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エネルギーの革新者

豪雨や台風への対策を強化!日本が進める災害に強い電力システムの可能性

早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構 石井英雄研究院教授【後編】

コロナ禍以前から日本は、毎年のように襲う集中豪雨や台風によって社会インフラに大きなダメージを受けてきた。電力設備もその一つだ。電気を安定して作り、送ることを使命とする電力システムは、災害に対するレジリエンス(柔軟性、回復力)をどう強化していくべきなのか。前編に引き続き、早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構の石井英雄研究院教授に話を聞いた。

再生可能エネルギーを組み込んだ電力システムは災害に強い?

太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーを組み込んだ電力システムについて研究を進めている早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構の石井英雄教授。今特に力を入れている研究テーマの一つが「災害に強い電力システム」だ。

※【前編】はこちら:再エネ普及が加速?アフターコロナで電力システムは変わるのか

2018年7月の西日本豪雨(平成30年7月豪雨)は、広島県、岡山県、愛媛県などを中心に甚大な被害をもたらした。

また2019年9月に上陸した台風15号は、千葉県の房総半島に長期にわたる停電を引き起こした。

近年、このような災害が頻発するようになり、どこに住むのか、河川の管理をどうするのかという街づくりの前提が、昔とは変わりつつある。

2018年の西日本豪雨は、西日本を中心に大きな被害をもたらした

画像出典:気象庁『災害時気象報告 平成30年7月豪雨及び5月20日から7月10日までの梅雨前線等による大雨等』(2019年3月5日発表,p1)より

それはエネルギーの観点から見ても同じだ。これまでは、どこに発電所を作り、どこに変電所を設置して、どのように送配電網を張れば効率がよいか、ということが主として考えられていた。経済性や効率性が優先されていた結果だとも言える。

「しかし、これからはそうではありません。今までなかったような災害を想定して電力システムを考える必要があります」

そこで重要になるのが、2011年の東日本大震災以降で議論されるようになった、再生可能エネルギーを分散型電源として配置することだ。

「災害が起こるのは仕方がない、それによって停電が起こるのも仕方がないことだと私は考えます。大切なのは、そうなった場合でも電源を確保できること。木が倒れたりして切断された電力ネットワーク(発電所、変電所、送電線、配電線など発電・送電網の総称)をスムーズに復旧させる仕組みも必要ですが、いざ電気が止まったときにすぐ使える、分散型の電源を災害拠点にあらかじめ設置することも考えなければなりません」

「災害時に電気が使えないというのは、被災者にとって大きなストレスになります。必要最低限の電気は使えるように、災害拠点に電源を設置しておくことも大切です」と語る石井教授

ただ、いざというときのために分散型電源を備えておくという考え自体は、実はもっと昔からあった。病院などの医療施設では、停電時にも緊急手術に対応できるように非常用の発電機が設置されている。

平時に使用しながら、緊急時は非常用電源にする。当然のようにも思えるが、なぜこれまで災害対策として普及しなかったのか。

再生可能エネルギーと相性のいいVPP(バーチャル・パワー・プラント)

「それは、太陽光発電や蓄電池をセットにして置いておくことが高コストだったからです。また、それを平時に有効利用するシステムもまだ研究途中で、制度も未整備でした」

つまり、経済面での問題があったのだ。しかし、前編でも述べたように、太陽光発電は2011年の東日本大震災以降爆発的に増え、それに伴いコストは削減されつつある。

蓄電池も同様に、電気自動車(EV)が市販化、普及したこともあって、コストが低下している。

「蓄電池は少し前と比べると、1ケタ以上はコストが下がっています。これだけ安くなると、各地の災害拠点に非常用電源として太陽光発電設備と共に常備するのも現実味を帯びてきています」

また、電気自動車そのものも、災害時には「走る非常用電源」として役立つ。

「最新の電気自動車に搭載されている蓄電池だと、フル充電していれば一般家庭の約2日分の電力を賄えます。日々フル充電の状態にしておけるかという問題はありますが、非常時に移動できる電源としては優秀です」

石井教授の研究室。写真右にある青い箱状の設備は電気自動車の蓄電池と同様の機能を内蔵しているシミュレーターで、電気自動車をどのように災害時に役立てられるかを研究する上では欠かせない

それに、実はこの分散型電源は、平時にも安定した電源として活躍できる。それが「VPP(バーチャル・パワー・プラント)」という仕組みだ。

VPPは「仮想発電所」とも呼ばれ、分散してある自家用発電機や蓄電池など小規模発電設備を、IT技術を駆使して一つの発電所のように見立て、電力の需要と供給のバランスを見ながら各設備を一体的に制御していくというものだ。電力の自由化、分散化が進む欧州では既にビジネス化されている。

そもそも分散化が進み大量の再生可能エネルギーが導入された電力システムの中で、安定した電力供給を支援するために考え出されたものだが、再生可能エネルギーによる小規模発電設備を各地に配置することは、レジリエンス強化をしていく上でも非常に相性がよい。

石井教授は、このような再生可能エネルギーと蓄電池との組み合わせも研究テーマにしている。

「これを突き詰めることが、新しい時代の電力システムに近づくことだと思っています」

もしVPPが一般化して国内各地に再生可能エネルギーによる小規模発電設備が設置されれば、災害に見舞われ避難した際に、狭いエリアでも電力不足に困ることは少なくなる。避難時の心細さを少しでも解消するのに役立つはずだ。毎年のように集中豪雨、台風に悩まされている日本にとっては、なんとも心強い話だろう。

災害に強い電力システムは世界に広げられるのか?

自然災害によって電力供給が止まるのは、日本に限った話ではない。世界各国が共通して頭を悩ませる課題だ。

東南アジアの国々は日本とも気候や風土が近い部分もある。それならば、日本で開発した新たな電力システムを各国向けに少しカスタマイズして輸出すれば、日本の新しい産業になるのではないだろうか。

だが、石井教授は首を横に振る。

「残念ながら電力システムの分野は、簡単に広められるようなものではありません。国際標準の規格に合わせていかなければならないからです」

例えば、東南アジアの新興国では電力会社はその公益性の高さから、国有あるいは限りなく国営に近い形で運営されている。そうなると、仮に事業の入札に参加しようとしても、その規格が国際標準を満たしていなければ入札に参加することすらできないことが多い。

この国際標準の規格は、スイスに本部を置く国際電気標準会議(IEC)で決められている。歴史的に電力システムの国際標準は欧州諸国が主導してきた。現在は、世界的な権威を持つ米国電気電子学会(IEEE)が推し進めた国際規格を、IECが国際標準として制定してルール化されるものもある。

一方日本は、“日本製の電力システム”を国際標準化することに関しては後手に回っていた。これまでは国内だけで十分な電力需要と経済規模があったため、たとえ素晴らしい電力システムを構築しても、それを海外展開する必要がなかったからだ。

「しかし、今は国内の電力需要は頭打ちで、ビジネス観点では海外進出も視野に入れなければなりません。日本が培ってきた技術は素晴らしいですが、全体を見て、いかに海外進出や国際競争力を戦略的に高めるかという風潮には、残念ながら至っていません」

停電時の迅速な復旧など、日本の電力システムには海外諸国のものより優れている点も多い。だが、国際標準化が後手に回っていたことで、ある意味ガラパゴス的な進化を遂げていたことも否めない。

「この現状を打開するには、日本が主導して国際標準の規格を決められるようになるべきなんです。でも、現実的にはIEEEやIECが決めたルールに対して、日本の技術が仕様違いで全く使えないものにならないように防ぐのが精いっぱいですね」

しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。石井教授が所属する早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構でも、国際標準化を進めるための特別チームを作り、国の支援も受けながら活動を進めている。

国際標準への活動に加え、早稲田大学が主導するパワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラムでも講義を行う石井教授。電気・エネルギー分野における次世代の研究者育成にも注力する

「まだ結果がついてきている段階ではありません。でも、日本の電力システムが優れていることは間違いありませんので、まずは土台作りをしっかり進めたいと思います」

日本で研究される災害に強い電力システムは、世界に誇れる水準にある。それを世界に広め新たな産業にしていくために、ゆっくりではあるが確かな一歩を歩み続けている。

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