プロトタイプリポート

【ロボットの未来】機械は人間になれるのか? AR技術で進化を促す埼玉大の挑戦

ユニークな調理支援システムが人間の生活を助けるロボットの進化につながる

大学・大学院が進める研究の“試作”から、日本の未来の姿を想像する連載「プロトタイプリポート」。第2回は、AR技術やセンサー、特殊なカメラを組み合わせて、包丁の力加減を可視化できる装置を開発した埼玉大学 工学部の辻俊明准教授の研究室を訪ねた。ユニークなシステムだが、よく聞けば「調理」の支援が目的ではなく、ロボットを進化させるためのデータ収集を託されたものだった。

いろいろな技術を組み合わせてできた“発明品”

2016年にサービスが開始されるや否や、瞬く間に大ヒットとなったスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」。ゲームの機能の一つとして、現実の風景とポケモンの姿を重ねて写すことができる。それに利用されているのが「AR」(Augmented Reality:拡張現実)という技術だ。

以前はSF映画の中でしか見られない近未来のテクノロジーというイメージだったが、ゲームアプリなどにも用いられるようになり、ぐっと市民権を得た。最近では、AR技術を用いて道案内などをしてくれるアプリなども目にする機会が多い。

一般的にはエンターテインメントやレジャーの分野で触れることが多いARだが、この技術を転用して、今までになかった新しい「調理支援システム」の開発に成功した研究室がある。

それが、埼玉大学 工学部 電気電子物理工学科の辻俊明准教授の研究室だ。

埼玉大学 工学部は、専門分野の枠を超えて、部内5学科を横断して学べる「イノベーション人材育成プログラム」を実施しているのが特徴

辻准教授の開発した調理支援システムとは、「ARゴーグル」と「力センサー」、そしてモノの位置や奥行きを測定できる「RGB-Dカメラ」を組み合わせて、人が包丁を用いて食材を切る際に、どのくらいの力がどの方向にかけられているかを可視化できるものだ。

「ARゴーグル、力センサー、RGB-Dカメラというのは、既存の技術です。でも、これらを組み合わせて人間の力の入れ具合を見えるようにするシステムは、これまでに開発されたという話を聞いたことがありません」と辻准教授は説明する。

仕組みは思いのほかシンプル。まず、前面にカメラが付けられたARゴーグルを身に着け、力センサーが取り付けられた包丁(模造品)とポイントが付けられたまな板を使い、食材を切る。

その様子をRGB-Dカメラで撮影すると、力センサーが包丁に加わった力加減を、RGB-Dカメラが力の込められた方向を即座に感知。得られたデータを元に、包丁にかかる力を緑色の円すいで、食材を押さえる力を青色の円すいで、それぞれARゴーグルに映し出される手元の映像に重ねて表示する、というものだ。

調理支援システムの全容。机の上に置かれたARゴーグル、力センサーが付けられた包丁のモデルとまな板、手前の三脚に付けられたRGB-Dカメラの組み合わせからなる

ただ切るだけ…でもゲームや映画の世界のような使用感

「実際に体験してもらえると、仕組みがよく分かりますよ」と、辻准教授。その声に後押しされて、実際にシステムを使って野菜を切ってみた。

最初に気付いたのは、機能性よりも調理について。意外にも、包丁を持つ手ではない方が大きな円すいになりやすい。

「このシステムを作ってみて分かったのですが、人は包丁でモノを切るとき、実はモノを押さえる手の方が、力が入りやすいんですよ」

その状態で野菜を切っていくと、包丁を向こうに押す、手前に引く、下に押さえつけるという動作のたびに、包丁にかかる力を示す緑色の円すいがクルクルと大きさを変えながら動く。普段はあまり意識していなかったが、ちょっとの動きで相当に力加減を変えながら包丁を扱っていたことが分かる。

使用時はARゴーグルを頭部に装着。前面に付けられたカメラの画像がゴーグルに映し出されている

試験用の3Dプリンターで製作した包丁模型。刃と柄の間に力センサーが設置されている。実際に本物の包丁に組み込むこともできるそう

ARゴーグルで見る力を示すグラフは、最初こそ違和感があったものの、慣れてくればゲーム感覚で楽しくなる。名作マンガに登場した、敵の戦闘力を測るあの装置のようにも感じてくる。

力が加えられた方向を感知するRGB-Dカメラ。包丁を扱う手元を映している

ARゴーグルで見えている映像。ニンジンの上に見える緑色の円すいが、包丁に加わる力を示している。ARゴーグルでは左右に映し出されるため立体的に見える

「実際の包丁に力センサーを組み込んでデータを集めていけば、けがをしてリハビリ中の人、あるいは高齢者や料理初心者といった、微妙な力加減が分からなくなっている人に、最適な力加減を教えることもできるようになります」

確かに、プロの料理人の包丁さばきデータを収集していけば、包丁の扱いの練習に使えそうだ。洗練させていけば、料理人の修業に役に立つ可能性もある。

調理支援がテーマじゃない!?真の目的はロボット開発

一通りの体験を終えたとき、辻准教授は前提を覆すことを言った。

「このシステム、本当は調理支援を目的に開発したものではないんですよ」

実は辻准教授の専門はロボット工学であり、この調理支援システムは、人間の動作を解析するために作ったものだという。ロボット工学にもさまざまな分野がある。二足歩行ができる人型ロボットの開発を進める研究者もいれば、工場で使うような産業用ロボットを開発する研究者もいる。

「私は、“賢い動き”を研究しています。最もその技能があるのが人間。その人間と同レベルの複雑な動きを、ロボットで再現できるようにしたいんです」

ロボットは、単純な精密動作を繰り返すことには強いが、少し動作が複雑になるだけで、とたんに対応できなくなる。小さい穴に棒を通すような作業は得意なものの、取っ手をひねりドアを開ける、ビンにぐりぐりとフタを押し付けるというような状態を見ながら対応を求められる動きは、まだまだ難しい。

例えば、切りづらい包丁で硬いニンジンを切るために、前後にゴリゴリと動かしながら切断するような作業は、まだロボットは苦手としているそう

「人間が簡単に行うそういった“動きのデータ”が欲しくて、このARゴーグルと力センサー、RGB-Dカメラの組み合わせを思い付いたんです。この形になったのは、単にデータを取るだけではなく、データを取られる人にも調理支援というメリットのあるシステムを、と考えた結果です」

ロボットがもたらす不労社会、その先

ARで調理支援をするわけではなく、ロボットによって人間の調理を支援することが目的だった辻准教授。その「人間の複雑な動きを再現する」という研究は、一歩ずつ進んでいる。

例えば、辻准教授の研究室で最近開発したのが、お好み焼きをヘラでひっくり返す動作を再現できるロボットだ。

人間がひっくり返す動作のデータを集め、その動きを機械学習させることを繰り返し、ここまでの動きが再現できるようになったという。それでも、まだ人間には及ばない。

「でも研究が進めば、いずれは人間の代わりにロボットが何もかもやってくれる時代が来ると思います。人間は働く必要がなくなります」

18世紀半ばから19世紀にかけて、手工業から機械工業に代わる産業革命が起こった。それ以降も、技術やエネルギーは革新を続け、生産効率は格段に上がっている。さらにロボットが進化すれば、効率うんぬんどころか、あらゆる労働をロボットが担ってくれる時代が来るというのだ。

「それは産業革命の最終形と言えるものだと思います。しかし、ロボット開発者からすれば、その段階にたどり着くには、まだ100年から200年はかかりそうです。人の技能というのは本当に複雑で、まだ全く追いつけていません」

当分先のようだが、ロボットが人間の代わりに何もかもを担ってくれる社会には、非常にロマンがある。その時代のロボットは、どのようなものになるのだろうか。

「ロボットとひとくくりで話されることが多いですが、その形態はさまざまです。ただし、こういった社会が実現したとしたら、その時代に人間のために働くロボットの形は、人型に近くなっている可能性が高いと思います。人間が暮らす住環境、形態に合わせて活動するロボットになるわけですから、人型に近い方が何かと不便がありません」

「この世界に入ったのは、アニメや映画の影響ではなく、ただ人間の動きを再現できるロボットを作りたかったんです。でも、強いて言えば、影響を受けたのはスターウォーズの『C-3PO』ですね」

それは、まさにSFの世界だ。想像するだけで子どものころに帰ったような気持ちになれるが、辻准教授は最後にこう付け加えた。

「ただし、その社会では、今の資本主義経済のシステムは崩壊してしまうと思います。人間が働く必要がなくなると、全く別の社会システムに変わっていくのではないでしょうか」

進化したロボットが人間社会を崩壊させる――物語の世界では古くから語られている。それでも、産業革命以降の機械の進化が、人間の社会や暮らしを進歩させてきたことは間違いない。人間は機械と共生してきた。進化したロボットとも、きっと共生できるだろう。

SF世界に触れられると気軽な気持ちで訪れた辻准教授の研究室では、人間社会を次のステージに飛躍させる可能性を秘めた研究が進められていた。

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