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世界最速級を実現! 大気から直接CO2を高速回収するDAC(Direct Air Capture)はCNの切り札か?

東京都立大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授 山添誠司【前編】

世界中のあらゆる国や企業、機関が脱炭素に向けた取り組みを進めている。そうした中で注目されているのが、大気中にあるCO2を直接回収する技術「DAC(Direct Air Capture)」だ。昨年5月、東京都立大学はDACの分野で既存技術を大きく上回るCO2吸収効率を達成するシステムの開発成功を発表した。同システムを開発した研究グループの代表である山添誠司教授にDACの現在地、博士が開発したシステムの革新性について話を聞いた。

大気の脱炭素化が求められる背景

現在行われている脱炭素化施策は、そのほとんどがモノやサービスを供給する過程で排出されるCO2量の低減、もしくはゼロにするというものだ。

産業革命以降、排出量が増える一方だったCO2は地球温暖化の大きな要因であり、その排出を元から減らそうという取り組みが有益であることは疑う余地がない。

一方、DACは上記の方法と違ったアプローチで、大気中に排出されてしまったCO2を回収しようというシステムだ。

DACが難しいのは、わずか400ppm程度(大気全体の0.04%)とされるCO2濃度が低い大気を対象とするところにある。

「スイスのスタートアップ企業であるクライムワークス社やカナダのクリーンエネルギー企業であるカーボンエンジニアリング社などは独自にDACの研究開発を進めていますが、実用的な低コストシステムの確立には至っていないのが現状です。日本でも内閣府が2020年にムーンショット型研究開発制度の計画を策定し、DACの実用化に向けて動きはじめました。これからの脱炭素化社会に向けて間違いなく必要になる技術だと思っています」

こう語るのは、東京都立大学 大学院理学研究科 化学専攻の山添誠司教授だ。

元々は触媒を研究してきた山添教授。DACの開発に携わってからはまだ4年ほどという

ムーンショット型研究開発制度とは、既存技術の延長線上にない破壊的イノベーションの創出を目指して、挑戦的な研究開発を推進する政府主導のプロジェクトのこと。

目標の一つに「地球環境の再生」が掲げられており、DACの研究開発もその対象だ。各研究機関などは、現在さまざまなアプローチで大気からのCO2吸収に挑戦している段階にある。

CO2が常温で固体に

昨年5月、山添教授らの研究グループが開発に成功したのは「相分離を利用することでCO2吸収速度の向上と反応系からの生成物の分離を実現し、400ppmのCO2を99%以上の効率で除去できる」という新しいDACシステムだ。

アミン化合物(アンモニアNH3の水素原子を炭化水素残基R<アルキル基あるいはアリール基>で置換した化合物の総称)の一種であるイソホロンジアミンを使用するところに特徴がある。

一般的にアミン化合物とCO2が反応すると、カーバメート(カルボニル基を介してアミノ基とアルコール基が反応し、アミンの窒素とカルボニル基の炭素の間で新たな共有結合を形成した化合物)またはカルバミン酸という物質が得られることは古くからよく知られており、実際にアミン化合物をDACシステムに利用する試みは他大学や研究機関などでも行われている。

しかし、そこにはある課題があった。

「カルバミン酸は多くの場合、化学的に不安定で壊れやすく、せっかく吸収したCO2を放出してしまいやすいことが問題でした。そこで私たちは、CO2と反応することで“安定的な固体のカルバミン酸”を形成するアミン化合物に着目したのです」

固体ならCO2を安定して吸収・固定化できる上、水溶液から容易に取り除くこともできる。ちなみに複数の成分が混じった溶液などが、液体、固体などの異なる相に分離することは“相分離”と呼ばれ、この研究成果におけるキーワードの一つになっている。

試験管の下に沈殿している、白い粒子状の物質がカルバミン酸

山添教授らはさまざまな選択肢の中から固体のカルバミン酸を生成できるアミン化合物を調べ、イソホロンジアミンという物質にたどり着く。イソホロンジアミンは大気と同程度である400ppmのCO2を効率よく吸収できる物質であること、水溶液でもよく機能することを明らかにした。

「イソホロンジアミン自体は珍しい物質ではなく、それがCO2と反応して固体のカルバミン酸を形成することも他分野の研究では既に分かっていました。ただ、DACのCO2吸収材としてイソホロンジアミンが有用であることを証明したのは私たちが初めて。そこに本研究の成果があります」

これまでに研究されてきたアミン吸収法は工場から排出されるガスなど高濃度CO2の吸収に有効だったが、大気のような低濃度CO2の吸収には適していなかった。吸収効率は良くても90%程度で吸収量が多くなってくると徐々に吸収効率が下がっていってしまう。山添教授らによるイソホロンジアミンを使ったDACシステムでは99%の吸収効率を長時間維持することに成功。吸収速度も実装が進められている既存方式の3~10倍、近年報告されている新規のDACシステムと比較しても2倍以上のスピードだった。

カルバミン酸は水溶液中で60度に加熱すると液体のイソホロンジアミンに戻るため、連続してCO2を吸収できる

資料提供:山添誠司

優れた材料の発見は偶然の産物

どうやって、そのような物質にたどり着いたのか──。

さぞかしさまざまな化合物を試してみた結果だろう、と思い山添教授に尋ねると「実は、研究室の学生が別の研究実験をしていたときにたまたま『ジアミン化合物(分子内に2個のアミノ基<NH2>を持つ化合物)ならCO2を吹きかけるだけで、簡単に固体が作れますよ』と報告してくれたんです。実際に試してみると、確かにCO2を吸収したジアミン化合物が白い固体となって沈殿しました。実はよく知られた反応であることが後から分かったのですが、われわれにとっては偶然の産物でした」と経緯を教えてくれた。

しかもジアミン化合物の中でも特に吸収効率が良いイソホロンジアミンを試してみたのは、山添教授がDACの研究を始めた2019年10月からわずか2カ月後のことだ。

研究への情熱が招き寄せた幸運なのかもしれない。

有機化学からの知識を取り入れたことが今回の発見につながった

さらに驚くべきことに、水溶液に混ざった固体のカルバミン酸を60℃に加熱すると、一度吸収したCO2を窒素ガス中に全量放出し、液体のイソホロンジアミンに戻ることを発見した。

これはCO2を固体として持ち運べるだけでなく、気体として容易に回収できるということだ。

「カルバミン酸として固体のままにしておくなら可搬性が高いですし、気体にすれば地中に埋めたり、他の物質に結合させたりしやすくなります。これはDACの実用化を考えたとき、非常に有利な特性でしょう。また既存のDACシステムではCO2を放出するのに100℃前後の温度が必要なのに対して、今回のシステムは60℃という比較的低い温度でCO2を放出してくれるのも長所。DACはそれ単体だと“大気中のCO2を吸収してくれる”というだけで新たな利益を生み出してくれるものではないため、いかにコストを下げるか、いかに低いエネルギーで実現するかが鍵となるのです」

さらに99%以上のCO2吸収効率を保ったまま100時間以上吸収し続ける耐久性があり、CO2の吸収・放出を5回繰り返しても性能の劣化が認められないことも証明された。

イソホロンジアミンは他のアミン化合物と比較してやや高価だが、高効率なうえ、繰り返し利用できる。つまり採算の取れるDACシステムとなる可能性が示されたのだ。

論文発表から約1年。山添教授のイソホロンジアミンを使ったDACシステムは世界中の研究機関や大学、メディアから大いに注目される存在となった。

後編ではDAC実用化に向けた課題や将来性について話を聞く。



<2023年6月2日(金)配信の【後編】に続く>
水溶液の粘性や回収されるCO2濃度など実用化に向けて超えるべきハードルとは

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