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空想未来研究所2.0

ハンガーで崖から脱出、鬼の再生能力が実に巧妙! エネルギーから見る約束のネバーランド

『約束のネバーランド』のエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「サバイバル術」。2020年に原作マンガが完結し、同年末には実写映画も公開された『約束のネバーランド』(マンガ2016~2020年)では、天才的な主人公たちが生き抜くためにあらゆる策を講じていた。その衝撃的な設定とスリリングなシーンについて、エネルギーの視点から考えてみました。

筆者も全巻一気読み!天才的な子どもたちの脱獄計画

このマンガは怖い。そして面白い!

『約束のネバーランド』である。全20巻、一気に読んでしまった。

11歳の少女・エマは、孤児院グレイス=フィールド ハウス(以下GF)で暮らして10年になる。敷地は広く、ハウスは森に囲まれ、フカフカのベッドに、おいしいご飯。みんなが「ママ」と呼ぶ優しい舎監に見守られて、38人の兄弟が穏やかな日々を送っていた。

だが、GFは変わった孤児院だった。

子どもたちは、白ずくめの制服を着せられ、首筋に5桁の認識番号を印されている。

毎日、高校レベルの問題を大量に解かされる。エマ、ノーマン、レイの11歳トリオはいつも満点だ。

敷地の外に出てはならず、「門」と森の中にある「柵」には、近づくことも許されない。
里親が決まってGFを出た子どもたちからは、手紙が一通も来たことがない。

背筋が寒くなってきたこのあたり、エマとノーマンも見てはならないものを見てしまう。

門の近くに止まっていたトラックの荷台で、里親のもとへ行ったはずのコニーが、胸に花を刺されて死んでいた!

声がしたのでトラックの下に隠れると、巨大な異形の「鬼」が2匹来て、1匹がもう1匹にこう言った。

「この農園の人肉は 全部 金持ち向けの高級品なんだぜ」

賢いエマとノーマンは、直ちに悟る。自分たちは、食べられるために育てられていた!

その後、エマたちは素知らぬふりで暮らしながら、次々に事実を知っていく。

自分たちは「食用児」と呼ばれている!
ママは品質の高い食用児を育てるのに長けた「飼育監」!
猛烈な勉強をさせたのは、鬼たちが好む脳を発達させるため!
食用児は6歳から12歳の間に「出荷」される!

エマたちはGFからの脱獄を決意し、ママに悟られないように周到な計画を立てていく。ママも海千山千だが、その裏をかき……というスリリングなスタートを、物語は切る。

この緊張感に満ち満ちた物語を、科学的に考えよう。既に完結しているマンガだが、ぜひ皆さんに読んでいただきたいので、ストーリーには極力触れないようにしたい。視点はもちろん、エネルギーである。

ハンガーで脱出! ナニモカモ絶妙

エマたちは、ママの目を盗んで禁断の「柵の向こう側」を調べる。そこには高さ5mほどのコンクリートの壁があり、登ってみるとGFの全貌が見渡せた。

壁は巨大な六角形で、内部が6区画に分けられている。その一つがGF。向かい側の区画は「本部」、残り4区画がGFと同じような農園になっていた。

六角形の周りは深い崖になっていて、対岸との距離は遠く、橋は本部にしかない。まさか本部を突っ切るわけにはいかないから、脱獄はほぼ絶望!

だが、エマと5歳以上の少年少女15人は、脱獄を果たしたのである。4歳のフィルに「(彼が出荷される)2年以内に必ず戻る」と約束して。

エマたちが脱獄ルートに選んだのは、壁外の崖だった。

まず10歳のドンが、テーブルクロスで作ったひもに石の重りを付けて投げ、対岸の木に絡ませて手前の端も固定する。こちらは壁の上で対岸より高く、ひもは斜め下に張られている。これに木のハンガーを引っかけてぶら下がり、シャーッと滑って対岸に到達した。

続いて、壁側からひもを付けたペットボトルロケット2本を発射し、ドンが受け取ってひもを木に縛り付け、壁側の端も固定し、子どもたちがハンガーで次々にシャーッと滑る。こうして、全員が脱獄に成功!

あまりに見事だが、エマたちは、この脱獄を成功させるために、普段から森での遊びに見せかけて年少者たちにロープ滑りを練習させていた。これもまた周到な計画だ。

だが実際に、こういうことが可能なのか。

壁から対岸までは、筆者の目測で20m、高低差は壁の高さと同じ5mほどだろう。

もし、ハンガーとひもに摩擦が働かなければ、対岸までの距離にかかわらず、時速36kmで着地することになる。5歳児たちには厳しいスピードだ。

その一方で、摩擦力が強すぎると、途中で止まってしまう危険もある。

実際にはどうなのか。

木綿のロープと木のハンガーで実験してみると、俯角(下向きの角度)が8.1度以上なら、ハンガーは滑っていく。理論上、この角度はひもの形状によらず、人間がぶら下がっても変わらない。距離20m、高低差5mなら、その俯角は14.0度。おお、滑っていける!

張った紐にぶら下がると、体重のかかった部分が沈んでしまうけれど、その場合の計算は複雑を極めるので、ピンと張っていた場合を計算すると、子どもたちは6.4秒後、時速23kmで到達できるはずだ。

実際には体重のかかった部分が沈んでしまうが、逆にこれには2つのメリットがある。

一つは、スタート直後のスピードが速くなるので、到達時間を短縮できる。追手がかかっている中での逃亡だから、これは大きい。

もう一つは、到達直前にブレーキがかかるので、着地速度を遅くできる。年少者の安全のために、これも大きなメリットだ。

なんと考え抜かれた作戦であるか。遊びに見せかけた訓練の中でつかんでいったのかもしれないが、いずれにしても見事の一言に尽きる!

「シェルター」に秘められた地下生活のエネルギー収支のすごさ

こうしてGFを脱獄すると、そこは……鬼のすむ世界だった!

その中で科学的に興味深いのは、ウイリアム・ミネルヴァという人物が、脱獄した食用児のために建設していた「シェルター」である。

地下にあり、食料の備蓄があることに加え、水は地下水を引いて確保。地中熱を利用しながら有機廃棄物で発電し、不足分は別燃料による発電で補う。こうして作った電気で明かりをつけ、料理をして風呂を沸かし、監視カメラで外部の状況を把握。さらには、人工照明で野菜を栽培する畑まである!

これは素晴らしいシステムだ。閉ざされた環境で「有機廃棄物で発電する→農業をする→作物を食べて有機廃棄物を出す→発電する」というサイクルだけをやっていたら、各段階で出るロスによってたちまち行き詰まる。料理をしたり、監視機器を動かしたりする余裕など、全くない。

地球の生態系が回り続けているのは、太陽の熱というエネルギーが外部から入ってくるからだ。地球は「開かれた環境」なのである。

その点、このシェルターにも、「地中熱」「別燃料による発電」という形で外部からエネルギーが入ってきている。そして、彼らはときどき外に出かけて食べ物を集めていた。これらも、外部からのエネルギー供給であり、シェルターも開かれた環境といえるのだ。

有機廃棄物発電は、こうしてシェルターに入ってきたエネルギーと、備蓄された食料を無駄なく使い尽くすためのシステムといえる。

現実世界も、太陽光という外部からのエネルギーと、化石燃料などの備蓄したエネルギーで回っている。シェルターを作ったミネルヴァさんを見習って、ぜひ無駄なく使い尽くしたいものである。

鬼が体を再生させるのに必要なエネルギーとは?

鬼たちにも、エネルギーの視点から特筆すべき面がある。

鬼たちは、体に損傷を受けても目の奥にある「核」を破壊されない限り、猛スピードで再生する。ところが、再生を繰り返し過ぎると、再生能力を失うのだ。

その理由を、ノーマンはこう説明している。

「再生・変異・身体強化 それら規格外の力を発揮する細胞分裂に 鬼は莫大なエネルギーを消費する」

なんと、再生は細胞分裂によって行われ、それにはエネルギーが必要! 鬼の再生が、ここまで科学的に語られるとは、あまりに斬新!

では、その莫大なエネルギーとは、どれほどか。

鬼も生物である以上、その体はタンパク質、脂肪、ミネラル(カルシウム、リンなど)でできているだろう。ここでは話を簡単にするために、タンパク質に絞って考えよう。

通常の動物の細胞分裂は、次のような段階で進む。

①核が2つに分かれる
②細胞が2つに分かれる
③遺伝情報に基づいてタンパク質を作り、元の大きさと機能を復元する

これには数時間を要する。この点、鬼たちは?

腕を切り落とされても、たちまち生えてくる! スピードにも驚くが、それに必要なタンパク質をどこから持ってくるのだろうか。

通常の動物は、体内のアミノ酸を原料にしてタンパク質を作る。タンパク質は、20種類のアミノ酸が鎖のようにつながった物質なのだ。

これと同じように、鬼たちも残った体からアミノ酸を持ってくるとしたら、全身のタンパク質の一部をアミノ酸に分解する必要があるだろう。すると、腕は再生するかもしれないが、全身はその分だけ小さくなるはずである。再生を繰り返すと、どんどん小さくなっていく!

もちろん、マンガでは、そんな事態にはなっていない。すると、どこから?

実は、タンパク質を作る材料は空気中にある。タンパク質は炭素、水素、酸素、窒素でできていて、空気中には、酸素や窒素はもちろん、炭素は二酸化炭素、水素は水蒸気の形で存在する。鬼たちは、これらを集めて、タンパク質を合成するのではないだろうか!?

人間がタンパク質を基質(材料)にして呼吸をすると、二酸化炭素、水蒸気、アンモニア(窒素1個+水素3個)に分解されるとともに、1gあたり4kcalのエネルギーが得られる。

すると、空気中の物質から1gのタンパク質を合成するには、これに近いエネルギーが必要なはずだ。「近い」というのは、窒素とアンモニアの違いがあるからで、これを無視してゴーカイに言うなら、鬼は体のパーツ1kgを再生するのに4000kcalを消費するハズ!

体重300kgの鬼が片腕を失ったとしよう。成人男性の片腕は体重の5%を占めるから、鬼も同じだとすると、ただちに15kgのタンパク質を合成しなければならない。これに必要なエネルギーは6万kcal。これは、体重300kgの鬼が200km走ったときに消費するエネルギーに等しい!

しかも、再生は一瞬だから、それだけのエネルギーを一瞬で消費することになる。ノーマンの言う通り、莫大なエネルギーだ。もう息も絶え絶えで、そんなことを何度もやったら、生きている方が不思議!

心を打たれるのは、エマたちが決して諦めないことである。あらゆる手段を尽くして、食用児全員を救うことを目指す。そうした強い気持ちが、絶望の中に希望を見いださせるのだろう。そして、科学の力で希望を現実に変える。こんな子どもたちがたくさんいたら、人類の未来も明るい。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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