パンチ1発でおにぎり2000個分を消費する風助のエネルギー／NINKU－忍空－

忍空のエネルギー

ひょうひょうとしていて、全然強そうに見えず、戦いを好まないが、いざ戦うとモーレツに強い！　こういうキャラに、人々は心をグッとつかまれる。『NINKU－忍空－』の主人公・風助はまさにそんな存在だ。

丸顔で目が大きく、いつも舌を出している小柄な12歳の少年。しかし、その実体は50年続いた戦乱の世を終わらせた功労者なのだ。

こんなことが可能なのは、忍術の「術」と空手の「技」を融合した「忍空」に3歳のときに出合い、厳しい修行を積んだから。忍空は12の流派に分かれており、それぞれの最高実力者が、１番隊から12番隊までの隊長を務め、「十二支＋忍」（干支忍・えとにん）の名で呼ばれる。彼らには自然に宿る「龍」の姿が見え、その力を借りることができる。最初から「風の龍」が見えた風助は、修行を積んで、幼いながらも一番隊隊長の「子忍（ねにん）」となったのだ。

マンガとアニメでストーリーや設定が微妙に違うが、ここではマンガを題材にしよう。それは、こんな物語である。

戦乱が終わり、平和になった世の中で、風助たちは忍空を使うことなく暮らしていたが、中には忍空を使って悪事を働く者たちがあり、中でも「忍空狼（にんくうろう）」を名乗る集団は、忍空の使い手が支配する世の中を作ろうとしていた。忍空狼は干支忍を仲間に引き入れようとするが、風助たちは断固拒否。こうして忍空組vs忍空狼の忍空戦争が勃発した！

さまざまな忍空のメンバーが参戦したが、ここでは風助の技とパワーに込められたエネルギーに注目しよう。

1食で20人前を食べる

忍空は五体凶器。一切の武器を使わず、いかなる武器も通用しない。体のどこを鍛えるかによって、12の流派に分かれる。こうして身に付けた力は「空力（くうりょく）」と呼ばれ、空力を最大まで鍛えた者、すなわち最大空力を使うのが干支忍なのだ。

風助の最大空力は、誰よりも素早く動ける“足”。そのスピードに加えて、変わり身の術などの基本技、そして風の力を生かした独自の術を使う。

例えば、空手裏剣の術。手刀を素早く振り下ろし、空気圧を利用して自らの手を刃物と化す！　直径50㎝ほどもありそうな巨大な手裏剣を両断し、大木をも切断する！

そして、空分身。素早い足さばきで、7～9体に分身する！

さらに、空圧拳。手のひらに圧力の高い空気をため、その圧力で相手の体の内部を攻撃する！

いずれ劣らぬ驚異の技だが、そのエネルギー源については、物語の冒頭から推測できる。

風助が空腹のあまりぶっ倒れていると、青年とその妹が通りかかる。おにぎりをもらって食べるが、具が入っていないことに文句を言った上に「たんねぇ」「俺一回に20人前は食うんだ」。一度の食事で20人前！

この「1人前」とは、どれほどか？　当然、「ごく普通の人が1回の食事で摂取する量」だろう。人間が1日に必要とするエネルギーは「基礎代謝基準値×体重×身体活動レベル係数」で求められる。

日本医師会の『1日に必要なカロリー　推定エネルギー必要量』によれば、18～29歳男性の基礎代謝基準値は23.7［kcal／㎏／日］、身体活動レベルが「中（3段階の真ん中）」なら、その係数は1.75。スポーツ庁の『体力・運動能力調査』によれば、20～24歳男性の平均体重は65.27kg（2021年）。これを「ごく普通の人」とすると、1日の適切な摂取量は2707kcal。1回の食事で、その3分の1を摂取すると仮定して、ここでは「1人前＝900kcal」と考えよう。

すると20人前とは1万8000kcal！　コンビニで売っている120gのおにぎり（平均215kcal）なら84個！　重さにして10kg！

これほどのエネルギーを摂取すれば、オドロキの忍空技も可能なのだろうか!?

忍術に必要なエネルギーは？

例えば、空手裏剣による大木の切断。周囲にいた忍空狼の刺客たちと比べると、木の直径は50cmほどもあり、これが真横にスパッと切られている。

現実世界では、こんな木の切り倒し方はしないから、データもない。そこで実験してみた。やや危険なので手順は伏せるが、木材に12mm２の切断面を作るのに必要なエネルギーは、0.235Ｊ（ジュール）だった。

一方、空手裏剣で切断した大木の直径は50cmほど。その断面積は1964cm2で、19万6400mm２。実験に使った木材の1万6400倍。詳細は割愛するが、エネルギーは209万倍が必要なはずで、すると49万3000J。1kcal＝4184Jだから、これは118kcalに等しい。えっ、おにぎり1個（215kcal）の半分チョイ!?

誤解のないように書いておくが、これは「空手裏剣がショボイ」ということではない。現に大木を一瞬で切り倒したのだから！　事の本質は、食べ物に含まれるエネルギーが、どれほど大きいかということだ。

では、巨大手裏剣の切断はどうだろう。

板状の金属を一瞬で切断することは、現実でも行われている。「せん断」と呼ばれる加工法で、上下互い違いの刃ではさみ、荷重をかけて一気に切る。切り始めに必要な最大の力を「最大せん断荷重」と言い、次の式で求められる。

最大せん断荷重＝せん断抵抗×断面積

せん断抵抗とは材質によって決まる値で、手裏剣に適する硬鋼の場合は55～90［kg重／mm２］。手裏剣は8つの三角形が突き出した星形で、風助は1つの頂点と反対側の頂点をつなぐ直線に沿って切っている。くぼみからくぼみにかけて切れば小さな力で済むのに、あえて一番大きな力を必要とする切り方をしているのは、相手を圧倒するためだろうか。

臆測はいいとして、手裏剣の厚さを1cm＝10mmと仮定すると、直径は50cm＝500mmなので、断面積は5000mm２。せん断抵抗を最大の90［kg重／mm２］とすると、最大せん断荷重は45万kg重＝450t重！

エネルギーは次の式で求められる。

エネルギー＝0.63×最大せん断荷重×重力加速度×厚さ

「重力加速度」とは重力の強さを表す数値で、地球の場合は9.8［ｍ/秒2］。厚さの単位には［ｍ］を使い、するとエネルギーは4万4100J。わあっ、大木切りより小さい！　10.5kcalで、おにぎり0.049個分！

いかん、このままでは、おにぎりのすごさばかりが強調されて、何を目指す文章なのか、分からなくなってしまう……。

風助はパンチの方がスゴイ

慌てて全9巻を読み直すと、おおっ、1巻にスゴイのがあるじゃないか！

戦争で苦しんだ子どもたちを育てる施設に、ならず者たちがやって来て、非道な振る舞いをする。その一人は元忍空の松正（まつまさ）だった。

風助は「おめぇに忍空の技なんか必要ねぇ」「この拳で十分だ!!」と言うと、振り向きざま顔面にストレート！　松正は仰角40度でぶっ飛び、後方の大木にぶつかり、その木をへし折って、なおも飛んでいった。しかも、大木の直径は１.6mほどもある。すごくないですか、これ!?

まずは、大木を折るエネルギー。実験＆計算すると、おおっ、出た出た、1550万J＝3690kcal＝おにぎり17個分！　

松正の体重を75kgとすると、このチンピラは大木に時速2310km＝マッハ1.89でぶつかったことになる。もし大木がなかったら、空気抵抗を無視すれば、41.4kmも飛んだはず。新宿で殴られたなら、落下点は千葉県木更津市！

だが、これが風助の出したエネルギーの全てではない。松正は大木を折ってなおぶっ飛んでいったが、これも数千Jのレベルで、大勢に影響はない。スゴイのは、風助が、「殴り飛ばした松正」で大木を折ったことだ。

拳のような軽いものから、人体のように重いものには、エネルギーが伝わりにくい。それでも大木を折ったということは、風助が途轍もないエネルギーを出したということだ。

人間がパンチを打つとき、体重の６％のものが、拳と同じ速度でぶつかったのと同じ衝撃を与える。風助の体重を50kg（見た目より重い）とすると、3kgのものがぶつかったのと同じだ。松正の体重75kgは、その25倍。すると逆に、拳のスピードは、松正が飛んだスピードの25倍が必要になる。時速5万7800km＝マッハ47.2！

運動エネルギーは「質量×速度の2乗」に比例するので、質量が25分の1、速度が25倍なら、エネルギーは25倍。すなわち、風助が発揮したエネルギーは3億8600万J＝9万2400kcal＝おにぎり430個分！

さらに、人間の体内では、外に発揮したエネルギーの4.67倍が消費されるから、18億J＝43万kcal＝おにぎり2000個分を消費したことに！

1食でおにぎり84個を食べる風助は、この1発の正拳に24食分＝8日分のエネルギーを注ぎ込んだことになる。そりゃおなかもすくでしょう。

戦乱を終わらせるために、やむなく武術を使った主人公たち。だが、平和な世の中になって、その武術を悪用するやからたちが現れた。これに対する怒りを、エネルギーの観点から推し測ってみると、ただごとではないことが明らかになる。私たちの国には、平和の大切さを訴え続ける格闘マンガが存在するのだ。人間の想像力は、本当に素晴らしい！

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります