2017.7.12
深海の自然エネルギー研究が海底資源・地形調査の進度を変える
国立研究開発法人海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター研究員 山本正浩
深海の熱水噴出域で発電現象が自然発生している──。先日発表された海底の新たな自然エネルギーは今後どのような未来をもたらすのか。その研究を行う国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)海底資源研究開発センター・山本正浩研究員に話を聞いた。
深海熱水噴出域で電気が製造されている?
物質は原子からできていて、金属の原子は自由に動ける電子を持っている。その電子が流れることによって電流が起こり、電気が発生する。
「近年、その電子の流れの起きやすい条件が、深海熱水噴出域に整っていることが分かってきました」
こう語るのは、深海熱水噴出孔周辺における自然発生的な発電現象を実証したJAMSTEC海底資源研究開発センターの山本正浩研究員だ。山本研究員によると、この発見は偶然の産物がきっかけだったという。
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今回の発見について「全く予想されていなかった現象を確認した画期的な発見」と語る山本研究員
「当時、東京大学助教で電気化学、特に材料を専門に研究されていた中村龍平先生(現・東京工業大学教授)から、『深海熱水噴出孔の硫化鉱物を新しい材料にできないか?』という話がありました。そこで、深海から採取した硫化鉱物が電気を流すか実験してみたところ、それが驚くほどよく電気を通したのです」
この予想以上の結果に、山本研究員をはじめとする研究グループではある一つの疑問が浮かんだ。
「深海にこれほど電気をよく通す物質が広がっているのであれば、“発電していてもいいのではないか”という考えがぼんやりと持ち上がったんです」
2009年当時、恐らく誰も考えてもいなかったであろう“深海での自然発電の可能性”がひらめいた瞬間だった。
ところで、深海熱水噴出域とは一体何なのだろうか?
「海水が海底に染み込むと、地殻の熱によって温められます。温められた海水は体積が増えるので、浮力を得て上がろうとします。それが海底から噴き出してくるところが深海熱水噴出孔です。そして、海底には熱水噴出孔ができやすい条件、つまり染み込んだ海水が温められやすいポイントがあって、そこには熱水噴出孔が密集します。そこを深海熱水噴出域と呼んでいます」
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沖縄トラフの深海熱水噴出孔。これが密集する場所が深海熱水噴出域となる
画像提供:JAMSTEC
温泉をイメージすると分かりやすい。
地中で温められた熱水が地上に湧き出す現象が“温泉”となるわけだが、湧き出すところが海底でいう「深海熱水噴出孔」、草津や湯布院などの温泉地のように温泉がいくつも湧き出す場所が「深海熱水噴出域」となるわけだ。
深海熱水噴出域は、現在見つかっているものだけで世界中に500カ所以上あり、確認されていないものも含めると相当数あると考えられている。
「深海熱水噴出孔から噴出される熱水は、鉄、銅、亜鉛などの金属イオン(Fe2+、Cu2+、 Zn2+)と、電子を放出しやすい硫化水素、水素、メタンなどのガスを大量に含んでいます。そして海水には、酸素など電子を受け取りやすい物質が多いのです」
この熱水が周囲の海水によって急激に冷やされることで金属成分が析出・沈殿し、今回の研究のきっかけにもなった硫化鉱物が形成される。熱水噴出孔には硫化鉱物で円柱状の構造物が造られ、その先端から熱水が噴出するさまからチムニー(煙突)と呼ばれる。
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研究室の実験に用いられた深海底で採掘したチムニーの一部分。先端部分は硫化鉱物がまだ固まっていないため、崩れやすいのだという
「それまでの研究から、人工的に作った熱水噴出孔で熱水と海水にそれぞれ電極を挿して導線でつなぐとLEDが点灯することなどを確認しています。また、海底熱水鉱床の硫化鉱物が高い導電性を持つことや、化学反応の触媒活性を持ち電極として利用できること、熱水と海水を用いて深海で人工的な発電を行えることも分かっていました。この事実から、深海熱水噴出孔が“天然の燃料電池”として機能し、発電現象を生じうるのではないかという仮説を立てました」
電流が自然発生するメカニズム
そこで仮説の検証のために、JAMSTECの海洋調査船「なつしま」と無人探査機「ハイパードルフィン」により、深海熱噴出域の熱水鉱床表面の酸化還元電位(以下電位)の現場計測を行った。
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深海での実験に使用された「ハイパードルフィン」は、最大4500mまでの潜行が可能
画像提供:JAMSTEC
電位とは、物質の電子の受け取りやすさ、放出しやすさを示し、数値がマイナスに大きければ大きいほど電子を放出しやすく、プラスの数値ほど電子を受け取りやすいという特性がある。また、2つの物質の電位を測ったときの差が電圧であり、電圧が高いほど電流を流そうとする働きが強くなる。
「仮説が正しければ、電子は熱水からチムニーを通り、海水に伝わっているはずなので、熱水→チムニー→海水に向かって電位もマイナスからプラスに上がっていくはずでした」
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深海熱水噴出孔の硫化鉱物表面の酸化還元電位の図。灰色が硫化鉱物、ピンク色が熱水を表す
画像提供:JAMSTEC
実験は、まず沖縄トラフの伊平屋北ナツフィールドの“槍ヶ岳マウンド”と名付けられた深海熱水噴出孔において、キノコのような形を形成する硫化鉱物“フランジ”(上部画像の左)の測定が行われた。すると、【1】傘の下にたまった熱水の電位が-96mV(ミリボルト/1Vの1000分の1)、【2】周囲の海水の電位が+466±7mV、【3】表面(傘の上面)の電位は+49mVを示した。
「【1】と【2】から、熱水は電子をあげたい、海水は電子が欲しい状態にあるといえます。そして、【3】で表面の電位が熱水寄りの数値を検出したことで、熱水の電子がチムニーに伝わっていると考えられます」
続けて、深海熱水噴出域の発電の広がりを確認するため、伊平屋北アキフィールドの“HDSKチムニー”と名付けられた深海熱水噴出孔の計測を行った。噴出孔を測定した結果、熱水噴出孔の間近が最も低い数値を示し、孔から数mずつ遠ざかるにつれて、鉱物表面の電位はプラスの数値が大きくなっていった。
「この結果、チムニーのトップは熱水と海水を境界する硫化鉱物の厚みが薄いため電流のロスが小さく電圧が高い、反対にふもとに向かうほど硫化鉱物が厚くなるため電圧が低くなる、と考えられます」(上部画像の右)
次に、HDSKチムニーを中心に約150×150(m)のエリアで海底面の電位を測定。すると、熱水の放出が確認できない海域の鉱物表面でも比較的低い酸化還元電位(約+0.15~+0.30V)がしばしば示されたという。
「硫化鉱物は、酸化還元電位が+0.30Vより低い場合、海水中の酸素に電子を渡す反応が進行することが既に確認されています。そのため、海底熱水鉱床の広いエリアにおいて海底下から海水中への電子の受け渡しが行われている、と考えることができるのです」
これらの結果により仮説が証明されたかといえば、そうではないようだ。
「この時点ではチムニーの硫化鉱物がさびる過程、つまり硫化鉱物が持つ電子をただ海水に渡した酸化の可能性があります。熱水から硫化鉱物、海水へという大きな電子の流れが行われているということを証明しなければならないのです」
仮説と実証の繰り返し、飽くなき探求心が山本研究員を突き動かす。
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実験室での検証の様子。モニターには瞬時にデータが表示され、それを基に検証を重ねていく
海底面から採取した硫化鉱物試料の熱水および海水中における電気的な挙動を実験室で解析。
そこで硫化鉱物自体は電子を渡そうとする力はあまりないのに、熱水に浸すと硫化水素から電子を受け取り、その電子を海水に渡すことが明らかになった。つまり、硫化鉱物は熱水に触れて初めて電子を海水に渡す力を得ることが証明されたのだった。
「これらの結果から、活発な海底熱水噴出孔では硫化鉱物を介した電子伝達による電流が発生し、それが広い範囲で自発的に生じていることがようやく実証されました」
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深海熱水噴出域における自発的な発電現象の概念図。熱水中の硫化水素が硫化鉱物に電子を渡し、その電子は硫化鉱物中を流れ海底表面の海水中に含まれる酸素に移動する
画像提供:JAMSTEC
分散されている小さな発電を1カ所に集約して利用
深海熱水噴出域における自然発電の実証──。
これまで分子の拡散にのみ依存すると考えられていた深海のエネルギー・物質循環を覆すこの研究には、今後どのような可能性が秘められているのだろうか?
「まずは発電利用が考えられます。海底資源や地形などの調査で使われている自律型無人探査機(AUV)の多くは充電池で動いているため、探索が終われば船上で充電をしなければいけません。でも、深海熱水噴出域の発電を利用した海底ステーションを構築すれば、潜行したまま探査と充電を繰り返すことができるので、永続的な調査と探索範囲が広がる可能性を持っています」
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電気をエネルギーとする電気合成生物の存在の追及や、生命の誕生に電気反応が関係した可能性の解明などへの応用が期待されている
深海研究の発展に寄与する可能性について言及した後、“夢物語のような話”と前置きした上で、もう一つの可能性を語ってくれた。
「深海熱水域にはすごく分かりやすい形で表れているのですが、実は地上などの自然界にはちょっとした電位差がある場所が多く存在しています」
それは、地上でも深海底と同じく電気の自然発電現象が行われているということなのだろうか?
「そうです。温泉なども原理は同じですから。しかし、自然界に存在するわずかな電圧について、普段私たちは見向きもしていません。でも、わずかな電圧であれば割とどこからでも拾えるんですね。ですので、例えばもっと少ない電圧で動くデバイスの開発や、小さな電圧を集めて大きな電圧に変換することができれば、そこにケーブルとデバイスをつなぐことで充電することが可能になるかもしれません」
地球に眠るエネルギーを使って充電し、デバイスを動かす──。そうした未来は本当にやってくるのだろうか?
「この研究はまだ始まったばかりですが、いろいろな可能性を秘めていますし、そういったところにまで応用できればと思っています。そのためには、電力を持続的に取り出せる技術など、さまざまな開発が必要となりますが、それを有効活用できたときに、われわれはものすごい技術革新が起こると考えています」
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text:安藤康之 photo:大木大輔
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