を見ていて、団体戦を勝ち抜くためには、チームとしてどう動くのか戦略を練り上げ、実行できる監督が必要不可欠だと感じたんです」

そして大会終了2カ月後の同年10月、村上氏自身に白羽の矢が立ち、卓球女子日本代表監督に就任することとなる。

村上氏に課されたミッションは、ずばり次回ロンドン五輪でのメダル獲得。1988年に卓球が五輪競技になって以来、一度もメダルを獲得できていないという歴史を背負い、「4年後のメダル」はまさに至上命令だった。村上氏はすぐに、メダル獲得というミッションから逆算して、策を練ったという。

「当時の世界における日本のレベルを考えると、メダルの可能性が高いのは、シングルスより団体。では、団体でメダルを取るにはどうすれば良いのか。トーナメント戦であることを考えると、決勝まで絶対強者である中国と当たらない第2シードを獲得できれば、状況はかなり有利になります。そのために、まずは日本を世界ランキング2位にもっていく必要がありました」

卓球では、代表チームの世界ランキングがそのまま五輪大会のシード権に反映される。当時の日本代表は世界ランキング6位。ここから4年以内に2位に押し上げ、その状態をキープしてロンドン五輪に臨むためにはどうすればよいか。そのための戦略の一つとして、ロンドン五輪のキーパーソンとなるであろう平野早矢香選手、福原愛選手、石川佳純選手の3人を選出し、世界各国で試合経験を積ませた。

「2週間海外でプレーして帰国。また2週間たつと海外へ、という状況を続けました」

選手らが積み重ねた経験は着実に実を結び、日本女子は世界ランキング2位へ躍進。そして迎えた2012年ロンドン五輪の女子団体で、日本代表は悲願の銀メダルを獲得した。

ミッションから大戦略、小戦略、戦術とブレイクダウンしていくことが成功の秘訣という

こうしてロンドン五輪で結果を出した村上氏は、さらに4年間監督を続投することに。次の2016年リオデジャネイロ五輪では、団体に福原愛選手、石川佳純選手、伊藤美誠選手を起用し、銅メダルを獲得。それまでの歴史を覆す、2大会連続メダル獲得という快挙を成し遂げた。

「チャンスは4年に一度。それを逃さず、日本代表が継続してメダルを獲得し続けるためには、出場選手3名中2名が前大会の経験者ということであれば、かなり有利ですよね。となると、3名の年齢差が4歳程度であれば、大会ごとに1人ずつ交代していくのが自然な形になり、理想的な流れとなります。当時、メンバーを選出するときには、そういった点も意識していました」

そう村上氏が話す通り、ロンドン五輪では、平野選手が27歳、福原選手が23歳、石川選手が19歳。続くリオデジャネイロ五輪では、福原選手が27歳、石川選手が23歳、そして平野選手に代わり、15歳の伊藤選手が出場した。これはもちろん、次なる2020年東京五輪も見据えてのことだ。

ミッションから逆算して今やるべきことを確定し、実行するのはもちろん、同時にさらにその先の未来も見据えた戦略を練り、粛々と推し進める。そういったところにも、村上氏の手腕が光っている。

大切なのは悪口を言わず、中立性を保つこと

これまで約30年にわたり、監督としてチームをけん引してきた村上氏。長らく、選手をはじめ、スタッフ、企業、協会など多くの人と関わる立場を続ける中で、良好な関係を築き、競技に集中するために工夫していることを聞くと、意外にもとてもシンプルな答えが返ってきた。

「悪口を言わないことですかね。もし私が誰かの悪口を言っていたとしたら、それを聞いた相手は必ず『自分もどこかで悪口を言われているのではないか』と思うでしょう。そうすると、信頼関係も何もないですよね」

自分の世界が広がれば、関わる人も多くなる。多くなるほどに、日々良いことも悪いことも起きて、普通ならばつい悪口の一つも言いたくなるものだろう。それを「絶対に言わない」というのはとても難しいことであり、だからこそ有言実行できる人間は、大きな信頼を寄せられるのかもしれない。

世界と戦えるジュニア選手の育成などを目的に運営されている「ジュニアアシスト卓球アカデミー」。トップチームで戦う早田ひな選手、皆川優香選手もアカデミーに所属している

「それと選手に対しては、怒りもしなければ褒めもしません(笑)。試合本番で『ナイスショット!』と声を掛けることはたまにあっても、練習場で『今のショット良かったよ!』なんて言うようなことは全くありませんね。いつも全体を俯瞰して、もし何か選手に指導すべき点が見つかれば、それは選手本人ではなくコーチに伝えて、コーチから指導してもらいます」

練習場にはいつも監督のげきが飛んでいる……といった状況を想像するかもしれないが、そこでの実際の村上氏は、驚くほど静かなのだという。

お互いに刺激し合える環境にするため、小学生からプロまでが同じ空間で練習している

「卓球は団体戦やダブルスもありますが、皆で一斉にプレーするチームスポーツとは違い、基本的に個人プレーの世界です。だから、普段は全員がお互いをライバル視している。そこでもし私がある特定の選手にだけ声を掛けたり指導したりすれば、いらぬ溝が生まれかねないんです。だからこそ、言い方が悪く聞こえるかもしれませんが、そこはコーチをうまく使って(笑)。彼らを通して選手たちをどう成長させ、チームをどう強くしていくのかが、私が考える監督の役割です」

村上氏と選手たちの距離感は絶妙で、例えばよくありがちなニックネームや下の名前で呼ぶようなことはせず、必ず苗字で呼ぶ。また、基本的に練習後や休日に選手と食事を共にすることもないそうだが、「たまに行くことがあれば、そのときは必ず全員を誘います。何かをするときは平等に。それができないのであれば、やらないというのがポリシーです」と笑う。

個性を際立たせて日本卓球界のトップチームに

既に理想とも言えるチームを作ってきたと思えるが、最後にこれから目指していくチーム像について尋ねた。

「個性的な選手がそろった、個性的なチームが理想です。決して各自の弱点を修正するのではなく、とんがった強みを、とことんまでとがらせること。そうすることで、一筋縄では攻略できないチームとなり、結果的に勝てるチームになると考えています」

現在参戦している新たな国内卓球リーグ「Tリーグ」は、1試合の出場選手が4~6名に決まっている。六人六様の武器を持ったチームとして立ちはだかれば、相手チームは各選手に対しての対策を講じる必要に迫られるというわけだ。

「うちは個性的な選手の集まりですが、さらにとんがっていきますよ(笑)」と村上氏

「だから今は、選手一人一人の個性をどのように伸ばすかをコーチと共に考え、実践しています。必然的に、練習メニューは各選手によって異なりますし、練習時間の大枠は決めるものの、中身は自由。どれぐらい動いてどれぐらい休憩するのか、細かい時間設定は各選手のコンディションに委ね、本人とコーチの裁量で決めてOKとしています」

横並びで同じことをしていたのでは、弱みも強みも全く同じになり、まるでコピーのような選手が量産されるだけ。それでは結果的に、チーム全体も一辺倒になってしまう。そういった考えを受けてチームの練習風景を眺めると、確かにそれぞれの選手が全く違う練習を行っているのが見て取れた。

昨年のTリーグ発足、来年の東京五輪開催と、今後ますます盛り上がりを見せるであろう日本卓球界。きっとその先をも見据えている村上氏の下で、日本生命レッドエルフというチームと個々の選手たちはさらなる成長を遂げるはずだ。その答えを目にすることも、そう遠くはない。

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